スネイプ×スリザリン女子生徒
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「先生……今日の宿題なんですけど、ちょっと意地悪すぎませんか?」
どうしてこんな部分を宿題にしたのでしょう、とナマエは教科書と羊皮紙を交互に見つめながら悲痛な表情でスネイプへ問う。ナマエが彼の部屋に訪れる前に通ってきたスリザリンの談話室でも魔法薬学の宿題に苦戦する生徒たちの声が飛び交っており、その光景はまるで地獄絵図のようだった。
セブルス・スネイプの授業と宿題は毎回レベルが高すぎる。そしてこの男はそれを単なる指導ではなく、明確な悪意と愉悦を持って出しているに違いないとナマエは確信しながらスネイプを見つめた。彼が迷いなく動かしている羽根ペンの音だけが、冷え切った部屋に規則正しく響いている。
「このくらい授業を真っ当に受けていれば書けて当然の内容だろう。君は授業で何を聞いているのだ。それとも聞いても理解ができないほど頭の中が空っぽなのか?」
トロールの方がまだ賢い、と素っ気なく言われナマエは頬を膨らませる。彼の言葉は指導でも何でもない、ただの辛辣な悪口である。
「……そんなことを言うなんて、先生は本当に性格が悪いです」
「五点減点」
「事実を述べただけなのに!正論を言われて減点なんて横暴ですよ」
「やかましい。この部屋で私に文句を言い続ける元気があるのならさっさとその羊皮紙に文字を書き込め、愚か者」
鋭く深い瞳に睨まれたナマエは減点されたにも関わらず、悪びれる様子もなく座っていたはずのソファへと寝転ぶ。ソファの古びたスプリングが嫌な音を立て、スネイプが眉を顰めるのが分かった。
「あぁ……先生が優しく教えてくれたら……」
ちらりと誘うようにスネイプを見つめる彼女を完全に無視し、スネイプは目の前の羊皮紙に無言で文字を書き込んでいく。必要以上に瞳を潤ませ、ねだるように見つめてくるその仕草はナマエの常套手段であり、一度反応してしまえば彼女のペースに引き摺り込まれるということをスネイプはこれまでの経験上よく知っていた。
「先生が教えてくれたら私、すっごく頑張れるのに……」
スネイプの無視に怯むことなく喋り続けるナマエ。彼女に一瞥をくれるでもなく彼は低く冷淡な声色で呟いた。
「ナマエ・ミョウジ。君は減点だけでは足りんらしいな。いっそ、その忙しなく動き回る舌を抜くべきか?」
ゆっくりと顔を上げたスネイプの視線は氷のように冷たかった。大抵の生徒であればその視線一つで口を噤むはずなのだが、ナマエはその視線をむしろ楽しそうに受け止めている。
どこまで神経が図太いのかとスネイプが言うより先にナマエが口を開いた。
「私の舌を抜いたら誰が『先生大好きです』って言うんですか?」
「言われなくとも問題ない。この部屋が静かになればそれで十分だ」
「ひどいです。でも舌を抜く前にちゃんと教えてくださいね?先生が手取り足取り教えてくれるなら、多少の拷問くらい我慢しますから」
ソファで寝転んだまま、ナマエは片手で魔法薬学の教科書をひらひらと振ってみせた。その様子にスネイプは深い溜息をつく。
「手取り足取り教えなければ理解できぬほど、君の頭は本当に空っぽらしい」
呆れ果てながらスネイプは執務机に視線を戻したが、一度彼女に乱された思考は容易には元に戻らない。
「君が私のところに毎日のように顔を出すのも納得がいく。教室での理解度を見ればな」
「要するに私には先生が必要不可欠ということですね」
「口が回る余裕があるなら一文字でも課題を進めろ」
またもや素っ気なく言い放つスネイプに、ナマエは小さく呻き声を上げた。だがその顔には隠しきれない笑みが浮かんでいる。どれだけ冷たく突き放され、叱られながらも彼の世界のほんの一部を占領して傍にいられることが、たまらなく嬉しいのだ。
「最初で躓いてるので、進めようがないんです」
ナマエは寝転んだまま羽根ペンを指先でくるくると弄んでいる。教師の私室、それも寮監の部屋で寝転んでこのような不真面目な言動を繰り返すなど、本来であれば言語道断であり罰則対象だ。しかしこのナマエ・ミョウジという生徒にしてみれば、罰則さえも『スネイプと関わる機会』というものに変換されてしまうため効果を成さないのが最大の難題であった。
「私が卒業できなかったら先生のせいですよ……」
飛び出したあまりにも身勝手な発言にスネイプは羽根ペンを置いてナマエを再び鋭い視線で射すくめる。
「君が卒業できないのは君自身の責任だ」
「生徒を正しく導くのが教師の務めではないのですか?」
「尤もらしいことを言って誤魔化すな。まず調べてからものを言え。教科書を読めば書いてある。隅々までよく読んだのか?それともまさか文字も読めないのか?」
この愚か者、といつもの言葉で罵られたナマエはくすくすと楽しそうに笑った。
「今、文字を読む気力が完全に失われているんです」
わざとらしくソファの上で脱力しながら、彼女は計算高い表情でスネイプを窺う。その企みを湛えた瞳と目が合い、スネイプは嫌な予感に眉を顰めた。
「もし先生がキスしてくれたら、奇跡的に元気になって、宿題も最後まで一人で頑張れるかもしれません」
「大馬鹿者。死んでもするものか」
スネイプは即座に、そして心底うんざりしたように吐き捨てた。その語調には甘さの欠片もない。
「先生、生徒に対する愛が足りませんよ」
「愛を語る前に、まず課題の一ページ目を開け」
「えーん、ひどい」
ナマエは顔を伏せ、ソファのクッションに頬を押しつけた。しかしその口元には勝利を確信したような笑みが浮かんでいる。
スネイプはしばらく無言のまま手元に視線を落としていた。カリカリと何事もなかったかのように羽根ペンを動かすものの、ソファから聞こえてくる微かな呼吸音が気になって内容が頭に入ってこない。
やがて彼は耐えかねたように椅子を激しく引いて立ち上がった。黒く長いローブを大きく翻し、ずかずかと足音を荒立てて歩いてくると、寝転がったままのナマエの手から羽根ペンと教科書を容赦なく奪い取る。
彼女がゆっくりと起き上がり、待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべて彼を見上げた。
「いいか、よく見ていろ。君が最初の段階で躓く理由が理解力のなさではなく、単なる怠惰と甘えにあるということを今から証明してやる」
机の端に教材を広げながらスネイプは目の前で微笑みを浮かべる厄介極まりない生徒を睨みつける。
「……一度しか説明せんぞ。無駄口を叩けば減点」
「本当に教えてくれるんですか?もしかして私の愛の力に負けちゃいましたか?」
「言ったそばから無駄口を叩くなと言っている」
言いながらスネイプは小さく誰にも聞かれぬほどの深い溜息をついた。
本当に、救いがたい。
そしてこうして付き合ってしまっている自分自身も同じように救えないとスネイプは己の甘さに唇を噛む。それでも彼はナマエのために教科書のページを捲ると低く厳しさを纏った声で説明を始めるのだった。
*
「……理解したか?理論さえ分かれば簡単だろう。少し調べれば書けるものを怠惰と甘えで分からぬなどと抜かすな」
忙しい私をこんな瑣末なことで駆り出すのも大問題だ、とスネイプは語気荒く吐き捨てた。その視線を受けてもなお彼女は怯えることすらせず彼の説明を羊皮紙に丁寧な文字で書き込んでいる。
「先生の説明はとても分かりやすいです。教えてくれて本当にありがとうございます」
ナマエは潤んだ瞳でスネイプを見つめると、すぐ隣に腰掛けていた彼の腕にそっと腕を絡めた。衣服越しであっても彼女の体温がはっきりと伝わり、スネイプはその身を強張らせる。冷え切った地下の部屋において、それはあまりにも異質で、同時にどうしようもなく誘惑的だった。
「君はよほど罰則をご所望のようだな」
「先生からの罰則ならご褒美ですよ」
何でもします、とナマエが期待に満ちた眼差しでスネイプの顔を覗き込む。彼は天を仰ぐと頭痛を和らげようとするようにこめかみを強く指先で押さえた。容赦のない減点も、他者を震え上がらせるはずの威嚇も、この少女の前ではすべて無力なものへと成り下がる。
「君は本当に……」
「愚かで……愛おしい?」
「……愛おしいは余計だ」
「あら、そうですか?愛おしく思ってくれてなかったら、わざわざ仕事を中断してまで宿題の解説なんてしてくれないと思ったんですけど」
そう微笑むナマエにスネイプはもはや怒る気力すら失っていくのを感じていた。それ以上に、絡みついてきた彼女の腕を即座に振り払っていない自分に激しい嫌悪と苛立ちを覚える。教師として、大人として、引くべきである境界線。しかしその太く揺るぎないはずの境界線は彼女が飛び越えようとしてくるたびに、じわじわと後退させられている。
「私は出来の悪い生徒を導いたまでだ」
「ふふ、出来の悪い生徒でごめんなさい。本当にありがとうございます」
大好きです、と目と鼻の先、互いの呼吸が触れ合うほどの至近距離で囁かれた。
そして一瞬、スネイプの薄い唇に彼女の柔らかな唇が触れる。
ほんの悪戯のような、触れるだけの短い接触。
それは冷たい水面に落とされた一滴の劇薬のようにスネイプの内に秘められた激情を恐ろしい速さで広げていく。言い訳をしながら、目を逸らしながら、もう何度交わしたかもわからないそれが、酷く苛立たしく、そしてどうしようもなく狂おしい。
「……減点だ」
唇が離れた瞬間、スネイプは掠れた声で低く告げた。
まるでそうしなければ己の理性が完全に瓦解してしまうと分かっているかのように、迷いもなくその言葉を吐き出す。
「またですか?今頃スリザリンの得点、零点になってたりして」
「ならば君のせいだろう。毎日飽きることなく減点三昧……寮杯など夢のまた夢だ。これほど寮に貢献せぬ生徒を私は他に知らんぞ」
「私、寮杯にはあまり興味がないんです。それよりも先生の傍にいることの方が私にとっては重要ですから」
厳しい口調で突き放したにも関わらず、ナマエは気にする様子など微塵も見せずに肩を竦めて笑って見せた。
スネイプの言葉は驚くほど効いておらず、その言葉を効かせる気すら薄れつつある己に、彼は辟易していた。
そんな胸中など知らず、ナマエがそっとスネイプの腕に自らの顔を寄せる。互いの心臓の鼓動が伝わりそうなほど近くで、彼女の髪から漂う微かな甘い香りが、スネイプをじわじわと満たした。
「もう少し、このままでも良いですか?」
囁かれるその言葉に答えることなく、スネイプはただ諦めたように静かに目を閉じた。視界を遮断した瞬間に、肌に触れる彼女の呼吸と腕から伝わる柔らかな熱が先ほどより何倍もの鮮明さを持って己の領域を侵食してくる。なぜ腕の一振りでこの温もりを払い除けることができないのだろう。そんな自嘲にも似た問いかけがスネイプの頭を巡るが、その答えを彼は既に知っていながら、あえて知らぬふりをした。
これ以上の抵抗は無意味である。
もう抗えないと知っているからこそ、彼は自らを縛ろうとする全ての鎖を今夜も自ら手放すのだ。