恋人はサンタクロース

刺すような冷たい風に煽られながら、まだ人通りの多い道をゆっくりと歩いて行く。
息を吸い込む度に肺が痛くなるほどだが、すれ違う人々が何処となく浮かれて見える。
それもこれも、街を彩るクリスマスの装飾のせいかもしれない。
現に前を行く後ろ姿も、何処となく楽し気だ。





「見ろよトシ!!タイムセールで絶対にサンタが来る靴下二万五千円だってよ!!」


「いや、いらねぇ。つーかぼったくりだろ!!」


「クリスマス価格だよな~」





ケラケラと笑う横顔がド派手な電飾に照らされて眩しい。
こんなイベント事に浮かれるたまじゃないが、この人が喜ぶなら帰りにケーキの一つでも買って帰るかと柄にもなく思ってしまう。





「トシ、サンタさんって二人いるって知ってるか?」


「二人?そんなもん家庭によるんじゃねぇの?」


「そう言う現実的な話じゃなくて、赤いサンタと黒いサンタがいるんだよ」


「へぇ、そいつは初耳だ」





立ち止まり道の端に移動すると、煙草に火を点けた。
かじかんだ指先がほのかに温かい。





「赤いサンタは良い子にプレゼントをあげるだろ?」


「ああ、一般的な話だな」


「だけど、もう一人の黒いサンタは悪い子にはお仕置きをして袋に入れて連れ去るんだと」


「ハハッそりゃあまるで…‥」




俺達みたいだな、と言葉に出そうとした瞬間。陽気な音楽に混じって遠くの方から何やら叫ぶ声がした。
クリスマスに浮かれるガキのように、キラキラ輝いていた瞳が静かに熱を帯びる。
武骨な手が鞘に触れるのを確認すると灰皿に煙草を押し付けた。
温かな灯が消える。





「…‥行くぞ、トシ」





刀を構える寸前の後ろ姿は、何回見ても惚れ惚れする。
叫び声が近付いて来た。向かいに広がっていた幸せそうな人の波が、乱れる。





「どけぇぇぇぇ!!!!」





街並みに似つかない鬼のような形相で男が走って来る。
勿論、俺の前に立つあの人が避けるはずがない。少し体を屈めるとその体躯からは想像できないスピードで、男に刀を向けた。
鈍い音が、止まった空気を裂く。衝撃で男が脇に抱えていた箱が宙を舞った。
真っ暗な空に散らばる星々と目が合う。
クソほど寒いが、悪くない夜だ。
その箱を両手でキャッチする。綺麗にラッピングされたそれはサンタからのプレゼントだろう。





「近藤さん」





刀を鞘に収め、息を吐く横顔にそれを渡す。
すっかり元の穏やかな顔をして大事そうにそれを受け取る。歪んだリボンを直すと、もう直ぐ駆け付けるであろうサンタを待った。





「はぁはぁ…‥だっ、誰かぁ…‥ドロボーが…‥」





数分後にやってきた男は髪を乱し息も絶え絶えで今にも倒れそうだったが、近藤さんの手にあるプレゼントを見て泣きそうな顔で駆け寄って来た。





「すっ、すいません…‥それ、自分ので…‥」


「わかっています。どうぞ」


「ああ、ありがとうございます!!息子が欲しがっていた変身ベルトで、十件回ってようやく見つけたんです…‥よかったぁ…‥」


「それはよかったです!!気を付けて帰って下さいね」





にこやかに父親であろうサンタに対応する後ろで、二本目の煙草に火を点けると刀を抜く。
すとん、とその刃先を地面に倒れる男の頬に近付けた。





「…‥なあ、アンタ知ってるかい?」


「ヒィッ!!」


「悪い子は黒いサンタに連れて行かれちまうんだぜ」





真っ青な顏をした男に紫煙を吹き掛けると、携帯でパトカーを呼ぶ。
少し気弱そうなサンタはプレゼントをしっかりと抱え、何度も何度も近藤さんに頭を下げると人混みに消えて行った。
サンタが去ったのを確認すると、こんな夜に馬鹿げた騒ぎを起こした悪い子を締め上げ、やって来たパトカーに詰め込む。





「なあ、トシ。もう少し見回りしないか?」


「近藤さんが言うなら付き合うぜ」


「ありがとな、ザキ悪いが後は頼む」


「はい、了解しました!」





山崎がパトカーに乗り込むのを見送り、先程より少し人通りの少なくなった道を行く。
もうじき雪が降るのだろう。突き刺さるように寒い。





「冷えるなぁ」


「そうだな…‥ところで近藤さん」


「うん?」


「こっちだとメイン通りじゃねぇぞ」


「知ってるさ」





少し得意げな笑みを浮かべて歩いて行く後ろ姿に首をかしげながら着いて行く。
見慣れない石畳を進むと、少し開けた場所に出た。
そこには小さな平屋建ての家と一本のモミの木が生えていた。
クリスマスツリーにしては華美な飾り付けも電飾も無いが、柔らかな灯りに包まれている。





「こりゃあ…‥何だ?」


「和紙で作った小さい提灯の中にロウソクが入ってるんだ」


「へぇ…‥こんな所、よく知ってたな」


「少し前にこの家のおばあちゃんが道端で足を捻ったって言うんで家まで送ったんだ」





全く、お人好しめ。
そこがいいところでもあるのだけれども、玉に瑕だ。
二本目の煙草を吸い終え、灰皿に押し付ける。





「ご主人が提灯職人だったから、お子さんが小さい頃からずっとクリスマスの飾りはミニ提灯にロウソクだったんだって聞いてさ、見に来てもいいかって聞いたんだよ」


「おう」


「そしたら、なら今年は久し振りに飾るからお侍さんの…‥その、なんだ…‥た、大切な人と見に来てね、っておばあちゃんに言われちゃったら、ほら来ない訳にはいかないだろ?」





三本目の煙草を取り出そうとした手が自然と止まる。
横でぶつぶつと何か呟いている唇に、無性に触れたくなった。





「いやーあの、まあ、そんな感じで…・・ほら、何か熱くない?風邪ひいたかなー??なんて…‥」


「…‥近藤さん」





冷えた手を取る。お互い冷たいはずなのに何故か、指先がじんわりと温かい。
ロウソクのほのかな灯りに照らされて近藤さんの顔が赤くなっているのが解った。





「なあ、俺はこの一年間いい子だったか?」


「へぇ?トシが?」


「そう、俺が」


「そりゃあ…‥いい子だっただろう」


「なら、今夜はサンタが来てくれるな」





柔らかい灯りが風と共に揺れる。
凍えていた唇が触れた瞬間、溶けていく。人並みの体温と、愛する人の味がした。





「…‥トシ」


「早く帰らないとサンタが来ちまう」


「ちょっと待ってくれ」





ばあさんの家の前に立ててある、いかにも手作りなポストに手紙を入れると解かれた指が再び絡む。





「いいのか?」


「…‥大通りに出るまでなら大丈夫だろう」


「俺は屯所まででもいいんだぜ」


「帰る!!!」


「ちょっ、走るなよ!!」





白い息を吐き、赤い耳をした黒いサンタに手を引かれながら薄暗い道を掛ける。
帰ったらきっと赤いサンタが俺に極上のプレゼントをくれるだろう。





「…‥トシ!」


「ああ?」


「俺にもサンタさん来るかな」


「…‥当たり前だろ」





近藤さんの前に出る。
俺だって、アンタのサンタになりたい。





「近藤さん、帰ったら抱くから」


「は?」


「クリスマスが終わるまで愛してやるから覚悟しとけよ」


「なっ、なっなに言っちゃってんのトシくん?!!!」


「オラぁ行くぞ!!!」


「ちょっ、速い!!速いって!!!トシ!!!転ぶから!!!」


「そしたらゴリラ様抱っこしてやるよ」


「ゴリラ様ってなんだよ??!お姫様だろ!!!」





くだらない会話を交わして馬鹿みたいに笑いながら屯所へと急ぐ。
気付いたら繋いだ手も、体も、心も熱くなっていた。
ガキの頃からサンタなんて信じていなかった。
けれど、大人になった今はこの手を繋いだ人こそが、自分にとってのサンタだと知ってしまった。





「トシ、雪だ」


「…‥こりゃ冷えるな」





お互いに顔を見合わせると、少し照れくさいようなくすぐったい気分になった。
繋いだ手をもう一度強く繋ぎ直して走り出す。
冷えた布団の中で熱いサンタに出逢う為に。


MerryChristmas!!
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