序章:ヨコハマの夜
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それは、暑い夏の日の事。
大きな画面の向こう側では、以前誰かが好きだと云っていたアナウンサーが記録的な猛暑日だと解説し、こんな日はエアコンの効いた部屋で研究に没頭するのが吉だと、隣りで花を観察していた同僚が呟いた。そんな同僚を他所に、ぐったりと椅子にもたれかかり、冷凍庫で冷やしておいた棒アイスを袋から取り出さずにそのまま額に押し当てる。ジワジワと冷温が伝わってきて、涼しいと自然と溢れた声を掬いあげて「アイスいいな、」と呟いたのは誰だったのか。小さな声は木霊すること無く広い部屋の中に消えていった。
此処は、ヨコハマにある植物研究施設。数十人の研究員で構成された此の施設では其の名の通り植物に対する研究や、植物を用いた何かを機械に頼らず作るという方針の元に成立っている。
其の裏で、担当によっては植物だけに限らず、動物だったり、或いは人間だったり、人間という器を持っているだけの中身の無いモノだったり。【研究】の対象であるものは全て、この施設に運ばれて来ては、研究員達の仕事となるのだ。
現に私が正式に此の研究施設に研究員として働き始めた時は、分野に関係なく次々運ばれて来るモノ(殆どが植物以外のものだった)を捌いていくのに必死で。研究員の殆どが家に帰れず碌に睡眠も取れない日が続き「花を愛でたい、、、」と泣き出す者が続出した。
あれはもはや地獄絵図だったな、と何処か他人ごとに考えている私は、それほど今は植物に時間を費やせる程恵まれた環境下に居るということだろう。
天井を見上げ、棒アイスを袋から開封する。少し溶けているそれを早く食べてしまおうと口に入れた所で、背後からお声がかかる。振り向くと、其処には何やらご機嫌な上司様が立っていた。其の手には、青い封筒が。
「鈴里に手紙よ。えっと、、、伊太利亜からね。差出人は、書いてないわ。」
そう云われ促されるままに受け取り、中に封入されている手紙を確認する。そして愕然とした。いや、確認する前から解ってはいたけど。
「所長。所長って伊太利亜語読めますか?」
「ん?」
手紙が再度所長の手へと戻る。一通り目を通した後に、数回瞬きをしたと思えば眉に皺を寄せ内容を読み出した。
「えー……、若く優秀な植物研究員である大和地鈴里様。此の度は突然のお手紙をお許し下さい。某日に貴女様の発表されたイミテリアの花の観察記録と研究結果を拝見させて頂きました。貴女様の興味深い発想と内容に非常に感服させられました。つきましては、ご多用で無ければ私の開く海上
読み終えると手紙が私の手に収まり、所長は息を吐き出して回る椅子に深く腰掛ける。私はと云うと、先程とは打って変わり少し機嫌の悪そうな所長を一瞥し、内心で驚愕していた。【
ガツンと頭を思い切り殴られたような感覚が私を襲う。今の心情を例えるなら、一人野生の肉食獣の前に投げ捨てられた気分である。大体何故私なのだろう。何故
「こ、これってお断りすることは……」
「勿論出来るわよ?強制力は無いもの。……ていうか送り主が送り主だから行かなくていいわよ。あの野郎は昔から手が早いから。」
「…お知り合いですか?」
「あんなクソ野郎記憶にないわね。」
いやいや、今確実に知ってるような言い振りでしたよね??
そう心の中でツッコミを入れた人は何人いただろうか。発せられることなく飲み込まれた言葉とは裏腹にその場にいた研究員の殆どと視線が交差した。触らぬ神に祟りなし。諸行無常。頭に浮かぶのは2つの単語だ。
「まぁまぁ、そんなこと云わず行ってみても善いんじゃないか?各国の研究員やお偉いさまが集まるって有名だよ、この人の開く
「善く云えば、よ。アイツは自分よりも功績を上げた人がどんな人か探りを入れておきたいのよ」
「はは、確かにそれもありそうっスね。」
「えっと…行くにしても私は
「大丈夫、大丈夫。[#da=1#]はダンス踊れるし十分だよ。」
そ、そういうものなのだろうか。。
不機嫌な所長に反して、いつも以上に爽やかスマイルで答える倉技さん(所長の補佐)に引け目を感じつつ、再び視線を手紙に落とす。質感の善い封筒に、淡い空色で彩られた用箋。気品溢れる其れからは送り主の(失礼かもしれないが)育ちの善さが伝わってくる。私とは違う景色がこの人には見えているのかもしれない。そう思うと、不思議と会ってみたくなった。私とは違う観点を持ち、私の知らないものをこの人は持っているのかも。
何だろう、何て云うんだろう。この躰の底から湧き上がってくる感じは。好奇心?職業病?きっと違わないけど違う。多分これに名前を付けるなら…。
「……面白そう…」
不安な部分は勿論ある。初めての経験だし、上手く話が出来るかも分からない。でも、それ以上に面白そうだと感じた。行き止まりだった道が行き止まりで無くなった様だ。
ぺろり、とアイスが無くなって棒だけになってしまったものを舐める。独特な木の匂いが鼻を掠め、次は樹木を対象に研究視野を広げようかなと手元のバインダーの頁を捲った。
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