エッセイ
まだ、私が大学生だった頃、本の物理的な収納スペースが足りなくなったことによって、電子書籍に手を出すこととなった。
電子書籍で読むことによって、電子書籍特有の問題があり、また、本媒体の良さも感じることとなった。しかし、当時の私にとっては、電子書籍のデメリットの部分に、より意識が向いた。
本媒体でもそうなのだが、電子書籍だと、本の内容がより頭に入ってこないのである。確かに時間をかけて読んではいるのだが、なにも残っていない。本を論文と読み替えると、大学生にとってはなんとか解決しなければならない問題に思えてくる。
どうやったら内容を頭に残せるか色々考えた。そもそも、何回も読む前提なら電子媒体を選択することはない。印刷したり本を購入するだろう。つまり、さほど重要であると自分が思えない内容をどう頭に残すか、ということになる。必死になるようなことではないかもしれないのだが、どこで使うかなんてわからないのであって、そのための取っ掛かりはあればあるほどいい。
メモを残すことを思いついた。しかし、なくしてしまうだろう。なら、インターネット上に残す前提にするか?Evernoteのようなツールを使う?と巡らせたところで、書評を書いてみればいいと直感が働いた。頭に残す前提の読書ができるだろう。私によっては、書評はあくまでも副産物なのであった。
そう思って、実際に書評を書いていた時期がある。しかし、飽きてすぐやめてしまった。自分が物事をやめる理由は基本的に飽きである。
数年が経ち、再び書評を残す機運になってきた。またも切迫した問題である。積読が増えてしまって、扱いきれなくなってきた。積読を減らす必要があるのだが、愛着もあるしお金もかけているのでそう簡単に手放すことはできない。そのために書評を書くのである。
書評として本の内容を残しておくことによって、改めて本を確認する必要がなくなり、あとぐされなく積読を手放すことができる。そのために書評を書くのである。
何も考えずに積読を手放すと、後々買い直す羽目になる。実際、何度かやっている。その際、期間が開けば開くほど、入手は難しくなる。版元は品切れになり、古本屋にはなく、インターネットを探しても、ふっかけられた中古品しか並ばないなんてことはよくあるのである。
結局のところ、書評は副産物のままである。ただ、目的がすり替わっただけでしかない。なので、面白い書評は書く気がない。なんなら、書評レポートでもいいと思っている。書評レポートだと、大学図書館が大学生向けに書き方を公開しているケースが多いので、簡単に参照できる。
その上、どこまでいっても飽きるまでやる、ということしか決まっていない。どこまで飽きずにやれるだろうか?現状では、ツェッテルカステン用のカードに、読んだ新書の内容をまとめたものが1枚だけある。内容はかなり端折ってはいるものの、要点は抜けていないと信じている。気が向いたら、書評レポートが書けそうだなくらいにしか思っていない。この書評が世に出るかはわからない。
電子書籍で読むことによって、電子書籍特有の問題があり、また、本媒体の良さも感じることとなった。しかし、当時の私にとっては、電子書籍のデメリットの部分に、より意識が向いた。
本媒体でもそうなのだが、電子書籍だと、本の内容がより頭に入ってこないのである。確かに時間をかけて読んではいるのだが、なにも残っていない。本を論文と読み替えると、大学生にとってはなんとか解決しなければならない問題に思えてくる。
どうやったら内容を頭に残せるか色々考えた。そもそも、何回も読む前提なら電子媒体を選択することはない。印刷したり本を購入するだろう。つまり、さほど重要であると自分が思えない内容をどう頭に残すか、ということになる。必死になるようなことではないかもしれないのだが、どこで使うかなんてわからないのであって、そのための取っ掛かりはあればあるほどいい。
メモを残すことを思いついた。しかし、なくしてしまうだろう。なら、インターネット上に残す前提にするか?Evernoteのようなツールを使う?と巡らせたところで、書評を書いてみればいいと直感が働いた。頭に残す前提の読書ができるだろう。私によっては、書評はあくまでも副産物なのであった。
そう思って、実際に書評を書いていた時期がある。しかし、飽きてすぐやめてしまった。自分が物事をやめる理由は基本的に飽きである。
数年が経ち、再び書評を残す機運になってきた。またも切迫した問題である。積読が増えてしまって、扱いきれなくなってきた。積読を減らす必要があるのだが、愛着もあるしお金もかけているのでそう簡単に手放すことはできない。そのために書評を書くのである。
書評として本の内容を残しておくことによって、改めて本を確認する必要がなくなり、あとぐされなく積読を手放すことができる。そのために書評を書くのである。
何も考えずに積読を手放すと、後々買い直す羽目になる。実際、何度かやっている。その際、期間が開けば開くほど、入手は難しくなる。版元は品切れになり、古本屋にはなく、インターネットを探しても、ふっかけられた中古品しか並ばないなんてことはよくあるのである。
結局のところ、書評は副産物のままである。ただ、目的がすり替わっただけでしかない。なので、面白い書評は書く気がない。なんなら、書評レポートでもいいと思っている。書評レポートだと、大学図書館が大学生向けに書き方を公開しているケースが多いので、簡単に参照できる。
その上、どこまでいっても飽きるまでやる、ということしか決まっていない。どこまで飽きずにやれるだろうか?現状では、ツェッテルカステン用のカードに、読んだ新書の内容をまとめたものが1枚だけある。内容はかなり端折ってはいるものの、要点は抜けていないと信じている。気が向いたら、書評レポートが書けそうだなくらいにしか思っていない。この書評が世に出るかはわからない。
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