転生パロ小説まとめ
「よっ」
「お疲れさま。ごめんね、遅れちゃった」
「んーん、今来たところだ」
今日はクリスマスイブ。
街はキラキラの電飾で着飾った木々が立ち並んで、星がかすかに見える程度の寒空の澄んだ空気も華やぐ。
ポップは仕事上がり、俺もバイト終わりに普段よく待ち合わせをする角の小さな喫茶店の前で落ち合った。
家を出る時間はポップの方が早かった今日、俺はまだポップの服を見ていない。とはいっても、ポップの服はいつも通りのスーツに緑のダッフルコートとオレンジ色のマフラー。俺はネイビーのコートに白いマフラー。
急に寒くなっても特にマフラーなんかしてなかった俺に、「見てるとこっちが寒ィよ」、と笑いながらポップが買ってくれた。
「飯、どうするんだっけ?」
「前に言ってたパスタ屋、あるだろ?あそこのクリスマスディナーのセットが美味しいってクラスの子が言ってて、気になったから。予約は取ったんだ」
「おっ、了解した。道案内よろしくな」
二人で並んで、今日あったことを報告しながら店まで移動する。
今日という日のために定時で会社を飛び出してきてやった、と豪語するポップ。相変わらず会社の先輩にしつこく「彼女か?」と詰められていたのをなんとか撒いてきたらしい。「彼女じゃないのに」、とふと漏らした言葉に、ポップは笑う。
「そうだな。こんなバカでけえ彼女じゃ、先輩も腰抜かしちまうよ」
からからと笑うポップに、それ以上は何も言えなくて。
一瞬差し出した自分の手を、そっとポケットに入れた。
綺麗なクリスマスオーナメントで飾られたイタリアンレストランに入る。
予約をしていなかったらまず入れなかっただろうな、というくらい人で溢れていた。
時期と、日付と。分かっていたことだけど、恋人同士が多い。
席に案内されて、上着を脱いで。
腰をかけて待つこと数分。困り顔の店員が、そっとこちらに近寄る。
「ご予約をされた方は」
「あっ、俺ですけど」
小さく手を上げると、更に困った様子で言葉を続ける。
「申し訳ありません。こちらのディナーセットなのですが、カップル様限定となっておりまして」
「あ」
俺とポップは、恋人同士です。
瞬時に、その言葉が出てこなかった。
言葉に詰まった瞬間を察したように、ポップが間に入る。
「わりぃね、お姉さん。コイツこの晴れの日にカノジョさんとまさかの喧嘩別れしちまって…しかもついさっき!」
ぷぷっと笑い、続けて。
「料理、もう用意出来ちまってんだろ?こんなでけえヤツだけど、流石に傷心で二人分食えないし、せっかく頼んだのにさ。もったいねえじゃん?可哀想なフラレ男子とそのお友達のために、なんとか料理、食わせてもらえねえかな?」
店員は「確認してきます」とだけいい、席を離れる。
動けなくなった俺を見て、ポップは目を細めて笑う。
「飯、食えるといいな」
程なくして、店員が戻る。
確かに料理は出来ていて、あとは出すだけ。
「問題ありませんでした、どうぞ召し上がってください」
小さな前菜をテーブルに並べて、店員は笑顔でテーブルを離れた。
「ふぃー、よかった」
ポップは額の汗を拭うような仕草のあと、またこちらに笑いかける。
「うまそうだ。予約、ありがとうな」
「うん」
小さく言葉を返して、テーブルの前菜を眺める。
少しだけ、しゅんとした気持ちに蓋をして。
料理は噂に聞いた通り。
華やかで、キラキラしてて、とても美味しかった。
ポップもワインを片手に、料理を頬張る。
「お酒の味、楽しめるのはまだ先かなあ」
提供された炭酸水を口に含む。
「でも呑める歳だろ?まずはビールから慣らしていって、少しずーつうまいもん呑ましていってやるからな」
ワイングラスをくるくると回しながら、ポップはにこにこと笑う。
「呑めるかなあ、俺。子供舌だって、お前良く言うじゃないか」
わさびもカラシも苦手、最近粒マスタードが大丈夫になった俺をポップは「身体はでけえのになあ」、とからかう。
「だーから慣らしていくんだって。少しずつでいいんだ、誰も急いで酒豪になれなんて言ってねえよ」
弧を描いて笑っていた目元は、少しして、優しそうに丸みを帯びた目に変わる。
「そう急いで大人にならないでくれよ。俺の楽しみ、減っちまうから」
くいと、ワインをあおって。
また静かに、ナイフとフォークを動かす。
俺もその手元をみて、同じくスプーンで料理を掬い、口に運んだ。
「セットなだけあって、結構な量だったな」
二人で満腹になったお腹を擦りながら、店を出る。
「あれ、ほんとに女の人に食べられる量だったのかな」
「マァムなら、ペロッ!の量だな。姫さんは…少し残すかもしんねえ」
「ふふっ、確かにレオナには量が多いね」
それでもデザートは別腹よ!とポップと二人、声を揃えてレオナの真似をする。女の子には、甘いものが入る別のお腹があると聞いた時はびっくりしたけど、医学の勉強を進めてる今、そんな器官はないと知って可笑しかったことを思い出す。
女の子には。
ポップが、カノジョだったら。
やっぱり別のお腹があるのかな。
どうにもさっきの話が頭について回る。
恋人同士ですと答えられなかったことを、少し後悔している。
そんな気がする。
「どうした?」
難しい顔をしていたのか、ポップが見上げる。
「ううん、何でもないよ」
笑うと、ふーん?と言って、またポップは歩き出す。
その横を、俺は同じ速度で歩いた。
「なあ」
しばらく歩いて、きらびやかなショウウィンドウを眺めながらなんとかポップと手を繋げないか、とポケットから手を出したり引っ込めたりしている俺には気づかず、ふとポップが立ち止まる。
手を繋ごうとしていたのがバレたのかと背筋をピンと張って口をぎゅっと噤んだが、そうではなく。
「あそこ、でけえツリーあるぜ」
ポップの指差す先に、綺麗に赤や緑、金色で着飾ったクリスマスツリーが立っていた。
この距離から見ても分かるほど俺より大きな木で、俺の頭よりも大きな星が、キラキラとツリーのてっぺんに座ってこちらを眺めている。
近くで見ようよ、と言いかけて、はたと足が止まる。
「…まあ、クリスマスイブだからなあ」
同じく、ツリーに向けてポップがため息をついた。
クリスマスイブだから。
ツリーの周りにはたくさんの男女。
みんな、手を繋いで。
見つめ合って。
キスをして。
「ヤロー二人が入っていくにはちいとばかしキラキラがすぎる」
苦笑いして、ポップはこっちに向き直る。
「向こうの通りでもライトアップ、やってたよな?そっち見に行こうぜ」
笑って、足を進める。
少し。
いや。
かなり後ろ髪を引かれながら、ポップの後ろについて歩いた。
本当なら、俺達はあそこにいれたんじゃないかな。
俺達は恋人です、と言えてたら。
そう思って、また少ししゅんとした気持ちに二重蓋をする。
ポップの言う離れたライトアップも、すごく綺麗だった。
道路を挟んで街の奥まで、赤や緑、黄色のクリスマスカラーに光る電球を着て木々が並ぶ。こちら側はどちらかというと友達や、家族連れで賑わっていた。
「クリスマスマーケットもあったのか」
規模は小さめだけど、綿を雪に見立てた飾り付けをした小屋が並び、シュトーレンやホットチョコレートを売っている。
「何か飲む?」
「せっかくだ、ホットチョコレートでも飲むか?」
「俺、買ってくるからここで座ってて」
「ん?わかった」
俺の手に小さく収まる大きさの耐熱の紙カップに、ホットチョコレートが注がれていく。
2、3個マシュマロが入り、ぱちん、と蓋をして提供される。
「お兄さん背が高いですね」
お店のお姉さんが見上げる。
「よく言われます」
「今日は恋人さんと?」
「…はい」
小さく返す俺に、お姉さんは笑う。
「イブだもんね、楽しんでね」
ポップが横にいるときはなんで言えないのに。
いないと言えるんだ。
自分のバカ!
閉めたはずの二重蓋が緩んで、しゅんとした気持ちが飛び出す。頭の上をわらわらと踊りながら、まるで俺自身をからかってるみたいだ。
ぱっ、ぱっとそれらを振り払ってカップを持って戻ると、寒そうに少し身体を擦るポップが視界に入る。
駆け足で近寄り、ホットチョコレートを差し出す。
「ごめん。おまたせ」
「いいや、ありがとな」
俺の手からカップを受け取り、そっとポップは口をつけた。
「あちっ…いやあ、寒い中飲むホットチョコレートもなかなかいいもんだ」
寒さから少し赤くなっている鼻を擦りながら、ポップは笑った。
「うん。甘すぎなくて美味しいね」
蓋をとって少し冷まし、口に含む。
カカオの香りが鼻をくすぐって、喉を通る暖かさがお腹に入って中から身体を温める。
周りの光が強すぎて、上を見上げても星は見えない。
ただ真っ暗な空を眺めて、二人でホットチョコレートを飲む。
ふと、自分の座る横に、ポップの手があることに気付く。
どきりとして、緊張して。
それでも手を伸ばすことを躊躇しなかった。
俺の手も健闘虚しく、重なる瞬間にポップが立ち上がる。
「だいぶ人引いてきたな」
さっきまで人が居た道は、気がつくと疎らな形で点々と数人歩いているのみ。
手を繋ごうと伸ばしたあの一瞬は、どうやら大分時間をかけて繋ごうと奮闘した小一時間だったみたいだ。
「温まったけど、いい時間になっちまった。そろそろ帰ろうぜ」
小一時間格闘した上でつかむ先を失った俺の手を、ポップはいとも簡単に掴んで俺を引き上げる。立ち上がる瞬間は見上げていた彼を、立ったあとは見下ろす。
「明日は休みだから、帰ってゲームでもして過ごすか」
一歩先を歩き、こちらに振り返る。その顔は、いつも見る、優しく、楽しそうに笑うポップの顔。
また一歩足を進めるポップの手に、今度こそと俺の手を伸ばす。
それもすっと躱されて、俺の手はすごすごとポケットに帰って行った。
帰り道。
途中で見たツリーの前を通る方が近い。
二人並んで、他愛無い話をして、そのツリーに近づく。
さっきとは違って、ほとんど周りに人はいない。
「さっきはちゃんと見れなかったな」
近くで立ち止まり、ポップはクリスマスツリーを見上げる。その横に立って、俺も見上げた。
大きなクリスマスツリーに、色とりどりのつやつやのオーナメント。
さんさんと輝くてっぺんの星は、誰も見る人がいなくても、静かに、誇らしげに、キラキラと光る。
ここで、さっきの恋人たちみたいに、手を繋げたら。
星がきれいで、お前も綺麗だよ、なんて。馬鹿みたいな、ポップには全く似合わない言葉を投げたら。
あのブロンズ色の目を見て、キスができたら。
恋人らしいことを、出来たなら。
そんなことを思って、見たポップは。
きっと一度も見たことがない、でも、記憶にある気がする、子供のようにキラキラとした瞳でツリーを見て、言葉を洩らす。

その顔に。瞳に。惹かれてしまって。
さっきまでの躊躇も。迷いも。悩んでいたことすら。
どこか遠くに飛んでいった。
今度は、まるでそうなるように仕組まれたような。
自然な動きで、ポップの肩に手を乗せ、引き寄せて。


絞り出すように、情けなく震えた声で俺は言う。
俺は、お前の恋人だから。
お前は、俺の恋人だから。
俺も、お前を抱き寄せて、腕の中に閉じ込めて、覆いかぶさって、耳元にキスを落として。
あの時見たカップル達のように、はしたなくても、キラキラと輝くクリスマスツリーのそばで。
お前と俺が、幸せそうに恋人として過ごしている瞬間を。
きっと、こうやってキスをして、見せびらかしたかったんだ。
真っ赤な顔で唇を手で覆い隠すポップ。
鼻が垂れて、驚いて潤んだ瞳で、俺を見上げて、固まる。
「…ごめん」
自分も顔が、耳、首まで真っ赤になっていることを自覚しながら謝った。公の場でカップルを見ると、ポップはよく「爆発しろ」と言っていたことを思い出す。多分意味は違う。けど、今まさに爆発しそうな恥ずかしさに苛まれている。足元をみて、気持ちを落ち着かせようとする。
「…謝んなよ」
俺のコートの袖を小さくにぎり、ポップはまだ真っ赤なままの顔で、視線を外したまま俺に言う。
少しお互い黙ってしまって、静かな空気が流れる。
「…お前、少しわがまま言えるようになったんだな」
にへっ、と笑うポップに、俺も釣られて笑う。
「まあ…ちいとばかしわがままが過ぎっけどよ」
困った笑い顔で、頭を掻く。
わがまま。
これはわがままだ。
恋人らしくする方法は外部へのアピールだけじゃない。
他にもあるのに。
それでもやっぱり、好きな人と手をとって、横に並んで。
クリスマスなら、よく聞くヒイラギの樹の下でくちづけを交わす。
クラスの女の子たちがクスクスと笑いながら「そんな夢みたいなことを」、と互いに少し馬鹿にしたように話した内容を聞いて、俺の方が、その光景を夢見てしまっていた。
ぶわっと汗が噴き出てきて、かなりとんでもないことをした、と今更ながら気持ちがざわつく。
恋人同士だからと、そもそも公の場でキスをするなんて良くないし、見せて楽しいものでもないのに。
それどころか、ポップは本当はどう思ってるんだろう?俺と付き合ってること、本当は隠したいんだったら。だからうまくすり抜けられてたりしてたのかな。
俺の顔色が変わったのを、ポップはすぐに見抜く。
「なあ」
そっと、少しだけ冷えた両手で、俺の右手を包む。
視線をポップに向けると、クリスマスツリーの光でキラキラと光るブロンズ色の瞳と視線が合う。
「お前がしたいなら、そうすればいいんだ」
柔らかく笑って、頬は赤いまま。
「俺はただ、お前の隣に立ち続けるから。どんな形でも、な」
相棒でも、親友でも、恋人でも。
綺麗に輝くポップの目が、そう言ってくれているようで。
相変わらず鼻が垂れた状態なのに、悪戯な顔で笑うポップを見て、また気持ちが昂ぶってきてしまって。
その鼻先にくちづけを落としてしまい、後退りされる。
「だーもうダメだ!分かったから落ち着け!」
顔も耳も、手さえも。
全身がきっと真っ赤になっているポップに、後ろにぎゅう、と押し返される。
「うん、ごめん」
うれしくて、嬉しくて。
とてもだらしない顔をしてると思う。
頬は緩んでて、熱くて、目尻もきっと、上がってる。
「ねえ、ポップ。手、俺と繋いでくれる?」
さっきは出なかった言葉が、熱で口の回りが良くなって、するん、と飛び出した。
ポップは少しだけ間を開けて、弟のわがままに困った兄のような顔で、手を出してくれた。
「帰り着くまで、な?」
きゅっ、とお互いの手を重ねて繋げる。
重ねた手を眺めたあとに、二人してお互いの顔を見て、頬を赤く染めて笑い合う。
そのまま、帰る方向に向き直り、一緒に一歩前へ踏み出した。
「ねえ、やっぱり俺と恋人同士なの、恥ずかしい?」
手を繋いで、嬉しくて少し大ぶりに振ってみたりしながら。
なんとなく聞いてみる。
「恥ずかしいよ、そりゃあ」
まっすぐ返ってきた言葉にがつんと殴られる。
泣きそうになりながらポップを見ると、そのポップは、俺の顔には気づかず顔を赤くして鼻先を掻く。
「普段「リア充爆発しろ」って言ってる人間がリア充なんだぞ。矛盾してるしめちゃくちゃ浮かれてるから、恥ずかしいじゃねえかよ」
マフラーに顔を埋めそうなくらい首を縮めながら、強く手を握り返してくる。
「…あと。ちゃんと恋人出来てるか自信がねえな、あんま」
困ったように、不安そうに、俺を見上げる。
なんだ、すっごく愛されてるじゃないか。
俺は笑いながら、同じくらい強くポップの手を握り返す。
「十分すぎて、俺は幸せだよ」
「お疲れさま。ごめんね、遅れちゃった」
「んーん、今来たところだ」
今日はクリスマスイブ。
街はキラキラの電飾で着飾った木々が立ち並んで、星がかすかに見える程度の寒空の澄んだ空気も華やぐ。
ポップは仕事上がり、俺もバイト終わりに普段よく待ち合わせをする角の小さな喫茶店の前で落ち合った。
家を出る時間はポップの方が早かった今日、俺はまだポップの服を見ていない。とはいっても、ポップの服はいつも通りのスーツに緑のダッフルコートとオレンジ色のマフラー。俺はネイビーのコートに白いマフラー。
急に寒くなっても特にマフラーなんかしてなかった俺に、「見てるとこっちが寒ィよ」、と笑いながらポップが買ってくれた。
「飯、どうするんだっけ?」
「前に言ってたパスタ屋、あるだろ?あそこのクリスマスディナーのセットが美味しいってクラスの子が言ってて、気になったから。予約は取ったんだ」
「おっ、了解した。道案内よろしくな」
二人で並んで、今日あったことを報告しながら店まで移動する。
今日という日のために定時で会社を飛び出してきてやった、と豪語するポップ。相変わらず会社の先輩にしつこく「彼女か?」と詰められていたのをなんとか撒いてきたらしい。「彼女じゃないのに」、とふと漏らした言葉に、ポップは笑う。
「そうだな。こんなバカでけえ彼女じゃ、先輩も腰抜かしちまうよ」
からからと笑うポップに、それ以上は何も言えなくて。
一瞬差し出した自分の手を、そっとポケットに入れた。
綺麗なクリスマスオーナメントで飾られたイタリアンレストランに入る。
予約をしていなかったらまず入れなかっただろうな、というくらい人で溢れていた。
時期と、日付と。分かっていたことだけど、恋人同士が多い。
席に案内されて、上着を脱いで。
腰をかけて待つこと数分。困り顔の店員が、そっとこちらに近寄る。
「ご予約をされた方は」
「あっ、俺ですけど」
小さく手を上げると、更に困った様子で言葉を続ける。
「申し訳ありません。こちらのディナーセットなのですが、カップル様限定となっておりまして」
「あ」
俺とポップは、恋人同士です。
瞬時に、その言葉が出てこなかった。
言葉に詰まった瞬間を察したように、ポップが間に入る。
「わりぃね、お姉さん。コイツこの晴れの日にカノジョさんとまさかの喧嘩別れしちまって…しかもついさっき!」
ぷぷっと笑い、続けて。
「料理、もう用意出来ちまってんだろ?こんなでけえヤツだけど、流石に傷心で二人分食えないし、せっかく頼んだのにさ。もったいねえじゃん?可哀想なフラレ男子とそのお友達のために、なんとか料理、食わせてもらえねえかな?」
店員は「確認してきます」とだけいい、席を離れる。
動けなくなった俺を見て、ポップは目を細めて笑う。
「飯、食えるといいな」
程なくして、店員が戻る。
確かに料理は出来ていて、あとは出すだけ。
「問題ありませんでした、どうぞ召し上がってください」
小さな前菜をテーブルに並べて、店員は笑顔でテーブルを離れた。
「ふぃー、よかった」
ポップは額の汗を拭うような仕草のあと、またこちらに笑いかける。
「うまそうだ。予約、ありがとうな」
「うん」
小さく言葉を返して、テーブルの前菜を眺める。
少しだけ、しゅんとした気持ちに蓋をして。
料理は噂に聞いた通り。
華やかで、キラキラしてて、とても美味しかった。
ポップもワインを片手に、料理を頬張る。
「お酒の味、楽しめるのはまだ先かなあ」
提供された炭酸水を口に含む。
「でも呑める歳だろ?まずはビールから慣らしていって、少しずーつうまいもん呑ましていってやるからな」
ワイングラスをくるくると回しながら、ポップはにこにこと笑う。
「呑めるかなあ、俺。子供舌だって、お前良く言うじゃないか」
わさびもカラシも苦手、最近粒マスタードが大丈夫になった俺をポップは「身体はでけえのになあ」、とからかう。
「だーから慣らしていくんだって。少しずつでいいんだ、誰も急いで酒豪になれなんて言ってねえよ」
弧を描いて笑っていた目元は、少しして、優しそうに丸みを帯びた目に変わる。
「そう急いで大人にならないでくれよ。俺の楽しみ、減っちまうから」
くいと、ワインをあおって。
また静かに、ナイフとフォークを動かす。
俺もその手元をみて、同じくスプーンで料理を掬い、口に運んだ。
「セットなだけあって、結構な量だったな」
二人で満腹になったお腹を擦りながら、店を出る。
「あれ、ほんとに女の人に食べられる量だったのかな」
「マァムなら、ペロッ!の量だな。姫さんは…少し残すかもしんねえ」
「ふふっ、確かにレオナには量が多いね」
それでもデザートは別腹よ!とポップと二人、声を揃えてレオナの真似をする。女の子には、甘いものが入る別のお腹があると聞いた時はびっくりしたけど、医学の勉強を進めてる今、そんな器官はないと知って可笑しかったことを思い出す。
女の子には。
ポップが、カノジョだったら。
やっぱり別のお腹があるのかな。
どうにもさっきの話が頭について回る。
恋人同士ですと答えられなかったことを、少し後悔している。
そんな気がする。
「どうした?」
難しい顔をしていたのか、ポップが見上げる。
「ううん、何でもないよ」
笑うと、ふーん?と言って、またポップは歩き出す。
その横を、俺は同じ速度で歩いた。
「なあ」
しばらく歩いて、きらびやかなショウウィンドウを眺めながらなんとかポップと手を繋げないか、とポケットから手を出したり引っ込めたりしている俺には気づかず、ふとポップが立ち止まる。
手を繋ごうとしていたのがバレたのかと背筋をピンと張って口をぎゅっと噤んだが、そうではなく。
「あそこ、でけえツリーあるぜ」
ポップの指差す先に、綺麗に赤や緑、金色で着飾ったクリスマスツリーが立っていた。
この距離から見ても分かるほど俺より大きな木で、俺の頭よりも大きな星が、キラキラとツリーのてっぺんに座ってこちらを眺めている。
近くで見ようよ、と言いかけて、はたと足が止まる。
「…まあ、クリスマスイブだからなあ」
同じく、ツリーに向けてポップがため息をついた。
クリスマスイブだから。
ツリーの周りにはたくさんの男女。
みんな、手を繋いで。
見つめ合って。
キスをして。
「ヤロー二人が入っていくにはちいとばかしキラキラがすぎる」
苦笑いして、ポップはこっちに向き直る。
「向こうの通りでもライトアップ、やってたよな?そっち見に行こうぜ」
笑って、足を進める。
少し。
いや。
かなり後ろ髪を引かれながら、ポップの後ろについて歩いた。
本当なら、俺達はあそこにいれたんじゃないかな。
俺達は恋人です、と言えてたら。
そう思って、また少ししゅんとした気持ちに二重蓋をする。
ポップの言う離れたライトアップも、すごく綺麗だった。
道路を挟んで街の奥まで、赤や緑、黄色のクリスマスカラーに光る電球を着て木々が並ぶ。こちら側はどちらかというと友達や、家族連れで賑わっていた。
「クリスマスマーケットもあったのか」
規模は小さめだけど、綿を雪に見立てた飾り付けをした小屋が並び、シュトーレンやホットチョコレートを売っている。
「何か飲む?」
「せっかくだ、ホットチョコレートでも飲むか?」
「俺、買ってくるからここで座ってて」
「ん?わかった」
俺の手に小さく収まる大きさの耐熱の紙カップに、ホットチョコレートが注がれていく。
2、3個マシュマロが入り、ぱちん、と蓋をして提供される。
「お兄さん背が高いですね」
お店のお姉さんが見上げる。
「よく言われます」
「今日は恋人さんと?」
「…はい」
小さく返す俺に、お姉さんは笑う。
「イブだもんね、楽しんでね」
ポップが横にいるときはなんで言えないのに。
いないと言えるんだ。
自分のバカ!
閉めたはずの二重蓋が緩んで、しゅんとした気持ちが飛び出す。頭の上をわらわらと踊りながら、まるで俺自身をからかってるみたいだ。
ぱっ、ぱっとそれらを振り払ってカップを持って戻ると、寒そうに少し身体を擦るポップが視界に入る。
駆け足で近寄り、ホットチョコレートを差し出す。
「ごめん。おまたせ」
「いいや、ありがとな」
俺の手からカップを受け取り、そっとポップは口をつけた。
「あちっ…いやあ、寒い中飲むホットチョコレートもなかなかいいもんだ」
寒さから少し赤くなっている鼻を擦りながら、ポップは笑った。
「うん。甘すぎなくて美味しいね」
蓋をとって少し冷まし、口に含む。
カカオの香りが鼻をくすぐって、喉を通る暖かさがお腹に入って中から身体を温める。
周りの光が強すぎて、上を見上げても星は見えない。
ただ真っ暗な空を眺めて、二人でホットチョコレートを飲む。
ふと、自分の座る横に、ポップの手があることに気付く。
どきりとして、緊張して。
それでも手を伸ばすことを躊躇しなかった。
俺の手も健闘虚しく、重なる瞬間にポップが立ち上がる。
「だいぶ人引いてきたな」
さっきまで人が居た道は、気がつくと疎らな形で点々と数人歩いているのみ。
手を繋ごうと伸ばしたあの一瞬は、どうやら大分時間をかけて繋ごうと奮闘した小一時間だったみたいだ。
「温まったけど、いい時間になっちまった。そろそろ帰ろうぜ」
小一時間格闘した上でつかむ先を失った俺の手を、ポップはいとも簡単に掴んで俺を引き上げる。立ち上がる瞬間は見上げていた彼を、立ったあとは見下ろす。
「明日は休みだから、帰ってゲームでもして過ごすか」
一歩先を歩き、こちらに振り返る。その顔は、いつも見る、優しく、楽しそうに笑うポップの顔。
また一歩足を進めるポップの手に、今度こそと俺の手を伸ばす。
それもすっと躱されて、俺の手はすごすごとポケットに帰って行った。
帰り道。
途中で見たツリーの前を通る方が近い。
二人並んで、他愛無い話をして、そのツリーに近づく。
さっきとは違って、ほとんど周りに人はいない。
「さっきはちゃんと見れなかったな」
近くで立ち止まり、ポップはクリスマスツリーを見上げる。その横に立って、俺も見上げた。
大きなクリスマスツリーに、色とりどりのつやつやのオーナメント。
さんさんと輝くてっぺんの星は、誰も見る人がいなくても、静かに、誇らしげに、キラキラと光る。
ここで、さっきの恋人たちみたいに、手を繋げたら。
星がきれいで、お前も綺麗だよ、なんて。馬鹿みたいな、ポップには全く似合わない言葉を投げたら。
あのブロンズ色の目を見て、キスができたら。
恋人らしいことを、出来たなら。
そんなことを思って、見たポップは。
きっと一度も見たことがない、でも、記憶にある気がする、子供のようにキラキラとした瞳でツリーを見て、言葉を洩らす。

その顔に。瞳に。惹かれてしまって。
さっきまでの躊躇も。迷いも。悩んでいたことすら。
どこか遠くに飛んでいった。
今度は、まるでそうなるように仕組まれたような。
自然な動きで、ポップの肩に手を乗せ、引き寄せて。


絞り出すように、情けなく震えた声で俺は言う。
俺は、お前の恋人だから。
お前は、俺の恋人だから。
俺も、お前を抱き寄せて、腕の中に閉じ込めて、覆いかぶさって、耳元にキスを落として。
あの時見たカップル達のように、はしたなくても、キラキラと輝くクリスマスツリーのそばで。
お前と俺が、幸せそうに恋人として過ごしている瞬間を。
きっと、こうやってキスをして、見せびらかしたかったんだ。
真っ赤な顔で唇を手で覆い隠すポップ。
鼻が垂れて、驚いて潤んだ瞳で、俺を見上げて、固まる。
「…ごめん」
自分も顔が、耳、首まで真っ赤になっていることを自覚しながら謝った。公の場でカップルを見ると、ポップはよく「爆発しろ」と言っていたことを思い出す。多分意味は違う。けど、今まさに爆発しそうな恥ずかしさに苛まれている。足元をみて、気持ちを落ち着かせようとする。
「…謝んなよ」
俺のコートの袖を小さくにぎり、ポップはまだ真っ赤なままの顔で、視線を外したまま俺に言う。
少しお互い黙ってしまって、静かな空気が流れる。
「…お前、少しわがまま言えるようになったんだな」
にへっ、と笑うポップに、俺も釣られて笑う。
「まあ…ちいとばかしわがままが過ぎっけどよ」
困った笑い顔で、頭を掻く。
わがまま。
これはわがままだ。
恋人らしくする方法は外部へのアピールだけじゃない。
他にもあるのに。
それでもやっぱり、好きな人と手をとって、横に並んで。
クリスマスなら、よく聞くヒイラギの樹の下でくちづけを交わす。
クラスの女の子たちがクスクスと笑いながら「そんな夢みたいなことを」、と互いに少し馬鹿にしたように話した内容を聞いて、俺の方が、その光景を夢見てしまっていた。
ぶわっと汗が噴き出てきて、かなりとんでもないことをした、と今更ながら気持ちがざわつく。
恋人同士だからと、そもそも公の場でキスをするなんて良くないし、見せて楽しいものでもないのに。
それどころか、ポップは本当はどう思ってるんだろう?俺と付き合ってること、本当は隠したいんだったら。だからうまくすり抜けられてたりしてたのかな。
俺の顔色が変わったのを、ポップはすぐに見抜く。
「なあ」
そっと、少しだけ冷えた両手で、俺の右手を包む。
視線をポップに向けると、クリスマスツリーの光でキラキラと光るブロンズ色の瞳と視線が合う。
「お前がしたいなら、そうすればいいんだ」
柔らかく笑って、頬は赤いまま。
「俺はただ、お前の隣に立ち続けるから。どんな形でも、な」
相棒でも、親友でも、恋人でも。
綺麗に輝くポップの目が、そう言ってくれているようで。
相変わらず鼻が垂れた状態なのに、悪戯な顔で笑うポップを見て、また気持ちが昂ぶってきてしまって。
その鼻先にくちづけを落としてしまい、後退りされる。
「だーもうダメだ!分かったから落ち着け!」
顔も耳も、手さえも。
全身がきっと真っ赤になっているポップに、後ろにぎゅう、と押し返される。
「うん、ごめん」
うれしくて、嬉しくて。
とてもだらしない顔をしてると思う。
頬は緩んでて、熱くて、目尻もきっと、上がってる。
「ねえ、ポップ。手、俺と繋いでくれる?」
さっきは出なかった言葉が、熱で口の回りが良くなって、するん、と飛び出した。
ポップは少しだけ間を開けて、弟のわがままに困った兄のような顔で、手を出してくれた。
「帰り着くまで、な?」
きゅっ、とお互いの手を重ねて繋げる。
重ねた手を眺めたあとに、二人してお互いの顔を見て、頬を赤く染めて笑い合う。
そのまま、帰る方向に向き直り、一緒に一歩前へ踏み出した。
「ねえ、やっぱり俺と恋人同士なの、恥ずかしい?」
手を繋いで、嬉しくて少し大ぶりに振ってみたりしながら。
なんとなく聞いてみる。
「恥ずかしいよ、そりゃあ」
まっすぐ返ってきた言葉にがつんと殴られる。
泣きそうになりながらポップを見ると、そのポップは、俺の顔には気づかず顔を赤くして鼻先を掻く。
「普段「リア充爆発しろ」って言ってる人間がリア充なんだぞ。矛盾してるしめちゃくちゃ浮かれてるから、恥ずかしいじゃねえかよ」
マフラーに顔を埋めそうなくらい首を縮めながら、強く手を握り返してくる。
「…あと。ちゃんと恋人出来てるか自信がねえな、あんま」
困ったように、不安そうに、俺を見上げる。
なんだ、すっごく愛されてるじゃないか。
俺は笑いながら、同じくらい強くポップの手を握り返す。
「十分すぎて、俺は幸せだよ」
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