ナンバー、アイ
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この世界は実に様々な職種で溢れている。サラリーマン、教師、公務員、保育士……最近では動画配信者が有名か。その中でも一際注目を置かれ、そして子供時代に一度は夢に見るだろう憧れとなっているのが、ヒーローという職種だ。個性を悪用するものを制し、街を、人を守る仕事。
そんなヒーローという職種は常に怪我が絶えないものである。軽傷から重傷まで怪我の程度は人それぞれだが、どれも手を負った時、回復するには何かしらの治療が必要不可欠だ。そして中にはそれを個性を使用し、自己で治癒するものもいるだろう。だけど皆がみな、そういった個性を持ち合わせているわけではない。それに個性はあれど元は人間。それなりに限度ってものがある。
「みょうじさん新患いける?」
「担当ちょうど退院したんでいけます」
「じゃあよろしく!情報入れといたから見といてね」
カタカタとパソコンを操作しカルテの確認。名前、年齢、診断名………と必要事項だけをメモにとり、いつも通りの情報収集を行う。
「若手ヒーローきたねぇ」
「そりゃヒーロー専門病院だからね」
そうここ、私が働くのは負傷したヒーローを受け入れる専門の病院。そして私が所属するのは、そんな負傷したヒーローたちをいち早く現場復帰へとアシストをする、そんな役割を担うリハビリ科理学療法学部だ。
外科的に怪我を治すだけでは完全に治癒したとはいえない。疼痛を和らげ、骨に刺激を与え、筋肉を賦活させ、そして適切な動きへと導く。ここまでしなければ元通り、または近い状態へとならない。だからそれを手助けるために私たちがいる。
「いつ来るの?」
「んーっと13時頃だからもう少し」
「イケメンだといいね。そしたら次こそ何かあるかもよ」
「それに越したことはないけど。でも患者と恋愛なんて御法度でしょうよ」
頬杖をつきハァとため息を一つ。昔はそんな展開も夢見てたことはあった。けれどもイケメンヒーローはこぞってやってはくるが、皆が憧れの眼差しで見るのはピチピチの若い看護師である。そして担当看護師と結ばれそのままゴールインなんて話を星の数ほど先輩たちから聞かされ、私自身も実際に目にしてきた。
負傷した身体と心を優しく癒してくれる看護師に対し、私の仕事は結構力任せ。そりゃ玄人から若手までゴリゴリの男たちを相手にするときもあるのだから、私だってそれに負けてはいられない。筋トレなんかしなくても嫌でも筋肉はついていく。時には優しく、そして時には厳しく。でも何故か私の場合厳しい方が印象に残るようで、患者間についたあだ名は「ゴリラ先生」。かなり辛辣である。
これが個性のせいかと言われれば実際のところそうではない。私の個性はパワー系ではないし、増強させるものでもない。ただこれは私の趣味というか、フェチというか、そういったものに関係してくるのだが………。
「あー職種間違えたなー」
「じゃあまたやり直す?実習と国家試験」
「無理無理ムリ!!もう二度とやりたくない」
職種を間違えたとはたまに思う。でもそれは恋愛を絡ませるから。彼氏はいたにはいたが別れてしまい、いまはフリー。それが3年目となる。最近じゃ同級生たちの結婚と出産ラッシュで忙しいわけで、幸せそうな写真をSNSで見かける度にいいなぁとそう素直に思うのだ。
私だってそろそろ新しい恋をしたい。きゅんとするような出会いが欲しい。たくさん愛されて甘やかされたい。と。
手に初期評価のために必要な道具を持ち、同期である作業療法士の子と階段を駆け降り病棟へと向かう。まぁ色々思うことはあるのだけれど、ともあれこの仕事は割と誇りを持ってやっている。だから何もなければ、ずるずると定年まで続けるのだろう。
病棟へ着けばもう新患さんは来ていたようで病室にいるとのことだった。教えられた個室の部屋へ行きノックを3回。返事はないがガサリと物音がしたから中にはいるのだろう。
さて第一印象で人の良し悪しが決まると言われるこのご時世。数週間あるいは数ヶ月という短い期間だけどそれなりに関わるわけだ。だから普通に、程々に、良い関係を築いていかなければならない。もちろん恋愛という邪な気持ちは捨てといて、私が円滑に問題なく治療が出来るようにだ。
口角を上げ笑顔を作り、「失礼します」と一言。そしてガラリとドアを開ければ若い男性が一人、ベッドの上にいた。
「初めまして。理学療法を担当しますみょうじです。よろしくお願いします」
「……」
「お名前の確認をしますね。えっと……爆豪勝己さんでよろしいでしょうか」
「……」
私の問いかけに一切口を開かない。そして首も縦にも横にも振らない、振る素振りも見られない。私のことは完全無視。察した。……あぁこれはハズレだと。中にはいる。こういった無愛想で無口な患者は。いままでだって何人か担当にはなった。こういった人は昔から苦手だけど、それでも何とかやってのけた。
でもこの人は違う。ただ無愛想ってだけじゃない、ピリッとヒリヒリするものを感じるのだ。そう言うならば………これは殺意ってやつだろうか。心臓がぎゅっと掴まれたようなそんな感覚。呼吸さえもままならない。少しでも動いたら一瞬で殺される。いや、もうここに入った時点で私はすでに死んでいるのだろう。
いままでヴィランになんか出会すこともなく割と平和に過ごしてきた。だからこんな居心地の悪く恐ろしい空間は初めてだ。そして人に殺意を向けられたことも。というか、この人はヒーローなのになんでこんなヴィラン面してんの。あれこの人ってヴィランなの?ヒーローなの?疑問は湧くがここはヒーロー専門病院のため、この人は正真正銘それなのだけれど。
それでも……向けられる瞳の色は綺麗だと思った。夕焼けのように真っ赤でキラキラしている。いや、よく見たら顔は整ってて意外にカッコいいのかもしれない。体格もいいし、筋肉も引き締まっている。というか身体のバランス良すぎないか………あれ?
「………ダイナマイト?」
「……」
「あの失礼なことをお聞きしますが、」
「お前俺のこと苦手だろ」
私の独り言のような質問もやはり無視。それでもやっと口を開いたと思ったら第一声がこれ。え、なに。苦手?いや、苦手なのかもしれないけど、は?
「あのっ、」
「ヘラヘラしててキメェ」
「なっ!」
「いつもそうやって猫被ってンのか」
何かが切れそうな音はした。いや、でもここは冷静に。私は病院に雇われている身。そして相手は患者。問題を起こしたりなんかしたらほぼ私が悪いことになり、減給なり左遷なり解雇されるのは決まっているのだ。だからどうか落ち着け自分。それに治療時間は限られている。初期に時間をかけるなんて新人じゃあるまい。もういい。彼にどう思われてもいいが、本来の仕事は疎かにするわけにはいかない。
ガサガサとポケットに仕舞い込んでいた道具とメモ帳を取り出し、そして一つ深呼吸。そういえばいつの間にか呼吸は普通に出来て、身体も動くようになっている。それに心無しかの空気が軽くなったような………あぁさっき感じた殺意が薄らいでいるのか。何となくそう思う。
でもチラリと彼を見れば、私を捕らえる眼光は未だに鋭いもの。それに居心地の悪いのには変わりはない。口にはしないが物凄くやりにくい。でもやらなければならないのが仕事というものだ。
さて、散々言われたものだからこちらのやること自体、拒絶されるかと思っていた。だけどそんなことはなくて、身体に触れることの許可はあっさり取れたのだ。それを不思議に思いつつも手の動きは止めず腕や足の太さ、関節の動く角度、筋力など取れるデータを取っていく。もっと暴れるかと思っていた。けれども意外にも静かで、しかも私がやりやすいように身体も動く範囲で動かし協力してくれるのだ。
それにしても………なんだろ。この人の身体は頭から爪先まで全くを持って無駄がない。いままでたくさんのヒーローを見てきたけれど、負傷したにも関わらずこんなにも綺麗な筋肉は初めて見た。しかも萎縮もほぼしていない。傷はまだまだ完治には時間がかかりそうだけど。そして思う。これ入院しなくても自宅安静とか自主トレなんかすればすぐ治るんじゃないかと。
まぁそれぞれ何かしら理由で入院することがあるから、たぶんこの人もそうなのだろう。政治家たちがよく雲隠れするアレのように。失礼だとは思うが、この態度からして何か不祥事でも起こしたのだろうか。
いや、何も聞かされていないこちら側からしたら、そんなの関係ないのだけれど。私がやるべきことは決まっていて、不祥事の内容を追及するわけじゃない。ただ目の前にいる彼をいち早く現場復帰出来るよう治療していくだけだ。とりあえずとれるものはとれたし、あとは個性を使用してさっさと終わらせてここから出よう。
「えっと、最後にもう一つだけデータをとらせて下さい。まず私の個性の説明を、」
「知ってる」
「え?」
「いいからやれ」
知ってるとは?はて?私知らぬ間に説明なんかしましたっけ?とは彼の眼力により言える訳もない。それより何より、ポカンと大口を開き呆然としている姿を見て「アホウドリよりアホ面だな」と嘲笑いながらそう言われたことで我に返る。くそ、なんだこの人。テレビのインタビューで見たことがあったけど、ほんとに性格に難ありだな。よくこれでヒーローが務まるものだ。しかも意外と人気があるとか有り得ない。
でもやっぱりそんなの言えるはずもなく、また口角を上げ微笑みを返し、私はただ大人しく自身の個性を使用する。その間一分。そして彼は本当に私の個性を知っているようで、先程と同じく静かにじっとしていてくれた。
メモ帳に記したデータに漏れがないかもう一度確認し、今後の大まかな治療法と計画を伝える。そして最後に彼自身の希望を聞けば「元に戻せ」とただそれだけ。まぁそうですよね。分かりやすくて結構です。ですが私、もう二度と貴方とは関わらないからね。医療者は患者を選べるのだからこれでさよならだ。
「では今日はこれで終わりにしますね。失礼し、」
「担当」
「はい?」
「担当ぜってー変えンじゃねェぞ」
逃げ出す勢いで部屋から出ようとすれば、突如放たれた言葉に動揺する。カシャン。長年愛用していたボールペンが床に落ちれば、いままで壊れたことがなかったのにそれはもう呆気なくバラバラに散らばった。
理学療法士として働き5年。いままで厄介で苦手な患者は数え切れないほど診てきた。だけど、この人はその中でも群を抜いている。群を抜いて厄介で、性格が悪くて、そして苦手な部類。
はははと漏れた愛想笑いはこの間で何度目か。私はただ普通の恋をしたかった。きゅんとするような出会い方に憧れていた。でもそんな思い描いた恋愛は、この時に彼によって殺されたのだ。
そんなヒーローという職種は常に怪我が絶えないものである。軽傷から重傷まで怪我の程度は人それぞれだが、どれも手を負った時、回復するには何かしらの治療が必要不可欠だ。そして中にはそれを個性を使用し、自己で治癒するものもいるだろう。だけど皆がみな、そういった個性を持ち合わせているわけではない。それに個性はあれど元は人間。それなりに限度ってものがある。
「みょうじさん新患いける?」
「担当ちょうど退院したんでいけます」
「じゃあよろしく!情報入れといたから見といてね」
カタカタとパソコンを操作しカルテの確認。名前、年齢、診断名………と必要事項だけをメモにとり、いつも通りの情報収集を行う。
「若手ヒーローきたねぇ」
「そりゃヒーロー専門病院だからね」
そうここ、私が働くのは負傷したヒーローを受け入れる専門の病院。そして私が所属するのは、そんな負傷したヒーローたちをいち早く現場復帰へとアシストをする、そんな役割を担うリハビリ科理学療法学部だ。
外科的に怪我を治すだけでは完全に治癒したとはいえない。疼痛を和らげ、骨に刺激を与え、筋肉を賦活させ、そして適切な動きへと導く。ここまでしなければ元通り、または近い状態へとならない。だからそれを手助けるために私たちがいる。
「いつ来るの?」
「んーっと13時頃だからもう少し」
「イケメンだといいね。そしたら次こそ何かあるかもよ」
「それに越したことはないけど。でも患者と恋愛なんて御法度でしょうよ」
頬杖をつきハァとため息を一つ。昔はそんな展開も夢見てたことはあった。けれどもイケメンヒーローはこぞってやってはくるが、皆が憧れの眼差しで見るのはピチピチの若い看護師である。そして担当看護師と結ばれそのままゴールインなんて話を星の数ほど先輩たちから聞かされ、私自身も実際に目にしてきた。
負傷した身体と心を優しく癒してくれる看護師に対し、私の仕事は結構力任せ。そりゃ玄人から若手までゴリゴリの男たちを相手にするときもあるのだから、私だってそれに負けてはいられない。筋トレなんかしなくても嫌でも筋肉はついていく。時には優しく、そして時には厳しく。でも何故か私の場合厳しい方が印象に残るようで、患者間についたあだ名は「ゴリラ先生」。かなり辛辣である。
これが個性のせいかと言われれば実際のところそうではない。私の個性はパワー系ではないし、増強させるものでもない。ただこれは私の趣味というか、フェチというか、そういったものに関係してくるのだが………。
「あー職種間違えたなー」
「じゃあまたやり直す?実習と国家試験」
「無理無理ムリ!!もう二度とやりたくない」
職種を間違えたとはたまに思う。でもそれは恋愛を絡ませるから。彼氏はいたにはいたが別れてしまい、いまはフリー。それが3年目となる。最近じゃ同級生たちの結婚と出産ラッシュで忙しいわけで、幸せそうな写真をSNSで見かける度にいいなぁとそう素直に思うのだ。
私だってそろそろ新しい恋をしたい。きゅんとするような出会いが欲しい。たくさん愛されて甘やかされたい。と。
手に初期評価のために必要な道具を持ち、同期である作業療法士の子と階段を駆け降り病棟へと向かう。まぁ色々思うことはあるのだけれど、ともあれこの仕事は割と誇りを持ってやっている。だから何もなければ、ずるずると定年まで続けるのだろう。
病棟へ着けばもう新患さんは来ていたようで病室にいるとのことだった。教えられた個室の部屋へ行きノックを3回。返事はないがガサリと物音がしたから中にはいるのだろう。
さて第一印象で人の良し悪しが決まると言われるこのご時世。数週間あるいは数ヶ月という短い期間だけどそれなりに関わるわけだ。だから普通に、程々に、良い関係を築いていかなければならない。もちろん恋愛という邪な気持ちは捨てといて、私が円滑に問題なく治療が出来るようにだ。
口角を上げ笑顔を作り、「失礼します」と一言。そしてガラリとドアを開ければ若い男性が一人、ベッドの上にいた。
「初めまして。理学療法を担当しますみょうじです。よろしくお願いします」
「……」
「お名前の確認をしますね。えっと……爆豪勝己さんでよろしいでしょうか」
「……」
私の問いかけに一切口を開かない。そして首も縦にも横にも振らない、振る素振りも見られない。私のことは完全無視。察した。……あぁこれはハズレだと。中にはいる。こういった無愛想で無口な患者は。いままでだって何人か担当にはなった。こういった人は昔から苦手だけど、それでも何とかやってのけた。
でもこの人は違う。ただ無愛想ってだけじゃない、ピリッとヒリヒリするものを感じるのだ。そう言うならば………これは殺意ってやつだろうか。心臓がぎゅっと掴まれたようなそんな感覚。呼吸さえもままならない。少しでも動いたら一瞬で殺される。いや、もうここに入った時点で私はすでに死んでいるのだろう。
いままでヴィランになんか出会すこともなく割と平和に過ごしてきた。だからこんな居心地の悪く恐ろしい空間は初めてだ。そして人に殺意を向けられたことも。というか、この人はヒーローなのになんでこんなヴィラン面してんの。あれこの人ってヴィランなの?ヒーローなの?疑問は湧くがここはヒーロー専門病院のため、この人は正真正銘それなのだけれど。
それでも……向けられる瞳の色は綺麗だと思った。夕焼けのように真っ赤でキラキラしている。いや、よく見たら顔は整ってて意外にカッコいいのかもしれない。体格もいいし、筋肉も引き締まっている。というか身体のバランス良すぎないか………あれ?
「………ダイナマイト?」
「……」
「あの失礼なことをお聞きしますが、」
「お前俺のこと苦手だろ」
私の独り言のような質問もやはり無視。それでもやっと口を開いたと思ったら第一声がこれ。え、なに。苦手?いや、苦手なのかもしれないけど、は?
「あのっ、」
「ヘラヘラしててキメェ」
「なっ!」
「いつもそうやって猫被ってンのか」
何かが切れそうな音はした。いや、でもここは冷静に。私は病院に雇われている身。そして相手は患者。問題を起こしたりなんかしたらほぼ私が悪いことになり、減給なり左遷なり解雇されるのは決まっているのだ。だからどうか落ち着け自分。それに治療時間は限られている。初期に時間をかけるなんて新人じゃあるまい。もういい。彼にどう思われてもいいが、本来の仕事は疎かにするわけにはいかない。
ガサガサとポケットに仕舞い込んでいた道具とメモ帳を取り出し、そして一つ深呼吸。そういえばいつの間にか呼吸は普通に出来て、身体も動くようになっている。それに心無しかの空気が軽くなったような………あぁさっき感じた殺意が薄らいでいるのか。何となくそう思う。
でもチラリと彼を見れば、私を捕らえる眼光は未だに鋭いもの。それに居心地の悪いのには変わりはない。口にはしないが物凄くやりにくい。でもやらなければならないのが仕事というものだ。
さて、散々言われたものだからこちらのやること自体、拒絶されるかと思っていた。だけどそんなことはなくて、身体に触れることの許可はあっさり取れたのだ。それを不思議に思いつつも手の動きは止めず腕や足の太さ、関節の動く角度、筋力など取れるデータを取っていく。もっと暴れるかと思っていた。けれども意外にも静かで、しかも私がやりやすいように身体も動く範囲で動かし協力してくれるのだ。
それにしても………なんだろ。この人の身体は頭から爪先まで全くを持って無駄がない。いままでたくさんのヒーローを見てきたけれど、負傷したにも関わらずこんなにも綺麗な筋肉は初めて見た。しかも萎縮もほぼしていない。傷はまだまだ完治には時間がかかりそうだけど。そして思う。これ入院しなくても自宅安静とか自主トレなんかすればすぐ治るんじゃないかと。
まぁそれぞれ何かしら理由で入院することがあるから、たぶんこの人もそうなのだろう。政治家たちがよく雲隠れするアレのように。失礼だとは思うが、この態度からして何か不祥事でも起こしたのだろうか。
いや、何も聞かされていないこちら側からしたら、そんなの関係ないのだけれど。私がやるべきことは決まっていて、不祥事の内容を追及するわけじゃない。ただ目の前にいる彼をいち早く現場復帰出来るよう治療していくだけだ。とりあえずとれるものはとれたし、あとは個性を使用してさっさと終わらせてここから出よう。
「えっと、最後にもう一つだけデータをとらせて下さい。まず私の個性の説明を、」
「知ってる」
「え?」
「いいからやれ」
知ってるとは?はて?私知らぬ間に説明なんかしましたっけ?とは彼の眼力により言える訳もない。それより何より、ポカンと大口を開き呆然としている姿を見て「アホウドリよりアホ面だな」と嘲笑いながらそう言われたことで我に返る。くそ、なんだこの人。テレビのインタビューで見たことがあったけど、ほんとに性格に難ありだな。よくこれでヒーローが務まるものだ。しかも意外と人気があるとか有り得ない。
でもやっぱりそんなの言えるはずもなく、また口角を上げ微笑みを返し、私はただ大人しく自身の個性を使用する。その間一分。そして彼は本当に私の個性を知っているようで、先程と同じく静かにじっとしていてくれた。
メモ帳に記したデータに漏れがないかもう一度確認し、今後の大まかな治療法と計画を伝える。そして最後に彼自身の希望を聞けば「元に戻せ」とただそれだけ。まぁそうですよね。分かりやすくて結構です。ですが私、もう二度と貴方とは関わらないからね。医療者は患者を選べるのだからこれでさよならだ。
「では今日はこれで終わりにしますね。失礼し、」
「担当」
「はい?」
「担当ぜってー変えンじゃねェぞ」
逃げ出す勢いで部屋から出ようとすれば、突如放たれた言葉に動揺する。カシャン。長年愛用していたボールペンが床に落ちれば、いままで壊れたことがなかったのにそれはもう呆気なくバラバラに散らばった。
理学療法士として働き5年。いままで厄介で苦手な患者は数え切れないほど診てきた。だけど、この人はその中でも群を抜いている。群を抜いて厄介で、性格が悪くて、そして苦手な部類。
はははと漏れた愛想笑いはこの間で何度目か。私はただ普通の恋をしたかった。きゅんとするような出会い方に憧れていた。でもそんな思い描いた恋愛は、この時に彼によって殺されたのだ。