スネイプ×スリザリン女子生徒
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冷たい風が吹く冬のとある日。友人数名と三本の箒から出たところでナマエは見慣れた黒衣を発見した。育ちすぎた大コウモリよろしく足早に石畳を闊歩するその様は、遠目で見ても不機嫌極まりないといった様子である。和気藹々とホグズミードを楽しんでいた生徒たちがその姿に気付いた途端慌てて身を隠したり、回れ右をする様子までしっかり見てしまい、ナマエは込み上げてくる笑いを必死で堪えた。
「……うげ、スネイプじゃん」
ナマエの視線に気がついたのか、友人の一人が顔を顰め、嫌悪を隠すことなく呟いた。ナマエの秘めたる恋心など露知らず、だ。
「見てよ、グリフィンドールの連中が小言を言われてるわ。いい気味だけれど……他人事ではないわね」
「ほんと、すっごく機嫌が悪そう。難癖つけられて減点される前に早くハニーデュークスに行きましょうよ」
友人たちの会話にナマエは再び笑いを堪え、それが見つかってしまわないようにマフラーに顔を埋めた。
確かに友人の言うことは至極尤もである。あのセブルス・スネイプのことだ──楽しそうに歩いているというだけで『たるんでいる』の一言で減点、もしくは課題を追加されかねない。
しかしそんな理不尽極まりない魔法薬学教授を見て『今日はツイてる』と思っているただ一人の人間、ナマエ・ミョウジは少し迷った挙句、友人たちに小さな嘘をついた。
「……ごめん、ちょっと買い忘れたものがあるからハニーデュークスには先に行っててくれる?」
我ながら拙い嘘だったかもしれないと口に出した瞬間に思ったが、友人たちは深く追及することもなく頷く。
「オーケー。一人で平気?ついて行こうか?」
「大丈夫、すぐに追いつくわ」
友人の優しさに罪悪感を覚えつつ別れると、彼女は書店の角を曲がろうとしているスネイプの背中を視線で捉えた。彼は石畳に残る雪など気にも留めていない。迷いなく進んでいくその痩せぎすの長身を見失わないようにと、ナマエは慌てて走り出した。
*
拙い尾行の結果、ナマエが辿り着いたのはホグズミードのはずれにある薬草店だった。三本の箒やゾンコのいたずら専門店など、生徒に人気の店が建ち並ぶ場所に比べて人の往来がまばらな場所に位置している。そんな薬草店を少し離れた所から見ていたナマエはスネイプが木製の扉を押して外に出てくるタイミングを見計らって、静かに小道へと姿を現した。
いつもと変わらぬ長く引きずるような黒いローブ、深く刻まれた眉間の皺、不健康な顔色。そんな彼が冬の低い陽の光を浴びている姿は、ナマエにとって酷く新鮮に映る。大抵この男は暗い地下にこもりきりで仕事をしているか、怪しい薬の調合に没頭しているか──あるいは罰則を命じた生徒の絶望する姿を眺めているかのどれかなのだ。
「こんにちは、先生。お買い物ですか?」
ナマエの朗らかな問いかけに対し、スネイプは挨拶を返すどころか、酷く疑わしいものを見る目で彼女を見下ろした。尾行していたことが露呈しているような気がしたが、ナマエは必死に表情を繕う。彼に心を覗かれかけるのは日常茶飯事であり、生半可な悪巧みは一瞬で見抜かれてしまうのだ。
「君こそ何故こんなところにいる。魔法薬の材料を買いに来るほど勉強熱心だった覚えはないが」
「まあ、失礼ですね。私だって珍しい薬草の一つくらい買いに来ることだってありますよ。それにしても、先生にホグズミードでお会いできるなんて嬉しいです。運命みたい」
寒さで少し赤くなった顔を綻ばせてナマエが言えば、スネイプは一瞬だけ口端を上げ冷ややかに笑った。
「人の後ろをコソコソ追跡しておいてどの口が言うか。運命などと……捏造も甚だしい」
嘲るような低い声色で言い放たれた言葉に、ナマエはバツが悪そうに肩をすくめる。
「気付いていたのなら一緒に歩いてくれたら良かったのに」
「なぜ私が君と肩を並べて歩かねばならんのだ」
「ホグズミードでのデート気分を味わうため、とか?」
冗談めかした口調に本気の発言を混ぜてみせたが、返ってきたのは正気を疑うかのような冷徹な視線だった。
「君はどこまで図々しいのだ。教師に向かって言う台詞か?」
「恋する気持ちに教師だとか生徒だとかは関係ありませんよ。それに最近、なかなか先生の部屋に行けなくて寂しかったんです。先生を見かけたら追いかけるのは当たり前でしょう?」
これがホグズミードの路上でなければ、袖口を引っ張るなりもう少し距離を詰めるなりしていたところだ。しかしそれをナマエはぐっと我慢した。人の往来が少ない場所とはいえ、彼の部屋でいつも試みているような積極的なアプローチは、ここでは到底許されない。
外の世界において、彼の隣に立つことはあまりに遠かった。
通りすがる僅かな生徒たちは彼に気づくと一様に眉を顰め、あからさまに進路を変えていく。ただひとりナマエだけが、逆光の中に立っている気難しく厳格なその男を愛おしむように眩しげに見つめていた。
スネイプは無言のまま、手にしていた小さな紙袋を持ち直す。普段の厳格な教師以外の側面、彼の些細な日常の断片を垣間見ている気がして、ナマエの胸の奥がくすぐったく跳ねた。
「……授業で毎日顔を合わせているだろう」
しばしの沈黙のあと、ようやく返ってきたのは低く抑えられた声だった。そっけない口ぶりだったがナマエは気にも留めずに言葉を紡ぐ。
「授業だけでは足りないです。先生の部屋で過ごす時間が好きなんですよ。だから寂しいなって」
ナマエの屈託のない返答に彼は心底呆れたように溜息を吐き出した。
「その程度で寂しいなどと言い出すくらいなら、初めから関わらなければ良かったものを」
そう吐き捨てた彼の横顔は、不機嫌そのものに見えてどこか寂しげにも見えた。まるで彼自身もまた、何かを抑え込むために必死であるかのように。
「それは無理です……もう後戻りできないくらい好きになってしまったんですもの」
すれ違う客の目も憚らず、ナマエは微笑み小さな声で呟いた。言葉は風に散り、彼の耳に届いたか分からない。ただ彼の肩が僅かに揺れた気がした。
「まったくどうしようもない奴だ」
数秒の沈黙の後、そうぽつりと呟いてスネイプは静かに歩き出した。その後ろ姿をナマエは慌てて追いかける。しかし尾行していた時よりも彼の歩幅がほんの少しだけ狭くなっていることに気がつき、ナマエは小さく口元を緩めた。
「友人とハニーデュークスで待ち合わせてるんです。……そこまでとは言いませんが、この丘を下りきるくらいまでは隣を歩いても良いですか?」
ナマエにしてみれば断られるのも呆れられるのも覚悟の上だったが、意外にもスネイプは小さく白い息を零したくらいで明確な拒絶は示さなかった。それを都合よく肯定と解釈し、ナマエは弾む足どりで彼の隣に並ぶ。肩が触れることも特別な会話を交わすこともなかったが、二人の影は石畳の上に確かに隣り合って伸びていた。
スネイプの歩幅は明らかに緩やかで、ナマエに自然と合わせられていることが分かる。この時間が少しでも長引けばいいと願いながら、ナマエは彼に悟られないよう更に歩く速度を落とした。
「私の隣を歩きたがるなど……おかしな生徒だな、君は」
「本当ですよ。みんな先生のことを怖がって逃げて行くんですから。私みたいなおかしな生徒は極めて貴重な人材ですから、もっと大切にすることをお勧めします」
ナマエが冗談めかして言うとスネイプはそれに直接答えず、ちらりと彼女を見下ろした。その口元がごく僅かに緩んでいるのをナマエは見逃さない。いつもの皮肉めいた嘲笑とは違う、ごく自然な感情の揺らぎに、ナマエの胸はひどく締めつけられるようだった。
(……その顔、ずるい、)
ナマエは赤くなった顔を隠すようにマフラーに顔を埋めた。
石畳が徐々に傾斜を描き、賑やかなホグズミードの中心が少しずつ近づいてくる。
冬の澄んだ風が頬をかすめ、魔法使いたちのざわめきが明るく響いていた。
「……デート終了ですね」
「何がデートだ。丘を下っただけだろう」
「私にとっては、充分デートでしたもの」
ナマエが周りの人々に聞こえないよう少しだけ近づいて囁くと、スネイプの元々不機嫌そうな顔が更に歪んだ。
「馬鹿馬鹿しい」
目も合わせずに投げられたいつもの冷ややかな声音。しかしそこに混ざる僅かな柔らかさを感じとり、彼女は静かな笑みを浮かべた。
しばしの沈黙が二人の間に落ちる。
けれどそれは気まずさではなく、心地よい静寂だった。
やがてハニーデュークスのカラフルな看板と、甘い菓子の香りが風に乗って漂ってくる。いつもはワクワクするようなその香りが、今は少しだけ切ない。名残惜しさは尽きなかったが、ここから先は教師と生徒という決定的な線引きが待っている。
ナマエは最後に立ち止まると、歩き続けるスネイプを呼び止めた。
「……先生」
「何だ」
煩わしそうに振り返ったスネイプに、ナマエはにこりと笑って見せた。
「また、ホグズミードでデートしましょうね。私、次も絶対に先生のこと探しますから」
その発言にスネイプは今日何度目かも分からない、うんざりしたような表情を浮かべ、肩を竦めた。
賑やかな町に似つかわしくない重たげなローブを翻しつつスネイプはナマエを一瞥する。
「……ならば精々、尾行の練習でもしておくんだな」
そう言い残すとスネイプは、まるで今までナマエと歩いていたなど嘘のように、颯爽と石畳を歩き出していく。
ナマエはその背中が見えなくなるまで見送り、ひとつ深呼吸をしてから友人たちの待つハニーデュークスへと足を向けた。
ほんの少しだけ見せてくれた彼の歩幅の優しさ。
誰にも邪魔されない二人だけの特別な時間。
そんなささやかであたたかな魔法を、ナマエはずっと胸の奥にしまっておくつもりだ。