スネイプ×助手(元・生徒)
name change
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スネイプの私室のソファに並び、彼の肩にもたれかかるようにしてナマエは眠っていた。
暖炉の火が小さく爆ぜる音と、彼女の寝息だけが静かな部屋に響く。炎に照らされて柔らかい影を落とす横顔は、普段の勝気さとは違って年相応に幼さを残し、安らいで見えた。
かすかに上下する肩、吐息のリズム。細い指が緩んでソファの縁に触れている。その無防備な姿を見下ろしながら、スネイプは手にしていた古書の頁をしばらくめくることも忘れていた。
彼は己の胸に小さく生じるざわめきを、あえて意識から追い払う。生徒時代からずっと、自分の傍で眠ることを恐れないこの女は、油断ならぬ存在だった。
「ナマエ」
低い声で名を呼ばれてナマエは小さく身じろぎをした。うたた寝にしては長すぎた眠りからゆっくりと覚醒しながらも、彼に寄りかかったままの頭を肩から離そうとはしない。
周囲には冷徹だと思われているであろう彼の、意外にも温かい体温に身を委ねるのは心地良かった。
更に二度ほど名前を呼ばれたが、その声をナマエは意図的に無視する。目を閉じたまま静かに呼吸をし、まだ寝ているふりをした。
自分の名を呼ぶその声を、まだまだ堪能したかった。
……けれど。
「いつまでそうしているつもりだ」
ついに気付かれてしまった。触れているおかげで、彼の呆れたような声が音としてだけでなく振動として伝わってくる感覚に、ナマエは僅かに微笑む。
「……バレましたか」
そう口に出したものの、やはり離れる気はなかった。
「……ずっとこうしていたくて」
「また馬鹿なことを。十分時間は経ったと思うが?」
寝たふりまでしてどうするつもりだ、とスネイプは冷ややかに言う。しかし寄りかかったままの体を押し除けられないあたり、随分と彼も甘くなったものだとナマエは小さく勝ち誇るような笑みを浮かべた。
「教授が私の名前呼んでくれるのが嬉しくて、つい寝たフリを」
「……呆れた理由だな」
「本当ですよ。私、教授の声が好きなんです」
いくら辛辣な言葉であろうが皮肉であろうがナマエは彼の発する声が好きだった。時に冷たく、時に甘やかで、時に艶めくような低く深い声。
「もちろん好きなのは声だけではありませんけど……」
ナマエはようやく頭を離してスネイプへと向き直る。彼は相変わらず顔色が悪く、疲れたような顔をしていた。どうやらナマエが寝ている間、手にしていた分厚く古い本を読んでいたらしかったが、ナマエが向き直ったタイミングでそれをパタンと勢いよく閉じる。
「褒めても何も出らんぞ」
訝しむような視線を向けられてナマエは眉を下げて笑った。別にそういうつもりではなかったのに、そう捉えられてしまったことが非常に心外である。
「私が媚びてるとでも?」
「違うのか?」
「違いますよ。純粋に褒めてます」
ナマエは自然な動作でスネイプの右手に自分の左手をそっと添える。本の表紙に置かれていた手を絡めとり、ナマエは恋人がそうするように彼の手を握った。一瞬スネイプの体が強張ったが、ナマエは構わず彼の顔を覗き込む。
「もしよろしければ他の好きなところも挙げましょうか?」
たくさんありますよ、とナマエは手に力を込めた。その手を振り解くわけでもなく、スネイプは珍しくも視線を泳がせる。普段は怖いほど真っ直ぐに見つめてくる彼の、迷うような視線。
他人から嫌厭されることはあっても、好意を向けられることは少ないのだろう。スネイプは小さく溜息をついたが、それには呆れたような色も混じっているようだった。
「君は本当に毎日くだらない戯言ばかり……」
「戯言?失礼ですね。愛情表現と言っていただけますか?」
「馬鹿馬鹿しすぎて話にならん」
「教授も私に愛情表現してくれても良いんですよ。愛を囁くとか……どうですか?」
にこりと笑って見せれば眉間の皺を深くしたスネイプに睨まれる。そんなことをしてくれそうもない顔だった。
ナマエは溜息をついて少しだけ考えを巡らせる。
しばしの静寂のあと、彼女はスネイプの固く結ばれた唇にそっと優しく自分の唇を重ねた。
一瞬だけ触れ合った唇。
スネイプが低く唸ったのが分かった。
「教授の素敵な声で愛を囁いて欲しかったですけど、今日はこれで許してあげます」
「……ほう。随分と上からの物言いだな」
ふ、と口端を歪めた彼の表情があまりにも艶めいていて、ナマエは目を瞬かせた。彼の微笑みはいつも分かりにくく、皮肉を湛えていることが多い。けれどたまに見せる愉悦を含んだようなその笑みが、とても美しく、妖しく、ナマエの胸をざわめかせた。
「──癪に障る」
繋いでいた手を引き寄せられ、ナマエの瞳は見開かれた。ほんの数センチ先のスネイプの、黒く闇に沈んだような瞳の奥が燃えているように見えて、ナマエの心臓が変な方向へと飛び跳ねる。その獣のような瞳の彼に、これから何をされるのだろうという恐れと期待がナマエの体を駆け巡った。
「……教授?」
やっと喉の奥から零れ落ちた言葉は少しだけ掠れていた。
「君は自らが愛情表現とやらをする時は強気なくせに、私に主導権を渡せばひたすらに弱いな」
スネイプの瞳が細まり、低くて心臓をなぞるような深く甘い声がナマエを嬲った。
耳元で囁かれる言葉は愛の言葉でなくともナマエの頬を赤く染め上げ、鼓動を加速させる。ナマエはたまらず強く目を閉じた。
「どうした?まだ愛の言葉とやらは囁いていないが……」
そっと優しくナマエの髪の毛に触れ、スネイプは唇を歪めながら耳元で囁く。わざとらしく明らかにナマエを虐めて愉しんでいる様子が見て取れた。
「あぁもう……すぐそうやって意地悪する……!」
耳まで赤く染めて抗議するナマエに、スネイプは呆れたような顔をした。
「何を言っている。君は自分がどれだけ私を乱しているか、まるで分かっていないようだ。自覚のある私と無自覚な君──さて、どちらが『意地悪』だと思うかね?」
その声色に宿る熱に気づいてナマエは思わず目を逸らした。
スネイプの指先がそっと彼女の髪を梳き、耳朶を意味深になぞる。思わず小さく吐息まじりの声が漏れ、ナマエは慌てて口を押さえた。
「……ほら見ろ。言ったそばからこれだ。私を惑わせるのがそんなに楽しいか?」
ぞくりと背筋を走るその響きにナマエは堪え切れず小さく身を震わせる。
「惑わせてるのは教授の方じゃないですか」
搾り出すように言ったその言葉に彼の唇が不意に緩んだ。それは冷笑とも愉悦ともつかぬ微笑。
「……ならば、互いに同じだな」
引き寄せられ短く囁かれたそれは、火の揺らぎに混ざり甘く危険に響いた。そしてナマエは思い知らされる。彼の声ひとつで自分の心も体も簡単に支配されてしまうのだと。
「教授、絶対他の人にそんなふうに囁かないで下さいよ」
私だけに聞かせてほしいから、と消え入りそうな声で告げると、スネイプは小さく鼻で笑った。
その笑みの意味を問う余裕もない。
叱責でも皮肉でも、低く深いその響きはナマエにとって愛の囁きと同じであり、きっと抗うことも逃れることもできないのだろう。
「……ナマエ」
掠れるような低い声が彼女の鼓膜を震わせた。
スネイプの鼓動と、名を呼ぶ声を聞きながらナマエは静かに目を閉じる。
甘く深い唯一無二のその声に、ただひたすら溺れるように。
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