エッセイ
以前、privatter+でフリーライティングについての文章を書いた。それからしばらくたって、書き直したくなってきており、せっかくなのでやっている。ネタがないかというと3割くらいはそうなのだが、文章を書く方にとってフリーライティングは効果的な習慣だと思っているし知ってもらいたなという気持ちで改稿を決めた。
さて、私がフリーライティングを導入するにあたり、そもそもどうやってエッセイを書いていたか、というところから説明がいる。切実というほど切羽詰まってはいないが、フリーライティングをやってみたらうまく行くのではないかという魂胆があったのである。
現在のようなフリーライティングから膨らませていくやり方になる前は、ライン作業のようにエッセイができるまでの各工程を書き出し、同時進行でやっていた。このやり方は高頻度で出し続けることができるのだが、頭はいっぱいになるし、そもそも自分が飽き性ということもあり、自分とは相性の悪いやり方であった。一つのテーマで文章を公開するところまでは寄り道せずにやってみたほうが自分に相性がいいやり方だと気づいたのは最近の話である。
また、管理するためのノートが増えていたことも意識としてあった。バレットジャーナルで一元的に管理するやり方もあったが、分量としてはフリーライティングで書いた文章でノートが埋まったので、いっそのこと、フリーライティングノートをメインとしてやろうということとなった。
長々と書いたが、そもそもフリーライティングとは何だろうか?という話である。そんなに難しいものではない。時間を測って、頭の中の文章を全部吐き出すのである。途中で逸れてもいい。書き散らすのが大事である。書く内容は別に決めなくていい。でも、なんとなくこれで書きたいなという思いがあると、文章は自然とまとまりを持ってくる。不思議なものである。そうして、書いた文章を別の短い言葉で置き換える工程があるのだが、あんまりできていない。ここで生み出した短い文章が惹句となるので割と大事な作業ではある。
フリーライティングのメリットはたくさんあるので、あえてデメリットから書きたい。継続が必要だということである。1時間とか1日とかで効果が出るようなものではない。毎日でも少しづつ文章を積み立てていった先に効果が出るやり方なので、たくさん書いてたくさん捨てることになる。それがフリーライティングの核とも言える。デメリットはこれくらいしかない。
あとはメリットである。書くことで得られるメリットをすべて得ることができる。例えば、頭の中をすっきりさせるとか、感情を一時的に安定させるとかそういうたぐいのものである。日々、1行でもいいからやっていくとそれなりに分量が溜まってくる。ちょっとした達成感がある。また、ノートで一元管をすることもできる。もともとは、一元管理が頭の中にあったのでこれは大事な条件である。
こういう話をすると毎回出る質問がある。アナログでやるかデジタルでやるか、というものである。これはどっちも正解だからこそ他の方の意見が聞きたくなるものだと考えている。どっちも正解なのである。アナログでやれば、書くことのメリットの効果がより強く出る。デジタルでやれば、より手軽にできる。最近妙に取りあげられるようになったobsidianを使って、ツェッテルカステンのように、メモをタグでつなぎ、メモ間でハイパーリンクを作ったっていいのである。
フリーライティング自体はとても簡単にできる。ノートとペンがあればできてしまう。であるなら、ノートや文具をこだわることもできる。自分の好きなノートと文具を使ってやってみると楽しい。1週間くらいは毎日少しでもいいからやってみてほしい。
参考文献
自分の声で書く技術
https://eijipress.co.jp/products/2331
フリーライティングのより詳しい説明はこの本に書いている。
さて、私がフリーライティングを導入するにあたり、そもそもどうやってエッセイを書いていたか、というところから説明がいる。切実というほど切羽詰まってはいないが、フリーライティングをやってみたらうまく行くのではないかという魂胆があったのである。
現在のようなフリーライティングから膨らませていくやり方になる前は、ライン作業のようにエッセイができるまでの各工程を書き出し、同時進行でやっていた。このやり方は高頻度で出し続けることができるのだが、頭はいっぱいになるし、そもそも自分が飽き性ということもあり、自分とは相性の悪いやり方であった。一つのテーマで文章を公開するところまでは寄り道せずにやってみたほうが自分に相性がいいやり方だと気づいたのは最近の話である。
また、管理するためのノートが増えていたことも意識としてあった。バレットジャーナルで一元的に管理するやり方もあったが、分量としてはフリーライティングで書いた文章でノートが埋まったので、いっそのこと、フリーライティングノートをメインとしてやろうということとなった。
長々と書いたが、そもそもフリーライティングとは何だろうか?という話である。そんなに難しいものではない。時間を測って、頭の中の文章を全部吐き出すのである。途中で逸れてもいい。書き散らすのが大事である。書く内容は別に決めなくていい。でも、なんとなくこれで書きたいなという思いがあると、文章は自然とまとまりを持ってくる。不思議なものである。そうして、書いた文章を別の短い言葉で置き換える工程があるのだが、あんまりできていない。ここで生み出した短い文章が惹句となるので割と大事な作業ではある。
フリーライティングのメリットはたくさんあるので、あえてデメリットから書きたい。継続が必要だということである。1時間とか1日とかで効果が出るようなものではない。毎日でも少しづつ文章を積み立てていった先に効果が出るやり方なので、たくさん書いてたくさん捨てることになる。それがフリーライティングの核とも言える。デメリットはこれくらいしかない。
あとはメリットである。書くことで得られるメリットをすべて得ることができる。例えば、頭の中をすっきりさせるとか、感情を一時的に安定させるとかそういうたぐいのものである。日々、1行でもいいからやっていくとそれなりに分量が溜まってくる。ちょっとした達成感がある。また、ノートで一元管をすることもできる。もともとは、一元管理が頭の中にあったのでこれは大事な条件である。
こういう話をすると毎回出る質問がある。アナログでやるかデジタルでやるか、というものである。これはどっちも正解だからこそ他の方の意見が聞きたくなるものだと考えている。どっちも正解なのである。アナログでやれば、書くことのメリットの効果がより強く出る。デジタルでやれば、より手軽にできる。最近妙に取りあげられるようになったobsidianを使って、ツェッテルカステンのように、メモをタグでつなぎ、メモ間でハイパーリンクを作ったっていいのである。
フリーライティング自体はとても簡単にできる。ノートとペンがあればできてしまう。であるなら、ノートや文具をこだわることもできる。自分の好きなノートと文具を使ってやってみると楽しい。1週間くらいは毎日少しでもいいからやってみてほしい。
参考文献
自分の声で書く技術
https://eijipress.co.jp/products/2331
フリーライティングのより詳しい説明はこの本に書いている。
