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日記(名前変換なし)

ハッピーサマーバレンタイン

2020/08/07 20:00
蓮二×後輩女子
20200807

*

 真っ白なハガキを前に腕を組んで唸る。
 放課後の図書室は人がおらず、かといって静かすぎるわけでもなく、遠くに部活生の気配を感じて作業に集中しやすい。人に知られたくないような考え事も捗る。
 私は今、蓮二へのラブレターを書こうとしている。
 夏のただ中。蓮二の誕生日が過ぎ、クリスマスやバレンタインといったイベントも遠い。そこで最近はやりのハッピーサマーバレンタインに乗っかって、改めて気持ちを伝える機会にするのも悪くないなと思った。
 ハッピーサマーバレンタインは、本家バレンタインにおけるチョコレートのような、定番の贈り物は設定されていない。純粋に「感謝」を伝える日。ならば、シンプルにお手紙がいいだろう。どうせなら普段贈る機会のないハガキが新鮮かも。そこまで考えたものの、肝心の内容がなかなか難しく、手が止まってしまっている。
 依然真っ白なハガキをにらむ。絵葉書と迷ったが、蓮二はイラストよりも言葉に喜ぶので、書き込み面積が大きい無地を選んだ。代わりにカラーペンで色味をだす。深緑のSignoは蓮二をイメージして選んだ。
 内容は……。面積から、最大で300文字程度だろうか。端的である必要がありつつ、「ありがとう」の一言では埋まらない分量。方針を決めよう。参考になるのは蓮二の読書歴。文豪のような素晴らしい文章を書くのは無理でも、好みの要素を参考にすることはできるはず。蓮二、夏目漱石が好きって言ってたな。ものごとに向き合って、丹念に描写するのが興味深いんだとか。蓮二が『草枕』の玉露の描写に感銘を受けて、玉露ばかり飲んでいた時期あったよなあ。素直に影響受けちゃうの可愛い。オタク気質なんだよね。
「××」
「わあ!」
 急に名前を呼ばれてめちゃくちゃびっくりした。思わずハガキを隠す。振り返ると、部活を終えた蓮二が立っている。気付けば部活動の声は止み、図書室内は暗くなりつつある。時計を見ると完全下校時刻が迫っている。
「れ、蓮二、部活お疲れ様。門で待ってなくてごめんね、集中してた」
 本当は余計なこと考えてたけど。
「そろそろ切り上げろ。最終の見回りが来る」
「うん、準備する」
 蓮二に追及されなくてほっとする。少し距離があったし、手元は見られてないはず。もし見られてても白紙だし、何の準備かは分からないよね。いそいそと荷物をまとめていると「ところで」と蓮二が呟いた。
「何に熱中していたんだ?」
「え! ええと」
 やっぱり訊くのかよ! 言い訳を考えていなかった。ヤバイ、つい視線が泳ぐ。
「……秘密」
「ふむ。『いつまで』」
 片付けの手が止まる。蓮二を見ると、無表情のようで、眉が少し吊り上がっている。蓮二が無表情なのはデータを読みとっているから。そして眉が吊り上がっているのは、データを読み切ったからだ。手元が見えていなくても、私の態度で丸わかりだったらしい。
 悔しい。やっぱり私は、蓮二を出し抜けない。
「墓まで持って行っちゃおうかな」
「おや残念だ」
 しれっと返す蓮二。嬉しそうに睫毛が揺れる。……もー、蓮二大人げない。デリカシーって知らないのかな。
 サプライズ失敗で思いがけずハードルが上がってしまった。仕方ない、企画じゃなくて文面で勝負するしかないようだ。よりによって蓮二相手に。
 しばらく作文にかかりきりになることを思って出かかった溜め息をぐっと飲み込む。

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