アオになれ。 完結/全32話
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「これ分かんない」
「あ゛ぁ?さっき教えてやっただようがよ」
「さっきと問題違うじゃん」
「同じ公式当て嵌めてろや!ンなもの分かんねーのか!!」
バンっと叩かれた机が可哀想。そんな呑気な感想は口では言えはしないけど、彼には何か言いそうなことは気付かれていたようでギロリと少しだけ睨まれる。恐ろしい顔だとは思うが萎縮はしない。だってこの顔は昔から馴染みがあるし、本当に怒っているのであれば彼は逆に無口になるのだから。
さて、私は何をしているのかというと勝己の部屋で勉強を教えてもらっていた。ごちゃごちゃしていた問題も気持ちも漸く整理が出来、さぁゆっくりしよう………といかないのが学生であり、雄英に通う私の宿命である。苦手な教科と療養による遅れ、そして勝己との問題により、勉強が捗らない日々。というのは全く言い訳にはならないけれど、迫る期末試験にかなり焦ってはいた。
遡ること数日。私は勝己と話すべく出久に頼み込み彼の部屋へと乗り込んだ。失うのも関係が壊れてしまうのも怖かったけど、それでも背中を押してくれた人たちがいたから踏み出せたのだと思う。門前払いされるのは覚悟の上。それでも彼は私の言葉を聞き、呆れ、そして受け入れてくれた。馬鹿だと何度も言われたし、何度も溜息をつかれた。けれど可笑しな話かもしれないが、それが私にとってはすごく心地がよかったのだ。
チラリと腕時計を見るが、先程から5分しか時間が経っていない。カリカリとシャーペンを走らせている勝己とは対照的に私の手は完全に止まる。公式に当て嵌めろと簡単にそう言うが、何度やっても答えは導かれはしなかった。
「あーもう分かんない!休憩!」
「はぁ?!これ終わってからにしろや!!!」
「人の集中力ってそんなに続かないの」
「さっきの休憩から30分しか経ってねェだろうが!!!」
ガミガミと姑のように煩い勝己のことは放っておき、私は自身の部屋から持ってきていたお饅頭とティーバックタイプの緑茶を用意し、マグカップにお湯を注ぎ始める。そんな姿を見てハァと一つ大きな溜息をついていたが、彼もベッドの方から雑誌を持ってきたので一緒に休憩をとるみたいだった。
食べるのか、はたまた飲むかは分からないけれど、とりあえず勝己にも同じものを差し出せば目を丸くし不思議そうな顔を見せた。たぶん普段私が飲食しないであろうものが出てきたから、の反応だと思う。だから「轟くんからもらったの」とそう言えば、眉間に深く皺が寄せられ「いらねェ」と押し返される。
「いいところのやつなのに」
「いらねェって言ってンだろ」
「じゃあ私飲んじゃうよ」
「勝手にしろ」
「お饅頭もいいの?」
「しつけーな」
そうイラつきながら、でもきちんと返事をした勝己は手元の雑誌に目を通し始める。これ以上言えばきっと帰れと、強引にでも追い出されそう。赤点ギリギリラインの成績なのだ。ここで帰されて困るのは正真正銘この私。だから大人しく用意をした茶菓子を机の上に置き、それでも構って欲しくて彼の横へと腰を掛けた。
「切島くんとか大丈夫かな」
「あ?」
「ほら勝己に勉強教わりたいだろうし。私ばっかり独り占めにして悪いかなぁって」
「どーせ夜に来るだろ」
「そっか。あと上鳴くんは、」
「あいつも夜だ」
「なら瀬呂くんは?」
「少し黙れ」
「休憩中なんだから話させてよ」
文化祭から、いや、もっと前から勝己とはまともに話していないのだ。いままでの穴埋めってわけではないのだけれどいっぱい話したい。特に今日はそんな気分。
それでも彼はあまり乗り気ではないらしい。眉間に皺が寄っているのは通常運転だけど、なんだろういつもよりムスッとしていて声色が低いそんな気がするのだ。勉強中はさほど感じなかった。だとすればたぶんきっかけはついさっき行ったやりとりなのかな、と勝手ながらにそう思う。
「ヤキモチ?」なんてまぁ一応聞いてみる。返ってくる言葉は100%、「違ェわ!!!!」と怒鳴りながらそう言ってくるのだろう。だけど勝己を見たらバチリと目が合って「そうだ」と包み隠さず素直にそう言ったものだから、動揺して食べていたお饅頭をぼとりと机の上に落としてしまった。
熱が一気に顔に集まるのが分かった。だから逸らした。それでも勝己は私の反応を見逃してくれるわけもなく、片手で頬を挟まれそして彼の方に強制的に向かされる。
「何顔赤くしてンだ」
「ずるい」
「何がだよ」
「いままで隠してたくせに」
「もうその必要はねェ」
逃げようたって逃げられない。隣に座ったのは失敗だった。口角を上げニヤリと笑う勝己に、心臓が馬鹿みたいに跳ね上がる。彼には感情を読み取る個性は持ち合わせていない。だけどいま私のこのふわふわした何と言い表したらいいのか難しいけれど、甘くて擽ったくて歯痒いこの感覚は簡単に見透かされているのだろう。
「私が選んだのは勝己だよ」
「だから何だよ」
「そんなに心配しなくていいのに」
ポツリ。そう吐き出せば「心配なんかしてねーわ」とだけ言い捨て、頬から手を離した彼はパラパラと再び手元の雑誌を見始めた。
面と向かって告白されたわけではないし、したわけでもない。それでも私たちは幼馴染という壁を壊し、その関係から少しだけ特別になった。はず。でもちょっとしたことで私だけがドキドキと未だに心臓は煩く暴れ回っているのに、勝己ときたらいつも通り。平然としているから癪に障るのだ。
別にいつも通りに文句があるわけではない。寧ろベタベタされるよりはこちらの方が居心地がいいのは確かだ。それでも少しだけ意識してくれてもいいのにと思うのは私の我儘だろうか。
彼の名前を呼ぶが返事はない。それでも何度か呼べば、怒鳴りながら絶対に振り向く。それを私は知っている。だからそのタイミングを見計らい、肩を引き寄せ奪ってやった。私と同じ思いをすればいい。そう願いながら。
「っ、何しやがる」
「この前の仕返し」
「………根に持ってたのかよ」
「そういうわけじゃないけど。でもちゃんと上書きしたかったの」
だってあれが私にとって初めてだったから。ファーストキスはレモンの味なんてどっかで聞いたことはあったけれど、そんなにキュンキュンするほど甘酸っぱいものではない。ムードもなければキュンなんて当然なく、次第に鉄の味がしたそれはもちろんいいなんて言えたものじゃなかった。
かといって特にそういった雰囲気でもなく仕返しとばかりにした2回目も、別にレモンの味はしなかった。強いて言えば甘いお砂糖の味。あぁそれはさっき食べたお饅頭のせいかもしれない。
一体どうやったら勝己とそういう雰囲気になれるのだろう。考えたところで答えなんか出るわけはない。もしかしたらさっき解こうと奮闘した問題より、難解で難問なのかもしれない。だってこれに当て嵌まる公式なんてないに等しいのだから。
それでも私はズルをした。いや、これが私にとってのこの問題の解き方であり、彼と闘える唯一の武器なのかもしれないから。隠す必要がないと言ったのならば、きっと私の眼には視えるはず。
彼の胸に突進する勢いで倒れ込む。私にしか視えない甘くて柔らかい色。そして耳を傾ければドキドキと平均より速く打つそれに、つい口元が緩んでしまう。「ドキドキしてるね」なんてニヤニヤしながら言ってみたら「黙ってろ」と余計に胸板を押し当てられる。
ゴツゴツした大きな手も、心地のよい心音も、ふわりと薫る甘い匂いも、他の人より少しだけ高い体温も、これからはずっと私のもの。それだけで自惚れてしまいそうで。甘い蜜に溺れてしまいそうで。自分が自分じゃなくなりそう。でももし仮にそうなったとしても、きっと勝己は罵声を浴びせながらでも強引に引き摺り出してくれるのだろう。それはずっと昔から、そうだったから。
「私ね、自分の色が嫌いだったんだよ」
「あ?」
「だって女の子にしたら可愛くないでしょ?」
「知らねェよ」
「でもいまはこの色でよかったって思えるんだ」
勝己に出会って私の視ていた世界に色がついた。色を取り戻した。私の色を失わずに済んだ。私の役目は勝己を引き立たせること。でも一歩引いてじゃない。同じラインでこれからも共に歩んで、共に生きていきたい。
「勝己」
「ンだよ」
「好き」
「は?」
「好きだよ」
私の色は「アオ」色。それはこれからも変わることはない。私は、私のこの色を、貴方に認めてもらえた色を、ずっと誇りに思うのだから。
「さて勉強に戻りましょう」
「オメェが中断したくせに偉そうなこと言うんじゃねェ」
「で、ここは……どうやるんだっけ?」
「だからさっき教えてやっただろうが!!いい加減覚えやがれ!!!」
バンっと再び机が叩かれる。それでも教科書を開き教えてくれる気があるんだから、彼は私にかなり甘いなって思うのだ。さてそろそろ本当に集中してやらないと、年末年始に補習とか笑えないことになりそう。だからいまは少しだけ我慢して、勉強に切り替えよう。そして無事に赤点を回避したらご褒美でも貰おうかな。なんて。
「あ゛ぁ?さっき教えてやっただようがよ」
「さっきと問題違うじゃん」
「同じ公式当て嵌めてろや!ンなもの分かんねーのか!!」
バンっと叩かれた机が可哀想。そんな呑気な感想は口では言えはしないけど、彼には何か言いそうなことは気付かれていたようでギロリと少しだけ睨まれる。恐ろしい顔だとは思うが萎縮はしない。だってこの顔は昔から馴染みがあるし、本当に怒っているのであれば彼は逆に無口になるのだから。
さて、私は何をしているのかというと勝己の部屋で勉強を教えてもらっていた。ごちゃごちゃしていた問題も気持ちも漸く整理が出来、さぁゆっくりしよう………といかないのが学生であり、雄英に通う私の宿命である。苦手な教科と療養による遅れ、そして勝己との問題により、勉強が捗らない日々。というのは全く言い訳にはならないけれど、迫る期末試験にかなり焦ってはいた。
遡ること数日。私は勝己と話すべく出久に頼み込み彼の部屋へと乗り込んだ。失うのも関係が壊れてしまうのも怖かったけど、それでも背中を押してくれた人たちがいたから踏み出せたのだと思う。門前払いされるのは覚悟の上。それでも彼は私の言葉を聞き、呆れ、そして受け入れてくれた。馬鹿だと何度も言われたし、何度も溜息をつかれた。けれど可笑しな話かもしれないが、それが私にとってはすごく心地がよかったのだ。
チラリと腕時計を見るが、先程から5分しか時間が経っていない。カリカリとシャーペンを走らせている勝己とは対照的に私の手は完全に止まる。公式に当て嵌めろと簡単にそう言うが、何度やっても答えは導かれはしなかった。
「あーもう分かんない!休憩!」
「はぁ?!これ終わってからにしろや!!!」
「人の集中力ってそんなに続かないの」
「さっきの休憩から30分しか経ってねェだろうが!!!」
ガミガミと姑のように煩い勝己のことは放っておき、私は自身の部屋から持ってきていたお饅頭とティーバックタイプの緑茶を用意し、マグカップにお湯を注ぎ始める。そんな姿を見てハァと一つ大きな溜息をついていたが、彼もベッドの方から雑誌を持ってきたので一緒に休憩をとるみたいだった。
食べるのか、はたまた飲むかは分からないけれど、とりあえず勝己にも同じものを差し出せば目を丸くし不思議そうな顔を見せた。たぶん普段私が飲食しないであろうものが出てきたから、の反応だと思う。だから「轟くんからもらったの」とそう言えば、眉間に深く皺が寄せられ「いらねェ」と押し返される。
「いいところのやつなのに」
「いらねェって言ってンだろ」
「じゃあ私飲んじゃうよ」
「勝手にしろ」
「お饅頭もいいの?」
「しつけーな」
そうイラつきながら、でもきちんと返事をした勝己は手元の雑誌に目を通し始める。これ以上言えばきっと帰れと、強引にでも追い出されそう。赤点ギリギリラインの成績なのだ。ここで帰されて困るのは正真正銘この私。だから大人しく用意をした茶菓子を机の上に置き、それでも構って欲しくて彼の横へと腰を掛けた。
「切島くんとか大丈夫かな」
「あ?」
「ほら勝己に勉強教わりたいだろうし。私ばっかり独り占めにして悪いかなぁって」
「どーせ夜に来るだろ」
「そっか。あと上鳴くんは、」
「あいつも夜だ」
「なら瀬呂くんは?」
「少し黙れ」
「休憩中なんだから話させてよ」
文化祭から、いや、もっと前から勝己とはまともに話していないのだ。いままでの穴埋めってわけではないのだけれどいっぱい話したい。特に今日はそんな気分。
それでも彼はあまり乗り気ではないらしい。眉間に皺が寄っているのは通常運転だけど、なんだろういつもよりムスッとしていて声色が低いそんな気がするのだ。勉強中はさほど感じなかった。だとすればたぶんきっかけはついさっき行ったやりとりなのかな、と勝手ながらにそう思う。
「ヤキモチ?」なんてまぁ一応聞いてみる。返ってくる言葉は100%、「違ェわ!!!!」と怒鳴りながらそう言ってくるのだろう。だけど勝己を見たらバチリと目が合って「そうだ」と包み隠さず素直にそう言ったものだから、動揺して食べていたお饅頭をぼとりと机の上に落としてしまった。
熱が一気に顔に集まるのが分かった。だから逸らした。それでも勝己は私の反応を見逃してくれるわけもなく、片手で頬を挟まれそして彼の方に強制的に向かされる。
「何顔赤くしてンだ」
「ずるい」
「何がだよ」
「いままで隠してたくせに」
「もうその必要はねェ」
逃げようたって逃げられない。隣に座ったのは失敗だった。口角を上げニヤリと笑う勝己に、心臓が馬鹿みたいに跳ね上がる。彼には感情を読み取る個性は持ち合わせていない。だけどいま私のこのふわふわした何と言い表したらいいのか難しいけれど、甘くて擽ったくて歯痒いこの感覚は簡単に見透かされているのだろう。
「私が選んだのは勝己だよ」
「だから何だよ」
「そんなに心配しなくていいのに」
ポツリ。そう吐き出せば「心配なんかしてねーわ」とだけ言い捨て、頬から手を離した彼はパラパラと再び手元の雑誌を見始めた。
面と向かって告白されたわけではないし、したわけでもない。それでも私たちは幼馴染という壁を壊し、その関係から少しだけ特別になった。はず。でもちょっとしたことで私だけがドキドキと未だに心臓は煩く暴れ回っているのに、勝己ときたらいつも通り。平然としているから癪に障るのだ。
別にいつも通りに文句があるわけではない。寧ろベタベタされるよりはこちらの方が居心地がいいのは確かだ。それでも少しだけ意識してくれてもいいのにと思うのは私の我儘だろうか。
彼の名前を呼ぶが返事はない。それでも何度か呼べば、怒鳴りながら絶対に振り向く。それを私は知っている。だからそのタイミングを見計らい、肩を引き寄せ奪ってやった。私と同じ思いをすればいい。そう願いながら。
「っ、何しやがる」
「この前の仕返し」
「………根に持ってたのかよ」
「そういうわけじゃないけど。でもちゃんと上書きしたかったの」
だってあれが私にとって初めてだったから。ファーストキスはレモンの味なんてどっかで聞いたことはあったけれど、そんなにキュンキュンするほど甘酸っぱいものではない。ムードもなければキュンなんて当然なく、次第に鉄の味がしたそれはもちろんいいなんて言えたものじゃなかった。
かといって特にそういった雰囲気でもなく仕返しとばかりにした2回目も、別にレモンの味はしなかった。強いて言えば甘いお砂糖の味。あぁそれはさっき食べたお饅頭のせいかもしれない。
一体どうやったら勝己とそういう雰囲気になれるのだろう。考えたところで答えなんか出るわけはない。もしかしたらさっき解こうと奮闘した問題より、難解で難問なのかもしれない。だってこれに当て嵌まる公式なんてないに等しいのだから。
それでも私はズルをした。いや、これが私にとってのこの問題の解き方であり、彼と闘える唯一の武器なのかもしれないから。隠す必要がないと言ったのならば、きっと私の眼には視えるはず。
彼の胸に突進する勢いで倒れ込む。私にしか視えない甘くて柔らかい色。そして耳を傾ければドキドキと平均より速く打つそれに、つい口元が緩んでしまう。「ドキドキしてるね」なんてニヤニヤしながら言ってみたら「黙ってろ」と余計に胸板を押し当てられる。
ゴツゴツした大きな手も、心地のよい心音も、ふわりと薫る甘い匂いも、他の人より少しだけ高い体温も、これからはずっと私のもの。それだけで自惚れてしまいそうで。甘い蜜に溺れてしまいそうで。自分が自分じゃなくなりそう。でももし仮にそうなったとしても、きっと勝己は罵声を浴びせながらでも強引に引き摺り出してくれるのだろう。それはずっと昔から、そうだったから。
「私ね、自分の色が嫌いだったんだよ」
「あ?」
「だって女の子にしたら可愛くないでしょ?」
「知らねェよ」
「でもいまはこの色でよかったって思えるんだ」
勝己に出会って私の視ていた世界に色がついた。色を取り戻した。私の色を失わずに済んだ。私の役目は勝己を引き立たせること。でも一歩引いてじゃない。同じラインでこれからも共に歩んで、共に生きていきたい。
「勝己」
「ンだよ」
「好き」
「は?」
「好きだよ」
私の色は「アオ」色。それはこれからも変わることはない。私は、私のこの色を、貴方に認めてもらえた色を、ずっと誇りに思うのだから。
「さて勉強に戻りましょう」
「オメェが中断したくせに偉そうなこと言うんじゃねェ」
「で、ここは……どうやるんだっけ?」
「だからさっき教えてやっただろうが!!いい加減覚えやがれ!!!」
バンっと再び机が叩かれる。それでも教科書を開き教えてくれる気があるんだから、彼は私にかなり甘いなって思うのだ。さてそろそろ本当に集中してやらないと、年末年始に補習とか笑えないことになりそう。だからいまは少しだけ我慢して、勉強に切り替えよう。そして無事に赤点を回避したらご褒美でも貰おうかな。なんて。