呪専五伊地
「痛…ッ!」
食事中、突然伊地知がちいさく叫んで口許を押さえた。任務の途中の休憩で、サンドイッチを食べていた時のことである。近くにあったベーカリーで買ったしっとりしたパンにたっぷりの野菜が挟んである食べ応えのあるものだ。
「どうしたー、伊地知?」
自分は生クリームたっぷりのフルーツサンドを食べながら、五条はたいして気にした風でもなく訊ねる。
「……舌を噛んでしまって」
口許を押さえたまま、伊地知は涙目になっていた。咀嚼の最中に舌まで噛んでしまったということらしい。
「どんくさ」
思わず五条は思ったままを口にしてしまった。
伊地知はきゅっと唇を引き結んで悲しそうに目を伏せる。
そんな顔をされたってほだされたりしねーからな、と五条はばくばくとフルーツサンドを口に詰め込んだ。
しょんぼりと俯いた伊地知は、ちまちまと食事を再開する。
噛んでしまった部分を再び傷つけてしまわないように用心しているということらしい。
──ハムスターみてえ。
ほんのちょっとずつサンドイッチを囓りとる伊地知を眺めながら、五条は考える。
口の中が生クリームでいっぱいで、言葉を発することができなかったのは伊地知にとって幸いであったろう。
翌日は、前日の調査結果をふまえての祓除本番だった。
祓除を担当する呪術師は五条だが、この任務の主だった目的は伊地知の補助監督としての適性をはかることにある。だが当の伊地知は落ち着かないのか唇を真一文字に引き結んで左手で右肘を掴んで突っ立っている。
先輩としては何か声を掛けたほうがいいのか?
悩んで伊地知の様子をそれとなく眺めていた五条だったが、声を掛けるより先に、伊地知の唇がかすかに開いた。
「何?」
声を発したものと思ったが、全く聴き取れなかったので、五条はサングラスの位置を直しながら問い返す。
自分がまじまじと伊地知の様子を見ていたことは出来れば知られたくなかった。
「へ!?」
だが伊地知は、びくんと肩を震わせて怯えたように五条を見る。
「な、なんですか?」
「今、何か言わなかった?」
「いえ、何も。……あの、五条先輩、今日はよろしくお願いします」
何だそのとってつけたような挨拶は。
苛立った五条は、片手で伊地知の顎を掴んだ。
「お前、もしかして昨日噛んだとこがまだ痛ぇの?」
「ひゃい…!」
頷いた伊地知の口に、五条はがぶりと噛みつく。
「!!」
驚いて開いた唇に舌を忍ばせ、吸いつくように舌を絡めとった。
──甘ェ。
ぞろりと舌のかたちをなぞるように動かすと、炎症を起こしているのか確かに不自然に腫れた部分がある。
「ほら、舐めときゃ治るだろ」
傍目にはただのディープキスでしかない行為を終えると、伊地知は三白眼を大きく見開いて五条を見た。
「ありがとうございます…?」
それで落ち着いたのか、それ以後の伊地知はサポート役としての仕事を存分にこなし、補助監督としての高い適性を認められた。
その主な理由が、対五条の特殊技能にあるということを知っているのは、一部の限られた管理職のみである。
食事中、突然伊地知がちいさく叫んで口許を押さえた。任務の途中の休憩で、サンドイッチを食べていた時のことである。近くにあったベーカリーで買ったしっとりしたパンにたっぷりの野菜が挟んである食べ応えのあるものだ。
「どうしたー、伊地知?」
自分は生クリームたっぷりのフルーツサンドを食べながら、五条はたいして気にした風でもなく訊ねる。
「……舌を噛んでしまって」
口許を押さえたまま、伊地知は涙目になっていた。咀嚼の最中に舌まで噛んでしまったということらしい。
「どんくさ」
思わず五条は思ったままを口にしてしまった。
伊地知はきゅっと唇を引き結んで悲しそうに目を伏せる。
そんな顔をされたってほだされたりしねーからな、と五条はばくばくとフルーツサンドを口に詰め込んだ。
しょんぼりと俯いた伊地知は、ちまちまと食事を再開する。
噛んでしまった部分を再び傷つけてしまわないように用心しているということらしい。
──ハムスターみてえ。
ほんのちょっとずつサンドイッチを囓りとる伊地知を眺めながら、五条は考える。
口の中が生クリームでいっぱいで、言葉を発することができなかったのは伊地知にとって幸いであったろう。
翌日は、前日の調査結果をふまえての祓除本番だった。
祓除を担当する呪術師は五条だが、この任務の主だった目的は伊地知の補助監督としての適性をはかることにある。だが当の伊地知は落ち着かないのか唇を真一文字に引き結んで左手で右肘を掴んで突っ立っている。
先輩としては何か声を掛けたほうがいいのか?
悩んで伊地知の様子をそれとなく眺めていた五条だったが、声を掛けるより先に、伊地知の唇がかすかに開いた。
「何?」
声を発したものと思ったが、全く聴き取れなかったので、五条はサングラスの位置を直しながら問い返す。
自分がまじまじと伊地知の様子を見ていたことは出来れば知られたくなかった。
「へ!?」
だが伊地知は、びくんと肩を震わせて怯えたように五条を見る。
「な、なんですか?」
「今、何か言わなかった?」
「いえ、何も。……あの、五条先輩、今日はよろしくお願いします」
何だそのとってつけたような挨拶は。
苛立った五条は、片手で伊地知の顎を掴んだ。
「お前、もしかして昨日噛んだとこがまだ痛ぇの?」
「ひゃい…!」
頷いた伊地知の口に、五条はがぶりと噛みつく。
「!!」
驚いて開いた唇に舌を忍ばせ、吸いつくように舌を絡めとった。
──甘ェ。
ぞろりと舌のかたちをなぞるように動かすと、炎症を起こしているのか確かに不自然に腫れた部分がある。
「ほら、舐めときゃ治るだろ」
傍目にはただのディープキスでしかない行為を終えると、伊地知は三白眼を大きく見開いて五条を見た。
「ありがとうございます…?」
それで落ち着いたのか、それ以後の伊地知はサポート役としての仕事を存分にこなし、補助監督としての高い適性を認められた。
その主な理由が、対五条の特殊技能にあるということを知っているのは、一部の限られた管理職のみである。
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