帰還パロ小説まとめ
「あの雄叫びを聞いただろう、この世のものとは思えない、地獄の使者のような魔物の声を」
一国の王妃に勇者と「持て囃されていた男」のその姿を思い出し、熟年の男は自身の両肩を抱いた。
純朴そうな、優しそうな顔をした青年「に見えた」。
王妃の用意した礼装を身に纏い、周りからは頭ひとつ抜けた高身長。濃い蜂蜜色に輝く瞳と癖毛の黒髪。
空から、これもまた「顔を知らない」魔道士を連れて降り立ち、周りを制止した次の瞬間、地を震わすほどの咆哮を上げた。
咆哮は、耳を劈くような高い音から始まり、次第に音が割れ、人の声帯から発せられているとは思えない恐ろしい音色に変わっていく。
その間も「涼しい」顔をして、威嚇している魔物を「見下す」ように睨んでいた。
恐ろしく、長い間咆哮は続いた。
徐々に小さくなっていき、音は消える。
振り向いた笑顔の、「なんと恐ろしかった」ことか。
熟年の男はただただ身体を小さくし、「あれから毎晩夢に見る」、と小さく溢した。
十年ほど前に魔王が現れ、その時の勇者が倒したと聞く。
平和になったと聞くも、一向にその勇者は表舞台に顔を出さなかった。それどころか、パプニカからは「勇者の行方に関する御触れ」もでた。
御触れがでて、十年だ。
帰ってきた、凱旋だ、と聞いて喜ぶ者がいたように、その突然の帰還に訝しげる者も当然いた。
それまで懸命に御触れを出しては探しまわっていた王妃を見ていた国民達は、見つかってよかったと安堵する前に、その者が本当に王妃の望んだ勇者なのかという不安が立ちはだかった。
皆、王妃を大切に思っている。王妃が少しずつ顔を強張らせては力なく佇む姿も見てきた。
だからこそ、王妃が「化物」に惑わされているのではないか、と心を痛めていた。
それでも自分たちには何もしてやれることがない。
ただただ、静かに王妃の「破滅」を見守ることしかできないのだろうか。
歯痒い思いをしたまま、同じくその「男」を目撃した数多の国民たちはみな、肩を落としため息を漏らす。
「そいつは間違いない、「竜の騎士」を名乗る化物だ」
町外れの酒場の一角。
毛艶のない長髪白髪の男が、席を立ち音を立てて熟年の男に歩み寄る。
「アンタは」
「私はその化物に故郷を消滅させられた」
熟年の男も、周りの国民も。その言葉を聞いて息を呑む。
「国を消滅?」
「やはり勇者なんかじゃなかった」
「王妃は騙されているんだ」
口々に憶測が飛び交い、その中に。
「消滅した国なんて、ここらで有名なのは」
中年の男の一言に、みな一斉に白髪の男を見やる。
「そうだ。私は一夜で消滅した国、アルキード王国の生き残りだ」
男は、遠征部隊の隊員だった。
魔王ハドラーが猛威を振るっていた中、少しでも討伐の助けになればと部隊は情報収集を続けた。
来る日も来る日も、泥にまみれ魔物と戦い、国民と世界のために情報を集めた。
負傷しなかった日はない。心許ない食糧で乗り切った日だってある。それでも隊員同士で励まし合い、お国のためにと懸命に使命を全うし続けた。
ある時、帰還の命が通達される。
勇者が、魔王を討伐したというのだ。
部隊の者は喜んだ。自分たちの努力は無駄ではなかった。やっと、平和が来た。故郷に帰れるのだと。
国に家族を残したものの多かった中、男も家族を、最愛の妻を待たせていた。
早る気持ちを抑えきれず、その日の晩に残った食糧で宴を開いた。
きっと国に帰れば、大きな報酬とは行かないものの、しばらくは家族に贅沢をさせられるだろう。
いやもしかしたら国王から何か褒美が貰えるやもしれない。男たちは笑い、歌い、一晩を明かした。
帰路の道。
念の為と情報漏洩を防ぐために人里離れた道を通ったのが災いしたのか。
男たちが意気揚々と故郷の丘を上り笑顔で麓を見渡せば、そこには何もない、ただ美しい海が眼前に広がっているだけだった。
そこからの記憶は、ない。
ただ灰色の景色を眺めては、一人また一人と美しい海に吸い込まれていく同僚たちを見送った。
見送る間、近くに寄っては引いていく波と同じく、男を見ては「ここにあった国は一晩で消え、大きな噴煙に紛れて飛び立つ魔物がいた」と口々にいい、通りすがりが寄っては去っていく。
生気のない顔をした男を気の毒に思い、通りすがりたちは持ち得ている噂を口にする。
二つの塊の形をした魔物は、遥か北を目指して飛んでいった。人の形をしていたかもしれない。何かを連れ去っていたのかもしれない。北には竜の神を信仰する国がある。王が何か悪いことをして、天罰が下った。きっとその竜が怒り、わざわざ天罰を下すために北から来たのではないか。
根も葉もないただのうわさ話。
悪いことをすると痛い目に遭うという教訓。
子供に聞かせ、悪さをしないよう釘を差す物語。
そんなものは、もはや手元にボロ布のように残った妻からもらったハンカチしか持たない男にしてみれば、どうでもいい話だった。
毎日丘の上で海を眺めていた男もまた、同僚たちの後に続こうと思っていた。
皆きっと美しい海の向こうから、愛する家族たちに手招きされ、嬉々として海を渡ったのだ。
自分にも早く妻が会いに来てくれないか。
男は毎日、静かに妻を待った。
雨に打たれ、風に吹かれ、雪も雷すらも。
永遠とも呼べる日々を過ごしながら男は待った。
妻は来なかったが、天啓はきた。
「勇者が凱旋した」という噂。
最初は、妻を待つ「忙しさ」で気にも止めなかった。
段々と声が聞こえてきて、少しだけ耳を傾けた。
耳に滑りこんできた情報に、男は長年伏せていた顔を上げた。
「勇者と呼ばれる男が、恐ろしい雄叫びを上げた」
「凱旋した勇者が、見たこともない恐ろしい力を使う」
「まるで人ではなく、北の竜の神の神話のような」
「勇者は、竜の騎士かもしれない」
愛する故郷。
一晩で消滅した国。
消滅させる威力。
大きな噴煙。
飛び立つ塊。
北に飛ぶ影。
竜神信仰。
竜の神。
竜の化身。
天罰が下る。
愛する妻。
守るべき故郷。
憎き大王。
竜の騎士。
化物め。
愛する妻。
妻。
妻。
妻。
男の目は、爛々と輝いた。
生き残りと告げた白髪の男を囲い、酒場の群衆は静かに話を聞いた。
男は告げる。
わがこきょうのように、ばけものにすべてをうばわせてはならない。
男は説く。
しょうすいしたおうひのこころのすきまをつく、なんとあくらつでみにくいばけものだろう。
男は謳う。
たいせつないとしいおうひを、うつくしきくにを、ばけものからすくうのはこくみんのわれわれなのだ。
男は奮う。
さあたてどうしたちよ、われわれのおこなうべきことは、すでにきまっている。
男は、笑った。
「征こう、共に全てを取り戻すために」
人々は愚かにも、その陽動に乗った。
怒り
一国の王妃に勇者と「持て囃されていた男」のその姿を思い出し、熟年の男は自身の両肩を抱いた。
純朴そうな、優しそうな顔をした青年「に見えた」。
王妃の用意した礼装を身に纏い、周りからは頭ひとつ抜けた高身長。濃い蜂蜜色に輝く瞳と癖毛の黒髪。
空から、これもまた「顔を知らない」魔道士を連れて降り立ち、周りを制止した次の瞬間、地を震わすほどの咆哮を上げた。
咆哮は、耳を劈くような高い音から始まり、次第に音が割れ、人の声帯から発せられているとは思えない恐ろしい音色に変わっていく。
その間も「涼しい」顔をして、威嚇している魔物を「見下す」ように睨んでいた。
恐ろしく、長い間咆哮は続いた。
徐々に小さくなっていき、音は消える。
振り向いた笑顔の、「なんと恐ろしかった」ことか。
熟年の男はただただ身体を小さくし、「あれから毎晩夢に見る」、と小さく溢した。
十年ほど前に魔王が現れ、その時の勇者が倒したと聞く。
平和になったと聞くも、一向にその勇者は表舞台に顔を出さなかった。それどころか、パプニカからは「勇者の行方に関する御触れ」もでた。
御触れがでて、十年だ。
帰ってきた、凱旋だ、と聞いて喜ぶ者がいたように、その突然の帰還に訝しげる者も当然いた。
それまで懸命に御触れを出しては探しまわっていた王妃を見ていた国民達は、見つかってよかったと安堵する前に、その者が本当に王妃の望んだ勇者なのかという不安が立ちはだかった。
皆、王妃を大切に思っている。王妃が少しずつ顔を強張らせては力なく佇む姿も見てきた。
だからこそ、王妃が「化物」に惑わされているのではないか、と心を痛めていた。
それでも自分たちには何もしてやれることがない。
ただただ、静かに王妃の「破滅」を見守ることしかできないのだろうか。
歯痒い思いをしたまま、同じくその「男」を目撃した数多の国民たちはみな、肩を落としため息を漏らす。
「そいつは間違いない、「竜の騎士」を名乗る化物だ」
町外れの酒場の一角。
毛艶のない長髪白髪の男が、席を立ち音を立てて熟年の男に歩み寄る。
「アンタは」
「私はその化物に故郷を消滅させられた」
熟年の男も、周りの国民も。その言葉を聞いて息を呑む。
「国を消滅?」
「やはり勇者なんかじゃなかった」
「王妃は騙されているんだ」
口々に憶測が飛び交い、その中に。
「消滅した国なんて、ここらで有名なのは」
中年の男の一言に、みな一斉に白髪の男を見やる。
「そうだ。私は一夜で消滅した国、アルキード王国の生き残りだ」
男は、遠征部隊の隊員だった。
魔王ハドラーが猛威を振るっていた中、少しでも討伐の助けになればと部隊は情報収集を続けた。
来る日も来る日も、泥にまみれ魔物と戦い、国民と世界のために情報を集めた。
負傷しなかった日はない。心許ない食糧で乗り切った日だってある。それでも隊員同士で励まし合い、お国のためにと懸命に使命を全うし続けた。
ある時、帰還の命が通達される。
勇者が、魔王を討伐したというのだ。
部隊の者は喜んだ。自分たちの努力は無駄ではなかった。やっと、平和が来た。故郷に帰れるのだと。
国に家族を残したものの多かった中、男も家族を、最愛の妻を待たせていた。
早る気持ちを抑えきれず、その日の晩に残った食糧で宴を開いた。
きっと国に帰れば、大きな報酬とは行かないものの、しばらくは家族に贅沢をさせられるだろう。
いやもしかしたら国王から何か褒美が貰えるやもしれない。男たちは笑い、歌い、一晩を明かした。
帰路の道。
念の為と情報漏洩を防ぐために人里離れた道を通ったのが災いしたのか。
男たちが意気揚々と故郷の丘を上り笑顔で麓を見渡せば、そこには何もない、ただ美しい海が眼前に広がっているだけだった。
そこからの記憶は、ない。
ただ灰色の景色を眺めては、一人また一人と美しい海に吸い込まれていく同僚たちを見送った。
見送る間、近くに寄っては引いていく波と同じく、男を見ては「ここにあった国は一晩で消え、大きな噴煙に紛れて飛び立つ魔物がいた」と口々にいい、通りすがりが寄っては去っていく。
生気のない顔をした男を気の毒に思い、通りすがりたちは持ち得ている噂を口にする。
二つの塊の形をした魔物は、遥か北を目指して飛んでいった。人の形をしていたかもしれない。何かを連れ去っていたのかもしれない。北には竜の神を信仰する国がある。王が何か悪いことをして、天罰が下った。きっとその竜が怒り、わざわざ天罰を下すために北から来たのではないか。
根も葉もないただのうわさ話。
悪いことをすると痛い目に遭うという教訓。
子供に聞かせ、悪さをしないよう釘を差す物語。
そんなものは、もはや手元にボロ布のように残った妻からもらったハンカチしか持たない男にしてみれば、どうでもいい話だった。
毎日丘の上で海を眺めていた男もまた、同僚たちの後に続こうと思っていた。
皆きっと美しい海の向こうから、愛する家族たちに手招きされ、嬉々として海を渡ったのだ。
自分にも早く妻が会いに来てくれないか。
男は毎日、静かに妻を待った。
雨に打たれ、風に吹かれ、雪も雷すらも。
永遠とも呼べる日々を過ごしながら男は待った。
妻は来なかったが、天啓はきた。
「勇者が凱旋した」という噂。
最初は、妻を待つ「忙しさ」で気にも止めなかった。
段々と声が聞こえてきて、少しだけ耳を傾けた。
耳に滑りこんできた情報に、男は長年伏せていた顔を上げた。
「勇者と呼ばれる男が、恐ろしい雄叫びを上げた」
「凱旋した勇者が、見たこともない恐ろしい力を使う」
「まるで人ではなく、北の竜の神の神話のような」
「勇者は、竜の騎士かもしれない」
愛する故郷。
一晩で消滅した国。
消滅させる威力。
大きな噴煙。
飛び立つ塊。
北に飛ぶ影。
竜神信仰。
竜の神。
竜の化身。
天罰が下る。
愛する妻。
守るべき故郷。
憎き大王。
竜の騎士。
化物め。
愛する妻。
妻。
妻。
妻。
男の目は、爛々と輝いた。
生き残りと告げた白髪の男を囲い、酒場の群衆は静かに話を聞いた。
男は告げる。
わがこきょうのように、ばけものにすべてをうばわせてはならない。
男は説く。
しょうすいしたおうひのこころのすきまをつく、なんとあくらつでみにくいばけものだろう。
男は謳う。
たいせつないとしいおうひを、うつくしきくにを、ばけものからすくうのはこくみんのわれわれなのだ。
男は奮う。
さあたてどうしたちよ、われわれのおこなうべきことは、すでにきまっている。
男は、笑った。
「征こう、共に全てを取り戻すために」
人々は愚かにも、その陽動に乗った。
怒り
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