秘密の夜に

時計は午後9時を少し回り、街並みも少しずつ夜の顔をし出す。
繁華街に近いゲームセンターは俗に不良と評される若者たちの溜まり場だ。


しかし、今夜は違った。
連日深夜まで響いている怒号も笑い声も、目の痛む程のタバコの煙もない。


「此処は大丈夫そうだな」


屈強そうな体躯の男が、横で竹刀を持ちタバコの灰まみれになっている筐体を見つめる男に声を掛けた。


「…‥いや、近藤さん。奥だ」


ゆっくりと鋭い視線が店の奥に向けられる。
一見してこの二人が高校生だとは思えないが、二人が身に纏う学生服と風紀委員の腕章がその身分を表している。


穏やかだった表情を少し強張らせ、先を行く男の名は近藤勲。
銀魂高校風紀委員会、委員長。
後に続くのは同じく銀魂高校風紀委員、副委員長の土方十四郎。
風紀委員として学校の校則を何よりも重んじ、違反者には容赦ない制裁を与える姿は鬼の副委員長と揶揄される程だ。


今日は、月に一度の風紀委員市内巡回日。
それを知っている銀魂高校の生徒達は、学校が終わるとみな足早に家路に着いた。


だが、中にはいるのだ。
鬼を恐れず、ただ無秩序に生き、破壊するだけの存在が。


UFOキャッチャーのエリアを抜けると、近藤の視界に見覚えのある後ろ姿が映った。
後ろで土方が軽く舌打ちをする。


「……テメェ」


一歩前に出ようとする土方を近藤が制す。
目の前のベンチには男が横たわっていた。
男は右手でリズムを刻みながら小刻みに揺れている。
後ろから痛い程注がれている土方の殺気など意に介していないようだ。


近藤はその男の視線を辿った。
そこには激しい曲調の音楽を鳴り響かせる筐体と、ギター型のコントローラーでリズムを刻む男がいた。


制服を着ていないが、この男も銀魂高校の生徒だ。
一年中サングラスをかけヘッドホンをし、毎日ギターを持って来ては休み時間に屋上や空き教室で熱心に演奏している。


名は河上万斉。
見た目や服装が校則に引っ掛かることはあるが、基本的にはそう口数も多く無く問題行動も無い。
問題があるとすれば、ベンチに横たわっている男とよく行動を共にしていると言う事だけだ。


「お前達」


近藤が声を掛けた瞬間、コーラの缶が宙を舞い近藤の顔を目掛け飛んで来た。


カキンと小気味がいい音が響く。
土方の竹刀がそれを薙ぎ払ったのだ。
缶は軌道を変え河上がプレイしている筐体を越えて行った。


溜息を吐く近藤が、トシと呟く。
一瞬にして膨れ上がった殺気が空気を染め、まるで真剣の如く凶悪な一太刀が男に振り下ろされる。
だが、その竹刀は寸前の所で食い止められた。


男の手には使い込まれたそろばん。
竹刀を受けた枠はピクリともしていない。


「誰かと思えば……学校一のイイ子ちゃん達が揃いも揃って何の用だ?」


ゆっくりと後ろを振り向く男の目には狂気的な光が宿っている。
土方は竹刀を払い、構い直した。


「高杉、テメェ……今何時だと思ってやがるんだ」


「さあ……イイ子ちゃんはお家に帰る時間なんじゃねぇのか」


高杉晋助。数々の問題行動を取り、先日停学から復学したばかりだが、
その間も黒い噂が絶えない銀魂高校一の問題児だ。


「二人とも落ち着け。高杉、もうじき10時になる。家に帰る気は無いのか?」


「そうだな……少なくともあと5分は帰る気は無ぇな」


その時、近藤は高杉がずっと河上の方へ視線を向けているのに気付いた。
視線の先にいる河上はゲームに夢中になっているのか、此方の騒ぎには全く関心が無いようだ。


恐らく、高杉は初めから河上のゲームが終われば大人しく帰る予定だったのかもしれない。


「高杉、お前……」


「ふざけたことぬかすんじゃねぇよ問題児が、さっさと帰れ!!!」


「……耳が悪ぃようだな」


低く笑うと、高杉は体を起こしゆっくりと振り返った。
狂気を滲ませた暗い瞳が土方を捕らえる。


ゾクリと背筋が凍るような瞳に、土方は飲み込まれないように瞬きをした。
それは、ほんの一秒にも満たない時間だった。


だが、その僅かな時間の間に起きたであろう眼前の光景に息を飲んだ。
自分の目と鼻の先に近藤の手の甲が見える。
その手にはそろばんが握られていた。


「高杉」


近藤の呼び掛けに全く反応を示さない高杉の瞳は、真っ直ぐ土方を見ている。
近藤越しに見える高杉の表情は読めない。


狂ってやがる、内心呟くと竹刀を高杉の腹に向かって突き立てた。
ふわりと高杉が体を退ける。


「トシ、落ち着け」


「上等だ……かかってきやがれ!!!」


「トシ!!」


「近藤さん、これ以上手ぇ出すなよ」


近藤の静止を振り切り土方が一歩前に出て竹刀を構えた。
狂気的な笑みを浮かべた高杉の体がふらりと揺れる。
来る、と土方が身構えた時だった。


「……はて」


今まで一切口を開かなかった河上が呟くと、まるでスイッチが切れたかのように高杉から殺気が消え、そそくさと河上に近付くと筐体を覗き込む。


「酷ぇザマだな」


「どうも終盤のプレイが良くなかった」


「……耳障りな外野がいたからか?」


「馬鹿を言うな。拙者の集中力を見くびってもらっては困る」


「ならテメェの実力不足だな」


「うむ……」


ディスプレイに表示されたスコアを見つめ何やら考え込む河上の横で、高杉はスマホを取り出して何やら小声で話している。
暫し呆気に取られていた土方だが、ベンチを蹴り飛ばし高杉に向かう。


「ふざけてんのかテメェ!!!!」


「はあ……しつこい風紀委員さんだ」


最早土方への興味は失せたのか、スマホを弄りながら視線すら合わせない高杉の態度に土方は一層苛立ちを募らせ高杉の胸倉を掴む。
すると、シャツの胸ポケットから紙切れが落ちた。
ひらひらと土方の足元に落ちた紙切れには『連れ込み寺、極楽寺30%OFF』と明らかにラブホテルしか想像できない文字が並んでいる。


「……高杉、何だコレは」


「何って、ラブホの割引券」


「うちの高校は不純異性交際禁止ってのは知ってるよな?」


「そんな時代錯誤な校則なんて聞いたことねぇな」


「……しかもこのラブホ最近オープンした無料でコスプレ衣装貸し出してる所じゃねぇか」


「何だ、風紀委員さんも御用達なのか?なら人の事ああだこうだ言える身分じゃねぇだろ」


「俺が校則を破るわけねぇだろ!!……それに、初めてはお互いの家のどっちかでって決めてんだよ」



土方の口からこぼれた意外な一言に高杉が思わず顔を上げた。
何とも言えぬ高杉の表情に、土方は自分の失言に気付いたが時すでに遅し。
二人の間に奇妙な沈黙が続く。


その一方で近藤は穏便に事を運ぼうと河上に話しかけていた。


「なあ、河上」


「……これは、風紀委員長。こんな所で会うとは珍しいでござるな」


「いやー確かに、風紀委員の仕事でなければ来ないな。ゲームは全くわからんが、それ面白いのか?」


河上の前にある筐体を指さすと、河上が持っていたギター型のコントローラーを近藤に差し出した。


「えっ?」


「やってみればいい」


「いやいや、俺本当にやったことがないんだ!!それにリズム感もイマイチでケツ毛も生えてるし!!!」


「ケツ毛は関係ないであろう。何事も経験でござるよ」


柔らかい言い方ではあるが、有無を言わせない空気に近藤はおずおずとそれを受け取る。
河上は近藤の指をボタンの上に置き、プレイする曲を選ぶ。


「この曲なら初心者でも楽しめるだろう」


「か、河上!!本当に俺がやっていいのか?てか、コレどうやるの?!」


「拙者がイチと言ったらここを押して二はこっちでサンの時は一番下を押せばいい」


「待って、痛い!!指がつる!!」


「さあさあ、画面を見て集中するでござる」


何やかんや楽しそうにはしゃぐ二人の背後で、土方たちは未だ気まずい空気にとらわれていた。
羞恥で固まる土方に対し、高杉が気まずそうに視線を逸らした。


「……色男が硬派な童貞なんて女が喜びそうだな」


「別に……女に喜ばれても嬉しくもなんともねぇよ」


「ククク……惚れた女一筋とは健気なもんで」


「惚れた女じゃねぇって言ってんだろ!!俺の童貞は近藤さんに売約済みなんだよ!!!」


「……は?」


「あっ……」


高杉は首をかしげると顔を顰める。


俺は何でこんな奴にカミングアウトしているんだ。
万が一、これを周りに広められたら俺はいいとしても近藤さんの立場が。
最悪な事態が脳内で飛び交う。


「アンタ……」


「・・・」



「二次元とかそっち系なのか?」


「はぁ?!」


「コンドームさんに売約済みってただのオナニーだろ?あれか、画面の中にいるカノジョってやつか」


「耳腐ってんのかよ?!!近藤さんだよ!!!」


「えっ……そこのゴリラ?」


「……そこのゴリラだよ」


「そ、そこのゴリラをメスゴリラにすんのかよ?」


「うるせぇな!!!そこのゴリラをメスゴリラにしてぇんだよクソが!!!!」


高杉はちらりと近藤へ視線を向け、再び土方に視線を移すと黙って足元に落ちた割引券を拾い土方の胸ポケットに入れた。


「何だよ」


「有効期限は1年ある。2回目記念にでも使え」


「……テメェの施しなんぞいらねぇよ」


「勘違いするな。俺はそこよりかぶき町七丁目にある下剋上本能寺の座敷牢部屋の方が好みなだけだ」


「お前、普段どんなプレイしてんだよ」


「終わったー!!!!」


近藤の声が響き、二人の視線が自然とそちらに向かう。
コントローラーを抱えて嬉しそうな近藤の横で河上がパチパチと手を叩いていた。


「スコアは全然よくなかったけど、なかなか面白いなコレ!!」


「いや、初めてにしてはセンスがあったでござるよ」


「そ、そう?」


「……万斉、10時になったから帰るぞ」


「む、もうそんな時間か。では、拙者達はこれで」


「ああ、気を付けて帰れよ!」


「いやいや、ちょっと待てよ!!!」


「……風紀委員さん」


高杉がスッと人差し指を唇に当てると河上の腕に自分の腕を絡ませ去って行く。


仲がいいんだな、と呑気に笑っている近藤を横目に土方は言葉を失った。


「マジかよ……」


「トシ、俺達も帰るか」


「……ああ」


がらんとした店内から出るとすっかりネオンの眩しい夜の街だった。
生温い風が吹く。
高杉達は侘しい住宅街への道を行ったのかそれとも煌びやかなネオン街に行ったのかはわからない。


校則違反者を容認するわけにはいかないが、今夜だけは土方は目を逸らす。
喧騒に背を向けると家路に向かった。


「随分高杉と打ち解けていたみたいだな」


「んなことねぇよ……」


「そうか?あと河上っていい奴だな。案外喋るし」


「……近藤さん」


「初めてしたけど、あのギターのゲーム面白かったぞ!今度はトシも一緒に」


「なあ」


「うん?」


「今夜、泊まってがねぇか?」


「えっ……」


薄ぼんやりとした街灯の下で赤い顔をした土方の言葉に、近藤の顔も赤く染まる。
少し肌寒い秋風が、二人を促すように吹き抜けて行く。


「……寒いな」


「そうだな……」


「で、返事は?」


「あの……そのっ、えー……はい」


「えっ?」


「えっ?」


「……本当にいいのか?」


「っ……2度も言わせるなトシのバカ!!」


「あっ、待てって」


足早に去ろうとする近藤の腕を掴むと、指先を絡ませいつも別れる丁字路を同じ方向に曲がった。




おわり

2017.10.8
小説:神名≠蒼神 様
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