剥き出しの王様
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どうしてこうなってしまったのだろう。ひんやりとしたフローリングに押し倒されたはるは、大学の仲のいいメンバーで楽しく飲んでいたはずなのに、なぜか今、南に組み敷かれている。
「月野が悪いんやからな。」
カーテンを閉める間もなく、部屋に着いた瞬間、押し倒されたものだから、勿論電気をつけているはずもなく、月明かりだけを頼りに、南を見上げる。何か悪いことしたかなぁ、と酔っ払って思考能力が下がった頭で、はるは今日の出来事を思い返した。
***
話は数時間前に遡る。クリスマスパーティーと称し、お酒を飲んで騒ぎたいだけの会は、何か事あるごとに理由をつけては、飲もうぜ!と集まる大学でも仲の良い男女6人によって繰り広げられていた。
誰が幹事だとか、そういうのも決まっておらず、終電を気にせず飲めるように、基本的には集まれる人だけで宅飲みお泊まりコースなのだが、こういう大きなイベントごとがあると、メンバー全員で飲み屋街へ繰り出し、アホみたいに朝まで飲むのだ。
「えー、それでは、今年も誰も恋人を作らず、誰も裏切ることなくこの日を迎えることができました。」
グループ内でも、いつも仕切ってくれる男子が乾杯前の音頭をとると、そういうのいいからーと茶茶が入り、結局いつものようにグダグダなまま乾杯をし、今宵の宴会が幕を開けた。
学生である、ということもあるが、この飲みたがりのメンバーはこうやって外で飲む時は必ず飲み放題コースで、競走しているわけではないのに、誰かが飲み干すと、その注文に合わせ飲み物を頼むものだから、イベントごとの飲み会はピッチが早い。
「あれ?南君、まだ次の飲み物、頼んでないの?」
「おん。今日朝までやろ?」
少しずつ酔っ払っていく皆とは対照的に、こういう時だっていつも落ち着いて飲んでいるのが南である。ペース考えな、とグラスを手にする南は、はるの空になったジョッキに目を向ける。
「何杯目なん、ソレ?」
「えーと、四杯目かな?」
「いつも思てたけど、そんなほっそい体によう入るな。」
「殆ど食べないからね。」
「食べへんと悪酔いするで?」
はるの目前に置かれた取り皿は、誰かが取り分けたであろうサラダや他のおつまみが乗ったままで、お通しにしか箸をつけていないはるが心配になる。
「だぁいじょうぶだよ〜!!いつもこうだもん。」
生の人〜、ってはるしかいないか、と届けられた生ビールがはるのところまで回ってくると、はるはグビッと一口飲む。
「アカンて。今は若いからえぇけど、身体壊すで?」
「アハハ、南君、うちのお母さんみたい!」
ケタケタと笑うはるに、そらオカンも心配するやろ、と呆れながら自分の箸で、はるの取り皿に乗っていたピリ辛キュウリを掴むと、はるの口元に持っていく。差し出されたキュウリを、恥ずかしがる素振りも見せず、パクリと食べるはる。
「コラ〜、そこ!!イチャイチャしない!!」
叫ぶ仕切り君は、だいぶ出来上がってきているようで、大袈裟だねぇ、とはるは笑った。他のメンバーも、そんなことで冷やかすような歳でもないため、特に突っ込むこともせず、はると南もみんなの話に混ざりワイワイと話し始めた。
「席替えしよー、席替え!!」
しばらくすると、盛り上がりも落ち着いてきて、こうなると毎回席替えをするのが常で、一人一人、仕切り君が持っている割り箸を取って、それぞれの位置へ座り直した。
「いつも思ってるけど、合コンみたいだよねぇ。」
「こんなん好きよな、アイツ。」
結局また隣の席になった南に話しかけるはるは、未だにビールを飲んでいたが、楽しそうにしている横顔に、今日はまだ酔うてへんな、と安心する。またしばらく、どうでもいい会話で盛り上がっていると、いつもは席替えをして終わりなのだが、今日の仕切り君はいつもと違った。
「王様ゲームしたい人〜〜〜!!」
急に叫ぶ仕切り君に、なんでこのメンバーで王様ゲームやねん、なぁ月野、とはるの方を向くと、はるは満面の笑顔で手を挙げて身を乗り出しノリ良く返事をする。
「はーいっ!!!」
それに釣られてか、他のメンバーも、やるやる〜!!と今日イチの盛り上がりを見せる。焦る南がはるの腕を叩くと、どうしたのー?と傾いてきたはるの耳元に手を当てる。
「月野、王様ゲームって知ってるんか?」
「うん。でも私、したことないんだよね。」
だから、憧れで!と目を輝かせて言うものだから、まぁ、このメンバーやったら、変なことにはならんやろうからえぇか、と盛り上がっている空気を壊すのも躊躇われた南は、差し出された割り箸を引いた。
序盤は酒好きメンバーらしく、飲み物系のお題が多かったが、お酒に強いと言ってもこんな飲み方をしていたら、徐々に乱れてくるもので、若い男女が揃っているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、個室ということも相まってか、段々とお題もキツくなっていき、下系のラインギリギリで、だけどその線引きは暗黙の了解でメンバー皆守っていた。
幸い南は指名される回数が少なく、罰ゲームのような変なお題を回避していた。周りほどお酒も進んでおらず、ペース落としといて良かった、と胸を撫でおろすも、隣で何に対しても笑い始め、ゲームに意欲的なはるに、大丈夫かと不安になってくる。終わりの見えないゲームに、前の王様が番号を言うと、割り箸を凝視していたはるがやっと王様だぁ!と叫んだ。
「んふふ、初めてだから可愛いのいくね〜!」
なんやエゲツないの言いそうやな、と南は思ったが、はるは意外にも、3番と6番がケーキに乗ってるフルーツを食べさせ合う、と優しめのお題を出した。しかし、何を思ったか3番の男子が、6番誰ー?と言いながら、クリスマスケーキの上に乗っている、幅もそんなにないフルーツを掴むと口に挟み待つ。それを口に咥えるだけで唇が重なりそうで、その行動に一番慌てたのはお題を出したはるだった。
「あっ!違うよ!口じゃなくていいの!」
「いーよいーよ、こっちのが盛り上がんだろ。」
「でも…。」
「もー、はる。全然お題可愛くないじゃん。」
最悪、と口にした6番の女子は言うほど嫌そうな態度は取っておらず、南は3番と6番が実はそういう関係であることに以前から気付いており、その場の空気を一気に変える二人に舌打ちをする。
立ち上がった6番がフルーツを口に含むと、軽く唇が重なり、おおっ!と南以外の三人が反応する。驚いているはるは先程南が耳元に手を当て聞いてきたように、南の耳元で小声で聞く。
「こういうのも、アリなの?」
すると、南はおもむろに立ち上がる。
「俺、トイレ行ってくるわ。ちょっとゲーム休憩しよな。」
逃げるな〜南ィ!!と叫ぶ仕切り君の声を背に、一旦落ち着こうと男子トイレへと向かった南は、手洗器の前で両手をつくと、下を向き、はぁぁぁっと深い溜息と共にはるへの返事を呟く。
「こういうのアリて…ナシに決まっとるやろ。」
あぁいうんされて、いやとちゃうんかアイツ、と先程の3番と6番を思い出すと、6番の女子をはるにすり替えて想像してしまい頭を横に振る。アカン、絶対アカン。なんとかゲームを終わらせな、と手を洗い南が個室へ戻ると、その襖を開ける前から何やら盛り上がっている声が聞こえる。
「お前ら…続けとったんか。」
席を外したことを後悔しながら座ると、首にケーキのクリームをつけた先程3番だった男子の目の前に、はるが立っている姿が目に入る。少し照れながら、じゃあ、いくよ?と首筋に舌を這わすとクリームを舐めとったはるは、その彼におしぼりを手渡すと、彼が飲んでいた焼酎のグラスも手渡し、一気に飲んでと促す。
「なんかすごく恥ずかしくなってきたから、忘れて、今の。」
「絶対忘れない!月野、ありがとーっ!」
焼酎を一気に飲み、当たって良かった!と言いながら南の隣に座った男子に南は愚痴る。
「そらそんなん楽しいやろうなぁ。」
「南、全然当たんねーもんな。次くらい来るんじゃね?」
違う。南もはるにされたらという意味の、楽しいやろうな、であってゲーム自体を楽しんでいるわけではない。むしろ、はるのそういう姿はあまり見たくない。王様になって終わらせるしか、方法はなさそうだったけれど、引いた割り箸に次の王様の番号は書かれておらず、代わりにはるの楽しげな声が聞こえてきた。
「私、王様っ!」
「今度は可愛いのナシね!」
「うん、大丈夫。王様は4番に王様の権限を譲ります!」
えぇ〜何それ、月野のお題聞きたかったぁと隣で項垂れる男子の肩を支えに、自分の割り箸の番号を確かめながら南は立ち上がると、悪いな、とニンマリ笑いはるのコートと鞄を持ち、お題を口にする。
「王様と5番は今から二人で飲み直しや。」
「えっ!?」
「おい、南、それズリぃぞ。月野の番号分かってんじゃねーか。」
「せやな。ほんま、番号分かってラッキーやったわ。ほら月野、行くで。」
ブーブーと、非難するメンバーを軽く無視しながら、南ははるを立ち上がらせると、仕切り君に今夜の二次会含めた二人分の会費を渡した。
「コレで文句ないやろ。それに、アレや、俺、王様やで。」
「だったら何なんだよ?」
「皆、ルール忘れたん?王様の言うことは??」
勝ち誇った南の顔に、明らかにテンションを下げながら四人は答える。
「「「「………ぜったーい。」」」」
そんないつものメンバーを背に襖を閉めると、中からは仕切り直しだーと乾杯する音が聞こえた。すると、それまで黙っていたはるが南に聞いてくる。
「ねぇ、南君。よかったの?抜けてきちゃって。」
「えぇやろ。アイツら調子乗り過ぎやで。」
「えー、でも盛り上がってたのに…。」
「…じゃあ戻るか?」
楽しかったけど、はるのお題から変な方向へと向かっていきつつあった王様ゲームをするよりは、その場からはるを助けてくれるほどに冷静な南と一緒に飲んだ方が安全そうで、コートを羽織りながら、立ち止まっている南の元へ向かう。
「まぁ、王様の言うことは絶対だし、今日は南君に付き合うよ。」
外に出ると、冷たい空気が二人を包み込む。マフラーをしていないはるの首筋に、先程の光景を思い出しイラッとした南は、自分のマフラーをはるの首元に巻いてあげる。
「寒いやろ。」
「あ、ありがとう。」
ふわりと香る南の匂いに包まれて、それが嫉妬心からの行動とは思っていないはるは、南の優しさを感じながら、マフラーに顔を埋める。
「ん。」
「ん?」
「んっ!!」
勘違いしているはるを見下ろしながら、隣で左腕を折り、手を腰に当てる体制に、まるで腕を組めと言っているようで困惑するはる。
「んんん???」
分かれへんやつやな、と南は呆れ顔で、腰に当てていた手ではるの腕を掴み、寒ー、と言いながらはるの手を自分の腕に挟み絡ませると、そのままスタスタと歩き出す。右側から伝わる体温に、はるは余計に混乱する。話しかけてはいけないような空気を醸し出しながら黙って歩く南は、飲み屋街のある通りから、裏通りへと出ると、怪しげなライトが光る筋へと入り、歩を進める。不安になってきたはるはさっき南が居酒屋から連れ出してくれた言葉を言ってみる。
「飲みに行くんじゃないの?」
「もう十分飲んだやろ。」
「…飲んだけど、飲みに行くんじゃないの?」
「分からへん?月野と泊まれるとこ探しとるんやけど。」
何となく、分かってはいたけど、南がこんな軽率なことをする人だとは思えずに、はるはどうしていいか分からず、連れられるまま歩いている。しばらく歩いていると、ふと南が立ち止まり、ため息をついた。
「……………ない。なんで全部満室なん?」
ピカピカと、イルミネーションとは違う気色のネオンは光っているのに、消えている看板から、どのラブホも満室であることが伺えて、せっかくはるを連れ出せたのに、と南が途方に暮れているとはるが南を呼ぶ。
「南君。」
「なんや?」
「今日、クリスマスイブだから。」
だから、どのホテルも空いてないんだと思うよ、と少しホッとしたように言うはるに、あ、せや、今日クリスマスやんか、と南はどこも満室であることに腑が落ちた。
「しゃあないな…。」
クルリと元来た道へと戻っていく南に気付かれないように、はるはそっと安堵の息をつく。戻ってきた飲み屋街の明るさに安心しながら、さて今度こそ、どこに飲みに連れてってくれるのだろうかと歩いていたはるの横で南は手を挙げ、開かれたドアの中へとはるを引っ張りながら入る。振り解こうにも、南の腕はピクリとも動かず、パタリとドアが閉まり、運転手に行き先を伝えている南に、はるは頭がクラクラした。
「飲みに行くんじゃないの?」
進み出した車の中で、もう後に戻れないと分かっていながら聞くはるに、南は笑いながら答える。
「何回言うん?」
酔っ払いはコレやから、と何度も同じことを聞くはるに可笑しくなった南は、飲むつもりなんて毛頭もなく静かに笑う。
「ウチでも飲めるからえぇんちゃうん?」
静かやし、誰も邪魔する奴もおらん、えぇとこやろ、と続ける南に、あ、やっぱり南君の部屋なんだ、とはるの心臓がドクンと大きく鳴った。
「そういや、俺が席外してるとき盛り上がっとったけど、どんなお題だったん?」
あー…と気不味そうに目を逸らしたはるがポツリと呟く。
「王様以外の人は全員、その…、する時にされて嬉しいことを言う、っていうやつ。」
「へぇ、皆なんて答えとった?」
なんで食い付いてくるかなぁ、とはるは思いながらも、自分の答えを言うわけではない為、スラスラと皆が言っていた答えを、一応名前を伏せて、でもきっと、伏せていても南のことだから、誰のことか分かるだろうなぁと、運転手さんに聞こえないように小声で南に伝えると、南がつまらなそうな顔をした。
「おもんないな。皆テキトーやろ。で、月野はなんて言うたの?」
「えっとね、強引にされる、と、か。」
はるもテキトーに嘘をついたつもりだったのだが、今の状況がそのまま当てはまってしまい、やってしまった、と南の方を見ると、ほーと口の端を上げ、相槌を打ちながらはるを見つめていて、でもちゃうやろ、と呟いた。
「ほんまは何て言うたの?」
本当にそう言ったの、とムキになって言うはるに、そんな平凡な解答で、あんな数メートル先からあの騒ぎ声は聞こえへんはずや、とはるが嘘をついたあたり、きっとはるは本当にされて嬉しいことを言ったのだろう。ダンマリを決め込むはるの後ろ側が見慣れた街並みになってきて、おっちゃんここでえぇで、とタクシーを止める。去っていく車を眺めているはるに、ん、と腕を空けると、今度は素直にその腕にしがみついてきた。
「そういや、南君ちで飲んだことないよね?」
見慣れない街並みにはるはキョロキョロしながら南の横を歩く。
「…自分ちで騒がれんのが嫌やねん。」
「あー、なんかそんな感じっぽい。」
ふふっと笑ったかと思うと真剣なトーンで南に問いかける。
「私は行ってもいいの?」
「ホテル満室なんやもん。」
「ただヤリたいだけ…?」
ポーンと目的の階の扉が開くと、はるの言葉はなかったことにされ、南は自分の部屋へと向かう。この階のどこかにある南の部屋にどんどんと近付いていっていることに、はるは焦りを感じた。南が鍵を差し込むのと同時に、念押しする。
「ねぇ、南君はそういう人じゃないでしょ?」
開いたドアから中にはるを押し込むと、部屋へと続くちょっとした廊下ではるを壁に追いやる。不安げな顔で見つめるはるに自身のコートを脱ぎ、はるのマフラーを取りながら南は声を低くして言う。
「月野が思てるより、俺、全然いい人ちゃうで。」
はるの顔を両手で包むと、何か言いそうなはるの唇に南は自分の唇を押し付ける。んーっと抵抗するはるの口を塞ぎ、コートを脱がし肩をグッと掴むと、キスをしながら部屋へと移動する。はるは後ろ足で南に押され、やっと唇が解放されたかと思うとそのまま床に押し倒された。はるの上に跨り、見下ろす南は苦しそうに言葉を発する。
「月野が悪いんやからな。」
***
思い返してみたけれど、はるはやっぱり自分が悪いことをしたようには思えなかった。月明かりに照らされている南からは、どこか色気が漂っていて、苦々しい声を出すも、無表情からは感情が読み取れない。
「何も…南君が嫌がるようなことなんてしてないよ。」
横を向き、手で口を隠しながら言うはるの首筋を南が指でツーっと撫でると、はるはビクリと肩を震わせた。
「しとったやろ。」
はるの首筋に舌をつけると、そのままベロッと舐め上げる。声が漏れないように口を塞いでいるはるは、舐められた場所が熱を帯び、身体が熱くなっていくのを感じる。
「アイツ、こういう気持ちやったんやで?」
そのまま何度も首を舐めると、目を瞑りながら、ふっと甘い息を吐くはる。月野、と名前を呼び、ザラザラとした舌で首を優しく舐める南が顔を上げると、はるも南の方に視線を向ける。困惑しているはるの目が見れなくて、南は視線を外すとボソリと言った。
「………嫌やろ。えぇなって思てる奴が、他の男にそんなんしとったら。」
あぁ、アレがいけなかったのか、と理解したはるは小さく呟く。
「だからって、南君とそういう関係になるのは嫌だよ。」
また首元に顔を埋めようとしていた動きが止まる。
「南君、こういうことする人じゃないでしょ?」
好意を持ってくれてるなら、なおさら、とはるはいつもの南を思い返していた。初めては、はるがゲロを吐いたあの日だ。すごいクラクラで記憶も曖昧だけど、背中を優しく摩ってずっと一緒にいてくれた。その次は、あのメンバーで何度か泊まった日。艶めかしい声に目が覚めたはるの口を押さえて、見たらアカン、とまたしても優しく頭を撫でてくれた時。それからいつもいつも、はるの隣にいてくれて、まるで騎士のように側で守ってくれていた。
そんな南の気持ちに気付いていない訳ではなく、いつ、今のような状態になってもおかしくはなかった。こうやって思い出せる程に南のことを意識していたはるは、ただ、居心地が良くて、何も求めてこない南に安心しきって、利用してきたといえばそうなのだが、その当たり前の関係を壊せずにいた。だけど、なし崩しでこういうことはしたくない。
「ねぇ、こんなの嫌だよ。南君………!」
はるの小さな叫びに、すぅっと大きく息を吸った南は、冷たい床からはるを起き上がらせると、吸った息と一緒に言葉を吐く。
「…………分かった。」
南は立ち上がると、自分を獣のようにした月を隠すようにカーテンを閉め、電気のスイッチをパチリと押す。
「これ、着ぃ。」
差し出された白いTシャツに、嫌だとはるは我儘を言う。
「なんでやねん。」
「透けるもん、ヤダ。」
別にそんな変な意味ちゃうけど、と南は色の濃いTシャツを差し出す。それに満足したのか、はるはトイレ借りるね、と先程はるに口付けた廊下へとフラフラと歩こうとする。
「…待って。」
はるの腕を掴み、抱き寄せる。
「もう少しだけ。」
この空気が壊れると、はるはどこかへ行ってしまいそうで、軽蔑したんかな、と不安になる南が抱きしめる腕を強め、しばらく抱きしめていると、はるが言葉をこぼす。
「余裕ない南君、初めて見た。」
ふふっと嬉しそうに笑うと、回していた腕をほどき、南に問う。
「Tシャツって、寒いじゃん。」
「ちゃんと温めたるから。はよ着替え。」
俺の気が変わらんうちに、と南が呟くと、うん、そうする、とはるは廊下へと消えていく。
何しとんやろ、とベッドに腰掛け、今まで築き上げてきた、いい南君、が遠のいていくのに気付き、これまでの努力は無駄やったかもなぁと南はいつもの一人の部屋なのに寂しさを感じる。
「ねぇ。」
着替えて戻ってきたはるが、南に近づきながら言う。
「この格好、変じゃない?」
ぶかぶかのTシャツから、白い脚と細い腕が出ている肌色の面積に、自分で着せておきながら、今夜耐えれるんやろか、とぼんやり考え、その細い腕を掴み自分の方へと引き寄せる。
「…そそる。やっぱりこのままシてもえぇ?」
そのままはるをベッドの中に連れ込むと、ギュッと抱きしめてはるの手を自身へと持っていく。
「俺な、今こんななってんねん。」
硬くなったソレにはるはドキリと警戒をするも、南は優しく続ける。
「でもな、月野が嫌なんやったらしとぅない。」
うん、と見つめるはるに、ごめん、最後やから、と顔を近づけ、触れるだけのキスをする。
「好きやねん。結構前から。やから、考えてくれへん?」
南から伝わる温もりで、はるは段々と意識が薄らいでいく。そんなの前から知ってるし、いつ言ってくれるんだろうって待ってたんだから、と伝えているつもりなのに、はるの言葉は心の中で想いが膨らむだけで、息を吸うと重くなった瞼が閉じてくる。
「ゆっくりでえぇから。」
「うん。だいじょぶ、、、だよ、南君。」
目を閉じ、微笑みながら南にギュッとしがみつくはるはスゥスゥと安心しきった顔で眠りについている。何が大丈夫なん?とフッと浅く息を吐く南は、ちゃんと覚えててくれてるんやろか、今言ったこと、と目を細め、優しくはるを包みながらゆっくりと目を閉じる。
「どうしてくれるん。俺、寝られへんやん。」
悶々としながらも、結局はるの求めるいい南君のままな南は、眠ることに意識を集中させる。明日、どんな朝を迎えることになるのかちょっとだけ期待して、すやすやと眠るはるの隣で、南もゆっくりと眠りに落ちた。
「月野が悪いんやからな。」
カーテンを閉める間もなく、部屋に着いた瞬間、押し倒されたものだから、勿論電気をつけているはずもなく、月明かりだけを頼りに、南を見上げる。何か悪いことしたかなぁ、と酔っ払って思考能力が下がった頭で、はるは今日の出来事を思い返した。
***
話は数時間前に遡る。クリスマスパーティーと称し、お酒を飲んで騒ぎたいだけの会は、何か事あるごとに理由をつけては、飲もうぜ!と集まる大学でも仲の良い男女6人によって繰り広げられていた。
誰が幹事だとか、そういうのも決まっておらず、終電を気にせず飲めるように、基本的には集まれる人だけで宅飲みお泊まりコースなのだが、こういう大きなイベントごとがあると、メンバー全員で飲み屋街へ繰り出し、アホみたいに朝まで飲むのだ。
「えー、それでは、今年も誰も恋人を作らず、誰も裏切ることなくこの日を迎えることができました。」
グループ内でも、いつも仕切ってくれる男子が乾杯前の音頭をとると、そういうのいいからーと茶茶が入り、結局いつものようにグダグダなまま乾杯をし、今宵の宴会が幕を開けた。
学生である、ということもあるが、この飲みたがりのメンバーはこうやって外で飲む時は必ず飲み放題コースで、競走しているわけではないのに、誰かが飲み干すと、その注文に合わせ飲み物を頼むものだから、イベントごとの飲み会はピッチが早い。
「あれ?南君、まだ次の飲み物、頼んでないの?」
「おん。今日朝までやろ?」
少しずつ酔っ払っていく皆とは対照的に、こういう時だっていつも落ち着いて飲んでいるのが南である。ペース考えな、とグラスを手にする南は、はるの空になったジョッキに目を向ける。
「何杯目なん、ソレ?」
「えーと、四杯目かな?」
「いつも思てたけど、そんなほっそい体によう入るな。」
「殆ど食べないからね。」
「食べへんと悪酔いするで?」
はるの目前に置かれた取り皿は、誰かが取り分けたであろうサラダや他のおつまみが乗ったままで、お通しにしか箸をつけていないはるが心配になる。
「だぁいじょうぶだよ〜!!いつもこうだもん。」
生の人〜、ってはるしかいないか、と届けられた生ビールがはるのところまで回ってくると、はるはグビッと一口飲む。
「アカンて。今は若いからえぇけど、身体壊すで?」
「アハハ、南君、うちのお母さんみたい!」
ケタケタと笑うはるに、そらオカンも心配するやろ、と呆れながら自分の箸で、はるの取り皿に乗っていたピリ辛キュウリを掴むと、はるの口元に持っていく。差し出されたキュウリを、恥ずかしがる素振りも見せず、パクリと食べるはる。
「コラ〜、そこ!!イチャイチャしない!!」
叫ぶ仕切り君は、だいぶ出来上がってきているようで、大袈裟だねぇ、とはるは笑った。他のメンバーも、そんなことで冷やかすような歳でもないため、特に突っ込むこともせず、はると南もみんなの話に混ざりワイワイと話し始めた。
「席替えしよー、席替え!!」
しばらくすると、盛り上がりも落ち着いてきて、こうなると毎回席替えをするのが常で、一人一人、仕切り君が持っている割り箸を取って、それぞれの位置へ座り直した。
「いつも思ってるけど、合コンみたいだよねぇ。」
「こんなん好きよな、アイツ。」
結局また隣の席になった南に話しかけるはるは、未だにビールを飲んでいたが、楽しそうにしている横顔に、今日はまだ酔うてへんな、と安心する。またしばらく、どうでもいい会話で盛り上がっていると、いつもは席替えをして終わりなのだが、今日の仕切り君はいつもと違った。
「王様ゲームしたい人〜〜〜!!」
急に叫ぶ仕切り君に、なんでこのメンバーで王様ゲームやねん、なぁ月野、とはるの方を向くと、はるは満面の笑顔で手を挙げて身を乗り出しノリ良く返事をする。
「はーいっ!!!」
それに釣られてか、他のメンバーも、やるやる〜!!と今日イチの盛り上がりを見せる。焦る南がはるの腕を叩くと、どうしたのー?と傾いてきたはるの耳元に手を当てる。
「月野、王様ゲームって知ってるんか?」
「うん。でも私、したことないんだよね。」
だから、憧れで!と目を輝かせて言うものだから、まぁ、このメンバーやったら、変なことにはならんやろうからえぇか、と盛り上がっている空気を壊すのも躊躇われた南は、差し出された割り箸を引いた。
序盤は酒好きメンバーらしく、飲み物系のお題が多かったが、お酒に強いと言ってもこんな飲み方をしていたら、徐々に乱れてくるもので、若い男女が揃っているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、個室ということも相まってか、段々とお題もキツくなっていき、下系のラインギリギリで、だけどその線引きは暗黙の了解でメンバー皆守っていた。
幸い南は指名される回数が少なく、罰ゲームのような変なお題を回避していた。周りほどお酒も進んでおらず、ペース落としといて良かった、と胸を撫でおろすも、隣で何に対しても笑い始め、ゲームに意欲的なはるに、大丈夫かと不安になってくる。終わりの見えないゲームに、前の王様が番号を言うと、割り箸を凝視していたはるがやっと王様だぁ!と叫んだ。
「んふふ、初めてだから可愛いのいくね〜!」
なんやエゲツないの言いそうやな、と南は思ったが、はるは意外にも、3番と6番がケーキに乗ってるフルーツを食べさせ合う、と優しめのお題を出した。しかし、何を思ったか3番の男子が、6番誰ー?と言いながら、クリスマスケーキの上に乗っている、幅もそんなにないフルーツを掴むと口に挟み待つ。それを口に咥えるだけで唇が重なりそうで、その行動に一番慌てたのはお題を出したはるだった。
「あっ!違うよ!口じゃなくていいの!」
「いーよいーよ、こっちのが盛り上がんだろ。」
「でも…。」
「もー、はる。全然お題可愛くないじゃん。」
最悪、と口にした6番の女子は言うほど嫌そうな態度は取っておらず、南は3番と6番が実はそういう関係であることに以前から気付いており、その場の空気を一気に変える二人に舌打ちをする。
立ち上がった6番がフルーツを口に含むと、軽く唇が重なり、おおっ!と南以外の三人が反応する。驚いているはるは先程南が耳元に手を当て聞いてきたように、南の耳元で小声で聞く。
「こういうのも、アリなの?」
すると、南はおもむろに立ち上がる。
「俺、トイレ行ってくるわ。ちょっとゲーム休憩しよな。」
逃げるな〜南ィ!!と叫ぶ仕切り君の声を背に、一旦落ち着こうと男子トイレへと向かった南は、手洗器の前で両手をつくと、下を向き、はぁぁぁっと深い溜息と共にはるへの返事を呟く。
「こういうのアリて…ナシに決まっとるやろ。」
あぁいうんされて、いやとちゃうんかアイツ、と先程の3番と6番を思い出すと、6番の女子をはるにすり替えて想像してしまい頭を横に振る。アカン、絶対アカン。なんとかゲームを終わらせな、と手を洗い南が個室へ戻ると、その襖を開ける前から何やら盛り上がっている声が聞こえる。
「お前ら…続けとったんか。」
席を外したことを後悔しながら座ると、首にケーキのクリームをつけた先程3番だった男子の目の前に、はるが立っている姿が目に入る。少し照れながら、じゃあ、いくよ?と首筋に舌を這わすとクリームを舐めとったはるは、その彼におしぼりを手渡すと、彼が飲んでいた焼酎のグラスも手渡し、一気に飲んでと促す。
「なんかすごく恥ずかしくなってきたから、忘れて、今の。」
「絶対忘れない!月野、ありがとーっ!」
焼酎を一気に飲み、当たって良かった!と言いながら南の隣に座った男子に南は愚痴る。
「そらそんなん楽しいやろうなぁ。」
「南、全然当たんねーもんな。次くらい来るんじゃね?」
違う。南もはるにされたらという意味の、楽しいやろうな、であってゲーム自体を楽しんでいるわけではない。むしろ、はるのそういう姿はあまり見たくない。王様になって終わらせるしか、方法はなさそうだったけれど、引いた割り箸に次の王様の番号は書かれておらず、代わりにはるの楽しげな声が聞こえてきた。
「私、王様っ!」
「今度は可愛いのナシね!」
「うん、大丈夫。王様は4番に王様の権限を譲ります!」
えぇ〜何それ、月野のお題聞きたかったぁと隣で項垂れる男子の肩を支えに、自分の割り箸の番号を確かめながら南は立ち上がると、悪いな、とニンマリ笑いはるのコートと鞄を持ち、お題を口にする。
「王様と5番は今から二人で飲み直しや。」
「えっ!?」
「おい、南、それズリぃぞ。月野の番号分かってんじゃねーか。」
「せやな。ほんま、番号分かってラッキーやったわ。ほら月野、行くで。」
ブーブーと、非難するメンバーを軽く無視しながら、南ははるを立ち上がらせると、仕切り君に今夜の二次会含めた二人分の会費を渡した。
「コレで文句ないやろ。それに、アレや、俺、王様やで。」
「だったら何なんだよ?」
「皆、ルール忘れたん?王様の言うことは??」
勝ち誇った南の顔に、明らかにテンションを下げながら四人は答える。
「「「「………ぜったーい。」」」」
そんないつものメンバーを背に襖を閉めると、中からは仕切り直しだーと乾杯する音が聞こえた。すると、それまで黙っていたはるが南に聞いてくる。
「ねぇ、南君。よかったの?抜けてきちゃって。」
「えぇやろ。アイツら調子乗り過ぎやで。」
「えー、でも盛り上がってたのに…。」
「…じゃあ戻るか?」
楽しかったけど、はるのお題から変な方向へと向かっていきつつあった王様ゲームをするよりは、その場からはるを助けてくれるほどに冷静な南と一緒に飲んだ方が安全そうで、コートを羽織りながら、立ち止まっている南の元へ向かう。
「まぁ、王様の言うことは絶対だし、今日は南君に付き合うよ。」
外に出ると、冷たい空気が二人を包み込む。マフラーをしていないはるの首筋に、先程の光景を思い出しイラッとした南は、自分のマフラーをはるの首元に巻いてあげる。
「寒いやろ。」
「あ、ありがとう。」
ふわりと香る南の匂いに包まれて、それが嫉妬心からの行動とは思っていないはるは、南の優しさを感じながら、マフラーに顔を埋める。
「ん。」
「ん?」
「んっ!!」
勘違いしているはるを見下ろしながら、隣で左腕を折り、手を腰に当てる体制に、まるで腕を組めと言っているようで困惑するはる。
「んんん???」
分かれへんやつやな、と南は呆れ顔で、腰に当てていた手ではるの腕を掴み、寒ー、と言いながらはるの手を自分の腕に挟み絡ませると、そのままスタスタと歩き出す。右側から伝わる体温に、はるは余計に混乱する。話しかけてはいけないような空気を醸し出しながら黙って歩く南は、飲み屋街のある通りから、裏通りへと出ると、怪しげなライトが光る筋へと入り、歩を進める。不安になってきたはるはさっき南が居酒屋から連れ出してくれた言葉を言ってみる。
「飲みに行くんじゃないの?」
「もう十分飲んだやろ。」
「…飲んだけど、飲みに行くんじゃないの?」
「分からへん?月野と泊まれるとこ探しとるんやけど。」
何となく、分かってはいたけど、南がこんな軽率なことをする人だとは思えずに、はるはどうしていいか分からず、連れられるまま歩いている。しばらく歩いていると、ふと南が立ち止まり、ため息をついた。
「……………ない。なんで全部満室なん?」
ピカピカと、イルミネーションとは違う気色のネオンは光っているのに、消えている看板から、どのラブホも満室であることが伺えて、せっかくはるを連れ出せたのに、と南が途方に暮れているとはるが南を呼ぶ。
「南君。」
「なんや?」
「今日、クリスマスイブだから。」
だから、どのホテルも空いてないんだと思うよ、と少しホッとしたように言うはるに、あ、せや、今日クリスマスやんか、と南はどこも満室であることに腑が落ちた。
「しゃあないな…。」
クルリと元来た道へと戻っていく南に気付かれないように、はるはそっと安堵の息をつく。戻ってきた飲み屋街の明るさに安心しながら、さて今度こそ、どこに飲みに連れてってくれるのだろうかと歩いていたはるの横で南は手を挙げ、開かれたドアの中へとはるを引っ張りながら入る。振り解こうにも、南の腕はピクリとも動かず、パタリとドアが閉まり、運転手に行き先を伝えている南に、はるは頭がクラクラした。
「飲みに行くんじゃないの?」
進み出した車の中で、もう後に戻れないと分かっていながら聞くはるに、南は笑いながら答える。
「何回言うん?」
酔っ払いはコレやから、と何度も同じことを聞くはるに可笑しくなった南は、飲むつもりなんて毛頭もなく静かに笑う。
「ウチでも飲めるからえぇんちゃうん?」
静かやし、誰も邪魔する奴もおらん、えぇとこやろ、と続ける南に、あ、やっぱり南君の部屋なんだ、とはるの心臓がドクンと大きく鳴った。
「そういや、俺が席外してるとき盛り上がっとったけど、どんなお題だったん?」
あー…と気不味そうに目を逸らしたはるがポツリと呟く。
「王様以外の人は全員、その…、する時にされて嬉しいことを言う、っていうやつ。」
「へぇ、皆なんて答えとった?」
なんで食い付いてくるかなぁ、とはるは思いながらも、自分の答えを言うわけではない為、スラスラと皆が言っていた答えを、一応名前を伏せて、でもきっと、伏せていても南のことだから、誰のことか分かるだろうなぁと、運転手さんに聞こえないように小声で南に伝えると、南がつまらなそうな顔をした。
「おもんないな。皆テキトーやろ。で、月野はなんて言うたの?」
「えっとね、強引にされる、と、か。」
はるもテキトーに嘘をついたつもりだったのだが、今の状況がそのまま当てはまってしまい、やってしまった、と南の方を見ると、ほーと口の端を上げ、相槌を打ちながらはるを見つめていて、でもちゃうやろ、と呟いた。
「ほんまは何て言うたの?」
本当にそう言ったの、とムキになって言うはるに、そんな平凡な解答で、あんな数メートル先からあの騒ぎ声は聞こえへんはずや、とはるが嘘をついたあたり、きっとはるは本当にされて嬉しいことを言ったのだろう。ダンマリを決め込むはるの後ろ側が見慣れた街並みになってきて、おっちゃんここでえぇで、とタクシーを止める。去っていく車を眺めているはるに、ん、と腕を空けると、今度は素直にその腕にしがみついてきた。
「そういや、南君ちで飲んだことないよね?」
見慣れない街並みにはるはキョロキョロしながら南の横を歩く。
「…自分ちで騒がれんのが嫌やねん。」
「あー、なんかそんな感じっぽい。」
ふふっと笑ったかと思うと真剣なトーンで南に問いかける。
「私は行ってもいいの?」
「ホテル満室なんやもん。」
「ただヤリたいだけ…?」
ポーンと目的の階の扉が開くと、はるの言葉はなかったことにされ、南は自分の部屋へと向かう。この階のどこかにある南の部屋にどんどんと近付いていっていることに、はるは焦りを感じた。南が鍵を差し込むのと同時に、念押しする。
「ねぇ、南君はそういう人じゃないでしょ?」
開いたドアから中にはるを押し込むと、部屋へと続くちょっとした廊下ではるを壁に追いやる。不安げな顔で見つめるはるに自身のコートを脱ぎ、はるのマフラーを取りながら南は声を低くして言う。
「月野が思てるより、俺、全然いい人ちゃうで。」
はるの顔を両手で包むと、何か言いそうなはるの唇に南は自分の唇を押し付ける。んーっと抵抗するはるの口を塞ぎ、コートを脱がし肩をグッと掴むと、キスをしながら部屋へと移動する。はるは後ろ足で南に押され、やっと唇が解放されたかと思うとそのまま床に押し倒された。はるの上に跨り、見下ろす南は苦しそうに言葉を発する。
「月野が悪いんやからな。」
***
思い返してみたけれど、はるはやっぱり自分が悪いことをしたようには思えなかった。月明かりに照らされている南からは、どこか色気が漂っていて、苦々しい声を出すも、無表情からは感情が読み取れない。
「何も…南君が嫌がるようなことなんてしてないよ。」
横を向き、手で口を隠しながら言うはるの首筋を南が指でツーっと撫でると、はるはビクリと肩を震わせた。
「しとったやろ。」
はるの首筋に舌をつけると、そのままベロッと舐め上げる。声が漏れないように口を塞いでいるはるは、舐められた場所が熱を帯び、身体が熱くなっていくのを感じる。
「アイツ、こういう気持ちやったんやで?」
そのまま何度も首を舐めると、目を瞑りながら、ふっと甘い息を吐くはる。月野、と名前を呼び、ザラザラとした舌で首を優しく舐める南が顔を上げると、はるも南の方に視線を向ける。困惑しているはるの目が見れなくて、南は視線を外すとボソリと言った。
「………嫌やろ。えぇなって思てる奴が、他の男にそんなんしとったら。」
あぁ、アレがいけなかったのか、と理解したはるは小さく呟く。
「だからって、南君とそういう関係になるのは嫌だよ。」
また首元に顔を埋めようとしていた動きが止まる。
「南君、こういうことする人じゃないでしょ?」
好意を持ってくれてるなら、なおさら、とはるはいつもの南を思い返していた。初めては、はるがゲロを吐いたあの日だ。すごいクラクラで記憶も曖昧だけど、背中を優しく摩ってずっと一緒にいてくれた。その次は、あのメンバーで何度か泊まった日。艶めかしい声に目が覚めたはるの口を押さえて、見たらアカン、とまたしても優しく頭を撫でてくれた時。それからいつもいつも、はるの隣にいてくれて、まるで騎士のように側で守ってくれていた。
そんな南の気持ちに気付いていない訳ではなく、いつ、今のような状態になってもおかしくはなかった。こうやって思い出せる程に南のことを意識していたはるは、ただ、居心地が良くて、何も求めてこない南に安心しきって、利用してきたといえばそうなのだが、その当たり前の関係を壊せずにいた。だけど、なし崩しでこういうことはしたくない。
「ねぇ、こんなの嫌だよ。南君………!」
はるの小さな叫びに、すぅっと大きく息を吸った南は、冷たい床からはるを起き上がらせると、吸った息と一緒に言葉を吐く。
「…………分かった。」
南は立ち上がると、自分を獣のようにした月を隠すようにカーテンを閉め、電気のスイッチをパチリと押す。
「これ、着ぃ。」
差し出された白いTシャツに、嫌だとはるは我儘を言う。
「なんでやねん。」
「透けるもん、ヤダ。」
別にそんな変な意味ちゃうけど、と南は色の濃いTシャツを差し出す。それに満足したのか、はるはトイレ借りるね、と先程はるに口付けた廊下へとフラフラと歩こうとする。
「…待って。」
はるの腕を掴み、抱き寄せる。
「もう少しだけ。」
この空気が壊れると、はるはどこかへ行ってしまいそうで、軽蔑したんかな、と不安になる南が抱きしめる腕を強め、しばらく抱きしめていると、はるが言葉をこぼす。
「余裕ない南君、初めて見た。」
ふふっと嬉しそうに笑うと、回していた腕をほどき、南に問う。
「Tシャツって、寒いじゃん。」
「ちゃんと温めたるから。はよ着替え。」
俺の気が変わらんうちに、と南が呟くと、うん、そうする、とはるは廊下へと消えていく。
何しとんやろ、とベッドに腰掛け、今まで築き上げてきた、いい南君、が遠のいていくのに気付き、これまでの努力は無駄やったかもなぁと南はいつもの一人の部屋なのに寂しさを感じる。
「ねぇ。」
着替えて戻ってきたはるが、南に近づきながら言う。
「この格好、変じゃない?」
ぶかぶかのTシャツから、白い脚と細い腕が出ている肌色の面積に、自分で着せておきながら、今夜耐えれるんやろか、とぼんやり考え、その細い腕を掴み自分の方へと引き寄せる。
「…そそる。やっぱりこのままシてもえぇ?」
そのままはるをベッドの中に連れ込むと、ギュッと抱きしめてはるの手を自身へと持っていく。
「俺な、今こんななってんねん。」
硬くなったソレにはるはドキリと警戒をするも、南は優しく続ける。
「でもな、月野が嫌なんやったらしとぅない。」
うん、と見つめるはるに、ごめん、最後やから、と顔を近づけ、触れるだけのキスをする。
「好きやねん。結構前から。やから、考えてくれへん?」
南から伝わる温もりで、はるは段々と意識が薄らいでいく。そんなの前から知ってるし、いつ言ってくれるんだろうって待ってたんだから、と伝えているつもりなのに、はるの言葉は心の中で想いが膨らむだけで、息を吸うと重くなった瞼が閉じてくる。
「ゆっくりでえぇから。」
「うん。だいじょぶ、、、だよ、南君。」
目を閉じ、微笑みながら南にギュッとしがみつくはるはスゥスゥと安心しきった顔で眠りについている。何が大丈夫なん?とフッと浅く息を吐く南は、ちゃんと覚えててくれてるんやろか、今言ったこと、と目を細め、優しくはるを包みながらゆっくりと目を閉じる。
「どうしてくれるん。俺、寝られへんやん。」
悶々としながらも、結局はるの求めるいい南君のままな南は、眠ることに意識を集中させる。明日、どんな朝を迎えることになるのかちょっとだけ期待して、すやすやと眠るはるの隣で、南もゆっくりと眠りに落ちた。
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