chain.1 兄弟

私は今、不思議な光景を目にしていた。
目の前には、シュウさんに似た人がソファーで寝ている。
でもシュウさんは私の後ろにいた。
じゃあ、この人は一体……誰?

こうなっているのは今から十分前……。
学校から珍しくリムジンから帰宅した時、レイジさんが微かに声を漏らした。
レイジさんの目線の先には、何故か閉めたはずの玄関の扉が開いている。
風に揺れ、ギイッと嫌な音を立てていた。

「ねぇ、レイジー?もしかして、不審者が紛れ込んだのかなぁ?」

「行く時しっかりと鍵をかけたはずですが?入り込むのは難しいですよ?」

「そう言っても、現に開いてんじゃねぇか。ああ?」

みんなはリムジンから降り、ゆっくりと玄関の扉を開けた。
中に入ると人の気配はなく、静寂だけがその場を支配している。

「……いない?テディ、怖い?大丈夫だよ?すぐに僕が八つ裂きにしてあげるから」

「オレ様の屋敷に勝手に入りやがって……」

「アヤト、お前のじゃねぇだろ。めんどくさい」

シュウさんは私の後ろから、めんどくさそうに言いながらついてきていた。
リビングに入ると、誰かがソファーで寝ているのが目に入る。
身構えていたみんなは、その姿を見て溜め息をつく。

「まさか、あなただったとは……いつ帰ってきたのですか」

そうして、冒頭に至るんだけど……本当に、シュウさんに似ている。
金髪で、チョーカーも付けてて、見比べても分からない程だ。
ただ違うところといえば、制服を着崩してなくて、両耳に大きなピアスをしていることくらい。

「ちょっとー?いつ帰ってきたの?寝たフリ、しても無駄だよ?」

ライトくんが近づいて話しかけると、その人はゆっくり目を開けて起き上がった。
頭をかきながらこっちを見てきた。その仕草も表情も、何もかもがシュウさんだった。

『シュウに連絡したけど?』

「……シュウ、私は聞いていませんが?」

「……ああ。そういえば、昨日連絡あったな。
親父からもあったし……めんどくさいから言わなかった」

シュウさんは頭をかきながら、めんどくさそうにそう言った。
その言葉に、レイジさんは頭を抱え溜め息をついていた。

『久しぶりだね。アヤト、ライト、カナト、スバル?』

立ち上がったその人は、私達の方に優しい笑みを向けた。
シュウさんと違って、表情は結構変わる。

「ほんと、久しぶりですね。あなたじゃなければ八つ裂きでしたよ」

「んふ。なんでいきなり帰ってきたのか分からないけど、賑やかになるねー?」

「うっぜ。これ以上煩くなんのかよ」

カナトくんはテディを抱きかかえて嬉しそうに笑う。
ライトくんはからかうように言っていたけど、その声は優しかった。
スバルくんはそっぽを向いていたけど、どこか嬉しそうにしてたなぁ。
でも、アヤトくんは……。

『……アヤト?』

「……うるせぇ」

見たことないくらい、鋭い目で睨みつけていた。
今すぐにでも、手を出してしまいそうなくらいに……。

「アヤトくん、ダメっ!」

「っ、くそ……」

私は咄嗟に、アヤトくんの腕を掴んだ。
はっとしたアヤトくんは、私の腕を振り払ってリビングを出て行ってしまった。
心配そうに見ていると……シュウさんによく似た人の声が優しく私に語りかけてきた。

『大丈夫だよ。アヤトがああなったのは、俺のせいだから』

そう言ってその人は、切なく微笑んだ。
私に目線を合わせてくれて話してくれるこの人は、誰なんだろう。

『君が、ユイちゃん?弟達がかなり迷惑かけたかな?』

そう、言ってくれた。
この人は、信用してもいいのかな?

「あの、あなたは……それに、弟達って……」

キョトンとした顔をしたその人は、シュウさんを手招きした。
めんどくさそうに来たシュウさんの肩を抱き寄せ微笑む。
その笑顔は、とてもこの屋敷では見られないような明るさだった。

『俺は、"逆巻ヨウ"。シュウと双子なんだ』

「間違えやすいから、プレーヤーとか逆にしてる。
これならバカなあんたでも、間違えないだろ?」

「は、はい!えっと、小森ユイです!」

私は頭を下げて挨拶をした。
ポンッと頭を撫でられ、私はビックリしてしまった。
顔をあげると、ヨウさんがニッコリと笑う。

『これからよろしくね、ユイちゃん』

「は、はい。えっと、ヨウさんはシュウさんの……?」

シュウさんと双子という事はわかったけど、シュウさんからしたらどっちなんだろう。
お兄さんなのかな?それともやっぱり弟?

『俺が弟だよ。シュウがお兄さん』

「私としては、ヨウが兄の方がよかったですがね。
シュウは堕落ばかりで、何もしませんから」

「お前らの尻拭いをしてやってるのは俺だろ」

ヨウさんは、シュウさんと違ってレイジさんとは仲が悪くないのかな?
レイジさんは、ヨウさんのことを慕ってる感じ?

「んふ。ところでヨウ兄は何で帰ってきたのかな?」

『それは俺が逆に知りたいよ。父さんに呼び戻されたんだ。
いきなり日本行きのチケット送ってきてさぁ』

「ヨウ兄。久しぶりにヨウ兄のプディングが食べたいです」

『カナトは変わってないねぇ。じゃあ、後で作って部屋に持っていってあげる』

「はい。テディ、楽しみだね」

カナトくんは嬉しそうにリビングを出て行ってしまった。
いつの間にかスバルくんもいなくなっていたから、部屋に戻ったのかな?

「シュウ、どこへいくのですか?久しぶりに兄弟全員揃ったのですよ?」

「俺には関係ない。寝る」

その様子を見ていたヨウさんの顔は、どこか切なそうだった。
レイジさんは舌打ちをして、閉まったリビングの扉を睨みつけていた。

「ちっ。穀潰しが……」

『……レイジ。今、なんて言った?』

いきなり、低い声がヨウさんから発せられた。
その言葉に、レイジさんは身体をビクッと震わせた。
ぐいっと引っ張られ、私はライトくんの腕の中にいた。

「ライトくん?」

「んふ。久しぶりだなぁ。ヨウ兄が怒るの。
あの言葉、ヨウ兄の前では禁句なのにねぇ。」

私はヨウさんとレイジさんを見つめた。
ヨウさんは優しそうだけど、怒ると怖い。
目が、笑ってない。ヨウさんの周りが、冷たい気がする。

『……その言葉、二度と俺の前で言うなよ』

「っ、ヨウ……」

『……分からねぇなら、身体に教えるけど?』

これ以上、見ていられなくて叫んだ。
兄弟同士で、ダメだよ。

「ヨウさん!止めてください!」

『ッ……ユイちゃんに免じて、今はやめようか。せっかくの再会だしね。
レイジの手料理、楽しみにしてるよ?』

「は、い。そうですね。では、私はこれで……」

ニッコリと微笑んだヨウさんの顔を見たレイジさんは、大人しくリビングを出て行った。
私を抱きしめてるライトくんは、クスクス笑っていた。

「あはっ、面白いねぇ?レイジのあんな顔、久しぶりに見たよ!」

『ライト。ユイちゃんのこと、いい加減離しなよ。ごめんね?こんな弟で』

「いえ、私は……でも、ヨウさんがやめてくれてよかった」

面食らったように、ヨウさんはクスクスと笑った。
ライトくんは私を離して、手を振って出て行った。
リビングには、私とヨウさんだけが残された。

『ユイちゃんは、優しいね。誰にでも、そうやって優しいのかな?
でもね、ここに普通の人間はいない。俺だって、ヴァンパイアだからね?』

「ッ……」

ヨウさんは、私の肩を掴んで牙が見えるようにニヤッと笑った。
近づくヨウさんの顔。首筋にかかる息。肌に当たる鋭い感覚。
ああ、吸われる……。

『……だから、油断しちゃダメだよ?』

「え?」

『ユイちゃんは優しすぎる。そこに付け込まれちゃうよ?
今だって、突き飛ばそうと思えばできたはずだ。なのにしなかった』

吸われて、ない?なんで?
ヨウさんもヴァンパイアなら、私の血が欲しくて堪らないはず……。

『俺は、ユイちゃんの嫌がることはしない。だから安心していいよ?』

「どう、して?ヨウさんもヴァンパイアなら、私の血を吸いたいはずですよね?」

『そうだね。君の血の匂いは、俺達ヴァンパイアにとったら極上だ。今だって吸いたくて堪らない』

だったらどうして?
堪らないはずなのに、吸血衝動を抑えられないのに、どうして吸わないの?

『……俺は、ユイちゃんの血は吸わない。
だから、他の兄弟達から逃げたかったら、俺のとこに来な?
部屋はシュウの隣だから。わかった?』

「……はい」

『大丈夫だよ。本当に吸わないから。
年頃の女の子なんだから、オシャレとかしたいでしょ?
こんなに牙の跡あったら、できないもんね?』

私はヨウさんの真意が分からなかった。
でも、信じていいのかな?信じられる気がする。

「わかり、ました」

『……色々あって疲れたでしょ?
部屋に行って休みな?夕飯できたら呼ぶから』

私は大人しく従うことにした。ヨウさんは何か、隠してる気がする。
でも、それはきっと私には解決できない気がする。
私が踏み込んではいけない領域だと思うから。
扉が閉まる瞬間に見えたヨウさんの表情は、どこか寂しそうで、切なかった。

『……ユイちゃんは、優しいね。
勘が鋭いのは、俺にとったらやっかいだなぁ。全部、見透かされそうだよ。
ねぇ、シュウ?まだ、俺は抜け出せないよ。あの時からずっと、永遠に……。
父さんは、きっとこれを克服しろって言ってるんだ。俺は、どうしたらいいのかな?』



~chain.1 END~
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