スネイプ×スリザリン女子生徒
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それは、とある日の午後。ナマエが医務室へ運ばれたと耳にしたスネイプは授業の合間を縫って医務室へと顔を出した。
医務室の扉を開けた瞬間に、マダム・ポンフリーから「あらあら」と、なんとも意味深な表情を向けられる。スネイプはそれを顰めっ面で受け流し、指差された彼女のベッドへと足早に向かった。
「……今度は何をしでかしたのだ?」
スネイプはそんな言葉と共にベッドを仕切っているカーテンを無遠慮に開いた。清潔な白いシーツの上に横たわっていたナマエは勢いよく開かれたカーテンに一瞬だけ驚いたような顔をしたが、来訪者が誰なのか察した瞬間ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。足に包帯を巻かれているにも関わらず、その表情は極めて明るく、痛々しさは然程感じられない。むしろ普段通りとも言えるナマエにスネイプは小さく息を吐いた。
「先生……!わざわざ会いに来てくださったんですか?嬉しいです。……愛ですね」
開口一番ナマエから飛び出した図々しい言葉に、スネイプは元々刻まれている眉間の皺を更に深くし彼女を窘めるように睨みつけた。その笑顔と口ぶりからして重症ではないらしい。頭の中が重症なのは元からだが、などと辛辣なことを頭の中で考えながらもスネイプは大股でベッドの側へと歩み寄った。
「スリザリンの生徒が無様に怪我をし医務室へ運ばれたと報告を受け、寮監の私が確認のために来たまでだ。愛だの何だの思い上がるのも大概にしたまえ。私の質問に答えろ」
苛々とした様子でベッドサイドに置かれた椅子に腰を下ろしたスネイプに、ナマエは一瞬だけ答えるのを躊躇ったようだった。しかしここで隠しても意味がないと悟ったのか、一拍の間の後、少々居心地が悪そうな様子で口を開く。
「大したことはありません……友人と箒に乗って遊んでいたら……落ちただけです」
「……君が箒だと?」
「あはは……」
思わず声を上げたスネイプに、ナマエが気まずそうに目を逸らし乾いた笑いを溢した。基本的にあらゆる事柄を卒なくこなす彼女だが、飛行術だけは壊滅的に下手だということを、他人に興味関心の薄いスネイプですら知っている。
「……ちょっとした遊びのつもりだったんですけど」
「馬鹿げているにも程がある」
スネイプは深い溜息をついた後、こめかみを押さえて吐き捨てるように呟いた。
「わざわざ様子を見に来てこの始末とは」
「……でも先生が来てくださって、私すごく嬉しいです」
たとえこれが業務の一環だとしてもですよ、とベッドに横たわったままナマエが頬を染めながらスネイプを見上げた。その瞳には彼に対する恐れなど微塵も感じられない。懲りないどころか瞳を輝かせて喜ぶ彼女にスネイプの黒い瞳が呆れたように細まった。
「骨は?折れていないのか?」
「はい。そんなに高いところから落ちたわけではないので、幸い打撲だけだそうです。少し痛みはありますけど、マダム・ポンフリーにはすぐに良くなると言われました」
「まったく、君のような無謀で愚かな生徒が生きていること自体が奇跡だな」
スネイプは仏頂面のまま低く呟いた。
しかしどれほど辛辣な言葉を吐き出しながらも彼の視線は痛みを抱えたまま微笑む彼女から片時も離れなかった。指先が動きかけたが、彼はそれを自ら押さえ込むように拳を握る。
「薬を飲んだのなら、おとなしく眠ることだ」
素っ気ない言い方だったが声色はいつもより幾分か優しい。それを敏感に感じ取ったナマエは小さく口角を緩め、不機嫌そうなスネイプをじっと見つめた。
「眠るまで、ここにいてくださいますか?」
眉を下げ殊勝な態度でそう言うナマエに、スネイプの胸の奥がほんの少しだけぐらつく。日々繰り返される神経を逆撫でするような彼女の言動はスネイプの頑なな心を幾度となく刺激してきた。しかしそれを一切悟られないようスネイプはわざとうんざりしたように息を吐き、視線を下へと落とす。
「……騒がしい君が黙って眠るのなら考えなくもない。時間には多少余裕がある」
ぶっきらぼうにそう言ったスネイプにナマエはひどく満ち足りたような笑顔を浮かべた。
「残ってくれるなんて、やっぱり愛ですね」
「……黙って眠れと言ったはずだが?聞こえなかったのか?」
鋭い視線で睨まれたにも関わらずナマエは特段気にしていない様子でくすくす笑った。自らの威嚇が効果を発揮しないことにスネイプは機嫌の悪そうな顔を更に歪める。
「……だって、せっかく先生が来てくれたのに黙って寝るなんて勿体ないじゃないですか」
「今話さなくとも、君とは毎日のように無駄な話をしているだろう」
「足りないです。この足では、今夜は先生のお部屋に行けなさそうですし」
ナマエは甘えたようにスネイプの方へ手を伸ばすと、彼の骨ばった大きな手を拒まれない程度の力でそっと握った。
「また君はそのようなことを軽々しく口にする……減点されたいのか?」
「このくらい良いじゃないですか。私の記憶によると、昨日はもっと触れ合ったような?」
ナマエはそう言うとニヤリと怪しい表情を浮かべた。昨夜、宿題の質問だと言い張りながら私室にやって来たナマエとの時間が思い出され、スネイプは苦々しげに奥歯を噛み締める。
「やかましい。君が勝手に抱きついてきただけだろう。あれは一方的な接触であり触れ合いなどとは別物だ」
スネイプは呆れ果てたように言いながらもナマエの手を振り払うことをせず、そのままにしていた。柔らかく温かい指先の熱がじわじわと己の体温に染み込んでくるようで、不快というよりは厄介だった。
「君は一体教師を何だと思っているのだ」
「……優しくて、厳しくて、不器用で、私のことをちょっとだけ許してくれる、そんな人?」
あっさりと告げられたナマエの言葉にスネイプの眉がぴくりと動く。
「……ほう、私が君を許していると?」
「はい、違いましたか?許してなかったとしたら今頃私、退学にでもなっているのではないかと」
「自覚はあるらしい……が、私は許している覚えはない」
「あら、だったらこれは何ですか?」
ナマエが握る手をちらりと見て、その手に少しだけ力を込める。その勝ち誇ったような表情にスネイプは苦虫を何匹も噛み潰したような顔をした。そしてようやくその手をゆっくり離すと椅子に背を預けてナマエの方を見ずに言い放つ。
「余計なことばかり言わずさっさと眠れ。もう喋るな」
鋭い言葉ではあったが、椅子に深く腰掛けた姿は眠るまで側に居てくれるという何よりの証だった。それを察したナマエは揶揄いの言葉をどうにか飲み込み、静かに目を閉じ深く息を吸う。
彼の香りがすぐ側にある。
彼の視線も、体温も、今は自分のためだけに、この場に存在してくれているのだ。
そう思うだけで何故かひどく安心し、彼女はそのままゆっくりと微睡の中に身を投じるのだった。
*
「……治ったのか」
次の日の夕食後。いつものようにナマエはスネイプの部屋を訪れていた。
昨日巻かれていたはずの足の包帯は既に外され、華奢で白い足が冷たい地下の床をしっかりと踏みしめている。
「はい。マダム・ポンフリーの治療と先生の愛のおかげで、あっという間に完全復活です」
「愛などやった覚えはないが」
「ひどいですね。昨日医務室でくれましたよ」
そう言いつつナマエはスネイプが休息のために腰掛けていたソファに寄ると当たり前のように隣に腰を下ろした。その行動に訝しげな顔でナマエを見るが彼女は悪びれもせず小首を傾げて彼を見つめる。
そのあまりにも近い距離にスネイプの心の奥底が昨日と同じようにぐらついた。
しかしそれを絶対に表に出さぬよう、スネイプは鉄壁の無表情のまま彼女を見据える。
「……課題は」
「見てもらえるんですか?」
「当然だろう。君は一体ここに何をしに来ているのだ」
「……密会、もしくは愛の逢瀬?」
「………」
スネイプはナマエから飛び出した返答に呆れ果てたが、無表情の仮面の奥でその図々しさに苦笑した。
「……減点だ。スリザリンから五点」
「ええ!?何故ですか!?今のはちょっとした冗談というか、愛嬌というか……」
「『密会』や『愛の逢瀬』などという単語を教師に向けて口にするその神経が減点に値する」
「……冗談も通じないなんて、先生はほんとに可愛げがありませんね」
「可愛げなど君が担当していれば十分だろう」
「えっ……じゃあ私には可愛げがあると……?」
「黙れ」
鋭く容赦のない一言にナマエは口元を押さえて笑いを堪えた。
冷たい言葉を放ちながらも、それでもスネイプは彼女が隣に腰掛けるのをあえて拒むこともしなければ距離を詰めてきたことに文句をつけるでもなかった。
彼はこの生徒には何を言っても焼け石に水だと知っている。
どれほど跳ね除けようが、どれほど否定しようが、彼女は眩しいほどの好意を両手一杯に抱えながらこの地下奥深くの扉を叩きに来るのだ。そしてその屈託のない笑顔に黙って溜息を吐くばかりの自分が一番愚かだということにスネイプ自身、薄々気がついている。
そんなどうしようもなく厄介な感情に、彼は今夜もまた敗北するのだ。