ほぼネームレス小説ですが、たまに名前を呼んでもらえます
短編夢
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
神社の石段を駆け上がった。そんなに長いわけでもない階段だけれど、慣れない下駄で一番上まで走るとなるとさすがに息が上がる。途中で立ち止まりたかったけれど、丸井に手を引かれていて叶わなかった。はあはあと息を整えながら恨めしげに丸井を見上げる。丸井だって下駄に浴衣で動きにくいはずなのに。私の気も知らないで、息一つ乱さず笑っている。
「んだよ。疲れすぎじゃん。運動不足なんじゃねえ?」
「選手と、一緒に、しないでくれるっ……!」
「はは、頑張ったな」
ぽんぽんと頭を撫でられる。もっと文句を言ってやろうと思っていたのに。そんなことをされると、なんだか毒気が抜かれてしまう。釈然としない思いを、大きな溜め息に込めて吐き出す。
夏祭りの夜。当然、部活のみんなで遊ぶと思っていたのだけど。丸井はこっそりと「二人だけで行こうぜ」なんて声をかけてきた。部室が夏祭りの話題で盛り上がっているのに、さり気なく話題から抜け出して。みんなが集合の段取りを決める前に、さっさと帰ってしまう。びっくりした私は丸井みたいに上手にあしらえなくて、「駒井先輩も行きましょうよお」なんてねだってくる赤也を宥めるのに苦労した。
浴衣を着て、テニス部のみんなとは別の場所で待ち合わせて、二人で夜店をまわった。丸井は甘い物を食べるんだろうな、とは予想していたけれど。買っては胃袋に収めていくその勢いは予想外だった。呆れて何も言えない私に、丸井は笑いながら全部一口ずつ分けてくれた。だから私は何も買わずに色々な食べ物を楽しんで、そこそこ満腹になっていた。
そのタイミングを見計らってか、疲れたから休もうぜ、と丸井が言った。正直歩きづめだったので助かる。そう思ったんだけれど、まさか下駄で階段ダッシュをする羽目になるとは。
丸井も結構はしゃいでるんだな、と思う。誘われたときから思ってたけど、今日の丸井はちょっと強引だ。
正直、楽しいからまんざらでもない。
夜の境内には一応提灯が提がっているものの、ひと気は全くない。夜店からは距離があるし、休憩所があるわけでもない。蚊も少し飛んでるかも。でも木々の隙間から吹いてくる夜風が心地好くて、穴場だぜなんて言った丸井の言葉が少し理解できる。
体を折って深呼吸を続けていると、やっと呼吸が落ち着いてきた。息が整うのを待っていてくれた丸井が手を差し伸べる。
「ほら、ちゃんと立てよ」
ありがたくその手を取る。と、ぐいと手が引っ張られる。思いがけない動きにバランスを崩す私を、丸井が反対の手で抱きとめる。
す、と腰に回された手。帯越しだからその温度までは分からないけれど。手を繋いでいただけの時より、格段に距離が近い。ぴったりと体がくっついている。驚いて丸井を見上げると、丸井は整った眉を上げてニヤリと笑う。
「せっかく二人きりなんだぜ。いつまでへばってんだよ」
丸井のせいじゃん、と反射で言いそうになったけれど。さらに強く抱き寄せられて、息がつまる。繋いでいた手がゆっくりほどかれ、私の首に添えられる。大きな手に支えられて、私の顔は、簡単に上を向いてしまう。
少し、緊張した様子の丸井と目が合う。
「……最初からそのつもりだったの」
「お前は、違ったのかよ」
そのつもりじゃないわけ、ないけど。それにしても早すぎると思う。まだ二人きりになったばかりだし。屋台を巡っていっぱい食べたこととか、石段を駆け上がったこととか、そういう馬鹿馬鹿しい楽しさの余韻から抜けきっていないのに。
色っぽい雰囲気をもうちょっと……まあ、丸井に期待しても無理だろうけど。
何も言えずにいる内に、丸井の顔が近付いてくる。あ、と思う頃には、丸井の柔らかい唇が重なっていた。綿あめを食べたからだろうか、お砂糖みたいに甘ったるい味がする。それに、とっても熱い。
何秒もそうしたあと、ちゅ、とわざとらしい音を立てて唇が離れていく。
「浴衣、かわいい。……俺のために着てくれたんだろ。ちょー嬉しいんだけど」
「……そう思うなら走らせないでよ」
「ごめんって。あんまりかわいいからさ。早く二人きりになりたかったの」
「もう、馬鹿じゃん」
色んな気持ちを込めて、それだけ言う。照れを隠すように口を尖らせると、丸井はむっとしたように眉を寄せる。
「馬鹿でいいんだよ、こんなん」
「なにそれ」
「初めは馬鹿でもよ、そうやって大人になってくんだよ。俺たちは」
至近距離で目を覗き込みながら。丸井は、大真面目にそう言った。
なにそれ、とまた思う。大げさな言い回しと、丸井の真剣さと、今の状況とがなんだか間抜けでおかしい。大人になるって、……「そういう」つもりで言ってるのかもしれないけど。少なくとも下手くそな誘い方はまるっきり子供だ。
だから、思いっきり笑ってやろうとしたのに。開けた口に、丸井の口がぴったり合わさる。吸い込んだ息が全部丸井に飲み込まれていく。
睫毛が触れ合う距離にある丸井の目は、キスをする側なのにきつく閉じている。その癖は付き合い始めた頃からずっと変わらない。照れくさいんだろうな。まあ、そんなところがかわいいんだけど。
大人になんか、なろうとしなくてもいいのに。
でも、私と一緒に大人になりたがる丸井が、どうしようもなく好きだから。別にいっか、なんて思ってしまう。「そうやって大人になってく」、丸井が言った言葉は、確かにその通りなのかもしれない。だって、私はもう彼を受け入れる気になっている。
境内が静まり返る。聞こえるのは、風と、葉擦れと、二人が睦み合うささやかな音だけ。
「んだよ。疲れすぎじゃん。運動不足なんじゃねえ?」
「選手と、一緒に、しないでくれるっ……!」
「はは、頑張ったな」
ぽんぽんと頭を撫でられる。もっと文句を言ってやろうと思っていたのに。そんなことをされると、なんだか毒気が抜かれてしまう。釈然としない思いを、大きな溜め息に込めて吐き出す。
夏祭りの夜。当然、部活のみんなで遊ぶと思っていたのだけど。丸井はこっそりと「二人だけで行こうぜ」なんて声をかけてきた。部室が夏祭りの話題で盛り上がっているのに、さり気なく話題から抜け出して。みんなが集合の段取りを決める前に、さっさと帰ってしまう。びっくりした私は丸井みたいに上手にあしらえなくて、「駒井先輩も行きましょうよお」なんてねだってくる赤也を宥めるのに苦労した。
浴衣を着て、テニス部のみんなとは別の場所で待ち合わせて、二人で夜店をまわった。丸井は甘い物を食べるんだろうな、とは予想していたけれど。買っては胃袋に収めていくその勢いは予想外だった。呆れて何も言えない私に、丸井は笑いながら全部一口ずつ分けてくれた。だから私は何も買わずに色々な食べ物を楽しんで、そこそこ満腹になっていた。
そのタイミングを見計らってか、疲れたから休もうぜ、と丸井が言った。正直歩きづめだったので助かる。そう思ったんだけれど、まさか下駄で階段ダッシュをする羽目になるとは。
丸井も結構はしゃいでるんだな、と思う。誘われたときから思ってたけど、今日の丸井はちょっと強引だ。
正直、楽しいからまんざらでもない。
夜の境内には一応提灯が提がっているものの、ひと気は全くない。夜店からは距離があるし、休憩所があるわけでもない。蚊も少し飛んでるかも。でも木々の隙間から吹いてくる夜風が心地好くて、穴場だぜなんて言った丸井の言葉が少し理解できる。
体を折って深呼吸を続けていると、やっと呼吸が落ち着いてきた。息が整うのを待っていてくれた丸井が手を差し伸べる。
「ほら、ちゃんと立てよ」
ありがたくその手を取る。と、ぐいと手が引っ張られる。思いがけない動きにバランスを崩す私を、丸井が反対の手で抱きとめる。
す、と腰に回された手。帯越しだからその温度までは分からないけれど。手を繋いでいただけの時より、格段に距離が近い。ぴったりと体がくっついている。驚いて丸井を見上げると、丸井は整った眉を上げてニヤリと笑う。
「せっかく二人きりなんだぜ。いつまでへばってんだよ」
丸井のせいじゃん、と反射で言いそうになったけれど。さらに強く抱き寄せられて、息がつまる。繋いでいた手がゆっくりほどかれ、私の首に添えられる。大きな手に支えられて、私の顔は、簡単に上を向いてしまう。
少し、緊張した様子の丸井と目が合う。
「……最初からそのつもりだったの」
「お前は、違ったのかよ」
そのつもりじゃないわけ、ないけど。それにしても早すぎると思う。まだ二人きりになったばかりだし。屋台を巡っていっぱい食べたこととか、石段を駆け上がったこととか、そういう馬鹿馬鹿しい楽しさの余韻から抜けきっていないのに。
色っぽい雰囲気をもうちょっと……まあ、丸井に期待しても無理だろうけど。
何も言えずにいる内に、丸井の顔が近付いてくる。あ、と思う頃には、丸井の柔らかい唇が重なっていた。綿あめを食べたからだろうか、お砂糖みたいに甘ったるい味がする。それに、とっても熱い。
何秒もそうしたあと、ちゅ、とわざとらしい音を立てて唇が離れていく。
「浴衣、かわいい。……俺のために着てくれたんだろ。ちょー嬉しいんだけど」
「……そう思うなら走らせないでよ」
「ごめんって。あんまりかわいいからさ。早く二人きりになりたかったの」
「もう、馬鹿じゃん」
色んな気持ちを込めて、それだけ言う。照れを隠すように口を尖らせると、丸井はむっとしたように眉を寄せる。
「馬鹿でいいんだよ、こんなん」
「なにそれ」
「初めは馬鹿でもよ、そうやって大人になってくんだよ。俺たちは」
至近距離で目を覗き込みながら。丸井は、大真面目にそう言った。
なにそれ、とまた思う。大げさな言い回しと、丸井の真剣さと、今の状況とがなんだか間抜けでおかしい。大人になるって、……「そういう」つもりで言ってるのかもしれないけど。少なくとも下手くそな誘い方はまるっきり子供だ。
だから、思いっきり笑ってやろうとしたのに。開けた口に、丸井の口がぴったり合わさる。吸い込んだ息が全部丸井に飲み込まれていく。
睫毛が触れ合う距離にある丸井の目は、キスをする側なのにきつく閉じている。その癖は付き合い始めた頃からずっと変わらない。照れくさいんだろうな。まあ、そんなところがかわいいんだけど。
大人になんか、なろうとしなくてもいいのに。
でも、私と一緒に大人になりたがる丸井が、どうしようもなく好きだから。別にいっか、なんて思ってしまう。「そうやって大人になってく」、丸井が言った言葉は、確かにその通りなのかもしれない。だって、私はもう彼を受け入れる気になっている。
境内が静まり返る。聞こえるのは、風と、葉擦れと、二人が睦み合うささやかな音だけ。