スネイプ×スリザリン女子生徒
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夕暮れの地下教室には薬草の青臭さと煮詰まった魔法薬の名残りが混ざり合い、どこか甘く刺すような香りが漂っていた。
中央の机には本日の授業で各々調合された薬がガラス瓶へと注がれ整然と置かれている。その机のすぐ傍で腕組みをして立つセブルス・スネイプは、元々不機嫌そうな顔を更に歪めてそれらを眺めていた。
本来なら粘性の低い淡い緑色の液体が並んでいるはずだ。しかしながらそれらしきものは全体の三割程度とお粗末なものである。瓶によってはどう間違えればこうなるのかと言いたくなるような色をしており、殊更ひどいものは、もはや液体ですらない。効能を試すまでもなく殆どが失敗作だと一目で分かった。
なぜ教科書通りにできぬのか。なぜ理解する前に手を動かすのか。心の中でそう吐き捨てる。眉間を強く押さえスネイプは喉元まで出かけた怒号を飲み込んだ。もはや口にすることすら面倒だった。学ぶ気のない者に対して説教を幾度繰り返したところで何も変わらないことは分かりきっている。理解力のない者はいつまで経っても同じところで足を取られるだろう。机に積まれた宿題の内容も、どうせこの魔法薬同様に惨憺たるものに違いない。
授業終了の鐘の音が鳴ると、生徒たちは片付けもそこそこに蜘蛛の子を散らすように地下教室から逃げていく。
喧騒は消え去り、残されたのは机を拭う布の音、そして機嫌の良さそうな小さな鼻歌だけ。
ナマエ・ミョウジ。
毎週この時間、彼女は『この後に授業がないから』と教室の片付けを申し出る。
だがもちろん、それは口実に過ぎない。
彼女が魔法を使わず、わざわざ手作業で机を拭いたり大鍋を磨く理由など一つしかない。
この静かな二人きりの時間をできる限り延ばすため──ただそれだけだ。
彼女の見え透いた魂胆にも辟易するが、それを分かっていながら黙認している自分自身にも苛立ちを覚える。くだらない感情に足を掬われるなど滑稽の極みだ。
そう頭では理解しているというのに。
同じ空間でスネイプの威圧感にも臆することなく鼻歌を歌いながら片付けを進めるこの生徒は、明らかにスネイプの暗く凪いだ心に波紋を作る存在だった。
「先生」
その声に、意識がふと引き戻された。
片付けを終えたらしいナマエが机の前で振り返っており、並んだガラス瓶の一つを手に取っていた。
「今日の調合、私にしては上出来だと思いませんか?」
スネイプは無言で目の前に差し出された瓶を取る。
中の液体を見てみれば、出来栄えは本人の言うとおり悪くはない。色は少しばかり濃いように見えるが、粘度も香りも基準の範囲内だ。彼女は言動にやや……いや、随分と問題はあるものの、魔法薬学に関しては多少見込みのある生徒である。
「愛する先生の授業なので今日も頑張ったんです」
「ほう、それは涙ぐましいな」
「そうでしょう?労いの言葉はいつでもお待ちしてますよ」
「労いだと?思い上がるな」
「あら残念。優しい言葉を期待してたのに」
「……中身は合格点だ。あとは余計な口を閉じることだな」
素っ気なく返すとナマエはわざとらしく肩を竦めて笑った。その笑い方が、少しだけ胸に刺さる。ふざけ半分に見せかけながら、心の奥を覗くような瞳が真っ直ぐにスネイプへと向けられた。
この女は、時々危険だ。
分かっていながら、目を逸らす。別に面白いことなど一つも話していないというのに楽しそうに笑うその無邪気さは、毒に近い。
ふと、視線が彼女の襟元へ滑った。
白いシャツのボタンが一つ外され、スリザリンの緑銀のネクタイが、首元でだらりと結び目を落としている。恐らく本人はそのようなことを気にも留めていないだろう。しかしスネイプ目にはその無防備さが真っ先に飛び込んでくる。気の緩みといえばそれまでだが、何故この少女はこうも『隙』を撒き散らすのか。
不意に胸に渦巻く感情に、スネイプは深い溜息をついた。
馬鹿げている。わざわざ意識するなど、教師としての沽券に関わる。そう思い並んだガラス瓶の山に視線を戻したが──
「……ナマエ」
名を呼ぶ声が、思っていたより低く響いた。優しくもなければ甘くもない呼びかけだったにも関わらず、彼女は嬉しそうに近づいてくる。まるで呼ばれるのを待っていたかのように、机を拭いていた布を手にしたまま無邪気な笑顔でこちらを見上げて。
しかしスネイプはそんなナマエを鋭い視線で一瞥すると唸るように呟いた。
「……そのネクタイは何だ」
「……?」
ナマエは一瞬目を見開いて、数回瞬きを繰り返した。
「だらしがない。教師の前であることも忘れたか」
スネイプの唐突な叱責に、ナマエは戸惑ったような表情でネクタイへと手を当てる。
「……あぁ、苦しいから少し緩めてただけです」
「それが『少し』だと?無闇やたらに鎖骨を見せるな」
「でも皆、このくらい普通ですし……」
言い訳が終わる前にスネイプはこめかみに手を当てた。分かっている。声を荒げるほどのことではない。
だがどうしても口を閉ざせなかった。
理性の底を撫でるような感情が胸の中で静かに、けれど確かに燻っている。理性では抑えきれぬ、微かな焦燥。苛立ちに似て、しかしそれだけではないもの。
彼女が自分に近付けば近付くほど、それは形を変えて膨らんでいく。
その時、ナマエの手から持っていた布が滑り落ちた。
ひらりとそれが床を舞い、彼女は反射的にそれを拾おうと屈みこむ。
短いスカートの裾が揺れ、細く白い太腿の奥、淡い色の布地が一瞬だけ露わになりスネイプは反射的に顔を背けた。
しかし、脳裏にはしっかりと焼き付いてしまう。
「──おい」
先程よりもっと低く唸る声に、布を拾ったナマエが不思議そうに声の主を見上げた。
「……はい?今度は何でしょう?」
「まさかとは思うが、常日頃からその格好で校内をうろついているわけではあるまいな」
「大体いつもこんな感じですよ。先生もご存知でしょう?」
「……君は、少しは身の振る舞いを考えたまえ」
眉間に皺を寄せたままスネイプは冷たく言い放つ。
「誰彼構わず、無防備な姿を晒すな」
彼の声がいつもよりわずかに低く、乾いていた。その響きにナマエの唇がかすかに動く。そして暫くの沈黙のあとにどこか悪戯っぽい笑みが零れた。
「もしかして先生、他の人に私のこういう姿を見られるのが嫌だったり?」
「……調子に乗るな。君があまりにも見苦しいからだろう。私は教師で君は生徒だ。これは指導の一環として言っているに過ぎない」
「なーんだ。それは残念です」
ナマエは小さく笑い、瞳を輝かせた。
「心配とか独占欲とかだと思って、結構嬉しかったんですけど」
「……大馬鹿者。いいから早くネクタイを直せ」
「えぇ……?」
「だらしがないと何度言えば分かる」
「だって、苦しいんですもの」
「そういう問題ではない。……貸せ」
唐突に伸ばされた手に、ナマエは目を瞬かせた。
「見ていられん」
それだけ言ってスネイプは一歩近づき、ネクタイをぐいっと引っ張りナマエを引き寄せた。適度な距離を保っていたはずの二人の距離が一気に縮まる。
「……っ」
ナマエは息を呑み、そっと視線をスネイプへと向けた。スネイプの繊細な指先が結び目のあたりを掠める。
布地が擦れる音と、指先の体温。
スネイプは心の中で舌打ちをした。距離を保ったまま杖を振ることもできたはずだ。魔法を使えば近付く必要もなければ触れる必要もなく、一瞬で服装を整えられる。
それなのにわざわざ非効率に、こうして。
あえて手でそれを直す自分が、魔法を使わず片付けを申し出るナマエと重なった。
(愚かな……)
スネイプは心の中で呟いた。それでも手を離せない。布越しに感じる鼓動が、ゆっくりと自分のものと重なっていくのが分かった。
「……これでいい」
掠れた声で言いながらも、指先が布から離れるのに数秒を要した。ナマエは瞬きを一つして、結び目にそっと触れる。
「あの……ありがとうございます」
僅かに頬を染め、小さく笑う唇。落ち着きなく乱れた呼吸を整えようとするその仕草が、服装を正した後だというのに何故か酷く無防備に見えた。
スネイプは眉間に皺を寄せ、深く息を吐く。
「次からはしっかり結べ」
「そうします。先生が心配しないように」
軽やかにそう言って、ナマエは布巾を片手に微笑んだ。
「余計な口は閉じろと言ったはずだが?」
「ふふ、ごめんなさい」
煩わしいはずの笑みが、余韻のように残った。
今日はこれで失礼します、とようやく彼女が荷物をまとめ、ゆっくり扉へ向かって歩き出す。その足取りが教室から消える直前スネイプは静かに杖をひと振りした。
ナマエのスカートの裾が、ほんの数センチ静かに伸びる。
誰も気づかない程度の、ささやかな変化。だがそれだけで先ほどの不快なざわめきが少しだけ収まった。
ナマエは扉の前で立ち止まり、何かを感じたのか振り返る。しかし目が合う前にスネイプは並んだガラス瓶たちへと視線を落とした。
「……まったく、馬鹿げている」
それは彼女のことなのか、自分自身のことなのか。
呟きは冷たく響いたが、その声に僅かな微笑が混じったことを、彼自身すら気づいていなかった。