スネイプ×助手(元・生徒)
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「ここはいつから君の部屋になったのだ?」
執務机から顔を上げたスネイプの声はいつも以上の不機嫌さに満ちていた。
ホグワーツの地下に存在しているセブルス・スネイプの私室。そこは以前、冷徹な秩序と静寂が支配する、彼だけの孤独な領域であるはずだった。暗く冷たく排他的なその場所を、スネイプは自分だけの居場所として確かに気に入っていた。しかし今その領域は、かつての教え子であり現在は助手という名目で居座る特異な存在──ナマエ・ミョウジによって、音もなく崩壊しつつある。
生徒から提出された出来の悪いレポートと長時間格闘し、精神を摩耗していたスネイプの視線の先。そこには彼が以前から愛用している大きなソファに、ナマエが我が物顔で収まっている。彼女はどこから引っ張り出してきたのか、膝の上に古い魔法薬の文献を広げ、更に傍らの机には既に自分のために淹れた紅茶まで用意していた。
「……いつからでしょうね?私にとってホグワーツのどんな場所より、この部屋が落ち着くんです」
ナマエは顔を上げ、ニコリと無邪気な微笑みを浮かべてみせた。本来であればナマエの言動はスネイプの神経を削ぐ傲慢な振る舞いとして厳罰に処されるべきなのだろう。しかしナマエは知っている。彼がどれほど刺々しく不機嫌に言葉を並べ立てようとも、その心の奥底には自分を追い出すための本物の拒絶など微塵も残っていないということを。
「本なら自分の部屋で読みたまえ。君は私の邪魔をするために助手になったのか?」
「まさか。私は心から愛する教授を支えるためにここにいるんですよ」
「笑わせるな。だったら即刻自分の部屋に戻れ。君には校長から与えられた立派な個室があるはずだ」
「でも……戻ってしまったら、分からないところを教授に質問できないじゃないですか。ほら、もう三箇所も聞きたいことが溜まってるんです。教授ったら話しかけても全然返事してくれないんですもの」
「……聞こえている。無意味な時間を排除するべく無視したまでだ。私は君のお遊びに付き合ってる暇もなければ君の辞書になった覚えもない」
噛みつくように捲し立てるスネイプだったが、ナマエはそれで怯むような女ではない。萎縮することも、押し黙ることもせず、ソファの上で呑気に大きく伸びをした。
「お遊びではなく、少しでも教授のお役に立てるように勉強中なんですけど……。ところで教授、それはまだ終わらないんですか?私にも分けてくれたら宿題の採点だって少しは早く終わるのに……」
「馬鹿を言うな。君の評価は甘すぎて見ていられん……これは私の仕事だ」
スネイプは忌々しそうに舌打ちをお見舞いすると、再び手元の羊皮紙に視線を落とした。猛然と線を引かれた生徒たちの努力の結晶。それらは見るも無惨な再提出という名の死刑宣告へと変わっていく。
「……そうやって全部を再提出にするからいつまで経ってもお茶の時間が来ないんですよ?分かってます?」
「黙れ、ナマエ。私の教育方針に口を出すな」
教育などではなく、ただ単に生徒いびりをしたいだけに違いない、とナマエは肩を竦めて冷め切った紅茶を一口すすった。時間が経ちすぎた紅茶は渋すぎて、舌にざらりとした嫌な感触を残す。それに顔を顰めながら、スネイプの仕事が終わったら今度は最高級の茶葉で最高の紅茶を淹れ直そうと決意するのだった。
*
スネイプがようやく羽根ペンを置くと同時にナマエが待ってましたとばかりに立ち上がる。
「お疲れ様でした、教授。紅茶を淹れますね。お疲れでしょう?どうぞこちらに座ってください」
弾む声でナマエは今まで自分が座っていたソファをあたかも自分のソファを提供するような口ぶりで明け渡した。小言を言いたそうなスネイプだったが、言うだけ無駄だと判断したのか溜息一つ吐いてソファへと身を沈める。杖を振りティーカップを呼び寄せる彼女は見るからに上機嫌だ。いつのまにか部屋の備品のように置かれているナマエの私物であるカップを横目に彼はまた一つ溜息を重ねた。
「茶葉は先日ホグズミードに行った時の……マダム・パディフットの店で手に入れたものにしましょう」
ナマエが得意げな表情を浮かべてスネイプへと茶葉の缶を掲げた。それを目にした瞬間、彼の脳裏に悪夢が蘇る。魔法薬の材料購入だけのはずがナマエの買い物に付き合わされた先週の金曜日。スネイプの顔がひくりと不快そうに引き攣った。
「そうそう、ホグズミードといえば。教授と私、生徒達の間で噂になってるみたいですよ」
ナマエはティーポットを運ぶついでに、爆弾を落とすような発言をさらりと口にした。スネイプは辟易した様子でソファの背もたれに身を預けながら眉間を指で揉んでいる。
「生徒達が、私達のことを恋人同士だって騒いでるんです。あのセブルス・スネイプがついに愛を覚えたのだとか」
ナマエはくすくすと楽しげに言う。
「……馬鹿馬鹿しい。この学校には君と同じで暇を持て余した連中しかおらんのか」
低く呟かれる呆れたような言葉とは裏腹にナマエは鼻歌でも歌い出しそうな勢いだ。杖を一振りして別の棚からクッキーの箱を呼び寄せると、当然のように彼の隣へと腰を下ろす。
「みんなこの手の話題は飽きないようですね。でも仕方ありませんよ、あんなに情熱的に抱きしめ合う二人を目撃してしまったんですから」
ナマエのにんまりとした笑顔にスネイプはティーカップを持ち上げながらフン、と鼻で笑った。
「抱きしめ合う?君が雪の上で無様に転ぼうとしたのを私が支えたことを言っているのか?事実を歪めて記憶する癖をいい加減どうにかしろ」
「あら……生徒たちの目には教授が私を包み込んだように見えたそうですよ。素敵だと思いません?」
ナマエは茶目っ気たっぷりに隣の仏頂面を覗き込んだ。決して公にできない関係性を、生徒が噂しているというこの状況はナマエにとって最高の娯楽らしい。
「……ナマエ。一点だけ確認しておくが」
スネイプの声が一段と低くなった。それは生徒を詰問する時の冷徹な響きによく似ている。ナマエはティーカップを置き、首を傾げて柔らかく微笑んだ。その笑みは純粋そのものを装いながら、どこか狡猾さを孕んでいるようにも見える。
「あの時君が転んだのは、わざとではあるまいな?」
スネイプの問いにナマエは一瞬だけ目を見開き、数回瞬きをすると再び完璧な笑みを浮かべた。
「……まさか。私がそんな計算高い女に見えますか?あれは本当に雪が固まってて滑ったんです」
ナマエは流れるような動作でクッキーを一枚手に取る。その様子は動揺など微塵も感じさせなかったが、スネイプは疑いの眼差しを止めない。
「あの場に噂好きで口の軽いグリフィンドールの連中が揃っているのを確認した上で、わざと足を滑らせる──いかにも君がやりそうな手口だと思ったのだがな」
苦々しげに言うスネイプだったが、ナマエは鈴を転がすような笑い声を上げた。
「手口だなんて、そんな犯罪みたいに……。でもまぁ、真実がどちらにせよ、教授が私を抱き留めてくださったのは事実ですから」
ナマエは黒衣の袖を小さく掴んで目を細める。
スネイプはその手を払い除けることができない自分が無性に腹立たしかった。
そんな彼の心境も知らず、ナマエは屈託なく袖を引き寄せながら耳元で密やかに口を開く。
「……ねぇ教授、生徒に真相を尋ねられたら、私達の本当のこと……言っちゃってもいいですか?」
わざとらしく息を含ませた声で囁かれ、スネイプの顔が先ほどマダム・パディフットという単語を聞いた時と同じように引き攣った。
「ふざけるのも大概にしたまえ。……そんなことを口にしてみろ。その瞬間に禁じられた森にでも埋めてやる。もしくは湖に沈めて巨大イカの餌にするかのどちらかだ」
「もう、冗談なのに……相変わらず容赦ないんですから。でも本当のことは言えなくても、こうやって二人きりで誰にも邪魔されずにティータイムができるだけで私は幸せですけど」
へらりと笑う、その無防備で幸せそうな顔を見て、スネイプは毒気を抜かれたように視線を逸らした。
「生徒には秘密にしておく代わりに、こうすることくらいは許してくださいね」
ナマエは吸い寄せられるようにスネイプの肩に自分の頭をこつんと傾ける。漆黒のローブから漂う苦い薬草と、微かだが消えない彼女と同じ石鹸の香り。それが言葉にしなくとも二人の濃密な時間の共有を証明している。
「……好きにしろ。どうせ君に何を言っても聞きはせん」
諦めと、自嘲と、そしてそれら全てを包み込むような深い愛着。
少しぬるくなった紅茶が、毒のようにスネイプの喉の奥をジリジリと焦がした。
かつては秩序と静寂が最適解だったこの部屋が、彼女の香りと体温によって日々侵され続けている。彼が自ら調合したどんな解毒剤も、この愛らしくも憎らしい、ナマエ・ミョウジという名の毒を完全に消し去ることはできない。スネイプはただ肩にかかる心地良い重みを受け入れ、暖炉の淡い光の中で静かに目を閉じた。
この状況は、以前の彼にとっては許し難い敗北であったが、今は何よりも甘く、最も幸福な時間だった。