付喪神玲子と業火の館の殺人

 2月25日午後6時。
「笠野くん、かな?」
「はいそうです。付喪神さん」
「チームメンバーはどこかしら?」
「遅いですね。もうすぐ来るはずなんですが」
 勇一と玲子は周囲をキョロキョロ見るが、誰も居ない。
「そうだ、笠野くん。何でご両親じゃなくて私を保護者に選んだの?」
 勇一はバツが悪そうに俯いて答える。
「親には今日のことは内緒にしておきたくて。刑事さんも黙っていてくれませんか?」
「いいでしょう。秘密は守るわ。事裏巡査にも黙っておくよう言っとくから、安心して」
 勇一は嬉しそうに眼を輝かせた。
「ありがとうございますっ」
 玲子たちが内緒話を終えたところで、闇鍋のチームメンバーが来た。
「おーいっ。お待たせ、勇一くん! 彼女は?」
 猫背の中年男性が、スーツ姿で現れた。
「僕の保護者で刑事の付喪神玲子さん。付喪神さん、こちらは僕のチームのメンバーのうちのベテランの糖城さん。僕はいつもトージョーさんて呼んでる」
「砂糖の糖に、お城の城と書いて糖城です。付喪神さん、これから宜しくお願いします」
「糖城さん、こちらこそ宜しくお願いします」
「あ、来た来た。おーい! こっちこっちぃ🎶」
 糖城の他にもまだメンバーが居るらしい。後から来たのは眼鏡をかけたイケメンな青年だった。
「ごめーん! 遅れた。あ、貴女が例の刑事さん? 勇一くんから話は聴いています。俺は宮戸です。宜しくお願いしますね」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
 間もなく玲子と勇一たちは目の前のスーパーに入り、食材を探す。
 玲子が誰にともなく聞く。
「食材は事前にリストアップされてるのかしら?」
 勇一が答える。
「勿論です。先ずはチョコレートを探しますかね。あと、ドライフルーツも。あ、あとキャベツも。――あ、そうだ。付喪神さんにまだ聞いてなかったことがあります」
「何かしら?」
「闇鍋は初めてですか?」
「そうね。行ったことがないわ」
「じゃあ、僕らよりドキドキでしょうね、今」
「ルールもよく知らないし、ドキドキというより、不安かな」
「ルールは始まる前に僕が教えます」
「ありがとう、笠野くん」

 ひととおり食材を買った玲子と勇一たちは、そのまま闇鍋会場まで歩いていった。
その間に、玲子は勇一から闇鍋のルールを確認した。
「自分たちのチームの食材を自分たちで把握するのは良いけど、他のチームに自分たちのチームの食材を教えたり、逆に他のチームからどんな食材を入れたか聞くのは禁止なのね。わかった」
 会場に着くと、調理グループに食材を勇一が渡して、それからいよいよ暗くて広い部屋の中に入り、自分たちのチームの席に腰掛ける。
 玲子と勇一たちのチームが一番早く来たらしく、始まるまで少し待つことに。
「付喪神さん、僕はまだ言ってなかったことがあります。闇鍋会場に入ったらスマホの電源は切っといてください。これもまた、闇鍋のルールです」
「わかったわ」
 参加者全員が揃ったところで、いよいよ闇鍋が始まる。
 それぞれのチームにひとつ、知らない食材が入った、真っ黒い鍋がセッティングされた。会場の部屋には参加者ひとりにつき一人の給仕係が一人付く。参加者全員が目隠しをされ、給仕係が鍋の中からスープと具を器に移して、それをスプーンで参加者に食べさせる。
 誰も何も言わず、黙々と闇鍋を楽しむ。

30分後、ようやく給仕係が目隠しを外してくれて闇鍋が終わった。鍋の中は既にすっからかんである。
「あれ? 付喪神さん? 大丈夫ですか? しっかり! だ、誰か救急車をお願いします!!」
 勇一は気を利かせて事裏巡査にすぐに電話して、到着を待った。
「付喪神さん、もうすぐ救急車と事裏さんが来ますからね!」

 翌朝の26日午前9時半、玲子は病室で目を覚ました。
「ここはどこだ? なぜ私が病院に?」
「目が覚めましたか、付喪神警部補」
「私は確か闇鍋に参加していたはずだが。笠野くんは?」
「闇鍋終了後に付喪神警部補が倒れたらしいですよ。勇一くんが僕に教えてくれたんです。どうやら、僕と救急車が来るまでずっと付喪神警部補のそばを離れなかったみたいです。勇一くんが良い人で良かったですね」
「笠野くんは今どこに?」
「今頃は学校じゃないですかね」
「今何時だ?」
 起き上がった玲子のベッドの横で、事裏巡査が自分の腕時計を見る。
「午前10時ですね」
「いつまでもこんなとこで寝ているわけにはいかない。館事件の捜査を進めなければ!」
「あぁ、それなんですがね。付喪神警部補は捜査から外されたみたいですよ。だから今はとにかくゆっくりお休みに」
「休んでる場合じゃない! 早くこっから出てでも秘密裏に捜査を進めなくては! 急ぐぞ、事裏巡査ぁ!」
「これだから熱血刑事は世話がやける……」
 既に荷物をまとめて立ち上がり、いつでも病院を出れる状態の玲子が遮る。
「何か言ったか、事裏巡査? 聴こえねぇよ! おい、急ぐぞ!」
「急ぐってどこへ?」
「先ずこの病院を出て、それからタクシーで署に戻ろう」
 退院手続き後、事裏巡査がすぐにタクシーを停めて、玲子は事裏巡査と乗った。
 タクシーが走り出すと、玲子は横に座る事裏巡査に言う。
「昨日の闇鍋の参加者リストは持ってるか?」
「えぇ、はい。これなんですけど」
 玲子は事裏巡査からリストをひったくると、参加者の名前と住所を確認した。
「もしかして、そのリストの中から闇鍋事件の犯人を捜そうとしてます?」
「これは私がしばらく預かる。それより、闇鍋会場で事件が発生したって? その話、詳しく教えなさいよ」
 事裏巡査は鍋の中にフグが入っていて、それがあたって玲子が倒れたということや、その他には闇鍋終了後に参加者の中から死者が二人出たことも報告した。
「糖城さんも宮戸さんも、確か私と勇一くんのチームのメンバーじゃないの。昨日会ったばかりよ。――ん? 待てよ。もしかしてこの闇鍋事件、私を狙った事件かもしれない!」
「なぜそう思うんです?」
「犯人は私を狙って、私と勇一くんのチームのテーブルにフグ入りの鍋を用意した。だけど、毒は私だけを狙ったはずが、私の他にもフグにあたった人がいて、それが糖城さんと宮戸さんだった。こう考えるのが自然だと私は思うのだけど、どうかしら?」
 事裏巡査はメモ帳のページを開きながら、ふむふむと確認した。
「確かに、フグが入った鍋は付喪神警部補と勇一くんのチームの鍋だけで、他のチームの鍋にフグは入ってなかったみたいですね。後々の捜査でわかったんですが」
「ということは、調理グループと他のチームの中に犯人が二人いるということになるわね。それに、私を狙ったということは、館事件の犯人の可能性が高いわね。捜査中の私を殺して、事件をうやむやにしようとした可能性があるわ」
「やはり付喪神警部補もそうお考えなんですね。実は、今日僕が付喪神警部補を迎えに来たのは、闇鍋事件の捜査本部に加えろという三浦警部からの業務命令を受けてのことだったんです。なので、署に着いたら、闇鍋事件の捜査本部に僕と一緒に出席いただくことになります」
「業務命令ならば、尚のこと急がなくては」
「あ、署が見えてきましたよ、付喪神警部補。お会計は僕がするんで、付喪神警部補は先に降りちゃってください」
「了解。外で待ってるぞ」
 玲子が先にタクシーを降りた。

 ひゅう、と北風が吹いた。


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