王者たちのクリスタルの横で
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賑わう街並みに、疲れた背中が二つ。たった今、仕事を終えた二人は、横に並び、仕事の愚痴を言い合っている。はるに至っては仕事を終えたのではなく、三井が手伝ってくれると言ってくれたものの、放り投げてきたものだから、このまま楽しんでいいのだろうかと少しだけ後ろめたさを感じていた。
「仕事終わったのに、んな顔すんなよ。」
いつまでも、仕事のことを考えていそうなはるの顔を見て、三井は呆れながら言う。同期だからとはいえ、ここ数日、年末の忙しさからか、はると話す内容は業務のことばかりだったような気がする。
「どんな顔してたー?」
「まだ仕事してるような顔。眉間、シワになるぞ。」
はるのおでこを指差しながら言う三井の長い指を追い、仕事中、特に残業中に苛々することが多く、つい眉間に力が入ってしまうはるは、慌てて自分の眉と眉の間を触る。皺になったら、怖い先輩だと思われてしまう。そんなの自分の理想としている先輩ではない。
「ありがと。こんなこと指摘してくれんの、三井だけだよ。」
「他の奴らも思ってんじゃねーの?」
「えぇっ!?そんなにいつも眉間に皺寄せてる?」
焦るはるはサスサスと眉間を摩る。
「ハハッ、冗談だよ。冗談。多分俺しか見たことねーよ。」
そう、残業中にしかめっ面をしながら仕事をする姿は、三井しか知らない。他の社員が残ってる時にそんな顔をしないはるは、無意識に三井に心を許しているようで、そのことに三井も最近気が付いた。
「それならまぁいいか。てか、どこ食べ行く?いつものところ?」
はるの言ういつものところとは、大衆居酒屋のことであり、ここ何年かイブの日は毎年訪れている。もちろんイブの日だけではなく、月に1、2回はそこへ二人で飲みに行っては愚痴り合ったり、励まし合ったりしていた。
「あー…まぁ、そこでもいいけどよ、たまには気分変えてみねーか?」
「もしかして、どこか予約してた!?」
クリスマスイブだというのに、同僚でありながらも二人で過ごすということが当たり前になっている二人は、この状況もおかしいことではなく、バッと期待に満ちた目で顔を上げるはるに、申し訳なさそうに三井は応える。
「いや、さすがに…いつ仕事終わんのか分かんねぇのに予約はできねーだろ。」
「ですよね〜。じゃあ、いつものとこしか無理じゃない?」
そうだよね、と苦笑いするはるはイブの日くらい、おしゃれなところに行こうと、豪華ディナーのあるレストランを調べたこともあった。だが、ここ何年かの経験上、そういう場所は大体満席で、結局いつもの居酒屋で、いつものように過ごしていた。それは今年も同じはずだと思っていたはるだったが、三井の考えは違ったようで、いつもと違う提案をする。
「そうなんだけどよ…オマエさ、まだ歩けるか?」
「うん、なんで?」
「ちょっと移動しねーか?」
「あ、いいねぇ。いつもと違う場所なら何か違うお店あるかもね。」
三井の提案を仕事面でもプライベートな時でも拾ってくれるはる。どこ行こうかーなんて少し浮かれて言うはるに、三井はホッと胸を撫でおろしながら、いつもの調子で言う。
「まぁ、着いてこいよ。いつもと違う景色見せてやるよ。」
「おおっ!出たね〜。そうやっていつも取引相手、すぐに三井のペースにしちゃうんだから。」
敵わないなぁ、私は、と笑いながら言うはるだって、お客様から仕事上でご指名がくるほど好かれている。どっちもどっちな業績を上げている二人は気が合って、雑そうに見えて、意外と周りを見ている三井と、丁寧だけど、意外と強引な時もあるはる。そんな二人は最初の頃こそ張り合っていたけれど、今では同志みたいなもので、それぞれの持ち味を生かし、会社でいなくてはならない存在になってきつつある。
「…オマエは客じゃねぇよ。」
ボソリと呟いた三井の声はざわつく街中に消えていき、はるは疲れていたはずなのに軽やかに三井に着いていく。
***
「まさか、電車を乗り継ぐとは。」
「歩けるか聞いただろ。」
「歩けるけどさ。いや〜さすがの私も、この駅に着くと何があるか分かっちゃうもんねー!」
会社の最寄り駅から電車を乗り継いだ少し先の駅で降りると、はるは疲れていたはずなのに、見えてきたものが三井のチョイスだということが意外で、でも最近、仕事に追われていたから楽しませてくれようとしたのかな、と三井の思いやりに感謝をする。
「ひっさしぶりに見たなぁ!このクリスマスツリー!」
大きなクリスマスツリーを前に、笑顔が溢れる。そんなはるの反応に三井は連れてきてよかったとはるを見る。この先にあるバカラのシャンデリアは、きっと今年も綺麗な輝きを見せているのだろうと、久しぶりに見たキラキラとした世界に、仕事からガッツリと離れられたはるは嬉しくなる。
最後に見にきたのは学生の頃だったかなぁ、と当時付き合っていた時の彼を思い出す。こういうキラキラした結婚指輪買ってあげるね、なんて、今思えばおままごとのような付き合いに、あの頃の私は純粋で可愛かったなぁと思いを馳せる。
はるが少しだけ表情を変えたことに気付いた三井は、はるが一体何を思っているのか、何に感情を揺さぶられているのか気になってしまう。
「何浸ってんだよ。」
「いやぁ、ちょっと。」
そう答えるはるは、懐かしむように目を細めた。
こんなに忙しい会社じゃなかったら、今頃、結婚して仕事をしながらも子育てとかをしたりしていたのだろうか。旦那様に甘えて、こういうクリスマスなんてイベントの時には、我儘言って綺麗なジュエリーをねだっていたのだろうか。そんな可愛らしい姿なんて、今の自分からは想像もつかなくて、はるは横に立つ三井に問う。
「三井だって、フッとくる思い出あるんじゃない?」
大学を卒業してからは、仕事、仕事、仕事漬けできた。可愛らしかった彼女が、なかなか会うことすらままならない三井に、どんどん我儘になっていって、それに耐えきれなくなって別れを選んだ。今のように、落ち着いた大人だったら、きっとそれも可愛く思え、彼女の不満も受け入れられたのだろう。でも余裕のなかった三井にとってそれは、重荷でしかなく手放してしまったのだ。
「まぁなぁ。若かったなーとか思っちまうよな。」
「ねー、そんな時もあったよね。」
周りを通り過ぎていくカップルや学生たち。以前は自分たちもその中の一員だったのに、今はくたびれた姿でクリスマスツリーを眺めている。ぼんやりとしているのか、黄昏ているのか、そんなはるに、三井は自分の知らない過去があるのだと気付き、その過去ごとまるっとはるを包み込みたくなった。そういう話もいつかできたら、と思う三井は寒空の下、ずっとクリスマスツリーを眺めているはるに、まずはお腹を満たそうと声を掛ける。
「月野、腹減ってんだろ?取り敢えず何か食おうぜ。」
「うん、さっき通った時に見たけど、あのクリスマスマーケットっぽいとこにホットワイン売ってるとこがあったよ!」
「オマエ飲めんのかよ?」
はるからワインという単語が出てきたことに三井は驚く。なんだか今日はいつもと違うはるを見てばかりな気がする。会食や接待でも、ビールの後は取引先の相手に合わせて、焼酎を飲んでる姿しか見たことがなかった。残業の後、二人で飲みに行く時だって、はるは居酒屋で男前に飲んでいた。そんなはるからワインを嗜んでいる姿など想像もつかず、三井は怪訝な顔をする。
「こういう時くらい、ね?」
せっかくイブなんだしさー、たまにはそれっぽいことしようよ、と三井より先に歩き出すはるはどこか楽しげで、その後ろ姿を追うように三井も着いていく。目的のキッチンカーの列の最後尾に並ぶと、はるは何食べようかな〜と掲げられているメニューを見上げた。
「ローストポーク美味しそうだなぁ。」
「ワインだったらチーズも外せねぇな。」
「だね〜。お腹も空いてるから、サンドウィッチも食べたいかも。」
メニューを見上げていたはるは、少し視線を下げ、それでも見上げる形となる三井に意見を聞く。
「サンドウィッチはそれぞれで、ローストポークとモッツァレラチーズのフリットは一緒に食べない?」
「…おぅ、俺は何でも食えっから、好きなの頼めよ。」
「ありがとう。じゃあ三井は席でも取っておいてよ。」
連れてきてくれたお礼に、安いけど奢らせて、とニコリと笑うはるは、三井と二人で飲みに行ったときも、愚痴聞いてくれたお礼にと、男である三井よりも、スマートに会計を済ませることがあった。はるのその好意は嬉しいのだが、いつだって頼ってほしい三井はその度にモヤモヤとする。
一線を引かれているような、釘を刺されているようなその行為に、はるはまるで三井を男として見ていないようで、あくまで同僚。そこから友達にもなれていない気がしていた。
空いている席に一人座る三井は、並んでいるはるを眺める。先程までの疲れた顔と違い、微笑みながら店員に何かを伝えている。こんなに穏やかな表情の彼女を見たのは久しぶりで、連れてきて良かったのかもな、と頬杖をつきながら三井もつられて口の端を上げる。
トレーに飲み物と食べ物を乗せ、こちらに向かってくるはるに右手を軽く上げると、三井の方へと近づいてくる。
「すっごく美味しそう!今までにないくらい、クリスマス感出てるよ。」
でかした、三井!とホットワインを手渡す。
「何回目だっけ?こうやってイブを二人で過ごすの。」
「…4回目。まー、よくここまで二人とも異動とかもなかったよなぁ。」
「ほんと。私ちょっと無理かも。」
「何がだよ?」
「三井がいないと、仕事頑張れないかも。」
並べられた少しの食料を眺めながら言う弱気なはるにドキッとしている三井を他所に、はるはワインを口に含み、んー、身に沁みますなぁ、と何でもないように振る舞う。
「大丈夫だろ。」
「だいじょばないよ。…いつも愚痴聞いてくれるし、そういう存在ってありがたいよ、本当。」
モッツァレラチーズをグリグリと刺しながら、はるは本当にそうだと感じていた。ここまで仕事を続けてこれたのも三井の励ましや、支えがあったからで、悩んでいるときにこうやって連れ出してくれていたのも三井だ。ふと、何で今年はここなのか気になったはるは聞いてみる。
「そういやさ、何で今年はここに?」
「…何だっていいだろ。」
「うん、三井もこういうロマンチックなことできるんだね。」
モグモグと呑気にサンドウィッチを口に詰めるはるに、誰のためにわざわざこういうことしてやったと思ってんだ、と半ば呆れながら、三井の思いに一ミリも気付いてなさそうなはるに、もう同僚のままの方がいいのかもしれないと、決意が揺らぐ。
「失礼なヤツだな。俺だって、」
大切な人が喜んでくれるなら、柄でもないことしてやりてーんだよ、と続くはずの言葉が言えなくて、ジッとはるを見ると、はるは三井の続きの言葉が分かっていたかのように、ふふっと笑った。
「三井の彼女は幸せだろうね。」
「あ?」
「だーってさ、ただの、同僚にだよ?元気づけようとしてココに連れてきてくれたんでしょ?」
「………まぁ、そんなとこだけど。」
だけど、間違ってもただの同僚なんかではない。毎日毎日当たり前に近くにい過ぎて、自分の気持ちに気付けていなかった。つい先月、今年もクリスマスがくるな、とはるとどこに行こうかと自然と考えていたことで、三井にとってはるが居なくてはならない存在になっていると気付いたのだ。それから今日まで、はるをずっと意識して接してきていた。いや、実際にはいつも通りだったのだが、三井にとっては一つ一つが魅力のカケラを拾っていくようなもので、好きと言うか、安心できる、ずっと側にいて欲しい存在なんだと思えた。
「でしょ?だとしたら彼女はもっと大切にしてくれるってことでしょ。三井もいい歳なんだからさぁ、そろそろ彼女作りなよ。」
「そーだな。」
オマエにだけは言われたくねーよ、と言われるかと思っていたはるは、ローストポークに伸ばしていた手が止まった。
何でもないことのようにモグモグとサンドウィッチを食べている三井は、そのままの勢いで言う。
「じゃあ、彼女になってみるか?」
えっ?とローストポークから三井の方へと視線を動かしたはるにもう一度言う。
「俺の彼女は幸せなんだろ?だったら、なってみるか?俺の彼女。」
さっきまでと違い真剣な表情の三井に、冗談ではないことくらい分かっている。だけど、突然の出来事にはるの気持ちが追いついていかない。
「………危ないなぁ。思わず、うん、って言いそうになったじゃん。」
ぶわっと膨らむこの気持ちは何なのだろう。
「言ってくれていいんだぜ。」
「何それ。いつから好きなの?」
「先月。」
「はぁ?先月?何かそんな好きになられるような出来事なんてあったっけ?」
「ちげーよ!先月気付いた。オマエのことずっと好きだったんだなって。」
バカか、少しは頭使えよ、とムッとする三井は、はるから視線を変えず、その真剣な眼差しははるの視線も離してくれない。
「じゃあ、何で好きなんだな、じゃなくて過去形なのよ。」
「…なんつーか……好きとは違ぇんだよ。側にいるのが当たり前で、ずっと一緒にいて欲しいって。…好きを越えちまってんだよなぁ。」
恥ずかしさからか、目を伏せ、ホットワインに口をつけた三井にはるは感じたままに言葉が出た。
「それって、プロポーズ………?」
「バッ…ちげーよ!話飛躍し過ぎだろ!!」
ゴホゴホとむせている三井を見つめるはるは、告白まがいの言葉も、バカラのシャンデリアの下じゃないのが三井らしいなとふわりと微笑む。
「そーぉ?私にはそう聞こえたんだけど。」
「勘違いしてんじゃねーぞ。そんな重くねぇから。」
そーなの?とはるは三井を覗き込む。
「結婚を前提に、なら付き合ってもいいよ。…もうこの歳だし、無駄な付き合いはしたくないんだよね。三井は私にとっても大事な同僚だし、変に関係拗らせたくないし。それに…。」
「…んだよ?」
肯定の言葉に少し頬を染める三井。こんな表情見たのは初めてで、初めて三井を可愛いとはるは思えた。
「私も好きなんかとっくに越えてんだなぁ。」
好きだと思っていた時もあった。でも、言葉にしてしまうと壊れてしまいそうで、ずっと同僚というポジションを守ってきた。この関係で満足していたけど、付き合ってみるのも悪くないかもしれない。仕事を頑張れるのも、三井がいてこそだし、このまま甘えちゃおうかな、とクリスマスの雰囲気がはるをそうさせる。
「じゃあ、結婚を前提に。」
一息置いて、三井ははるを見つめる。
「付き合うってことで。」
ストレートな言葉に喧騒が消えた。茶化せる状況ではない。迷っている暇もなく、逃げられないはるは降参する。
「……うん、よろしく。」
負けたなぁ、いや、いつだって勝てないんだ三井には、とはるは静かにホットワインを口にする。
「てか、バカラ見に行く?」
「…寒いからパス。」
「ですよね〜。」
今日はこのまま三井の家に直行かな、と何年振りかに身体が疼くはる。今日はババくさい下着だったかもなぁ、と一ミリも今年のクリスマスに期待していなかったはるは、今更になってドキドキと鼓動がなる。
「あー、明日仕事手伝ってくれるよね?」
急に仕事のことを思い出す。きっと三井との日々はこんな感じで、甘いようで、現実的なのかもしれない。
「そりゃ、今夜の月野次第だろ。」
口の端を上げる三井は、はるに何を期待しているのだろうか。ホットワインを飲み干すと、先程と同じように二人は肩を並べて駅へと向かう。手を繋ぐわけではない、でも、近づいたその心の距離にくすぐったくなる二人は、イルミネーションを背に、今日とは違う明日に向かう。しばらくはきっとキラキラと、今日見た景色のような日々になるだろう。恋人よりも家族のような存在の人。付き合うことになった二人が会社の人たちを驚かせるまであと少し。
「仕事終わったのに、んな顔すんなよ。」
いつまでも、仕事のことを考えていそうなはるの顔を見て、三井は呆れながら言う。同期だからとはいえ、ここ数日、年末の忙しさからか、はると話す内容は業務のことばかりだったような気がする。
「どんな顔してたー?」
「まだ仕事してるような顔。眉間、シワになるぞ。」
はるのおでこを指差しながら言う三井の長い指を追い、仕事中、特に残業中に苛々することが多く、つい眉間に力が入ってしまうはるは、慌てて自分の眉と眉の間を触る。皺になったら、怖い先輩だと思われてしまう。そんなの自分の理想としている先輩ではない。
「ありがと。こんなこと指摘してくれんの、三井だけだよ。」
「他の奴らも思ってんじゃねーの?」
「えぇっ!?そんなにいつも眉間に皺寄せてる?」
焦るはるはサスサスと眉間を摩る。
「ハハッ、冗談だよ。冗談。多分俺しか見たことねーよ。」
そう、残業中にしかめっ面をしながら仕事をする姿は、三井しか知らない。他の社員が残ってる時にそんな顔をしないはるは、無意識に三井に心を許しているようで、そのことに三井も最近気が付いた。
「それならまぁいいか。てか、どこ食べ行く?いつものところ?」
はるの言ういつものところとは、大衆居酒屋のことであり、ここ何年かイブの日は毎年訪れている。もちろんイブの日だけではなく、月に1、2回はそこへ二人で飲みに行っては愚痴り合ったり、励まし合ったりしていた。
「あー…まぁ、そこでもいいけどよ、たまには気分変えてみねーか?」
「もしかして、どこか予約してた!?」
クリスマスイブだというのに、同僚でありながらも二人で過ごすということが当たり前になっている二人は、この状況もおかしいことではなく、バッと期待に満ちた目で顔を上げるはるに、申し訳なさそうに三井は応える。
「いや、さすがに…いつ仕事終わんのか分かんねぇのに予約はできねーだろ。」
「ですよね〜。じゃあ、いつものとこしか無理じゃない?」
そうだよね、と苦笑いするはるはイブの日くらい、おしゃれなところに行こうと、豪華ディナーのあるレストランを調べたこともあった。だが、ここ何年かの経験上、そういう場所は大体満席で、結局いつもの居酒屋で、いつものように過ごしていた。それは今年も同じはずだと思っていたはるだったが、三井の考えは違ったようで、いつもと違う提案をする。
「そうなんだけどよ…オマエさ、まだ歩けるか?」
「うん、なんで?」
「ちょっと移動しねーか?」
「あ、いいねぇ。いつもと違う場所なら何か違うお店あるかもね。」
三井の提案を仕事面でもプライベートな時でも拾ってくれるはる。どこ行こうかーなんて少し浮かれて言うはるに、三井はホッと胸を撫でおろしながら、いつもの調子で言う。
「まぁ、着いてこいよ。いつもと違う景色見せてやるよ。」
「おおっ!出たね〜。そうやっていつも取引相手、すぐに三井のペースにしちゃうんだから。」
敵わないなぁ、私は、と笑いながら言うはるだって、お客様から仕事上でご指名がくるほど好かれている。どっちもどっちな業績を上げている二人は気が合って、雑そうに見えて、意外と周りを見ている三井と、丁寧だけど、意外と強引な時もあるはる。そんな二人は最初の頃こそ張り合っていたけれど、今では同志みたいなもので、それぞれの持ち味を生かし、会社でいなくてはならない存在になってきつつある。
「…オマエは客じゃねぇよ。」
ボソリと呟いた三井の声はざわつく街中に消えていき、はるは疲れていたはずなのに軽やかに三井に着いていく。
***
「まさか、電車を乗り継ぐとは。」
「歩けるか聞いただろ。」
「歩けるけどさ。いや〜さすがの私も、この駅に着くと何があるか分かっちゃうもんねー!」
会社の最寄り駅から電車を乗り継いだ少し先の駅で降りると、はるは疲れていたはずなのに、見えてきたものが三井のチョイスだということが意外で、でも最近、仕事に追われていたから楽しませてくれようとしたのかな、と三井の思いやりに感謝をする。
「ひっさしぶりに見たなぁ!このクリスマスツリー!」
大きなクリスマスツリーを前に、笑顔が溢れる。そんなはるの反応に三井は連れてきてよかったとはるを見る。この先にあるバカラのシャンデリアは、きっと今年も綺麗な輝きを見せているのだろうと、久しぶりに見たキラキラとした世界に、仕事からガッツリと離れられたはるは嬉しくなる。
最後に見にきたのは学生の頃だったかなぁ、と当時付き合っていた時の彼を思い出す。こういうキラキラした結婚指輪買ってあげるね、なんて、今思えばおままごとのような付き合いに、あの頃の私は純粋で可愛かったなぁと思いを馳せる。
はるが少しだけ表情を変えたことに気付いた三井は、はるが一体何を思っているのか、何に感情を揺さぶられているのか気になってしまう。
「何浸ってんだよ。」
「いやぁ、ちょっと。」
そう答えるはるは、懐かしむように目を細めた。
こんなに忙しい会社じゃなかったら、今頃、結婚して仕事をしながらも子育てとかをしたりしていたのだろうか。旦那様に甘えて、こういうクリスマスなんてイベントの時には、我儘言って綺麗なジュエリーをねだっていたのだろうか。そんな可愛らしい姿なんて、今の自分からは想像もつかなくて、はるは横に立つ三井に問う。
「三井だって、フッとくる思い出あるんじゃない?」
大学を卒業してからは、仕事、仕事、仕事漬けできた。可愛らしかった彼女が、なかなか会うことすらままならない三井に、どんどん我儘になっていって、それに耐えきれなくなって別れを選んだ。今のように、落ち着いた大人だったら、きっとそれも可愛く思え、彼女の不満も受け入れられたのだろう。でも余裕のなかった三井にとってそれは、重荷でしかなく手放してしまったのだ。
「まぁなぁ。若かったなーとか思っちまうよな。」
「ねー、そんな時もあったよね。」
周りを通り過ぎていくカップルや学生たち。以前は自分たちもその中の一員だったのに、今はくたびれた姿でクリスマスツリーを眺めている。ぼんやりとしているのか、黄昏ているのか、そんなはるに、三井は自分の知らない過去があるのだと気付き、その過去ごとまるっとはるを包み込みたくなった。そういう話もいつかできたら、と思う三井は寒空の下、ずっとクリスマスツリーを眺めているはるに、まずはお腹を満たそうと声を掛ける。
「月野、腹減ってんだろ?取り敢えず何か食おうぜ。」
「うん、さっき通った時に見たけど、あのクリスマスマーケットっぽいとこにホットワイン売ってるとこがあったよ!」
「オマエ飲めんのかよ?」
はるからワインという単語が出てきたことに三井は驚く。なんだか今日はいつもと違うはるを見てばかりな気がする。会食や接待でも、ビールの後は取引先の相手に合わせて、焼酎を飲んでる姿しか見たことがなかった。残業の後、二人で飲みに行く時だって、はるは居酒屋で男前に飲んでいた。そんなはるからワインを嗜んでいる姿など想像もつかず、三井は怪訝な顔をする。
「こういう時くらい、ね?」
せっかくイブなんだしさー、たまにはそれっぽいことしようよ、と三井より先に歩き出すはるはどこか楽しげで、その後ろ姿を追うように三井も着いていく。目的のキッチンカーの列の最後尾に並ぶと、はるは何食べようかな〜と掲げられているメニューを見上げた。
「ローストポーク美味しそうだなぁ。」
「ワインだったらチーズも外せねぇな。」
「だね〜。お腹も空いてるから、サンドウィッチも食べたいかも。」
メニューを見上げていたはるは、少し視線を下げ、それでも見上げる形となる三井に意見を聞く。
「サンドウィッチはそれぞれで、ローストポークとモッツァレラチーズのフリットは一緒に食べない?」
「…おぅ、俺は何でも食えっから、好きなの頼めよ。」
「ありがとう。じゃあ三井は席でも取っておいてよ。」
連れてきてくれたお礼に、安いけど奢らせて、とニコリと笑うはるは、三井と二人で飲みに行ったときも、愚痴聞いてくれたお礼にと、男である三井よりも、スマートに会計を済ませることがあった。はるのその好意は嬉しいのだが、いつだって頼ってほしい三井はその度にモヤモヤとする。
一線を引かれているような、釘を刺されているようなその行為に、はるはまるで三井を男として見ていないようで、あくまで同僚。そこから友達にもなれていない気がしていた。
空いている席に一人座る三井は、並んでいるはるを眺める。先程までの疲れた顔と違い、微笑みながら店員に何かを伝えている。こんなに穏やかな表情の彼女を見たのは久しぶりで、連れてきて良かったのかもな、と頬杖をつきながら三井もつられて口の端を上げる。
トレーに飲み物と食べ物を乗せ、こちらに向かってくるはるに右手を軽く上げると、三井の方へと近づいてくる。
「すっごく美味しそう!今までにないくらい、クリスマス感出てるよ。」
でかした、三井!とホットワインを手渡す。
「何回目だっけ?こうやってイブを二人で過ごすの。」
「…4回目。まー、よくここまで二人とも異動とかもなかったよなぁ。」
「ほんと。私ちょっと無理かも。」
「何がだよ?」
「三井がいないと、仕事頑張れないかも。」
並べられた少しの食料を眺めながら言う弱気なはるにドキッとしている三井を他所に、はるはワインを口に含み、んー、身に沁みますなぁ、と何でもないように振る舞う。
「大丈夫だろ。」
「だいじょばないよ。…いつも愚痴聞いてくれるし、そういう存在ってありがたいよ、本当。」
モッツァレラチーズをグリグリと刺しながら、はるは本当にそうだと感じていた。ここまで仕事を続けてこれたのも三井の励ましや、支えがあったからで、悩んでいるときにこうやって連れ出してくれていたのも三井だ。ふと、何で今年はここなのか気になったはるは聞いてみる。
「そういやさ、何で今年はここに?」
「…何だっていいだろ。」
「うん、三井もこういうロマンチックなことできるんだね。」
モグモグと呑気にサンドウィッチを口に詰めるはるに、誰のためにわざわざこういうことしてやったと思ってんだ、と半ば呆れながら、三井の思いに一ミリも気付いてなさそうなはるに、もう同僚のままの方がいいのかもしれないと、決意が揺らぐ。
「失礼なヤツだな。俺だって、」
大切な人が喜んでくれるなら、柄でもないことしてやりてーんだよ、と続くはずの言葉が言えなくて、ジッとはるを見ると、はるは三井の続きの言葉が分かっていたかのように、ふふっと笑った。
「三井の彼女は幸せだろうね。」
「あ?」
「だーってさ、ただの、同僚にだよ?元気づけようとしてココに連れてきてくれたんでしょ?」
「………まぁ、そんなとこだけど。」
だけど、間違ってもただの同僚なんかではない。毎日毎日当たり前に近くにい過ぎて、自分の気持ちに気付けていなかった。つい先月、今年もクリスマスがくるな、とはるとどこに行こうかと自然と考えていたことで、三井にとってはるが居なくてはならない存在になっていると気付いたのだ。それから今日まで、はるをずっと意識して接してきていた。いや、実際にはいつも通りだったのだが、三井にとっては一つ一つが魅力のカケラを拾っていくようなもので、好きと言うか、安心できる、ずっと側にいて欲しい存在なんだと思えた。
「でしょ?だとしたら彼女はもっと大切にしてくれるってことでしょ。三井もいい歳なんだからさぁ、そろそろ彼女作りなよ。」
「そーだな。」
オマエにだけは言われたくねーよ、と言われるかと思っていたはるは、ローストポークに伸ばしていた手が止まった。
何でもないことのようにモグモグとサンドウィッチを食べている三井は、そのままの勢いで言う。
「じゃあ、彼女になってみるか?」
えっ?とローストポークから三井の方へと視線を動かしたはるにもう一度言う。
「俺の彼女は幸せなんだろ?だったら、なってみるか?俺の彼女。」
さっきまでと違い真剣な表情の三井に、冗談ではないことくらい分かっている。だけど、突然の出来事にはるの気持ちが追いついていかない。
「………危ないなぁ。思わず、うん、って言いそうになったじゃん。」
ぶわっと膨らむこの気持ちは何なのだろう。
「言ってくれていいんだぜ。」
「何それ。いつから好きなの?」
「先月。」
「はぁ?先月?何かそんな好きになられるような出来事なんてあったっけ?」
「ちげーよ!先月気付いた。オマエのことずっと好きだったんだなって。」
バカか、少しは頭使えよ、とムッとする三井は、はるから視線を変えず、その真剣な眼差しははるの視線も離してくれない。
「じゃあ、何で好きなんだな、じゃなくて過去形なのよ。」
「…なんつーか……好きとは違ぇんだよ。側にいるのが当たり前で、ずっと一緒にいて欲しいって。…好きを越えちまってんだよなぁ。」
恥ずかしさからか、目を伏せ、ホットワインに口をつけた三井にはるは感じたままに言葉が出た。
「それって、プロポーズ………?」
「バッ…ちげーよ!話飛躍し過ぎだろ!!」
ゴホゴホとむせている三井を見つめるはるは、告白まがいの言葉も、バカラのシャンデリアの下じゃないのが三井らしいなとふわりと微笑む。
「そーぉ?私にはそう聞こえたんだけど。」
「勘違いしてんじゃねーぞ。そんな重くねぇから。」
そーなの?とはるは三井を覗き込む。
「結婚を前提に、なら付き合ってもいいよ。…もうこの歳だし、無駄な付き合いはしたくないんだよね。三井は私にとっても大事な同僚だし、変に関係拗らせたくないし。それに…。」
「…んだよ?」
肯定の言葉に少し頬を染める三井。こんな表情見たのは初めてで、初めて三井を可愛いとはるは思えた。
「私も好きなんかとっくに越えてんだなぁ。」
好きだと思っていた時もあった。でも、言葉にしてしまうと壊れてしまいそうで、ずっと同僚というポジションを守ってきた。この関係で満足していたけど、付き合ってみるのも悪くないかもしれない。仕事を頑張れるのも、三井がいてこそだし、このまま甘えちゃおうかな、とクリスマスの雰囲気がはるをそうさせる。
「じゃあ、結婚を前提に。」
一息置いて、三井ははるを見つめる。
「付き合うってことで。」
ストレートな言葉に喧騒が消えた。茶化せる状況ではない。迷っている暇もなく、逃げられないはるは降参する。
「……うん、よろしく。」
負けたなぁ、いや、いつだって勝てないんだ三井には、とはるは静かにホットワインを口にする。
「てか、バカラ見に行く?」
「…寒いからパス。」
「ですよね〜。」
今日はこのまま三井の家に直行かな、と何年振りかに身体が疼くはる。今日はババくさい下着だったかもなぁ、と一ミリも今年のクリスマスに期待していなかったはるは、今更になってドキドキと鼓動がなる。
「あー、明日仕事手伝ってくれるよね?」
急に仕事のことを思い出す。きっと三井との日々はこんな感じで、甘いようで、現実的なのかもしれない。
「そりゃ、今夜の月野次第だろ。」
口の端を上げる三井は、はるに何を期待しているのだろうか。ホットワインを飲み干すと、先程と同じように二人は肩を並べて駅へと向かう。手を繋ぐわけではない、でも、近づいたその心の距離にくすぐったくなる二人は、イルミネーションを背に、今日とは違う明日に向かう。しばらくはきっとキラキラと、今日見た景色のような日々になるだろう。恋人よりも家族のような存在の人。付き合うことになった二人が会社の人たちを驚かせるまであと少し。
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