ナンバー、アイ
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「どうだった?イケメ、ってみょうじ?」
「主任!!!!!」
「ど、どうした?!」
「チェンジ!担当チェンジです!!!」
スタッフルームの扉を開け早々。息も切れ切れにそう言えば、パソコンに向けられていた視線が一斉に私の方へと移される。注目を浴びるのは正直苦手。でもいまはそんなこと言っていられなくて、私は血眼になりながら目的である人物を探していた。すると部屋の奥の方から目を丸くしながら駆けつけてきたのは、そう私の目標物である主任である。
彼をロックオンするや否や、弾丸のように口から勝手に出てくる言葉を浴びさせる。たぶん何を言っているのか、言ったのか。私も主任もお互いに理解していない。ただカオスとも言えるこの空間に「落ち着けー!!!」と同期である彼女の仲裁が入らなければ、きっと誰も状況を把握することなく、最後は適当に愛想笑われ対応されていたのだろう。
とりあえず無理矢理その場の椅子に座らされ、そしてお茶が目の前に出された。私はそれを乾き切った喉に一気に流し込んでいく。カラカラの喉は潤い、そしてサッと熱が引いていけば、次第に周りが見えるようになってきた。それでも未だに興奮は冷め止まないが、さっきよりはいくらか冷静に話せそうだ。
私はヒーローにはそこまで詳しくはない。ある程度有名であればまぁ名前は言えるそんな程度。でも名前といえど知っているのは『ヒーロー名』であり、実名まではさすがに把握出来てはいない。それに素顔とならば余計にである。
だから知らなかったのだ。今日の新患が若手ヒーローの中でも群を抜いて実力がある、あの『ダイナマイト』ということを。そう私が名を口にすれば、シンと静まり返っていたスタッフルーム内が、ザワザワとざわつき始める。個人情報であるからあまりこういったことは言わない方がいいんだろうけど。でもここまで有名な人であれば明日には、いやもうすでに院内には噂は広まっているだろう。
それを隣で聞いていた同期は「そういえば彼、そんな名前だったかも」と呑気そうに笑っていた。いやいや、カルテ見た時に気づいてよ!!!そう思うのだけれど、もう時は過ぎ去ったのだから仕方ない。
そして、問題はそこじゃない。私自身新患を受け持つことに抵抗はないし、別に嫌だとも思わない。ただ今回の相手とは相性が悪すぎた。身体が初めて拒否をした。こいつは私の敵だ、とそう言っているのだ。
だから私はお願いした。この人の担当を降りたいと。担当が変わること自体そんなに珍しいことじゃない。お互いに人であるから、そりゃ好き嫌い、苦手得意はあるわけだ。だからそれを無理に押し付けるわけじゃなく、それぞれが穏やかに過ごせるよう調整していけばいい。それがこちら側には出来る。だけどいつもは優しく了承してくれる主任は、今日はどうしてか少し渋った顔を私に向ける。何となく嫌な予感はした。
「それがだな………」
「何かあるんですか」
「爆豪さんからの希望なんだよ」
「へ?」
「みょうじさんを担当にしてくれってね。ほら、カルテの特記事項に書いてあっただろ」
何を言われたのか一瞬分からなかった。だけど慌ててパソコンへと移動しカルテを開いて確認をすれば、主任が言うように記載がしてあった。『患者希望にて理学療法担当をみょうじとする』と。いや、ベテランでお互いに馴染みがあれば、それなりに融通を利かせて担当を固定することはあるけど、私まだ5年目の毛の生えたての若手だよ。指名をされるほどの技術も知識も持っていないんだけど?!
言いたいことは山ほどある。けれどうまく言葉は出てこなくて、パクパクと口だけが動いている状態。それでも嫌なものは嫌だ、だから何とかしてくれと懇願するが「でも患者のニーズには答えたいし」「それにまだ関わって数時間だろ?」なんて畳み掛けるようにそう言うもんだから、ぐうの音も出ない。
主任の言っていることは理解出来るし、正しいとそう思う。だから言い返せなかった。嫌なんてもう言えるわけがなかった。ポンと肩を叩かれればもうこの話はお終いということか。泣きそうになりながらも「モウスコシガンバル」とロボットのようにカタコトで伝えれば、「頼むよ」と主任はニコニコしながら病棟の方へと降りていくのだった。
集まっていたギャラリーも、話が終わればそれぞれの残った業務を片付けにパソコンへと戻っていく。机に残されたのは私と同期の二人。そして彼女はいまは誰もいないリハビリ室へと私を連れ出した。シンと静かな部屋に、先程から止まらない私のため息がやけに反響する。
「大変そうだね」
「やっていけるか不安すぎる」
「でもさ、ダイナマイト……爆豪さんってあんたの」
「っ、………そうだよ」
その問いかけに言葉が少しだけ詰まる。彼女は唯一の同期であり、そして割と本音を話せる人。だから私の事情を知っている。
私の個性は『分析』。それは人を含むありとあらゆる動物の身体を数値に表すことが出来る。例えば、身体能力や筋肉量、バランス、肉体の疲労度……とまぁ様々。そしてこの個性のせいもあるかもしれないが、私はリハビリにおける目標として左右バランスの良い均等した肉体の回復を提示している。
そもそも人の臓器は左右で異なり、どちらかにしかないものもある。更には利き手や利き足なんかもあるから、そうそう左右対象になんかは難しい。だけど私は数字が視えてしまうから、それをきっちり左右同じにしたくなってしまう。職業病と言われたらそうとも言えるけど、これは多分私の好みの問題。
だからリハビリの内容が厳しくなる。求めてしまう。そして集中すればするほどに左右対象にしか目がいかなくなってしまい、いつしか病院内で変なあだ名がつくようになっていた。
「で、実際どうだった?」
「……」
「みょうじ?」
「……聞かないで」
それでも私は出会ってしまった。テレビで活躍するとあるヒーローを。画面越しでは正確な数値は視えないが、それでも彼は完璧なものだった。そして憧れた。いつか会ってこの目で視てみたいと夢が出来た。
そして月日は流れ、私は漸く出会うことが出来た。それは現場でも街中でもない。会うには相応しくない、寧ろこんなところになんて絶対に来て欲しくないのだけれども。でも実際に見たらそれはもう息を呑むほどに惚れ惚れするものだった。頭からつま先まで本当に無駄がない。いままで負ったであろう怪我だってきっと多いはずなのに、それでも身体バランスが美しい。
彼女の質問に対してあぁこの目で見れてよかった……と良い思い出のまま終わり出来ればどんなに良かっただろう。でも実際ときたらそんな喜びなんか何もなくて、むしろ出会ってすぐに無視されて笑われて貶されて、そして殺されかけた。憧れの人だった彼、ダイナマイトは一瞬にして人類史上でいちばん苦手な人になったのだ。
はぁと今日の中でいちばんに出た深いため息に何かを察しただろう彼女。「愚痴ならいくらでも聞くよ」とそう言ってくれるのが、いまの私にはとても心強い。それでも苦手なものは苦手。嫌なものは嫌。これには変わりないのだから明日からがとても憂鬱である。
◇◇◇
「失礼します」
明日なんか来なきゃいいのに。そう思ったのは以前付き合っていた彼に振られたとき以来か。それでも朝は平等に来るもので、仕事ももちろんやらなければならない。重い足を頑張って動かし、朝いちばんに入れた患者の元へと向かう。もちろんその患者は昨日やって来た例の彼である。
ガラリと部屋を開けるとすぐに向けられる赤い瞳に、反射的に身体が強張る。まだ何も言われていないし、されていない。だけどほんと身体は正直だ。嫌だここから逃げろと警告を鳴らしている。でもいつまでもそこに突っ立ってても何も始まらないし、やらなきゃいけないこと。だからこれは仕事だと割り切ってしまえば、案外身体はスムーズに動くものだった。
口角を上げニコリと笑いかける。それでも分かってはいたが、挨拶をするも当然無視。身体の状態を聞いても返事は返ってこやしない。だけど視線はずっと私の方を向いているのだからものすごーく、やりにくいのだ。
リハビリ室なら周りの会話とか、流れている音楽とかで気が紛れるけれど、彼はまだ安静にしなければならないからベッドサイド対応。私と彼の二人だけの静かな空間。それが辛い。沈黙が嫌だとかじゃなくて、この重っ苦しい空気が死ぬほど嫌いだ。
それでも黙々と手を動かして、治療を続ける。そして思う。やっぱりこの人の身体は綺麗だと。全身のバランスはもちろん、筋肉にハリがあるし質も良すぎる。顔さえ見なければ完璧であり、そして私好みの身体。だから本来ならばきゅんと胸が高鳴るはずだが、彼がちょっとでも動く度に殺されないかとビクビクしてしまうのだから、この人とはそんな展開には絶対にならない。それだけは分かる。断言できる。
そしてやはり沸々と湧いてくるのが昨日からずっと考えていた一つの疑問。こんなにも嫌悪を向けられているにも関わらず、何故私を指名したのだろうか、と。技術も知識もまだまだ浅く、トーク力もなければ弾む話も出来るわけでもない。彼だってこの空間は居心地が悪いものだろうに、本当になんで私なの?それがずっと引っかかっている。
割とこういったことは内に溜め込むタイプだけど、これだけは解決してスッキリさせたい。これを聞いたことで私たちの関係が良好になるわけではないけれど、私の中にあるモヤモヤを少しだけでも晴れさせたいのだ。だから聞いてやるんだ。答えは返ってこないかもしれない。それでもいい。返ってくるまでこの質問は毎日聞いてやるんだから。
動かしていた手を止めれば、向けられていた顔の眉間部分に少しだけ皺がよる。怖いと思った。でも彼は仮にもヒーローなのだ。私がヴィランでない限り殺されたことはまずない。だから聞け、私。
「あのっ、」
「………」
「……なんで私なんですか?」
「あ?」
「ベテラン……技術に長けた先輩方はたくさんいますし、私みたいなぺーぺーでしかも女なんて爆豪さんに合わないじゃないですか」
「それは俺が決めることだ。テメェがごちゃごちゃ言うことじゃねェ」
そうだけど、そうなんだけれど。でも聞きたかった答えではない。それでもこうズバッと言われてしまえば、何も言い返すことは出来なかった。やっと口を開いてくれたのに、話してくれたのに。これにて会話は終了。そしてタイミングも良いのか悪いのか、リハビリも終了の時間になっていた。
結局何故私なのかは分からず仕舞。それでもこれだけは解決したい。だから明日またリベンジしよう。そう決意を固め、部屋から出ようと扉に手をかければ「おい」とまたしても呼び止められる。振り返れば赤い瞳と目が合って、そして「お前の知ってるアホにでも聞け」と言い残し、カーテンが勢いよく閉められた。
私の知っているアホ。そして私も知っていて、彼も知っている共通の人物。そんな人いるのか?去り際にそう放たれた彼の言葉は、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。勉強が苦手な子とかはいたけど、アホと言われるほどそれに当てはまる人は出てこない。考えながら仕事をして、ご飯を食べて、また仕事をして。それでも丸一日経っても答えは導かれなかった。
仕事を終え駅に着くと、電車を待つ人たちでホームは溢れ返っていた。いつもは手元にあるスマホで時間を潰すけど、今日はただ何となく周りを見渡してみる。彼から貰えたヒント。もしかしたらこの中に似たような人がいるのかもしれない。そう思ったから。
すると横を見ると3メートルほど先か、少しだけ遠くにいた人とバチリと視線がぶつかった。やばい、気まずいと慌てて目線を逸らす……が、あれあの人何処かで見たことあるような、そんな気がするのだ。だからもう一度、もう一度だけ同じ方向を見てみるとまたしてもしっかりと目が合った。
きらりと光った黄色い髪。それが目に映るとビビビと身体に電気が走ったような感覚に陥る。なんか嫌な予感はした。そしてその人物はヘラヘラしながらこっちに手を振り向かってくる。………待って、もしかして、
「久しぶり!!」
「………」
「そういやかっちゃんお世話になってるよね?どう?上手くやってる?」
「いたわ、」
「ウェ?」
「共通のアホ」
そいつは「何?どったの?おっかねー顔」なんて私の顔を覗き込みながら尚もヘラつき笑っている。はぁと出た深いため息はきっと目の前のアホのヒーロー様には届いていないのだろう。
「仕事は?」
「いま終わったとこ!」
「なら今日付き合って」
「いいよいいよ!飲む?飲むよね?じゃんじゃん飲もうぜ!!」
「どこ行く?」なんて始終楽しそうにしている能天気さに苛立つ。とりあえず今日はこいつを吐かせるまで帰さない。そう決めたのだ。
「主任!!!!!」
「ど、どうした?!」
「チェンジ!担当チェンジです!!!」
スタッフルームの扉を開け早々。息も切れ切れにそう言えば、パソコンに向けられていた視線が一斉に私の方へと移される。注目を浴びるのは正直苦手。でもいまはそんなこと言っていられなくて、私は血眼になりながら目的である人物を探していた。すると部屋の奥の方から目を丸くしながら駆けつけてきたのは、そう私の目標物である主任である。
彼をロックオンするや否や、弾丸のように口から勝手に出てくる言葉を浴びさせる。たぶん何を言っているのか、言ったのか。私も主任もお互いに理解していない。ただカオスとも言えるこの空間に「落ち着けー!!!」と同期である彼女の仲裁が入らなければ、きっと誰も状況を把握することなく、最後は適当に愛想笑われ対応されていたのだろう。
とりあえず無理矢理その場の椅子に座らされ、そしてお茶が目の前に出された。私はそれを乾き切った喉に一気に流し込んでいく。カラカラの喉は潤い、そしてサッと熱が引いていけば、次第に周りが見えるようになってきた。それでも未だに興奮は冷め止まないが、さっきよりはいくらか冷静に話せそうだ。
私はヒーローにはそこまで詳しくはない。ある程度有名であればまぁ名前は言えるそんな程度。でも名前といえど知っているのは『ヒーロー名』であり、実名まではさすがに把握出来てはいない。それに素顔とならば余計にである。
だから知らなかったのだ。今日の新患が若手ヒーローの中でも群を抜いて実力がある、あの『ダイナマイト』ということを。そう私が名を口にすれば、シンと静まり返っていたスタッフルーム内が、ザワザワとざわつき始める。個人情報であるからあまりこういったことは言わない方がいいんだろうけど。でもここまで有名な人であれば明日には、いやもうすでに院内には噂は広まっているだろう。
それを隣で聞いていた同期は「そういえば彼、そんな名前だったかも」と呑気そうに笑っていた。いやいや、カルテ見た時に気づいてよ!!!そう思うのだけれど、もう時は過ぎ去ったのだから仕方ない。
そして、問題はそこじゃない。私自身新患を受け持つことに抵抗はないし、別に嫌だとも思わない。ただ今回の相手とは相性が悪すぎた。身体が初めて拒否をした。こいつは私の敵だ、とそう言っているのだ。
だから私はお願いした。この人の担当を降りたいと。担当が変わること自体そんなに珍しいことじゃない。お互いに人であるから、そりゃ好き嫌い、苦手得意はあるわけだ。だからそれを無理に押し付けるわけじゃなく、それぞれが穏やかに過ごせるよう調整していけばいい。それがこちら側には出来る。だけどいつもは優しく了承してくれる主任は、今日はどうしてか少し渋った顔を私に向ける。何となく嫌な予感はした。
「それがだな………」
「何かあるんですか」
「爆豪さんからの希望なんだよ」
「へ?」
「みょうじさんを担当にしてくれってね。ほら、カルテの特記事項に書いてあっただろ」
何を言われたのか一瞬分からなかった。だけど慌ててパソコンへと移動しカルテを開いて確認をすれば、主任が言うように記載がしてあった。『患者希望にて理学療法担当をみょうじとする』と。いや、ベテランでお互いに馴染みがあれば、それなりに融通を利かせて担当を固定することはあるけど、私まだ5年目の毛の生えたての若手だよ。指名をされるほどの技術も知識も持っていないんだけど?!
言いたいことは山ほどある。けれどうまく言葉は出てこなくて、パクパクと口だけが動いている状態。それでも嫌なものは嫌だ、だから何とかしてくれと懇願するが「でも患者のニーズには答えたいし」「それにまだ関わって数時間だろ?」なんて畳み掛けるようにそう言うもんだから、ぐうの音も出ない。
主任の言っていることは理解出来るし、正しいとそう思う。だから言い返せなかった。嫌なんてもう言えるわけがなかった。ポンと肩を叩かれればもうこの話はお終いということか。泣きそうになりながらも「モウスコシガンバル」とロボットのようにカタコトで伝えれば、「頼むよ」と主任はニコニコしながら病棟の方へと降りていくのだった。
集まっていたギャラリーも、話が終わればそれぞれの残った業務を片付けにパソコンへと戻っていく。机に残されたのは私と同期の二人。そして彼女はいまは誰もいないリハビリ室へと私を連れ出した。シンと静かな部屋に、先程から止まらない私のため息がやけに反響する。
「大変そうだね」
「やっていけるか不安すぎる」
「でもさ、ダイナマイト……爆豪さんってあんたの」
「っ、………そうだよ」
その問いかけに言葉が少しだけ詰まる。彼女は唯一の同期であり、そして割と本音を話せる人。だから私の事情を知っている。
私の個性は『分析』。それは人を含むありとあらゆる動物の身体を数値に表すことが出来る。例えば、身体能力や筋肉量、バランス、肉体の疲労度……とまぁ様々。そしてこの個性のせいもあるかもしれないが、私はリハビリにおける目標として左右バランスの良い均等した肉体の回復を提示している。
そもそも人の臓器は左右で異なり、どちらかにしかないものもある。更には利き手や利き足なんかもあるから、そうそう左右対象になんかは難しい。だけど私は数字が視えてしまうから、それをきっちり左右同じにしたくなってしまう。職業病と言われたらそうとも言えるけど、これは多分私の好みの問題。
だからリハビリの内容が厳しくなる。求めてしまう。そして集中すればするほどに左右対象にしか目がいかなくなってしまい、いつしか病院内で変なあだ名がつくようになっていた。
「で、実際どうだった?」
「……」
「みょうじ?」
「……聞かないで」
それでも私は出会ってしまった。テレビで活躍するとあるヒーローを。画面越しでは正確な数値は視えないが、それでも彼は完璧なものだった。そして憧れた。いつか会ってこの目で視てみたいと夢が出来た。
そして月日は流れ、私は漸く出会うことが出来た。それは現場でも街中でもない。会うには相応しくない、寧ろこんなところになんて絶対に来て欲しくないのだけれども。でも実際に見たらそれはもう息を呑むほどに惚れ惚れするものだった。頭からつま先まで本当に無駄がない。いままで負ったであろう怪我だってきっと多いはずなのに、それでも身体バランスが美しい。
彼女の質問に対してあぁこの目で見れてよかった……と良い思い出のまま終わり出来ればどんなに良かっただろう。でも実際ときたらそんな喜びなんか何もなくて、むしろ出会ってすぐに無視されて笑われて貶されて、そして殺されかけた。憧れの人だった彼、ダイナマイトは一瞬にして人類史上でいちばん苦手な人になったのだ。
はぁと今日の中でいちばんに出た深いため息に何かを察しただろう彼女。「愚痴ならいくらでも聞くよ」とそう言ってくれるのが、いまの私にはとても心強い。それでも苦手なものは苦手。嫌なものは嫌。これには変わりないのだから明日からがとても憂鬱である。
◇◇◇
「失礼します」
明日なんか来なきゃいいのに。そう思ったのは以前付き合っていた彼に振られたとき以来か。それでも朝は平等に来るもので、仕事ももちろんやらなければならない。重い足を頑張って動かし、朝いちばんに入れた患者の元へと向かう。もちろんその患者は昨日やって来た例の彼である。
ガラリと部屋を開けるとすぐに向けられる赤い瞳に、反射的に身体が強張る。まだ何も言われていないし、されていない。だけどほんと身体は正直だ。嫌だここから逃げろと警告を鳴らしている。でもいつまでもそこに突っ立ってても何も始まらないし、やらなきゃいけないこと。だからこれは仕事だと割り切ってしまえば、案外身体はスムーズに動くものだった。
口角を上げニコリと笑いかける。それでも分かってはいたが、挨拶をするも当然無視。身体の状態を聞いても返事は返ってこやしない。だけど視線はずっと私の方を向いているのだからものすごーく、やりにくいのだ。
リハビリ室なら周りの会話とか、流れている音楽とかで気が紛れるけれど、彼はまだ安静にしなければならないからベッドサイド対応。私と彼の二人だけの静かな空間。それが辛い。沈黙が嫌だとかじゃなくて、この重っ苦しい空気が死ぬほど嫌いだ。
それでも黙々と手を動かして、治療を続ける。そして思う。やっぱりこの人の身体は綺麗だと。全身のバランスはもちろん、筋肉にハリがあるし質も良すぎる。顔さえ見なければ完璧であり、そして私好みの身体。だから本来ならばきゅんと胸が高鳴るはずだが、彼がちょっとでも動く度に殺されないかとビクビクしてしまうのだから、この人とはそんな展開には絶対にならない。それだけは分かる。断言できる。
そしてやはり沸々と湧いてくるのが昨日からずっと考えていた一つの疑問。こんなにも嫌悪を向けられているにも関わらず、何故私を指名したのだろうか、と。技術も知識もまだまだ浅く、トーク力もなければ弾む話も出来るわけでもない。彼だってこの空間は居心地が悪いものだろうに、本当になんで私なの?それがずっと引っかかっている。
割とこういったことは内に溜め込むタイプだけど、これだけは解決してスッキリさせたい。これを聞いたことで私たちの関係が良好になるわけではないけれど、私の中にあるモヤモヤを少しだけでも晴れさせたいのだ。だから聞いてやるんだ。答えは返ってこないかもしれない。それでもいい。返ってくるまでこの質問は毎日聞いてやるんだから。
動かしていた手を止めれば、向けられていた顔の眉間部分に少しだけ皺がよる。怖いと思った。でも彼は仮にもヒーローなのだ。私がヴィランでない限り殺されたことはまずない。だから聞け、私。
「あのっ、」
「………」
「……なんで私なんですか?」
「あ?」
「ベテラン……技術に長けた先輩方はたくさんいますし、私みたいなぺーぺーでしかも女なんて爆豪さんに合わないじゃないですか」
「それは俺が決めることだ。テメェがごちゃごちゃ言うことじゃねェ」
そうだけど、そうなんだけれど。でも聞きたかった答えではない。それでもこうズバッと言われてしまえば、何も言い返すことは出来なかった。やっと口を開いてくれたのに、話してくれたのに。これにて会話は終了。そしてタイミングも良いのか悪いのか、リハビリも終了の時間になっていた。
結局何故私なのかは分からず仕舞。それでもこれだけは解決したい。だから明日またリベンジしよう。そう決意を固め、部屋から出ようと扉に手をかければ「おい」とまたしても呼び止められる。振り返れば赤い瞳と目が合って、そして「お前の知ってるアホにでも聞け」と言い残し、カーテンが勢いよく閉められた。
私の知っているアホ。そして私も知っていて、彼も知っている共通の人物。そんな人いるのか?去り際にそう放たれた彼の言葉は、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。勉強が苦手な子とかはいたけど、アホと言われるほどそれに当てはまる人は出てこない。考えながら仕事をして、ご飯を食べて、また仕事をして。それでも丸一日経っても答えは導かれなかった。
仕事を終え駅に着くと、電車を待つ人たちでホームは溢れ返っていた。いつもは手元にあるスマホで時間を潰すけど、今日はただ何となく周りを見渡してみる。彼から貰えたヒント。もしかしたらこの中に似たような人がいるのかもしれない。そう思ったから。
すると横を見ると3メートルほど先か、少しだけ遠くにいた人とバチリと視線がぶつかった。やばい、気まずいと慌てて目線を逸らす……が、あれあの人何処かで見たことあるような、そんな気がするのだ。だからもう一度、もう一度だけ同じ方向を見てみるとまたしてもしっかりと目が合った。
きらりと光った黄色い髪。それが目に映るとビビビと身体に電気が走ったような感覚に陥る。なんか嫌な予感はした。そしてその人物はヘラヘラしながらこっちに手を振り向かってくる。………待って、もしかして、
「久しぶり!!」
「………」
「そういやかっちゃんお世話になってるよね?どう?上手くやってる?」
「いたわ、」
「ウェ?」
「共通のアホ」
そいつは「何?どったの?おっかねー顔」なんて私の顔を覗き込みながら尚もヘラつき笑っている。はぁと出た深いため息はきっと目の前のアホのヒーロー様には届いていないのだろう。
「仕事は?」
「いま終わったとこ!」
「なら今日付き合って」
「いいよいいよ!飲む?飲むよね?じゃんじゃん飲もうぜ!!」
「どこ行く?」なんて始終楽しそうにしている能天気さに苛立つ。とりあえず今日はこいつを吐かせるまで帰さない。そう決めたのだ。