祓本パロ

 都内某所のマンションの一室に、じゅうじゅうと肉の焼ける音が小気味よく響いている。
 半ば伊地知の意向を無視する恰好で引っ越しを進められ、五条と寝起きを共にするようになって、数週間が経過していた。仕事もプライベートもべったりと一緒にいることになれば、煩わしいことも増えるのでは、と予想していたが、同居生活は驚くほど快適だった。その理由はといえば、期待したほど五条が伊地知に構わないせいである。お互いの愛を確かめ合った今、一緒に住むとなればもっといちゃいちゃできるものと思っていた。
 五条のために肉を焼きながら、伊地知は自分でも意外なほどに寂しさを覚えている。
 単独ライブを行うことが決定し、ライブで初披露するためのネタを書くため、近頃の五条は部屋にこもりがちなのである。
 食事は一緒にとっているし、寝るときも同じベッドをつかっているので、ふたりの時間がまったくないというのではない。
 いい色に焼き上がった肉にタレを絡めながら、伊地知はそっと溜め息を吐いた。
 どうやら自分は、自分で思っていたよりずっと強欲らしい。
 メインのおかずを仕上げ、たっぷりの野菜を彩りよく皿に盛っていると、不意に後ろからぎゅうと抱き締められた。
「いい匂い。晩御飯作ってくれたんだ」
「五条さん、お疲れさまです」
「うん」
 頷いた五条は、伊地知の肩口に顔を埋めると深く息を吸う。
「はぁ~落ち着く……」
 逆に伊地知はぎゅうっと抱き締められてふわふわと落ち着かない心持ちになった。幸せというのはこういう感情のことをいうんだろうか。
 だが、伊地知が幸せに浸る間もなく、五条は抱き締めた腕を解いてしまった。
「ごめん、ごはん冷めちゃうな。あと何手伝えばいい?」
「じゃあお肉を取り分けてもらえますか?たくさん食べてくださいね」
 小さな落胆をおくびにも出さず、伊地知はにっこりと微笑む。伊地知の作った料理を温かいうちに食べてくれようとすることも、当たり前に手伝ってくれようとすることも、自分を想ってくれているのが伝わって嬉しい。
「いっぱい作ったんだね」
「いっぱい食べて欲しかったので」
「僕にばっかり食べさせてないでお前もしっかり食べろよ」
 苦笑しながら、五条はふたりぶんというには多すぎる料理を取り分ける。
 その傍らで、伊地知は茶碗に炊きたての米をよそった。少し前に炊き上がり、軽くほぐして蒸らしていたものである。
「いつもありがと、伊地知。お前と一緒になれてよかった」
 食卓についた五条は、律儀にいただきますをして箸を手に取ると、言った。
「ライブが終わって落ち着いたらさ、僕にもごはん作らせてよ」
「え?」
「伊地知が僕にしてくれるみたいに、僕も伊地知のためにごはん作ったりしたい」
 咄嗟にこたえられずにいると、五条が小さく首を傾げる。
「だめ?」
「だめじゃないです……けど」
「けど?」
 言い淀んだ伊地知の目を見つめ、五条はじっと伊地知が再び口を開くのを見守ってくれた。
「どうせなら一緒に作りませんか?」
 一緒に過ごす時間がもっと欲しい、とあからさまに伝えることはどうしてもはばかられ、伊地知は自分にできる精一杯の伝え方でそれを口にする。
 それが伝わったのか、どうか。
 五条が満足そうに微笑んだので、伊地知もはにかむように笑みを返したのだった。
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