一日限定彼女
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友達に無理矢理連れて来られた他校の文化祭。
一人で行くの恥ずかしいからどうしてもって頼まれて着いてきたのに、ちょっとイケメンに声掛けられたからって二人きりにしてなんて酷くないですか、と一人取り残されたはるは心の中で叫ぶ。
「はーっ。もう帰ろ。」
踵を返し、何しに来たんだろ、と独り言のつもりで呟いたその一言に返事が返ってくる。
「えーせっかく来たのにもう帰っちゃうの?」
「俺らと遊ぼうよ!」
知らない人に声をかけられてしまった。友達みたいに可愛く、え〜、どうしようっ、なんて上目遣いで言える訳もなくスタスタ歩きながら冷たくあしらう。
「や、予定あるんで。さよなら。」
そんな言葉など聞いてないかのようにまとわりついてくるコイツらは一体何なのだろう。
「そんなこと言わずにさぁ、俺らと一緒だったら楽しいって!」
「そーそ。さっき見てたよ?友達、君のこと置いてカッコイイ子とどっか行っちゃったよね?」
そうだよ、置いていかれたんだよ!だからもう放っておいてくれ、とイライラが顔にで始める。無視、無視無視。無視に限る。入り口でもあり出口でもある校門を目指して、はるは歩き続ける。全く興味ないですーっていうのが伝わっていないのか、ふいに腕を掴まれた。
「ね、そういうのいいからさ、俺らと楽しいことしようよ!」
グイッと引っ張られる腕を離そうとするも、悲しいかな、男の方が力が強く、はるは意に反して校門と反対側へ引き戻される。
「ちょっと!」
「うるせーな。大人しくついてくりゃ優しくしてやるのに、無視するからいけねぇんだぜ。」
先程の明るい声と違い、低く、そして威圧感のある声で制される。
ーーーー怖い。抵抗できない力と一瞬芽生えた恐怖心にはるは怯み、引っ張られるままとなってしまう。
そんな時、少し離れたところから呼ぶ声がした。
「あー、いたいた。どこに行ったのかと思ったよ。」
こちらに近寄ってくる彼はニコニコと笑いながら、でもその目を見て先程の恐怖心とは別の意味ではるは怖くなった。
「この人たち誰?」
声は穏やかだし、口元は微笑んでいる。だけど男たちを見る目は笑っていない。
「し、知らない人。」
はるの腕を男たちから引き剥がし、その手を自分の手に収めた彼は男たちに釘を刺す。
「俺の彼女に何か用?」
何もねぇよ、なんて捨て台詞を吐き、男たちは不貞腐れながら去って行った。ホッとするはるをよそに、今度は彼がはるを引っ張り歩き出す。
「あ、あのっ!ありがとうございました。」
「何してるの?他校の生徒ってだけでも目立つのに、女の子一人でいたら声掛けてくださいって言ってるようなもんだよ?」
はるのお礼に立ち止まった彼はくるりと振り返るとはるを見下ろし、怒ったような口調で言う。なんでこんなことに巻き込まれてしまうんだと思うも、先程の目が怖くてはるは素直に謝る。
「ごめんなさい。」
彼の目を見ることもできず、目を閉じ、下を向きながらはるは謝った。また何か怒られてしまうのだろうか、と恐る恐る目を開け、チラリと彼を見ると、先程の目とは打って変わって優しい目ではるを見ていた。
「アハハ。冗談だよ。ずっと君のこと見てたんだ。一緒に来てた友達薄情だね。」
さっき友達連れてったの、俺のクラスメイトなんだ、とニコリと笑う。どうやら彼らは自分たちのクラスのやる執事喫茶というものの呼び込みを行ってたらしく、急に可愛い子がいる!と掛け出した彼のクラスメイトははるの友達に声を掛けて去って行ったようで、彼も置いてけぼりを食らったようだった。
「すごい速さで行っちゃうからさ、呆然としちゃって。」
「そう、だったんですね。なんかスミマセン。」
「正直君の方かと思ってたんだけど、違ったんだね。」
「へっ?」
「そしたら君、変な奴らに絡まれてるし。可哀想だったから助けたんだけど、迷惑だったかな?」
眉を下げながらはるを見下ろす彼は優しさの塊で溢れていて、はるはブンブンと首を振る。
「いや、めちゃくちゃ助かりました。あの人たちしつこくて。」
「だろうね。威勢よく、さよならとか言うからカッコいいなーなんて思ってたけど、敵わないとこ見るとやっぱ女の子なんだね。」
ほんとに最初から見てたんだ、とハッとし、立ち話してる場合じゃないとはるはパッと手を離す。
「本当ごめんなさい。呼び込み?の途中なんですよね?迷惑かけてすみません。もう帰るんで、大丈夫ですよ。」
離した手を彼はまたすくい、はるの手を掴む。
「待って。友達だけ楽しんでるなんて嫌じゃない?」
俺は嫌だな、アイツだけ楽しんでるなんて、と続けはるに提案する。
「案内するよ。せっかく来たんだし、楽しまなきゃ損でしょ?」
掴んだ手をギュッと握り、はるを覗き込む。突然のお誘いにピシッと固まってしまったはるに眉を下げながら彼は続ける。
「それとも本当に予定あったかな?」
確かに彼のいう通り、何もせず帰るのは勿体ない気もする。
「ないですけど…。」
「じゃあ、行こうよ。えーっと、名前は?」
「月野です。」
「月野さん。食べ物は何でも食べれる?」
「はい。」
少々強引だけれども、自分の意見を聞いてくれるあたり、嫌なことはされないだろうと判断したはるは、少しの間、彼に着いていくことにした。話しながら彼はゆっくり歩き出す。するとブンブンと手を振りながらこちらに男の子が向かって来た。
「神さーん!」
彼の名前はジンというらしい。下の名前かな?と思うも向かって来た男の子、信長と話し出す神に聞くタイミングを逃してしまった。
「ところで神さん、いつの間に彼女できたんスか?」
二人の繋がれた手を見ながら、今まで神からそのような話を聞いたことがなかった信長は疑問に思う。
「秘密。」
人差し指を口に当てながら言う神に、はるは驚き神を見上げる。神の彼女になった覚えはないので、否定しようと口を開こうとしたはるの唇に、神がトンと人差し指を当てた。言っちゃダメ、と目で訴え人差し指を動かさないため、はるは言葉を発することができず、信長は勘違いしたまま話を続ける。
「えーっ!めちゃくちゃ気になるじゃないスか!」
いいなぁ〜!と神を見て項垂れる彼が何だか可愛く思えた。クスリと笑う神を見る限り、きっと神にとっても可愛い後輩なのだろう。
「彼女さん、甘いもの食べれますか?」
知ってるでしょ、と当たり前かのように神に聞く信長。
「うん、大丈夫だよ。信長のクラスの出し物、飲食系?」
「ハイッ!映え系カフェなんで、良かったら後で来てくださいね!」
俺、もう戻らなきゃ!と信長は来た時と同じようにブンブンと手を振りながら慌ただしく去って行った。
「ってことみたいだけど、甘いもの大丈夫?」
「はい。って言うか、さっきのアレ何ですか?」
「…彼女ってやつ?」
コクリと頷くはるに、信長の時と同じようにクスリと笑う。
「面白いかなぁと思って。」
「彼、勘違いしちゃってますよ?」
「いいんじゃない。今日だけ俺の彼女ってことで。」
「えっ!?」
またまた驚くはるを気にも留めず、神は続ける。
「だから、敬語もナシ。てか月野さん何年生?」
「2年です。」
「あ、同い年。」
ふわりと笑う神は、じゃあ敬語はナシってことで、と繋いだ手を恋人繋ぎに握り直し、またゆっくりと歩き始めた。そろそろ手を離して欲しいと言えないまま、神のペースに呑み込まれてしまったはるは、先程男たちに腕を掴まれた時は嫌悪感があったのに、神に手を繋がれるのは不思議と嫌な気がしなく、連れられるまま騒がしい校舎の中へと入って行った。
最初は興味のなかったはるだが、他校の校舎内に入ることなどそうそう無い。自分の高校と違う雰囲気に少しずつワクワクしてきてキョロキョロと周りを見る。そんなはるに神は校舎内の説明をしながら、ざっくり文化祭の概要を伝え、行きたいとこがないか聞きつつ、ある教室の前で足を止めた。すると二人の存在に気づいた信長がバタバタと教室から出てきた。
「わーっ!早速来てくれたんスね!」
ささっ、どーぞどーぞ!と入り口から窓際の席へと通される。パステル調に装飾された教室は女の子たちでいっぱいで、窓際の席を見やるとはるはギョッとした。
「この席…。」
「気付いちゃいました!?ここは、カップル専用の席なんですよ!」
外を見る形でカウンターテーブルのように作られているその席は、男女のペアが数組座っている。ピタリとくっついているカップルたちを見ると、どう見たって二人で座るには狭いように感じる。細長いアンティーク調の椅子を引く信長に促されるまま、戸惑っているはるを神が引っ張り、隣に座らせた。
信長は二人にメニューを渡し、注文決まったら呼んでくださいね!と別のテーブルへと向かって行った。
「近くないですか?」
「月野さん。敬語、ナシって言ったよね?」
敬語だと会話をしてくれそうもない神にもう一度聞き返す。
「近くない??」
「そう?それより何食べる?」
距離なんて全く気にしていない神に鬱屈としながら、メニューに目を通したはるは、アレ?と声を出す。
「映え系って言ってたけど、メニューの写真は普通のだね。」
「ここに小さく書いてあるよ。」
神の指先を見ると小さな米印と共に、どんなデコになるかはお楽しみ!と記載されている。二人は顔を見合わせ苦笑いする。
「あんまりメニューの意味ないね。」
「そうだね。ジ、ジン君、何にするか決めた?」
「俺はラテだけでいいかな。月野さんは?」
男の子だし、カフェ系よりガッツリ系のご飯の方が良かったかな。急に不安になり神の顔色を伺う。
「ん?」
「パンケーキとか、ワッフルとか苦手?」
「え?ううん。俺さっき自分のクラスで出すサンドウィッチ食べたから、月野さんの少し貰えればいいかな。」
「じゃあ、パンケーキでいい?」
神は頷くと信長を呼び注文をする。信長がコソッと何かを神に伝えているようで神も信長に耳打ちをする。はるは頭の上にハテナを浮かべながら外の景色を眺める。友達同士やグループも多いけど、男女ペアの比率も高い。
「周りから見たら俺たちも付き合ってるように見えるのかな?」
頬杖をつきながらはるの顔を覗き込む神は、心なしかはるの反応を楽しんでいるように思え、面白くないはるは冷静に返す。
「どうだろ。そう見えるかもね。」
じゃあ、こうしたら?となるべく端っこに座っていたはるの腰に手を回しピタリとくっつく。するとはるが照れる前に、飲み物を手にした信長が大きな声を出す。
「神さんっ!!!」
「何?大きな声出して。」
「彼女さんと仲が良いのは分かりましたけどっ!!何気にファンの子達多いんだからそんなことしたら、あぁぁ、ほらあの席の子なんて泣いちゃってるじゃないスか!」
二つの飲み物を置いて信長はズカズカと泣いてる子の席へ行きフォローをしている。少し気になったものの、はるは置かれた飲み物を見て目を輝かせた。
「うわぁ。可愛い〜!!!」
神の前に置かれたホットラテにはラテアートでハートマークが施されており、はるの前に置かれたいちごミルクは白からピンク、赤とグラデーションになっており、飲み物の上には苺がふんだんに置かれている。
「やっと笑ってくれた。」
先程信長から注意されたからか、神は腰に回していた手を離してカップを持ちながら微笑んだ。
「怒った顔も不安げな顔も可愛かったけど、笑顔が一番可愛い。」
他人からストレートに可愛いなんて言われることに慣れていないはるは、頬を染めながらも、信長の言葉を思い出し神に聞いてみる。
「ジン君ってファンがいるの?」
「え、知らないなぁ。」
「いるでしょーが!!すっとぼけないでくださいよ!!」
いつの間に席に近づいて来た信長が呆れながら説明する。神と信長はバスケ部だということが分かり、そして神には隠れファンが多いということも聞かされる。
信長は説明し終えると、召し上がれと持って来たパンケーキをはるの前に置いた。
「何これ!めちゃくちゃ可愛い!!」
置かれたパンケーキは猫の形をしておりチョコクリームで顔が描いてある。その周りには猫の足跡のソース、生クリームやフルーツで綺麗にデコられている。はるは食べるのもったいないなぁと呟き、ポケットから携帯を取り出すと写真を撮りニッコリと笑いながら神と信長に画面を見せる。
「めっちゃ映えてる!」
「自信作ですから!」
カッカッカッと笑い、はるの反応に満足した信長は、別のテーブルへと注文を取りに行ってしまった。
「良かったね。」
神ははるの前からパンケーキの皿を自分の方へと手繰り寄せると、月野さん、勿体無くて切れないでしょ、とあぁっと叫ぶはるを無視してナイフとフォークで躊躇なく綺麗に切り分ける。そして一切れをフォークに刺すと、はるの口の前まで持ってくる。
「はい、あーん。」
「ちょっ、ジン君。ダメだよ。」
先程泣かれたこともあり、周りの目が気になる。
「どーして?彼女でしょ。ほら。」
口の前からフォークを退けない神に観念したはるはあーんと口を開ける。口の中でパンケーキの甘さが広がり、自然と顔が綻ぶ。
「美味しい!」
カシャっと不意にカメラの音が聞こえ、神の方を見るとまたシャッターを押される。
「何してるの…?」
「見て。」
差し出された携帯にはパンケーキを頬張る笑顔のはるが映っていて、アプリで撮ったのか猫耳とヒゲが足されている。
「えぇぇぇ、何コレ。私も盛れてる?」
携帯を凝視するはるにクスクスと笑いながら神はパンケーキを口にする。
「月野さんって、猫みたいだよね。」
「そう?」
「うん、一見ツンとしてるけど、気を許した人には懐くって言うか。」
そうかなぁと言いながら神から差し出されたパンケーキをパクりと食べる。
「やっぱ猫にして正解。」
「………ジン君が選んでくれたの?」
「うん。クマとかニコちゃんとか色々あったんだけど、月野さんは猫だよなーって。」
神から見たはるはどうやら猫っぽい感じのようで、二人でもぐもぐとパンケーキを食べながら、お互いの学校のことを話す。
「さて、次はどこに行こうか?」
「うーん、ご飯は食べたし、何か遊べるようなとことか。」
すぐに帰ろうと思っていたのに、お腹も満たされ、心はドキドキさせられっぱなしで、いつの間にかはるも文化祭を楽しんでいた。そこへ信長がやって来て、味はどうだったかと問い、美味しかったと笑顔で神が応えると涙を流す勢いでじーんと感想を受け止めつつ二人に提案する。
「牧さんのクラス、お化け屋敷やってるみたいっスよ。」
「へぇ。牧さん、お化けなイメージないけど。」
「俺、ここ抜けれないんで神さん顔出して来てくださいよ。」
「月野さん、お化け屋敷とか平気?」
はるは一瞬考え、返事をする。
「うん、へーき。」
よし、行こうか、と神は信長にお礼を言い、はるに手を差し伸べる。はるは迷いながらも手を取ると、また恋人繋ぎをされる。そんな二人を羨望の眼差しで信長が見送り二人は牧のクラスを目指した。
「そうだ、月野さん。さっきの写真送ってあげようか?」
「え〜いいよ。自分の写真持ってても意味ないし。」
「…言い方変えるね。月野さん、連絡先教えて?」
そう言いながら携帯を取り出す神にはるは苦笑した。
「ジン君、こういうの慣れてるでしょ。」
「そんなことないよ。自分から女の子に声掛けたの初めてだし。」
いつもは女の子の方から声掛けてもらってるから、という言葉に神がモテるということが分かり、はるは何だかモヤモヤとする。
「月野さんこそ慣れてるでしょ。」
繋がれてる手をはるの目前に持っていき神も苦笑する。
「いきなりこんなことされて動揺してなさそうだし。」
「…すごく動揺してるよ。何で私?って「キャーーーーッ」
はるの言葉は女の子の悲鳴にかき消され、前方を見るとそこだけおどろおどろしい雰囲気になっており、教室の入り口にはゾンビと白い着物を着た人が出迎えている。
「あ、着いたね。うーん、牧さんは居なそうだなぁ。」
神はあたりを見渡すが、牧らしき人物はいないみたいで二人は案内されるまま教室の中へ入る。中へ入ると真っ暗で、灯りは神が手渡された蝋燭一本だ。
「な、なんか本格的だね。」
「ふふっ、月野さん怖いの?」
「!!そんなことないよ。全然余裕!」
トンっと肩を叩かれ反射的にはるは振り返る。
「ヒッ!!」
そこにはフランケンシュタインが立っており、驚いたはるは神にしがみつくが、すぐに自分の行動に気付き慌てて離れるも何かに躓き後ろへ倒れそうになる。そんなはるをフランケンシュタインが受け止める。
「ちょっと牧さん。何してるんですか。」
少し怒ったような口調で神は問い、はるを自分の方へと引き寄せる。
「すまない。こんなに驚くとは思ってなくてな。」
ハハハ、良い反応だと笑うフランケンシュタインに扮した牧は神に話しかける。
「しかし神にこんな可愛いらしい彼女がいたとは知らなかった。」
「言ってないですもん。」
「ほう。…それは後で詳しく聞かせてもらうとして、ここから先、もっと驚かされるだろうから楽しんで行けよ。」
「えっ!」
牧の言葉にはるの心臓はより一層バクバクと鳴る。
「月野さん。」
「な、何?」
「実はこういうの苦手?」
無言で首を横に振るはるを神は心配そうに見つめる。
「確かに先程もすごい驚きようだったし、苦手なら無理せずともここの裏から出口へ回れるぞ?」
「だ、大丈夫です。せっかく来たんだし!ね!ジン君!」
神の背中を押しながら、先へ進もうとする少々顔の青いはるを見て神同様、大丈夫かと心配になる牧だったが、所詮高校生の作ったお化け屋敷だと二人を見送ることにした。
「あ、神。暗いからってあんまりイチャつくなよ。」
裏に待機してる人がいるからな、とニヤリと笑った。先程からうるさいくらいに鳴る心臓は恐怖のせいなのか、それとも神と一緒にいるからなのか、牧の言葉ははるの耳には届いておらず、ご忠告ありがとうございます、と神は背を押されるまま先へと進む。
「ねぇ、月野さん。本当に大丈夫?」
「う、うん。」
進みながらも小学生でも怖がらないようなお化けにさえ、いちいちビックリしているはるが本格的に心配になってくる。本当はさっきみたいにしがみつきたいくらい怖いはずなのに、手は繋いでいるもののくっついてくる様子もなく、リタイアもしないはるを不思議に思った神は立ち止まり聞いてみる。
「なんでそんなに無理するの?」
「だって、マキさんって人はジン君の大事な先輩でしょ?」
「そうだけど、それが何か関係あるの?」
「うん。じゃあちゃんと最後まで行かないと。ノブナガ君って子にも報告できないじゃない。」
はるの言わんとしていることが分かった神は、つい数時間前に会ったばかりの自分に対し、気遣って苦手なものに付き合ってくれていることに、例えようのない感情が溢れてきた。手元にある蝋燭をフッと消すとはるをグイッと引き寄せ抱きしめる。
「えっ、真っ暗!!」
「シッ!」
真っ暗にしたとしても、きっと周りからは見えてしまうんだろうけど、神は頭を優しく撫でもう一度ギュッとする。
「大丈夫だから。ね?」
しばらく抱きしめていたけれど、後方から話し声が聞こえて来て、段々と暗闇に目が慣れてきた神は体を離し、はるの手を引き出口を目指す。はるはというと、怖さと神の唐突な行動で軽くパニックに陥ってしまい、それから出てくるお化けには全くの無反応だった。教室を出ると二人して眩しさに目を細める。出られたことに安堵したはるはごめんね、と神に謝る。
「ちょっと、休憩しようか。」
まだ少し顔の青いはるを心配し、神は誰もいないであろう部室へと連れて行く。
ガチャリと鍵をかけると顔色が戻りつつあるはるの横に座る。
「ごめんね、無理させて。」
「何でジン君が謝るの?こっちこそごめん。」
楽しいはずの神の文化祭の時間を奪ってしまったことに罪悪感を感じる。そんなはるの感情がひしひしと伝わってきた神は、文化祭、二人きり、というシチュエーションに、その気持ちを少し利用してしまおうと、普段だったら絶対にしないようなあることを考えついた。
「本当に悪いって思ってる?」
冷たい口調の神にえ?と顔を上げると、そこには目の笑っていない神がはるを見つめていた。
「本当に悪いって思ってるならキスしてよ。」
言ってることがめちゃくちゃなことは分かっている。戸惑っているはるの表情も可愛くてもっと意地悪したくなってしまう。顔の距離を近づけながら神は詰め寄ってキスを促す。
「別に初めてって訳じゃないでしょ?」
「う、ん。そうだけど。」
「じゃあできるよね。」
ホラ、と神の方からキスしそうな勢いで顔を近づける。敬語の時やパンケーキの時と一緒だとはるは感じた。神ははるがキスしない限り、この場から解放してくれないだろう。迷っている間も、神の顔はすぐ側にあって神と同じく、文化祭、二人きりというシチュエーションに加え、早く離れたいはるは意を決してお願いする。
「ーーー目閉じて。」
神が黙って目を閉じると、ほんの一瞬、チュッと口付けられた。目を開けるとはるは腕で口元を隠しながら視線を神から外し真っ赤になっていて、神はそれだけで満たされた気がしたけれど、やっぱりもっと欲しくなる。
「よくできました。でも…………全然足りないよ?」
神ははるの腕を掴み、有無も言わせない速さでクイっと顎を上げるともう一度口付ける。何度も何度も、角度を変えて。はるが言葉を発しようと口を開こうとすれば、それを逃さず、舌を侵入させ深いものへと変えていく。
はるには悪いが、もう止まりそうにもないと感じたその時、突然終わりはやってきた。
コンコンっと部室の扉が叩かれ、外から声がする。
「おーい!誰か居ますかー?鍵忘れちゃって、開けて欲しいんスけど。」
二人はピタリと動きを止め、見つめ合う。神はあーあ、と言いながら立ち上がりドアを開ける。
「あ、神さん!良かった。打ち上げのための金、ロッカーに入れたままで。」
そこまで言った信長が部室の中に目をやると、頬を染めたはるがボーッとこちらを見ていた。明らかに何かをしていた雰囲気を感じ取った信長は慌ててドアを閉めようとしたが、神の手によってそれは阻止される。
「いいよ。入りなよ。俺もちょうど送ってくところだから。」
その言葉にはるは立ち上がり、ふらふらと神の後ろを着いていく。信長は呆気に取られながら神達を見ていたが、信長、また後でね、と黒いオーラを出しながら振り返った笑顔の神を見て、部室に来たことを後悔した。
お化け屋敷を出た時とうってかわり、はるの顔色は紅潮していた。二人は無言のまま校門まで着き、駅まで送ろうと思っていた神は先へ進もうとしたが、はるはそこで立ち止まる。
「あっ、あのっ、今日はありがとう。ジン君のお陰で楽しかった。」
「ふふっ、最後のも?」
神ははるの手を引き校門を出て歩き出す。
「えっと、ここでいいよ。」
はるは神の質問には答えず、手を離しお別れを切り出す。
「ダメだよ。また変な奴に捕まったらどうするの?」
「大丈夫。結構人いっぱいいるし。」
「月野さんの大丈夫はもう信じられないなぁ。」
微笑む神に、片付けは?と言うも、ここまでサボっちゃもう誰も俺が片付けに来るなんて期待してないでしょ、と両断される。
「ねぇ、そんなに俺と早くさよならしたいの?」
「ーーーっ。嫌っ。」
別れが嫌なのか、それとも強引にし過ぎた自分が嫌われてしまったのか、どちらとも取れる嫌と言う言葉に、神ははるに近付き顔を覗き込む。
「も、もう!そんなに顔近づけないで。思い出しちゃうから!」
神の胸あたりに手を当て、体を押す。今日一日ずっと距離が近く、優しくされ、周りにも否定せず彼女気分を味わえた。あの時の冷たい声とは違い、神のキスは優しかった。だけどあれはきっとただの性欲で、女の子に困ってなさそうだし、ちゃんとここでお別れしないと痛い目に合いそうだ。そんなこと分かっているのに、このまま終わらせたくない。
きっとそう思っているのは自分だけだろうと態度の変わらない神を見て少し悲しくなった。それでも、少し距離をとってはるは言った。
「やっぱり、あの写真送ってもらおうかな。」
耳まで赤く染めたはるを見て、前者の方の嫌だと言うことが分かり、神は携帯を取り出しながらクスクスと笑う。
「いいよ。」
二人は連絡先を交換すると、そこで別れた。
今日だけの関係はここで終わりだけど、はるの様子を見る限り、神に好意を持ってくれたことは間違いない。次に会う時は友達から始めようか、それとも今日の続きから始めようか。できれば恋人からがいいな、と神は思いながら信長へのお仕置きを考えるのだった。
一人で行くの恥ずかしいからどうしてもって頼まれて着いてきたのに、ちょっとイケメンに声掛けられたからって二人きりにしてなんて酷くないですか、と一人取り残されたはるは心の中で叫ぶ。
「はーっ。もう帰ろ。」
踵を返し、何しに来たんだろ、と独り言のつもりで呟いたその一言に返事が返ってくる。
「えーせっかく来たのにもう帰っちゃうの?」
「俺らと遊ぼうよ!」
知らない人に声をかけられてしまった。友達みたいに可愛く、え〜、どうしようっ、なんて上目遣いで言える訳もなくスタスタ歩きながら冷たくあしらう。
「や、予定あるんで。さよなら。」
そんな言葉など聞いてないかのようにまとわりついてくるコイツらは一体何なのだろう。
「そんなこと言わずにさぁ、俺らと一緒だったら楽しいって!」
「そーそ。さっき見てたよ?友達、君のこと置いてカッコイイ子とどっか行っちゃったよね?」
そうだよ、置いていかれたんだよ!だからもう放っておいてくれ、とイライラが顔にで始める。無視、無視無視。無視に限る。入り口でもあり出口でもある校門を目指して、はるは歩き続ける。全く興味ないですーっていうのが伝わっていないのか、ふいに腕を掴まれた。
「ね、そういうのいいからさ、俺らと楽しいことしようよ!」
グイッと引っ張られる腕を離そうとするも、悲しいかな、男の方が力が強く、はるは意に反して校門と反対側へ引き戻される。
「ちょっと!」
「うるせーな。大人しくついてくりゃ優しくしてやるのに、無視するからいけねぇんだぜ。」
先程の明るい声と違い、低く、そして威圧感のある声で制される。
ーーーー怖い。抵抗できない力と一瞬芽生えた恐怖心にはるは怯み、引っ張られるままとなってしまう。
そんな時、少し離れたところから呼ぶ声がした。
「あー、いたいた。どこに行ったのかと思ったよ。」
こちらに近寄ってくる彼はニコニコと笑いながら、でもその目を見て先程の恐怖心とは別の意味ではるは怖くなった。
「この人たち誰?」
声は穏やかだし、口元は微笑んでいる。だけど男たちを見る目は笑っていない。
「し、知らない人。」
はるの腕を男たちから引き剥がし、その手を自分の手に収めた彼は男たちに釘を刺す。
「俺の彼女に何か用?」
何もねぇよ、なんて捨て台詞を吐き、男たちは不貞腐れながら去って行った。ホッとするはるをよそに、今度は彼がはるを引っ張り歩き出す。
「あ、あのっ!ありがとうございました。」
「何してるの?他校の生徒ってだけでも目立つのに、女の子一人でいたら声掛けてくださいって言ってるようなもんだよ?」
はるのお礼に立ち止まった彼はくるりと振り返るとはるを見下ろし、怒ったような口調で言う。なんでこんなことに巻き込まれてしまうんだと思うも、先程の目が怖くてはるは素直に謝る。
「ごめんなさい。」
彼の目を見ることもできず、目を閉じ、下を向きながらはるは謝った。また何か怒られてしまうのだろうか、と恐る恐る目を開け、チラリと彼を見ると、先程の目とは打って変わって優しい目ではるを見ていた。
「アハハ。冗談だよ。ずっと君のこと見てたんだ。一緒に来てた友達薄情だね。」
さっき友達連れてったの、俺のクラスメイトなんだ、とニコリと笑う。どうやら彼らは自分たちのクラスのやる執事喫茶というものの呼び込みを行ってたらしく、急に可愛い子がいる!と掛け出した彼のクラスメイトははるの友達に声を掛けて去って行ったようで、彼も置いてけぼりを食らったようだった。
「すごい速さで行っちゃうからさ、呆然としちゃって。」
「そう、だったんですね。なんかスミマセン。」
「正直君の方かと思ってたんだけど、違ったんだね。」
「へっ?」
「そしたら君、変な奴らに絡まれてるし。可哀想だったから助けたんだけど、迷惑だったかな?」
眉を下げながらはるを見下ろす彼は優しさの塊で溢れていて、はるはブンブンと首を振る。
「いや、めちゃくちゃ助かりました。あの人たちしつこくて。」
「だろうね。威勢よく、さよならとか言うからカッコいいなーなんて思ってたけど、敵わないとこ見るとやっぱ女の子なんだね。」
ほんとに最初から見てたんだ、とハッとし、立ち話してる場合じゃないとはるはパッと手を離す。
「本当ごめんなさい。呼び込み?の途中なんですよね?迷惑かけてすみません。もう帰るんで、大丈夫ですよ。」
離した手を彼はまたすくい、はるの手を掴む。
「待って。友達だけ楽しんでるなんて嫌じゃない?」
俺は嫌だな、アイツだけ楽しんでるなんて、と続けはるに提案する。
「案内するよ。せっかく来たんだし、楽しまなきゃ損でしょ?」
掴んだ手をギュッと握り、はるを覗き込む。突然のお誘いにピシッと固まってしまったはるに眉を下げながら彼は続ける。
「それとも本当に予定あったかな?」
確かに彼のいう通り、何もせず帰るのは勿体ない気もする。
「ないですけど…。」
「じゃあ、行こうよ。えーっと、名前は?」
「月野です。」
「月野さん。食べ物は何でも食べれる?」
「はい。」
少々強引だけれども、自分の意見を聞いてくれるあたり、嫌なことはされないだろうと判断したはるは、少しの間、彼に着いていくことにした。話しながら彼はゆっくり歩き出す。するとブンブンと手を振りながらこちらに男の子が向かって来た。
「神さーん!」
彼の名前はジンというらしい。下の名前かな?と思うも向かって来た男の子、信長と話し出す神に聞くタイミングを逃してしまった。
「ところで神さん、いつの間に彼女できたんスか?」
二人の繋がれた手を見ながら、今まで神からそのような話を聞いたことがなかった信長は疑問に思う。
「秘密。」
人差し指を口に当てながら言う神に、はるは驚き神を見上げる。神の彼女になった覚えはないので、否定しようと口を開こうとしたはるの唇に、神がトンと人差し指を当てた。言っちゃダメ、と目で訴え人差し指を動かさないため、はるは言葉を発することができず、信長は勘違いしたまま話を続ける。
「えーっ!めちゃくちゃ気になるじゃないスか!」
いいなぁ〜!と神を見て項垂れる彼が何だか可愛く思えた。クスリと笑う神を見る限り、きっと神にとっても可愛い後輩なのだろう。
「彼女さん、甘いもの食べれますか?」
知ってるでしょ、と当たり前かのように神に聞く信長。
「うん、大丈夫だよ。信長のクラスの出し物、飲食系?」
「ハイッ!映え系カフェなんで、良かったら後で来てくださいね!」
俺、もう戻らなきゃ!と信長は来た時と同じようにブンブンと手を振りながら慌ただしく去って行った。
「ってことみたいだけど、甘いもの大丈夫?」
「はい。って言うか、さっきのアレ何ですか?」
「…彼女ってやつ?」
コクリと頷くはるに、信長の時と同じようにクスリと笑う。
「面白いかなぁと思って。」
「彼、勘違いしちゃってますよ?」
「いいんじゃない。今日だけ俺の彼女ってことで。」
「えっ!?」
またまた驚くはるを気にも留めず、神は続ける。
「だから、敬語もナシ。てか月野さん何年生?」
「2年です。」
「あ、同い年。」
ふわりと笑う神は、じゃあ敬語はナシってことで、と繋いだ手を恋人繋ぎに握り直し、またゆっくりと歩き始めた。そろそろ手を離して欲しいと言えないまま、神のペースに呑み込まれてしまったはるは、先程男たちに腕を掴まれた時は嫌悪感があったのに、神に手を繋がれるのは不思議と嫌な気がしなく、連れられるまま騒がしい校舎の中へと入って行った。
最初は興味のなかったはるだが、他校の校舎内に入ることなどそうそう無い。自分の高校と違う雰囲気に少しずつワクワクしてきてキョロキョロと周りを見る。そんなはるに神は校舎内の説明をしながら、ざっくり文化祭の概要を伝え、行きたいとこがないか聞きつつ、ある教室の前で足を止めた。すると二人の存在に気づいた信長がバタバタと教室から出てきた。
「わーっ!早速来てくれたんスね!」
ささっ、どーぞどーぞ!と入り口から窓際の席へと通される。パステル調に装飾された教室は女の子たちでいっぱいで、窓際の席を見やるとはるはギョッとした。
「この席…。」
「気付いちゃいました!?ここは、カップル専用の席なんですよ!」
外を見る形でカウンターテーブルのように作られているその席は、男女のペアが数組座っている。ピタリとくっついているカップルたちを見ると、どう見たって二人で座るには狭いように感じる。細長いアンティーク調の椅子を引く信長に促されるまま、戸惑っているはるを神が引っ張り、隣に座らせた。
信長は二人にメニューを渡し、注文決まったら呼んでくださいね!と別のテーブルへと向かって行った。
「近くないですか?」
「月野さん。敬語、ナシって言ったよね?」
敬語だと会話をしてくれそうもない神にもう一度聞き返す。
「近くない??」
「そう?それより何食べる?」
距離なんて全く気にしていない神に鬱屈としながら、メニューに目を通したはるは、アレ?と声を出す。
「映え系って言ってたけど、メニューの写真は普通のだね。」
「ここに小さく書いてあるよ。」
神の指先を見ると小さな米印と共に、どんなデコになるかはお楽しみ!と記載されている。二人は顔を見合わせ苦笑いする。
「あんまりメニューの意味ないね。」
「そうだね。ジ、ジン君、何にするか決めた?」
「俺はラテだけでいいかな。月野さんは?」
男の子だし、カフェ系よりガッツリ系のご飯の方が良かったかな。急に不安になり神の顔色を伺う。
「ん?」
「パンケーキとか、ワッフルとか苦手?」
「え?ううん。俺さっき自分のクラスで出すサンドウィッチ食べたから、月野さんの少し貰えればいいかな。」
「じゃあ、パンケーキでいい?」
神は頷くと信長を呼び注文をする。信長がコソッと何かを神に伝えているようで神も信長に耳打ちをする。はるは頭の上にハテナを浮かべながら外の景色を眺める。友達同士やグループも多いけど、男女ペアの比率も高い。
「周りから見たら俺たちも付き合ってるように見えるのかな?」
頬杖をつきながらはるの顔を覗き込む神は、心なしかはるの反応を楽しんでいるように思え、面白くないはるは冷静に返す。
「どうだろ。そう見えるかもね。」
じゃあ、こうしたら?となるべく端っこに座っていたはるの腰に手を回しピタリとくっつく。するとはるが照れる前に、飲み物を手にした信長が大きな声を出す。
「神さんっ!!!」
「何?大きな声出して。」
「彼女さんと仲が良いのは分かりましたけどっ!!何気にファンの子達多いんだからそんなことしたら、あぁぁ、ほらあの席の子なんて泣いちゃってるじゃないスか!」
二つの飲み物を置いて信長はズカズカと泣いてる子の席へ行きフォローをしている。少し気になったものの、はるは置かれた飲み物を見て目を輝かせた。
「うわぁ。可愛い〜!!!」
神の前に置かれたホットラテにはラテアートでハートマークが施されており、はるの前に置かれたいちごミルクは白からピンク、赤とグラデーションになっており、飲み物の上には苺がふんだんに置かれている。
「やっと笑ってくれた。」
先程信長から注意されたからか、神は腰に回していた手を離してカップを持ちながら微笑んだ。
「怒った顔も不安げな顔も可愛かったけど、笑顔が一番可愛い。」
他人からストレートに可愛いなんて言われることに慣れていないはるは、頬を染めながらも、信長の言葉を思い出し神に聞いてみる。
「ジン君ってファンがいるの?」
「え、知らないなぁ。」
「いるでしょーが!!すっとぼけないでくださいよ!!」
いつの間に席に近づいて来た信長が呆れながら説明する。神と信長はバスケ部だということが分かり、そして神には隠れファンが多いということも聞かされる。
信長は説明し終えると、召し上がれと持って来たパンケーキをはるの前に置いた。
「何これ!めちゃくちゃ可愛い!!」
置かれたパンケーキは猫の形をしておりチョコクリームで顔が描いてある。その周りには猫の足跡のソース、生クリームやフルーツで綺麗にデコられている。はるは食べるのもったいないなぁと呟き、ポケットから携帯を取り出すと写真を撮りニッコリと笑いながら神と信長に画面を見せる。
「めっちゃ映えてる!」
「自信作ですから!」
カッカッカッと笑い、はるの反応に満足した信長は、別のテーブルへと注文を取りに行ってしまった。
「良かったね。」
神ははるの前からパンケーキの皿を自分の方へと手繰り寄せると、月野さん、勿体無くて切れないでしょ、とあぁっと叫ぶはるを無視してナイフとフォークで躊躇なく綺麗に切り分ける。そして一切れをフォークに刺すと、はるの口の前まで持ってくる。
「はい、あーん。」
「ちょっ、ジン君。ダメだよ。」
先程泣かれたこともあり、周りの目が気になる。
「どーして?彼女でしょ。ほら。」
口の前からフォークを退けない神に観念したはるはあーんと口を開ける。口の中でパンケーキの甘さが広がり、自然と顔が綻ぶ。
「美味しい!」
カシャっと不意にカメラの音が聞こえ、神の方を見るとまたシャッターを押される。
「何してるの…?」
「見て。」
差し出された携帯にはパンケーキを頬張る笑顔のはるが映っていて、アプリで撮ったのか猫耳とヒゲが足されている。
「えぇぇぇ、何コレ。私も盛れてる?」
携帯を凝視するはるにクスクスと笑いながら神はパンケーキを口にする。
「月野さんって、猫みたいだよね。」
「そう?」
「うん、一見ツンとしてるけど、気を許した人には懐くって言うか。」
そうかなぁと言いながら神から差し出されたパンケーキをパクりと食べる。
「やっぱ猫にして正解。」
「………ジン君が選んでくれたの?」
「うん。クマとかニコちゃんとか色々あったんだけど、月野さんは猫だよなーって。」
神から見たはるはどうやら猫っぽい感じのようで、二人でもぐもぐとパンケーキを食べながら、お互いの学校のことを話す。
「さて、次はどこに行こうか?」
「うーん、ご飯は食べたし、何か遊べるようなとことか。」
すぐに帰ろうと思っていたのに、お腹も満たされ、心はドキドキさせられっぱなしで、いつの間にかはるも文化祭を楽しんでいた。そこへ信長がやって来て、味はどうだったかと問い、美味しかったと笑顔で神が応えると涙を流す勢いでじーんと感想を受け止めつつ二人に提案する。
「牧さんのクラス、お化け屋敷やってるみたいっスよ。」
「へぇ。牧さん、お化けなイメージないけど。」
「俺、ここ抜けれないんで神さん顔出して来てくださいよ。」
「月野さん、お化け屋敷とか平気?」
はるは一瞬考え、返事をする。
「うん、へーき。」
よし、行こうか、と神は信長にお礼を言い、はるに手を差し伸べる。はるは迷いながらも手を取ると、また恋人繋ぎをされる。そんな二人を羨望の眼差しで信長が見送り二人は牧のクラスを目指した。
「そうだ、月野さん。さっきの写真送ってあげようか?」
「え〜いいよ。自分の写真持ってても意味ないし。」
「…言い方変えるね。月野さん、連絡先教えて?」
そう言いながら携帯を取り出す神にはるは苦笑した。
「ジン君、こういうの慣れてるでしょ。」
「そんなことないよ。自分から女の子に声掛けたの初めてだし。」
いつもは女の子の方から声掛けてもらってるから、という言葉に神がモテるということが分かり、はるは何だかモヤモヤとする。
「月野さんこそ慣れてるでしょ。」
繋がれてる手をはるの目前に持っていき神も苦笑する。
「いきなりこんなことされて動揺してなさそうだし。」
「…すごく動揺してるよ。何で私?って「キャーーーーッ」
はるの言葉は女の子の悲鳴にかき消され、前方を見るとそこだけおどろおどろしい雰囲気になっており、教室の入り口にはゾンビと白い着物を着た人が出迎えている。
「あ、着いたね。うーん、牧さんは居なそうだなぁ。」
神はあたりを見渡すが、牧らしき人物はいないみたいで二人は案内されるまま教室の中へ入る。中へ入ると真っ暗で、灯りは神が手渡された蝋燭一本だ。
「な、なんか本格的だね。」
「ふふっ、月野さん怖いの?」
「!!そんなことないよ。全然余裕!」
トンっと肩を叩かれ反射的にはるは振り返る。
「ヒッ!!」
そこにはフランケンシュタインが立っており、驚いたはるは神にしがみつくが、すぐに自分の行動に気付き慌てて離れるも何かに躓き後ろへ倒れそうになる。そんなはるをフランケンシュタインが受け止める。
「ちょっと牧さん。何してるんですか。」
少し怒ったような口調で神は問い、はるを自分の方へと引き寄せる。
「すまない。こんなに驚くとは思ってなくてな。」
ハハハ、良い反応だと笑うフランケンシュタインに扮した牧は神に話しかける。
「しかし神にこんな可愛いらしい彼女がいたとは知らなかった。」
「言ってないですもん。」
「ほう。…それは後で詳しく聞かせてもらうとして、ここから先、もっと驚かされるだろうから楽しんで行けよ。」
「えっ!」
牧の言葉にはるの心臓はより一層バクバクと鳴る。
「月野さん。」
「な、何?」
「実はこういうの苦手?」
無言で首を横に振るはるを神は心配そうに見つめる。
「確かに先程もすごい驚きようだったし、苦手なら無理せずともここの裏から出口へ回れるぞ?」
「だ、大丈夫です。せっかく来たんだし!ね!ジン君!」
神の背中を押しながら、先へ進もうとする少々顔の青いはるを見て神同様、大丈夫かと心配になる牧だったが、所詮高校生の作ったお化け屋敷だと二人を見送ることにした。
「あ、神。暗いからってあんまりイチャつくなよ。」
裏に待機してる人がいるからな、とニヤリと笑った。先程からうるさいくらいに鳴る心臓は恐怖のせいなのか、それとも神と一緒にいるからなのか、牧の言葉ははるの耳には届いておらず、ご忠告ありがとうございます、と神は背を押されるまま先へと進む。
「ねぇ、月野さん。本当に大丈夫?」
「う、うん。」
進みながらも小学生でも怖がらないようなお化けにさえ、いちいちビックリしているはるが本格的に心配になってくる。本当はさっきみたいにしがみつきたいくらい怖いはずなのに、手は繋いでいるもののくっついてくる様子もなく、リタイアもしないはるを不思議に思った神は立ち止まり聞いてみる。
「なんでそんなに無理するの?」
「だって、マキさんって人はジン君の大事な先輩でしょ?」
「そうだけど、それが何か関係あるの?」
「うん。じゃあちゃんと最後まで行かないと。ノブナガ君って子にも報告できないじゃない。」
はるの言わんとしていることが分かった神は、つい数時間前に会ったばかりの自分に対し、気遣って苦手なものに付き合ってくれていることに、例えようのない感情が溢れてきた。手元にある蝋燭をフッと消すとはるをグイッと引き寄せ抱きしめる。
「えっ、真っ暗!!」
「シッ!」
真っ暗にしたとしても、きっと周りからは見えてしまうんだろうけど、神は頭を優しく撫でもう一度ギュッとする。
「大丈夫だから。ね?」
しばらく抱きしめていたけれど、後方から話し声が聞こえて来て、段々と暗闇に目が慣れてきた神は体を離し、はるの手を引き出口を目指す。はるはというと、怖さと神の唐突な行動で軽くパニックに陥ってしまい、それから出てくるお化けには全くの無反応だった。教室を出ると二人して眩しさに目を細める。出られたことに安堵したはるはごめんね、と神に謝る。
「ちょっと、休憩しようか。」
まだ少し顔の青いはるを心配し、神は誰もいないであろう部室へと連れて行く。
ガチャリと鍵をかけると顔色が戻りつつあるはるの横に座る。
「ごめんね、無理させて。」
「何でジン君が謝るの?こっちこそごめん。」
楽しいはずの神の文化祭の時間を奪ってしまったことに罪悪感を感じる。そんなはるの感情がひしひしと伝わってきた神は、文化祭、二人きり、というシチュエーションに、その気持ちを少し利用してしまおうと、普段だったら絶対にしないようなあることを考えついた。
「本当に悪いって思ってる?」
冷たい口調の神にえ?と顔を上げると、そこには目の笑っていない神がはるを見つめていた。
「本当に悪いって思ってるならキスしてよ。」
言ってることがめちゃくちゃなことは分かっている。戸惑っているはるの表情も可愛くてもっと意地悪したくなってしまう。顔の距離を近づけながら神は詰め寄ってキスを促す。
「別に初めてって訳じゃないでしょ?」
「う、ん。そうだけど。」
「じゃあできるよね。」
ホラ、と神の方からキスしそうな勢いで顔を近づける。敬語の時やパンケーキの時と一緒だとはるは感じた。神ははるがキスしない限り、この場から解放してくれないだろう。迷っている間も、神の顔はすぐ側にあって神と同じく、文化祭、二人きりというシチュエーションに加え、早く離れたいはるは意を決してお願いする。
「ーーー目閉じて。」
神が黙って目を閉じると、ほんの一瞬、チュッと口付けられた。目を開けるとはるは腕で口元を隠しながら視線を神から外し真っ赤になっていて、神はそれだけで満たされた気がしたけれど、やっぱりもっと欲しくなる。
「よくできました。でも…………全然足りないよ?」
神ははるの腕を掴み、有無も言わせない速さでクイっと顎を上げるともう一度口付ける。何度も何度も、角度を変えて。はるが言葉を発しようと口を開こうとすれば、それを逃さず、舌を侵入させ深いものへと変えていく。
はるには悪いが、もう止まりそうにもないと感じたその時、突然終わりはやってきた。
コンコンっと部室の扉が叩かれ、外から声がする。
「おーい!誰か居ますかー?鍵忘れちゃって、開けて欲しいんスけど。」
二人はピタリと動きを止め、見つめ合う。神はあーあ、と言いながら立ち上がりドアを開ける。
「あ、神さん!良かった。打ち上げのための金、ロッカーに入れたままで。」
そこまで言った信長が部室の中に目をやると、頬を染めたはるがボーッとこちらを見ていた。明らかに何かをしていた雰囲気を感じ取った信長は慌ててドアを閉めようとしたが、神の手によってそれは阻止される。
「いいよ。入りなよ。俺もちょうど送ってくところだから。」
その言葉にはるは立ち上がり、ふらふらと神の後ろを着いていく。信長は呆気に取られながら神達を見ていたが、信長、また後でね、と黒いオーラを出しながら振り返った笑顔の神を見て、部室に来たことを後悔した。
お化け屋敷を出た時とうってかわり、はるの顔色は紅潮していた。二人は無言のまま校門まで着き、駅まで送ろうと思っていた神は先へ進もうとしたが、はるはそこで立ち止まる。
「あっ、あのっ、今日はありがとう。ジン君のお陰で楽しかった。」
「ふふっ、最後のも?」
神ははるの手を引き校門を出て歩き出す。
「えっと、ここでいいよ。」
はるは神の質問には答えず、手を離しお別れを切り出す。
「ダメだよ。また変な奴に捕まったらどうするの?」
「大丈夫。結構人いっぱいいるし。」
「月野さんの大丈夫はもう信じられないなぁ。」
微笑む神に、片付けは?と言うも、ここまでサボっちゃもう誰も俺が片付けに来るなんて期待してないでしょ、と両断される。
「ねぇ、そんなに俺と早くさよならしたいの?」
「ーーーっ。嫌っ。」
別れが嫌なのか、それとも強引にし過ぎた自分が嫌われてしまったのか、どちらとも取れる嫌と言う言葉に、神ははるに近付き顔を覗き込む。
「も、もう!そんなに顔近づけないで。思い出しちゃうから!」
神の胸あたりに手を当て、体を押す。今日一日ずっと距離が近く、優しくされ、周りにも否定せず彼女気分を味わえた。あの時の冷たい声とは違い、神のキスは優しかった。だけどあれはきっとただの性欲で、女の子に困ってなさそうだし、ちゃんとここでお別れしないと痛い目に合いそうだ。そんなこと分かっているのに、このまま終わらせたくない。
きっとそう思っているのは自分だけだろうと態度の変わらない神を見て少し悲しくなった。それでも、少し距離をとってはるは言った。
「やっぱり、あの写真送ってもらおうかな。」
耳まで赤く染めたはるを見て、前者の方の嫌だと言うことが分かり、神は携帯を取り出しながらクスクスと笑う。
「いいよ。」
二人は連絡先を交換すると、そこで別れた。
今日だけの関係はここで終わりだけど、はるの様子を見る限り、神に好意を持ってくれたことは間違いない。次に会う時は友達から始めようか、それとも今日の続きから始めようか。できれば恋人からがいいな、と神は思いながら信長へのお仕置きを考えるのだった。
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