スネイプ×助手(元・生徒)
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トライウィザードトーナメントのユールボール。その日の大広間は普段の様相とは異なり、美しい氷に包まれたように輝いていた。生徒たちの笑い声、グラスが触れ合う音、どこからともなく聞こえてくる軽やかで美しい旋律。満天の星空を模した天井からは粉雪が静かに降り続けている。
幻想的な空気の中、各校の代表選手とそのパートナーの入場に周りと同じく拍手を送りながらも、ナマエ・ミョウジは心なしか浮かない顔をしていた。折角ドレスアップをして華やかな化粧をしているというのに、その浮かない顔がそれら全てを台無しにしている。
ナマエの浮かない顔の原因。
それはセブルス・スネイプの『いつもと違う姿』だった。
ナマエの認識では、彼はダンスパーティーだろうが何だろうが自分の格好など気にしない、自分にひどく無頓着な男だったはずだ。それなのに今日のスネイプときたらいつもと少し──いや、随分と見違えた姿でナマエの隣に立っている。
黒く長い髪は後ろで一つに束ねられ、流行とは無縁でありながら無駄のない仕立ての礼装に身を包んでいるのである。てっきりいつもと同じ格好をしたスネイプが煩わしそうにパーティーに参加するものだと思っていたナマエはその姿にひどく動揺してしまっていた。
「どうしたんですか、その格好。素敵ですね」
平静さを装いつつ、そっと耳打ちすると睨みつけるような鋭い視線が返って来た。ナマエの言葉は紛れもなく本心だったが、その影にはほんの少しだけ不安が混じっている。目の前を通り過ぎる人たちの、物珍しそうに彼へと集まる視線。それは彼女の焦燥感を駆り立てるのに十分すぎるほどだった。
もちろんスネイプは誰の視線も気にすることなく、ただただ不機嫌そうな顔で佇んでいるだけなのだが。
「ミネルバにホグワーツの品位が疑われるから正装しろと言われただけだ」
スネイプはほとんどナマエにしか聞こえない声で苦々しげに呟いた。身内だけならまだしも他校の代表もいるパーティーでそのような格好は許しません、ときっぱり言い切るマクゴナガルが思い浮かび、ナマエは小さく笑いを溢す。けれど胸の中に蔓延る不安はそう簡単に消えてはくれない。
誰にも気付れないでほしい。
彼の魅力は自分だけが知っていれば良かった。
そんな考えが頭の中を駆け巡り、それが再び表情に出そうになる。
(笑顔でいなきゃ……)
頭では理解しているのに、心の処理が上手くいかない。そんな自分の黒い感情に気付いてしまうたびにナマエの胸の中の熱は静かに膨張していくのだった。
*
パーティーが終わり諸々の業務を済ませた二人はスネイプの部屋へと向かっていた。ナマエは自分の部屋へと続く廊下を通り過ぎ、何も言わずに彼の隣を歩いている。
クリスマスという特別な日。
それが終わってしまうのが、ただただ名残り惜しかったのだ。
彼の部屋の扉を閉めた瞬間ざわめきは遠のき、部屋に満ちるのは暖炉の淡い炎と二人の呼吸だけ。いつもの景色、いつもの香り。ナマエは安堵したようにその空気を大きく吸い込んだ。暖炉の火がぱちりと弾ける音だけが二人の間を満たす。
スネイプが疲れたようにネクタイを緩めながらゆっくりとナマエに向き直った。
「……今日はずっと浮かない顔をしていたな」
冷えた声が薄暗い部屋の空気を静かに震わせた。
「……いえ、そんなことは」
「鏡が必要か?」
呆れたような口調。しかしその鋭い目は逃がしてくれない。ナマエは胸の奥で苦しく熱い何かを抱えたまま口を開いた。この人に誤魔化しや嘘は通用しないというのはずっと昔から知っている。逃げ場はないと瞬時に悟ったナマエは小さく息を吐いた。
「今夜の教授が、すごく素敵で」
観念したように呟くとスネイプの眉が僅かに動く。
「いつもと違う姿を見られて嬉しいのに……私以外の誰にも見せたくないって思ってしまって」
自身でも驚くほど素直で、どうしようもない告白だった。スネイプは腕を組んだ姿勢のまま目を細め、そして深く溜息をつく。
「まったく馬鹿げている……君は本当に……」
その言葉の続きは吐息に溶けて消えていった。代わりにスネイプはゆっくりと歩み寄り、ナマエの顎を指先でそっと持ち上げる。
「誰かが私に近付くとでも?」
ナマエはスネイプの黒い瞳を見据えたまま、こくりと小さく頷いた。
「だって……いろんな人から見られてました」
「くだらない好奇の眼差しだ。鬱陶しいだけのな」
ばっさり切り捨てるとナマエの呼吸が小さく震えた。言葉は冷たいが怒っているわけではない。むしろ抑えた熱が溢れそうになっているのを感じて胸がざわめく。
「私の評判など、たかが知れているだろう」
「それでも、好きな人が素敵すぎるのは心配です」
ナマエが少し気恥ずかしそうに呟くとスネイプは再び深い溜息を吐き天を仰いだ。いつもと違う髪型のせいでその仕草さえ色気を感じてしまう。それを悟られまいと下を向こうとすれば彼の手が頬から耳の後ろへ滑り微かな熱が走った。
「言っておくがな、ナマエ」
スネイプは静かにナマエの名を呼んだ。一瞬迷ったように言葉を詰まらせたが、そのまま続ける。
「私は……君の不安と同じものを、常日頃から味わっている」
唐突なスネイプの言葉に、ナマエは驚いたように瞬きをした。彼の顔を見上げてみれば眼差しはいつになく真剣で、わずかに苦しげな影が混じっている。
「……私はいつも君が誰かに笑いかけるたび腹立たしくて仕方がない。愚かだと分かっていても心臓を掴まれるような気分になる。そうやって着飾った姿も、本来なら誰にも見せたくない。君の存在は……いつだって私を不安にさせる」
ナマエの淡く輝くドレスと白い肌を視線でなぞったスネイプは言い終えると自嘲気味に小さく笑った。
「私は君から見れば常に冷静に見えているだろうが……君が思うほど強くはない」
その言葉に息が止まった。スネイプは視線を逸らし、小さく吐き捨てる。
「……私は君を失うのが怖い。君が誰かに奪われるのが、何より」
普段は言葉にしないであろうその告白は、ささやかな呪文のように胸の奥へと沁みていく。今日ずっと抱えていた不安と同じ形をしたものを、彼も抱えていたのだと思うと胸が締め付けられる思いだった。ナマエは反射的にスネイプの胸に顔を埋める。抱きつくというよりは縋るようなそれにスネイプは一瞬だけ固まったが、静かに息を吐くと共に優しく腕が回された。
「……こんな馬鹿げたことを口にしたくはなかったのだがな」
口調は冷たいのに、抱きしめる手はひどく優しい。
そっと体を離し、今度は額を合わせるようにしてスネイプは目を細めた。
「嫉妬深いのは私だけで十分だ」
その言葉とほとんど同時に唇が触れた。ただ触れただけなのに、全身が熱で満たされていく。そのまま夜の深さに沈むように甘く抱きしめられた。独占と愛情のが混じった、不器用で深いキスが繰り返される。じわじわと壁へ追いやられ、足元が崩れるような感覚が走った。抱きしめられた腰に指が食い込み、逃がす気など毛ほども感じられない。ナマエが息を震わせながらスネイプの胸元を掴むと、彼は額に口づけながら僅かに意地悪く、しかし溶けるほど甘い声で囁いた。
「いつも喧しいくせにどうした。口もきけないのか?」
壁際に追い詰められたままナマエは息を整えることすら忘れていた。恨めしげにスネイプを見上げた彼女はひどく無防備で、扇情的だ。
「だって教授が……」
「私が?」
「近い、から……」
喉の奥に引っかかるような声で言うとスネイプは片眉を上げ、わずかに唇を歪めた。
「近いのは今夜に限った話ではないだろう」
彼がそう愉しそうに唸るのをナマエは熱に浮かされたように見つめることしかできない。顔にかかる一束の髪を煩わしそうに払うその仕草でさえ魅力的で、どうしようもなかった。
「……君が私にしがみついてくる夜など、いくらでもあったはずだが?」
そう囁きながらスネイプはナマエの頬に指先を滑らせる。袖口から覗く白い指は、触れたところだけ感覚を奪う魔法薬のように、ゆっくりと惑わせるように動いた。
「それは……そうですけど……」
ナマエは言い淀んだが、やはり彼に思考を隠すのは無理だと瞬時に判断し困ったように視線を落とす。
「教授がいつもと違うから……私の心臓、今にも破裂しそうなんです」
馬鹿馬鹿しい発言だとは分かっている。
けれど彼に追い詰められ口付けを落とされるたびに血液が沸騰するような感覚に陥ってしまうのだ。スネイプはナマエの言葉を聞いた瞬間、顔を歪めた。甘くはない、意地の悪い笑みなのにナマエの思考はまた乱されてしまう。スネイプの指は頬から首筋へとゆっくり落ちていき、そのまま鎖骨をなぞる。もうどうしようもないほど火照っている身体が更に熱へ沈むのを感じ、ナマエは漏れ出そうになる声を必死で堪えた。
「たったこれしきのことで君の心臓がそうなるなら」
その音の低さと甘さは、冬の夜気すら融かしてしまうほどの熱を孕む。
「──この先どうなるか、試してみるか?」
その艶めいた声に、ナマエは再び息を呑んだ。
思考が止まる。
彼の闇を湛えた黒い双眸。その冷たい眼光の奥底で、獰猛な何かが暴れ狂おうとしているのをナマエは見た。視線を逸らそうと思うのに、どうしてだか彼の瞳に捕まえられて離れられない。
「どうする、ナマエ」
この人は分かっているくせに聞いている。
「私が拒まないの……知ってるじゃないですか」
「無論、それも考慮した上だ」
淡々と言われ、ナマエは反論する暇もなく傍にあったソファに押し倒された。スネイプの指先はナマエの肌の上を迷いなく、しかし丁寧になぞっていく。乱れた息の合間に名前を呼べば答えるように名前を呼ばれ、その甘さにおかしくなりそうだとナマエは微かに残る理性の中でそう思った。
暖炉の炎が揺れ、影が二人の輪郭をゆらりと一つに重ねていく。
覆い被さる影にナマエは一つの抵抗もできない。静寂の中で二人の呼吸だけが重なり合う。
外では雪が静かに降り続いていた。
世界が眠る夜の中、雪の降る音の届かぬ部屋で二人は甘く沈み込んでいくのだった。