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日記(名前変換なし)

依存

2020/08/31 17:06
社会人女主と蓮二
20200830

*

 合鍵で彼女のアパートに入る。
 この土日、彼女の仕事は休みで、ずっと家にいたはずだった。なのに、いつも食器が重なっている流し台が綺麗なのは、食事を摂っていないからだろう。キッチンを抜け、薄暗い部屋に入る。エアコンで冷え切った部屋のカーテンは開けっ放し、洗濯物はベランダに干しっぱなし。部屋の主はベッドの上にうずくまっている。
 照明を点け、デスクチェアに腰掛ける。彼女は鈍い動きでこちらに顔を向け、掠れた声で「れんじ」と呟く。風呂に入っていないだろう髪はぼさぼさで、頬にはうっすら涙の跡がある。
「おはよう。LINEに返事がなかったから寄った」
「あ……、うん。ごめんね。寝てたから」
 恐らくその言葉は、半分本当で、半分嘘だ。のっそりと起き上がった彼女に冷えたジュースを渡す。彼女は薄っすら笑って受け取る。
 安い蛍光灯に照らされた彼女は青白い顔をしている。薄っぺらい部屋着から覗く首元は赤く日焼けしていて、そのコントラストが不健康さを際立たせる。
 何も言わない俺に、彼女は居心地悪そうに目を伏せる。乾燥した唇をかんで、跳ねた髪を手持ち無沙汰に触って、困ったように俺を見る。
「あの、ごめんね、体調悪くて、私」
「そうか」
 相槌を打ち、デスクチェアから、彼女の隣に移動する。ベッドに腰掛けて帰る様子のない俺に、彼女が戸惑う様子を見せ、それでもおずおずと俺に寄りそう。
 ささくれのある手に、手を重ねる。先端まで冷え切った指を体温で包むと、彼女は緊張がほぐれたように息をつく。
 俺から体調について訊ねれば、きっと彼女は下手な嘘で誤魔化そうとする。
 逃げは許さない。
 もう一押しだと、空いた手で彼女の頭を撫でると、彼女は喉を引きつらせながら俺の胸に頭を預けた。ワイシャツ越しに、彼女の体温と、震えを感じる。絞り出すような声が沈黙を破る。
「蓮二……、好き。大好き」
「ああ」
「でも」
 一瞬の間。言うかどうか躊躇い、でも誤魔化すこともできず。
「異性からの好意って全部気持ち悪い。失礼だよね。嫌になる」
 それだけ早口で言うと、彼女は両腕で俺を強く抱きしめる。押し付けられた目元が濡れていくのをシャツ越しに感じる。

 彼女が男嫌いなのは最初から分かっていた。俺の好意に気付いた彼女の複雑な表情は今でも覚えている。トラウマの類ではなく、単に性的指向なのだとは付き合ってしばらくしてから知った。
 それでも、「俺だけ」は大丈夫であるように仕向けてきた。長い時間をかけ、幾重にも策略を巡らせて。

「そうか」
 短い肯定の言葉をどう受け取ったのか。彼女は小さく「ごめんね」と呟いた。彼女の胸にあるのはきっと、俺への罪悪感と、抗いようのない安堵感と。
 彼女が俺以外の「男」に惹かれることは絶対にない。彼女は俺から離れられない。これからもずっと。

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