スネイプ×スリザリン女子生徒
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
多くの生徒から恐怖の対象とされているセブルス・スネイプという男。そんな彼の部屋の扉がいつもと同じ時間、同じリズムでノックされた。扉を叩いたスリザリン生であるナマエ・ミョウジは、入室許可を期待に満ちた表情で待っていたが、いつもならすぐに返ってくるはずの低い声が今日はいくら待っても聞こえてこない。不審に思いながら再び扉を叩くものの、やはり中からは何の反応も返ってこなかった。
ふと彼女の胸によぎる一抹の不安。頭に浮かんだのはここ最近の酷く青白く疲弊した彼の顔だった。
(まさか中で倒れたりしてないよね……?)
彼に限ってそのようなことはないだろうという考えと、それでも胸に押し寄せる心配の気持ち。結局ナマエは一瞬悩んだものの、そっと静かに扉を押し開けた。
(教師の部屋に無断で入るなど言語道断だ、なんて怒られそうだけど……)
眉を顰めて辛辣な言葉を浴びせてくるスネイプの姿を脳裏に思い浮かべながら、彼女は息を殺して部屋の様子を窺った。不在の時には戸締りを欠かさないスネイプのことだ、鍵がかけられていないということは彼がこの部屋にいるという何よりの証拠だ。
音を立てないよう扉を後ろ手に閉め、数歩進んだところで目に入ってきたもの。その光景に彼女はノックに対する反応がなかったことにようやく合点がいった。
彼の部屋に置かれている古びた革張りのソファ。そこにスネイプが横たわり静かに寝息を立てていた。
足音を消したままナマエはそっとソファへと歩みを進める。
「……」
ナマエはこんなにも無防備なスネイプを見たことがなかった。疲労で倒れているのではないかという不安が途端に安堵に変わり、肩に入っていた力が抜けていく。小さく息を吐きながら彼女は静かにソファの前に屈み込んだ。
黒い髪、眉間の皺、大きな鉤鼻、薄い唇。
ナマエにとっては、彼のすべてが愛おしかった。唇の隙間から零れる微かな吐息でさえも。
「……ふふ」
無防備ながらも、眉間に刻まれた皺のせいで寝ている時まで不機嫌そうに見えるのが少しだけ可笑しかった。
顔にかかった一筋の黒髪を、起こさないように払ってあげようとしたその瞬間。
まるで初めから伸ばされた手が見えていたかのように、ナマエの華奢な手首は強い力で掴まれた。
地下の冷気とは対照的な驚くほど熱い手のひら。
「……寝込みを襲いにでも来たのか?」
目の前には薄く目を開けたスネイプが意地の悪い笑みを口元に浮かべていた。突然のことに彼女の頬が真っ赤に染まる。
「……!?違います!そんなわけないじゃないですか!」
慌てて否定するも掴まれた手は解放されることなく、寝転んだままの彼の身体に引き寄せられるような形になる。いつもよりずっと近い距離感にナマエは思わず息を飲んだ。
どれほど見慣れていたとしても、彼をこの距離から見つめ返すには勇気がいる。
「……では何の用だ。こんな時間にノックを二度で諦めて勝手に入るなど礼儀の欠片もない」
「それは、その、返事がなかったからで……!」
「ほう。返事がなければ生徒は教師の私室に押し入っても良いというわけか」
冷たく細められた視線に射すくめられ、スネイプを見つめていたその瞳がぐらりと揺らぐ。
「……すみません。でも心配になったんです。最近先生、顔色が悪いように見えてたし、何かあったのかなって、私……」
「君が、私の体調を案じて来たと?」
肩を竦め皮肉混じりに言うその声は少しだけ掠れており先ほどまで本当に眠っていたのだろうと分かった。
「はい……迷惑でしたか?」
その言葉にはどこか傷つくことを恐れるような響きが込められている。スネイプは無言のまま項垂れる少女に視線をやると嘲るように口の端を歪めた。
「今更だな。これまでの数々の迷惑に比べればこのくらいの不法侵入など些細なものだ」
その言葉に妙に納得してしまい、ナマエは小さく笑う。ようやく掴まれていた手が離され、自由になった彼女の指が今度こそスネイプの顔にかかる髪を優しく後ろに払った。勢いに任せてそのまま髪を梳くが、予想に反して抵抗や拒否はされず、彼は目を閉じてそれを受け入れている。
滅多に見られないその姿にナマエの胸には一層愛おしさが溢れた。
「随分お疲れのようですね」
「どこぞの騒がしい生徒が毎日問題を起こすせいだな」
「もしかして私のことですか?」
「……君以外に誰がいるのだ」
また、口元が歪んだ。
ナマエは肩を竦め口を噤む。
薄暗い部屋に沈黙が落ちたが、それは気まずいものではない。むしろ静謐な、穏やかに流れるような空気だった。
「こんなふうにしていると……ほんの少しだけ先生が私のものみたいだって感じてしまいます」
「ふん。傲慢な妄想だな」
当然のように返ってくる冷たい一言。そんな冷淡な言葉を発してもなお、スネイプの睫毛はわずかに揺れただけで目を開けようとはしなかった。言葉では突き放しながらも、その身体はナマエの存在を確かに許容している。
「……たまには妄想くらい、してもいいでしょう?」
「度を越せば妄執に変わる。危険なものだ」
「気をつけます……でも先生のことを想うのは、もう止められそうにありません」
ナマエの発した言葉には照れも虚勢もなく、ただ静かで真っ直ぐな響きを含んでいた。そのひたむきさにスネイプは呆れたように首を横に振る。
「君は本当にどこまでも愚かだな」
「それで構いません。ですからもう少しだけここにいてもいいですか?」
その質問に明確な答えは返ってこなかったが、その沈黙は拒否ではないとナマエは既に知っていた。本来彼はこの部屋に他者を招き入れ、あまつさえ髪に触れさせるなどするような男ではない。口では突き放しながら、多少なりとも存在を許されているのを感じながらナマエは胸に広がる温かな感情をただひたすらに噛み締めていた。
ソファに寄りかかったまま彼の横で目を閉じる。普段は冷徹で殺伐とした空気の漂うこの部屋に穏やかな眠気が満ちていった。
*
いつの間にか微睡んでいたらしいナマエの頭が突然がくんと落ち、小さく規則正しい寝息が聞こえ始めた。未だ気怠い体をソファから起こし、傍らに流れる柔らかな髪を、今度はスネイプが優しく梳いた。
「無防備なやつだ」
小さく呟くと彼は眉間を軽く揉み彼女の横顔を眺める。ほんの少し仮眠するつもりだったのが、思ったより深く眠ってしまったらしい。普段は煩わしいとさえ思うノックの音で起こされたのは幸いだったとスネイプは机の上に積み上がった羊皮紙の山を一瞥する。そしてソファに凭れるように眠っているナマエをそっと抱き上げ、今しがた自分が寝ていたソファに降ろした。安心しきった、あどけないその表情。頬に触れた髪がふわりと揺れて微かに眉が動く。起こさぬようにと気をつけたつもりだったが、それでもスネイプの気配を感じ取ったのかもしれない。
「……君のような生徒がいるから、私の心の壁が薄くなる」
苦い笑みが自然とスネイプの唇に浮かぶ。それをすぐに消し去り、彼は自身のローブを脱ぐと寝息を立てる華奢な体に不器用な手つきで掛けた。
(……甘くなるな、つけあがる)
己の行為がどれほど愚かなことかを理解しながら、彼は心の中で自戒する。だがこの幸せそうな寝顔を前にして、それを完全に貫き通せるほど彼は冷酷でいられなかった。スネイプは背中に疲労を背負い直し再び机へと向かう。
必要以上に触れるべきではない。
教師として、それでいい。
だが男としての一線を踏み越えそうになる己がどこかで嗤っていることにも彼は薄々気がついていた。
*
微睡の中でスネイプの羽根ペンの音が耳に入ってくる。幾度となくその音を聞きながら過ごしてきたナマエにとってはその音さえ愛おしく安らげるものだった。どのくらい眠ってしまったのか定かではないが、どうやら自分がソファに寝かせられているということは判断できた。スネイプがこうしてくれたのだと思うと、嬉しさが隠せず口角が上がりそうになる。
しばらく目を閉じ静かにしていると今まで流れるように走っていたはずの羽根ペンの音がぴたりと止まり机に置く音が聞こえた。それから長い黒衣が床を擦る音と、迷いのない靴音がソファの方へと近づいて来る。
彼女は咄嗟に寝たふりをした。何故そうしてしまったのか自分でも分からないが──目を開けるタイミングを見失ってしまったのだった。
スネイプの視線を感じ、鼓動が高鳴る。そっと優しい手つきで掛けられていた布を整えられた瞬間、微笑みそうになるのをどうにか堪えた。いっそのこと今ここで目を開けてしまおうかと考えたが、彼女は寝たふりを継続した。
そして数秒間、沈黙が部屋を支配する。
不思議に思い今度こそ目を開けるか悩んでいると、突然額に柔らかな感覚が落ちてきてナマエは平静さを失いかけた。
(……キス、されてる)
それを自覚した途端、心臓がバクバクとうるさく動き始めるのが分かった。耐えきれずにパチリと目を開けると至近距離で黒い瞳と目が合った。
「狸寝入りとは君もなかなか趣味がいい」
「先生に言われたくはありません」
目を開けるタイミングを見失っただけです、と言い訳にしか聞こえない言葉を紡ぐと、小さく唇を尖らせ、ほんの少し生意気にそっぽを向いてみせる。
「寝ている生徒の額に口づけする先生だって、大概ですよ」
仕返しのように言ってみたものの、目の前のスネイプは何事もなかったかのような無表情を崩さない。それでもナマエの額には確かな唇の感覚が残っている。
「本当にそういうことするの、ずるいんですから」
「……君がこれまで私にしてきた数々の行動の方がよほど度し難く、ずるいだろう」
「それは……言い返せないですけど」
彼女は不服そうな、恨めしげな瞳で彼を見つめた。少し遠く、でも手を伸ばせば届く距離。なのにどれだけ近づいてもその心の中心までは簡単に触れられない。
「でも先生がそうやって冷たいこと言いながら私を受け入れてくれるの、嬉しいです」
「その嬉しさとやらが、やがて君自身を苦しめることになる可能性には思い至らないのか?」
「思い至ったとしても、私が今感じたものを無かったことにはしたくないので」
はっきりと彼女は言い切った。眩しいほどの笑顔がスネイプの胸を突く。
「感情とは愚かしいまでに人を盲目にするものだな」
「盲目でも、後悔してもいいって思えるくらい、この気持ちは大切なんです」
その言葉に応じるようにスネイプの横顔が静かに揺らいだ。闇を背負い、冷酷さで自らを守る男。その心にわずかでも光を灯すとするならば、それは彼女のような存在なのかもしれない。
「……ならば勝手にそう思っておけ。君のような生徒には今更何を言っても無駄らしい」
再び突き放そうとする語調の中に見え隠れする彼の柔らかな部分。彼女はそれを聞き逃さずスネイプが完全に背を向けてしまう前に、そっと呟く。
「……先生、好きですよ」
その何度目かも分からない真っ直ぐな愛の告白に、スネイプは返事をしなかった。ただ部屋を満たす沈黙の中、再び羽根ペンの走る音が静かに響き始める。
それは愛を肯定するものでも、否定するものでもなく。彼女が幾度となく聞いてきた、愛おしい日常の音だった。