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chain.3 葛藤

あの後、自室に戻った俺はベットに寝ているユイちゃんを見つけた。
ベットに腰掛け、その寝顔を見つめる。
あどけない寝顔。なのに、強いね君は……。
どこにそんな強さが秘められてるの?
俺にも、そんな強さが欲しいよ。

『欲しいよ、ユイちゃん』

「んっ……」

『ねぇ、ユイちゃん。どうしてただの人間の君が、そんなに強いのかな?』

寝返りをうったユイちゃんの首筋が、見えた。
アヤトの牙で埋め尽くされてるその首筋に指を走らせる。
ああ、やっぱりユイちゃんの血の匂いはダメだなぁ。

『ユイ、ちゃん……』

ヴァンパイアは、血の匂いには抗えない。
それが極上な血となれば、余計に……。
匂いに誘われるまま、俺はユイちゃんの首筋に顔を近づける。
……あぁ、寝ている間に襲うなんて、アヤトと一緒になっちゃうな。
ユイちゃんから離れ、気持ちよさそうに寝ているユイちゃんの頭をそっと撫でる。
小さく声を漏らして身じろぐ姿が猫みたいで、とても可愛く感じた。
妹がいたら、こんな感じなのかなぁ。
控え目に扉をノックする音が聞こえ、レイジの声が聞こえた。

「夕飯の準備が出来ましたので、食堂に来ていただけますか?
ああ、それと、私の代わりにシュウも連れてきてくださいね」

『ん、分かった』

きっとユイちゃんが中にいることにも気づいてるんだろうなぁ。
起きているのを起こすのは忍びなかったけど、起こさないとレイジがうるさいからね。
声をかけながら肩を揺らすけど、疲れているからか中々目を覚まさなかった。
こういう起こし方はあんまりやりたくないけど、仕方ないか。

『ねぇ、ユイちゃん。起きないと、吸っちゃうよ?』

「んっ……ヨウ、さん?」

『ふっ、冗談。ご飯だって。よく眠れた?』

ゆっくりと目を開けたユイちゃんは、俺にビックリして首元を隠した。
吸わないって言ってるけど、まだ警戒はされてるかぁ。
暫くぼーっとしてたユイちゃんだったけど、はっとしてベットから飛び起きた。

「あ、あの!ベット、ごめんなさい!」

『ん?別にいいよ。レイジがそろそろ夕飯だってさ。
食堂行く前に服着替えてきなよ?その格好じゃ、ライトあたりになんか言われそうだから』

「は、はい!」

ベットから降りたユイちゃんは、俺に深々と頭を下げて自室に向かった。
ほんと礼儀正しい子だなぁ。俺の弟たちも見習ってほしいよ。
俺は一度背伸びをして、寝ているであろうシュウの部屋の前に行った。

『シュウ、ご飯だよ』

……返答なし。って事は寝てるかな?
そっとドアノブを回して中に入ると、予想通りベットでシュウが寝ていた。
シュウの部屋、俺とあんま変わらないなぁ。
双子だから似るのは当たり前なんだけど、なんか安心したかも。

『シュウ。そろそろご飯だ、うわっ!』

声を掛けると、伸びてきた腕に捕まれてベットに引きずりこまれた。
これは、ドア開けたときには起きてたなぁ。
シュウの寝顔見るの、久しぶりだなぁ。
……俺が逆巻家を出て行ったの、だいぶ前だから当たり前か。
今回はいつまでいれるか分からないけど、ずっとここにいたいな。

『今日の夕飯、レアステーキだから、早く起きて?』

そう言うと、シュウは片目を開けて俺を見上げた。
信じられないという目で俺を見たあと、ふっと笑う。

「ふっ、レアステーキ?あいつが?」

『俺がリクエストしておいた』

「ああ、じゃあレアステーキだな。ふぁ、あぁ、眠い」

欠伸をしたシュウは俺から離れ、ベットから降りた。
離れたのが少し名残惜しかったのは内緒かな。
そんなシュウを見ながら、俺もベットから降りて部屋を出た。

『ねぇ、今度シュウのオススメのクラシック音源貰っていい?』

「好きにしろ。適当にそこらへんの持っていけば?」

そんな会話をしながら食堂に入ると、既に皆が揃っていた。
新しく増やされた俺の席はシュウの隣だった。
テーブルには、俺がリクエストした通り、レアステーキが用意されていた。

「ふぅん。本当にレアステーキ用意したんだ。レイジにしては珍しいな」

「ヨウにリクエストされては作るしかありませんからね。
安心してください。毒など今回だけは入れてませんから」

「そう言いながらいつも入れてるだろ」

聞き捨てならない単語が聞こえたけど、アヤトと目が合った瞬間、不貞腐れた様子でそっぽを向かれた。
アヤトの隣に座ってるユイちゃんが、俺とアヤトを見ておどおどしていた。

『大丈夫だよ』

「で、でも……」

「チチナシに話しかけんな、バーカ」

これは、暫く口効いてくれないだろうなぁ。
首筋を見ると、既にアザが見えないくらいにまで消えかけていた。
ヴァンパイアの回復能力は、銀で傷つけられない限り、通常の人間よりも早い。
けど、この短時間でここまで消えるって事は、ユイちゃんの血が作用してるのかな。

「ちっ、ごちゃごちゃうるせぇんだよ」

「ほーんと、早く食べようよ?せっかくの料理が冷めちゃうでしょー?」

「ほんとですよ。こんなものより僕は甘いのが食べたいんです。
テディ?部屋に戻ったら、ケーキ食べようね?ふふ、ふふふっ」

ほんと、俺の弟たちは癖があるのばかりだなぁ。
まぁ、冷めると美味しくないから早く食べようか。
レイジの合図で、夕飯が始まった。
向こうにいたときは一人で食べてたけど、こうしてみんなで集まって食べるのが一番美味しいなぁ。

「そういえば、ヨウさんって今までどこにいたんですか?」

『俺?イギリスだよ』

「あなたは知りませんでしたね。
ヨウは嶺帝学院高校の本校でもある、英国校に在籍しているのですよ」

半分嫌々だけどね。父さんに言われなきゃ行かなかったよ。
父さんが、こっちの高校に通えるように手続きしてるみたいだから、そこは感謝かな。

「んふ。でもさぁヨウ兄、一年留年してるよね?」

「はっ、シュウと同じじゃねぇか」

シュウと同じがよくて留年した訳じゃない。
……レポートの出し忘れとで単位が足りなかったって言ったら、絶対に馬鹿にされるね。
俺はライトとスバルを見つめて微笑む。

『ライトとスバルはどうなの?使い魔から聞いたよ。
ライトは停学受けて、スバルも留年ギリギリらしいね?シュウの事言えないよ。
それにカナトとアヤトも、留年ギリギリとはいかないけど、赤点スレスレらしいね?
唯一大丈夫なのは、レイジとユイちゃんだけって……はぁ、呆れる』

「なんでシュウには何も言わないんですか、ヨウ兄」

『別に?でもまぁ、そろそろ気をつけた方がいいかもね?』

「……めんどくさい」

うーん、これはやる気を出させる方が無理だと思うなぁ。
多分また北極送りするぞって父さんからの脅迫連絡来そうで怖い。
アヤトは黙りこくっちゃってるし、この先やっていけるかなぁ。

「アヤトくん?」

「うるせぇ。もういらねぇ」

半分も食べてないのにアヤトは席を立って出て行った。
ライトが俺の方を見たから、多分ライトはアヤトが不機嫌な理由を知っているだろう。
いや、ここにいる全員が知ってるはずだね。

「おいお前、気にしなくていい。早く食っちまえ」

「う、うん」

スバルに言われて、ユイちゃんは気にしながらも食べ始めた。
俺のせいでしんみりしちゃったなぁ。
ガタッとシュウがいきなり立ち上がる。
お皿を見ると、綺麗に食べ終わっていた。
後を追うように、俺も食べ終わえ、レイジの頭を撫でてお礼を言った。
食堂から出て行ったシュウを追いかける。
なんでかレイジの叫ぶ声が聞こえた気がするけど、なんでだろう。

『シュウ、待って!』

「やだ」

小走りで追いかけて、イヤホンを耳に入れ直してるシュウの腕を掴んだ。
驚いた表情が俺に向けられた。あぁ、やっぱシュウのそういう表情の変化、好きだなぁ。

「ッなに?」

『待てって言ってるだろ』

ちょうど俺の部屋の前だったから、そのまま部屋の扉を開けて引きずり込んだ。
シュウをベットに突き飛ばしてその上に覆い被さった。
押し倒した衝撃で耳から外れたイヤホンが、ベットに転がっているのが視界の端に見えた。

「ヨウ、どいて。邪魔」

『どかない』

……俺、分かんないんだ。
何もかも、どうすればいいのか分からない。
自分のことも、これからのことも、アヤトに対してどう接すればいいのかも。

『俺、どうすればいいのかな?』

「は?」

『まだ、抑えきれないんだ。
アヤトは大切な弟だよ。傷つけたくないんだ。
でも、俺の中のナニかが、そうさせるんだ」

シュウの頬に手を添え、するっとその滑らかな肌を撫でた。
首筋に指を走らせ、その細い首を片手で覆った。
目を丸くしたシュウが、その綺麗な瞳で俺を見てきた。

『俺、分からないんだよ。守りたいのに、壊したくなる。
最初はこの行為だって、こんな欲を満たすためにしてたわけじゃないんだ。
大好きな弟を、シュウを、苦しめたいわけじゃない。
でも、壊したくて堪らないんだ』

「っ……」

ゆっくりと、シュウの首に添えてる片手に力を入れた。
シュウの手が俺の手首を掴んで、苦しそうにもがく。
いつも無表情な顔が苦痛で歪み、いつもとは違う表情を見せる。

『なんでなのかなぁ』

「ぅ、ぁ……」

苦しさから逃れようとバタつく足。俺の手首を掴む手。閉じられる片目。
俺と同じブルーの瞳が揺れる。それでさえ、こんなに愛しい。

『ねぇ、苦しい?俺も苦しい。どうすれば、俺は過去から抜け出せるのかな?
分かんないよ、シュウ。分かんないんだ。教えて?シュウ』

「っ……!」

空いてる手をシュウの頬に添えた。
綺麗な顔。苦痛に歪む顔ですら綺麗だ。
あぁ、もっと見たいなぁ。
シュウを苦しめたいわけじゃないのに、すごい興奮しちゃう。

「はっ……ぁ……っ!」

『……もっと、もっと見せろよ。
イっちまいそうなくらいにイイ顔、俺に見せて?』

頬に添えた手を首に滑らせ、両手に体重をかけて絞める。
シュウが息を詰めたのを感じた。
首にプレーヤーがあるから、それが重さで食い込んで余計に苦しいはずだよね。
どうにかして俺を引き剥がそうとするけど、酸素が回ってない身体では例え同じヴァンパイアでも無理だろう。

『あっは、イイよ。もっと、もっと……どうすればもっと、俺を興奮させてくれる?』

俺の肩を強く掴んだシュウの瞳からは、苦しさで溢れた涙が伝っていた。
その涙を舌で舐め取ると、しょっぱかった。
酸素を求めてパクパクと動く口を愛おしく見つめる。
あぁ、可愛いなぁ。俺のシュウは。
どうしたらもっと、気持ちよくなるかなぁ。

『……あー、そうだ。キスしちゃえば、もっとヨくなる?』

「ヨ、ウ……ッ……」

俺は目を見開いたシュウを気にせず、酸素を求める唇にキスをした。
首にかけた手はそのままで、全ての酸素を奪うように……。
最初は啄むように、徐々に深くして、舌を絡める。
逃げ回る舌を捕まえれば、諦めたようにされるがままになる。
暫くして唇を話せば、飲み込めない唾液が口の端から垂れていた。
その姿だけで、俺の身体は高揚感に包まれる。
……あぁ、綺麗だなぁ。

『はぁっ、やばい。最高だよシュウ。
俺の心が満たされればきっと、この苦しい過去から振り切れるよね?
だからこうやって、もっと俺に見せて……ッ……』

心が満たされるのに、なんだろうこの気持ち。
ふとシュウの手が、俺の手首から離れ、俺の頬に触れた。
ビックリしてシュウを見ると、言葉としては聞こえないけど、口が動いていた。

『シュ、ウ?』

「な……っに……な……ぃて、るの……」


―――"なに、泣いてるの"


俺は知らない間に、涙を流していた。
シュウの頬に、ベットシーツに、無色の液体がポタポタを落ちた。
あれ?なんで俺、泣いてるんだろう。
それになんで、シュウも泣いてるの?
我に返って俺は現状を理解した。
慌てて手を離すと、シュウは身体を縮めて横を向き、激しく咳込んだ。
その首には、はっきりと俺の手形が残っている。
俺、また……。

『ぁ、あ……ご、め……シュウ、ごめん』

「ゲホッ、ゲホッ!は、はぁ……」

どうすればいいか分からず戸惑ってると、シュウの手が俺に伸びてきた。
その手が頬に触れ、そっと俺の涙を拭われた。

「はぁ……っ……どうすればいいかなんて、俺にはどうだっていい。それは、あんたの問題だろ」

確かに、これは俺自身の問題だ。
どうするかは、俺が決めないといけない。

「だけどあんたは、抱え込みすぎ。全部、自分のせいにしてるだろ。
その重荷、俺に分けたらどうなの?それくらいの覚悟、俺にだってあるんだけど?

『……ごめん』

「はぁ、どうだっていい」

めんどくさそうに言ったシュウは、俺の頭を軽く撫でてベットに沈んだ。
俺は、シュウの首についた手形を撫でた。
苦しくさせてごめんって感情と、俺を見てくれて嬉しい感情がごちゃまぜになって俺の心を満たしていく。

「……なに」

『俺、シュウ事嫌いじゃないよ。寧ろ、好き。
だけど、首を絞めてる時だけは、シュウは俺のこと見てくれるでしょ?
俺がちゃんとここに存在してるって、分からせてくれるんだ』

「……知ってる。俺はいつだって、あんたのこと見てたつもりだけど?不安になる必要なんてないだろ」

シュウから、そんな言葉が出てくるなんて思わなかった。
外れたイヤホンを耳に入れ直しながら言ったシュウは、首のプレーヤー気にしていた。
壊れてたら買うよって言いかけたけど、なにも言わないってことは壊れてなかったのかな。

『シュ……うわっ!?』

「疲れた。眠い」

腕が伸びてきて、俺はシュウの横に転がった。
目の前に目を閉じたシュウの顔があった。

「そんなに心配するなら、暫く抱き枕になってろ」

『……甘えん坊』

「は?何言ってるの」

俺の胸元に首を埋めてくるシュウは、まるで首のアザを俺に見せないようにしてくれてるようだった。
気にするだろうって、思ってくれてるのかな?
その優しさが嬉しいけど、申し訳ないな。

「あの女の血に充てられたんだろ。久しぶりに吸うか?」

『……いいの?』

「気が変わらないうちに吸えば?」

『……いただきます』

シュウの首元に顔を埋め、懐かしい味に想いを馳せる。
ねぇシュウ。いつか、この過去から抜け出せるかな?
でもね、こうなってしまったのは全部俺のせいなんだよ。
シュウにトラウマを作らせるきっかけを作ってしまったのは、逆巻の家を壊してしまったのは……。


―――俺なんだから



~chain.3 END~
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