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日記(名前変換なし)

金木犀の昼下がり

2020/10/13 17:42
蓮二×後輩女子
20201013

*

 昼休みも終わりかけの時刻、丸井は空腹を抱えて歩いていた。持参した弁当では足りず、売店へ出向いたものの食べ物はあらかた駆逐されていたのだった。食堂へ行くほどの時間も残っていない。こうなったら、心優しい友人どもにたかろう。ふらふら廊下を歩いていると、階段を下りてくる柳と目が合った。
「よー柳」
 ナイスタイミング。さっそく声を掛ける。柳がお菓子を所持している確率は30%(俺調べ)。あまり期待はできないが、ないとも言い切れない程度だ。
「丸井」
「わり、なんか食い物持ってねえ?」
 訊ねつつ、さりげなく様子を窺う。手にした弁当箱は空だろう。ポケットは少し膨らんでいる。そして、柳にしては珍しい、人工的な甘い香り。ビンゴ! 今日は運が味方しているようだ。
「甘~いお菓子なんか、持ってんじゃねえかな~」
「今日は持っていない。悪いな」
「えっ」
 勝ち確で訊いたのに断られてしまった。まじまじと柳の顔を見るが、嘘をついている様子はない。そもそも柳はこんなことで嘘をつくほどケチではない。
 納得いかず、下手に出てみる。
「いや、なんかあるだろ。そういう匂いしてるぜ」
「匂い?」
「ほら、飴とかガムみてえな、甘い……」
 いや、ガムとも違う。なんつーか、もっと花系の。
 もやもや考える丸井をよそに、柳が自身の袖口を嗅ぐ。そして合点したように微笑む。
「ああ」
 その表情にもまた違和感を覚える。
「違うわけ?」
「そうだな。金木犀の季節だろう」
「はあ」
「花を愛でていた」
「はあ? そんな、昼休みに」
 柳が手を隠すようにポケットにしまう。その仕草を見て、……丸井はげんなりと顔をしかめた。
「あ、あー……」
「香りには気付かなかった。洗ってくる。礼を言う」
「まあ、あの、うん。それがいいな」
「じゃあまた」
「おー」
 歩いていく柳の背を見送る。鼻の奥に残る香りを振り切るように、丸井も重い足を動かす。
 柳は上の階から下りてきた。上階には、柳の下級生の彼女がいる。話を掘り下げるんじゃなかった。甘い残り香なんて、女以外にありえないのに。
 香りが移るほどの”何か”をつい想像してしまいげんなりする。ほんと何してんだよ柳。匂わせんなよ。二重の意味で。
 そして、結局食べ物の調達をし損ねてしまったことにも気付く。
 くそ、運悪ぃな。空腹の5時間目が確定してしまった。どうしようもないやりきれなさを、か細い腹の虫が代弁する。

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