ラーメン、辛麺、イケメンな彼女
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部活が終わったある日。同じ方向に向かっている大好きな人の背中を見つけ、はるは少し早足で近付き声を掛ける。
「お疲れ、清田!」
振り返った顔が二つあって、はるはしまったと思った。
「おー、月野。オマエも今帰りか?」
「お疲れ様、月野さん。」
たまにやってしまう。清田しか見えていなくて隣にいる人に気付かず声を掛けてしまうのだ。それは男友達だったり、女の子だったり、部活の人だったり、その時々で違うのだが、今日はどうやら神のようだ。
「お疲れ様です、神先輩。」
「丁度良いとこにきたな月野。今から神さんとラーメン食いに行くとこだったんだけど、オマエも行くか?」
「えっ、いいんですか?」
嬉しい誘いに清田を挟んで隣にいる神に問いかける。
「もちろん、月野さんもお腹空いたでしょ?」
はい、と返事をする前にタイミングよく、はるのお腹がキューっと鳴った。あはは、そうですねー、とお腹に手を当てながら笑って誤魔化すはるに、清田は聞き逃さなかったぞとでも言うようにカッカッカッと笑う。
「何だよ、腹で返事するって。そんなに腹減ってんのか?」
「う、うるさいなぁ。そこは聞こえなかったふりしてよ!」
「まぁ音だけは可愛かったな。」
「ハァ?音だけはって何よ!?音だけはって!」
「そのまんまの意味だろ。」
バシバシとはるの背中を叩き、肩を組むと、心配するな、オマエは誰がどー見たってイケメンだっ!と、はるが一番言われたくないことを口にした。返す言葉が見つからず、清田の笑い声が響く中、クスクスと神が笑い出す。
「ほんと二人って仲良いよね。」
「仲良くなんてないッスよ!」
「仲良くなんてないですよ!」
勢いよくハモる二人の言葉に神はほらね、とまたクスリと笑った。
「それに二人って双子みたいだよね。」
神が指差す先を見ると、清田のヘアバンドを指しており、はるは清田の腕をほどき、慌てて自分のヘアバンドを取った。
「あー!!オマエまた俺の真似して!」
「はー?違いますー。真似してきたのはソッチのくせに変な言いがかりつけないでくださいー。」
はるはオールバックでポニーテールをしていた紐を解き、水に濡れた犬がするようにブンブンと頭を振る。手櫛で軽く整えると、清田に呆れ顔をされた。
「オマエなぁ。ただでさえ男っぽいんだから、少しは女らしくしろよな。」
「私に女らしさを求める人なんていないからいいの!」
小さい頃はちゃんと女の子の顔をしていた。歳を重ねる毎にどんどん凛々しくなっていき、中学の時は下級生の女生徒にモテ、高校ではあの子はレズだと噂され、好きな人にさえ、イケメン、男っぽいと言われてしまう始末だ。抵抗するように伸ばしたこの長い髪も、あんまり意味がないように思えてきたはるは、毛先を指でクルクル巻き付けながら、清田に気付かれないようにそっとため息をついた。
「まぁまぁ二人とも、喧嘩しないで。」
二人がギャアギャアと騒いでいる間に、ラーメン屋へと着いていて神がドアを開けると、清田がズカズカと中に入った後、どうぞ、月野さん、とはるを先に通してくれた。清田がはるのことを男っぽいとからかったからだろうか。変な気を遣わせちゃったな、とまたしても肩を落とした。
「何食べようか?」
メニューと言っても、そんなに数の多くない種類を二人に見せながら神は問いかける。
「私、豚骨がいいです!」
「俺、この辛いヤツがいいっス!」
またハモってる、とクスリと笑う神は店員を呼び、三人分の注文を取る。ハモった二人はというと、お互い顔を見合わせ、何か言いたそうにどちらかが口を開くのを待っている。
「そんなに気が合うなら付き合っちゃえば?」
見つめあっている二人を見ながら、神は日頃から思っていることをはるに向けて言う。はるの気持ちを見透かしているような神の目にドキリとしたはるは、思ってもいないことを口から出しながら眉を下げ、右手を振る。
「えー、ないですよ。神先輩。清田が?私と?」
「…言ってくれるじゃねーか。」
「だって、ほんとのことでしょ?」
「そうだな、ないっスよ、神さん。俺、もっと可愛い子がいいもん。」
その言葉ははるの心をえぐる。清田はいつもそう言って、その度にはるは律儀に何度も傷ついている。
可愛い子。そうなろうと女の子らしい服を着たこともあった。だけどそれはちっとも似合っていなくて、結局いつもアンニュイな格好ばかりになってしまう。そうすると、周りからはやっぱりカッコいい!中性的!そこらの男子よりイケメン!とはるの理想とは真逆の方向へといってしまうのだ。
「月野さんだって、可愛いと思うけど。」
ふわりと笑う神の言葉は、テーブルにそれぞれのラーメンが置かれた音と重なった。
「「えっ!?」」
はい、お箸。伸びないうちに食べようか、と神は何事もなかったかのように二人に割り箸を差し出す。差し出されたお箸を受け取ったはるは神の言葉が脳内で何度もリピートされて、色んな聞きたいことが頭の中を駆け巡る。
「どこらへんがっスか?」
割り箸を割り、辛麺を啜りながら、はるも聞きたかった疑問を清田が神に投げかける。
「まず、イケメンって言われるってことは顔が整ってるってことでしょ?」
蓮華で塩ラーメンのスープを飲み、清田を見ながら神は答える。
「いや〜それは…男顔だから2、3割増に見えてるだけかと。」
清田への問いに、チャーシューを清田のどんぶりに入れつつ、はるが苦笑いしながら答える。実際そうなのだ。そこまで整ってる訳ではないのに、身長とシャープな輪郭に恵まれ、そこに男顔がハマると女性らしい清潔感も相まってか、そんじょそこらの男子よりはイケメン認定されてしまう。
「そーっスよ。それにコイツ、身長もあるから、そこら辺の男の敵っスよ。」
今しがた思っていたことを、清田が言ってくれる。お冷をグビッと飲んで、可愛いなんてことはあり得ないとでも言うように清田は反論する。しかし神はチラリとはるを見ながら意外な返答をする。
「その身長が、いいんだよ。」
ラーメンを食べる手が止まるはるとは逆に、神は話を進める。
「俺なんて、190近くあるでしょ?月野さんくらいの身長って、俺らからしたら丁度いいんだよ。」
ほら、女の子ってヒール履くでしょ?月野さんだったら、余計にバランスよくなるの、と神は続ける。172センチある身長を、男の人に褒められたのは初めてで、はるは顔に熱が集まっていくのを感じ、それに気付かれないように、下を向きラーメンを食べることに徹する。
「…俺らって誰なんスか?」
神の言葉に今度は、はるの隣でズルズルとラーメンを食べていた清田の手が止まった。
「牧さんだけど?」
「まっ、、牧さん!?!?」
上品にラーメンを啜る神はニコリと笑った。
「なっ、なんで牧さんが月野のこと知ってるんスか!?」
「だって大体信長の隣にいるじゃん、月野さん。」
「だからって認識します??」
「だから言ったじゃん。俺らは可愛いって思ってるって。」
「どうしちゃったんスか、神さんも牧さんも!」
「信長こそ、全然分かってないなぁ。」
それまで二人の会話を黙って聞いていたはるは、その分かっていないということが、可愛いことが、ということには聞こえず、やっぱり神ははるの気持ちに気付いているんじゃないかと、ラーメンが喉に詰まり咽せた。すると、隣に座る清田が箱ティッシュをそのまま差し出し、あからさまに嫌そうな顔をする。
「きたねーな、何やってんだよ。」
「い、いや、ごめん。」
「ね?隣にいるよね?いつも。」
はるはそのティッシュを受け取りながら、ジッと見つめている神の視線を受け止められず、なんて返そうか迷っていると、清田が代わりに答えてくれた。
「何なんスかね?コイツ、やたら俺に絡んでくるんスよ。」
ため息混じりで、ちょっと迷惑そうに言う清田の声色から、清田の気持ちが垣間見えた気がして、そういう風に受け止めていたのかとはるは麺の少なくなったどんぶりを見つめる。
「…へぇ。でも二人楽しそうだし、お似合いだよ?」
「ハハッ、神さん何言ってんスか。ないない。」
どうやら清田ははるの気持ちに気付いてないようで、神ははるの気持ちに気付いているだけに複雑そうな顔をする。清田の言葉を聞いたはるは、はぁっとわざとらしくため息を吐き清田を煽るように言う。
「まー、私が清田の彼女だったら、清田の立場がないもんね。」
「何でだよ?」
「清田より可愛い子たちにモテるし?」
「そんなことねーよ!俺だって!!」
隣で指折り数えている清田を横目に、清田の隣にいられるのが、自分でありたかったな、と最後の一掴みの麺を啜り終えるとはるはハッキリと神に伝える。
「神先輩。清田と私は言うなれば、男友達みたいな感じですよ。」
お!いいこと言うじゃねーか!と清田がはるの背中をバシッと叩く。
痛い。背中じゃなくて、強がっている心が折れそうだ。
自分で言っておきながら傷つくなんてバカだなぁと思いながらはるは明るく、清田にもしもの話を続ける。
「ね、もし私と付き合うってなったらどーする?」
「月野と?あり得ねー話だな。」
「………だよね。私、清田よりカッコいいから無理だよね。」
「ハァ!?それもねーよ!俺のがカッコいいだろ?ねぇ神さん!どう思います、コイツ!!」
眉を下げ、困った顔をする神をよそに、その後も相変わらずギャアギャアと騒ぐ二人を神が目にしたのは、その日が最後だった。
***
ラーメンを食べに行ってから数週間経ったある日曜日、他校との練習試合でハットトリックを決めたはるは、他校の女の子たちからも差し入れや連絡先を渡された。普通こういう時って、調子悪くなるもんじゃないのかな、とはるは短くなった髪をかきあげながら溜息をついた。
「はるー!今日めちゃくちゃ調子良かったじゃん。さては清田と何かあったな〜?」
肩を組み、グリグリとはるの頬を突いてくるチームメイトである先輩は、はるがあの日以来、清田を避けていることを知らない。
「……何もないですよ。もう、いいんです。」
「何々?フラれたのー?」
試合が終わって、ましてや圧勝だった試合だ。テンションの上がっている先輩は冗談まじりに明るく言う。
「そんなとこです。」
フッと笑うはるは悲しげなのに、その綺麗な横顔に一瞬ドキッとした先輩は焦りながらフォローを入れる。
「マジか〜!でも、はるにはたくさん癒してくれる女の子がいるから大丈夫!」
気まずさからか、パッと腕を離し、他のチームメイトに声をかけに行く先輩に、嫌な思いさせちゃったな、と申し訳なく思いながら、はるも普段だったら先輩と同じように高揚してチームメイトに話しかけるのに、そんな気分にはなれず一人トボトボと部室へと向かった。
***
「好きですっ。付き合ってください!!」
可愛らしい女の子が、その場にいる彼に思いの丈を伝えている。そんな場面に出くわしてしまったはるは、咄嗟に物陰に隠れる。
「………ごめんね。俺、今は部活のことしか考えられない。」
そう彼が応えると、大きな瞳から涙を一筋流し、女の子はその場を後にする。フラれる時さえ、女の子って可愛いよな、とはるは自身の経験から思い息を殺す。自分はどうだろうか。彼女のように思いも伝えられないまま、自分と清田の関係に終止符をつけ、周りから求められるイメージに沿おうとしている。何がイケメンだ、とてつもなくカッコ悪いじゃないか、きちんと相手に思いを伝えた彼女の方がよっぽど男前だ、と去っていく可愛い女の子の背中を見つめた。タッタッタッと駆けていく女の子の足音が遠のいたとき、彼は呟いた。
「いるんでしょ、月野さん。」
呟いた神の声に、はるは隠れていた場所から気まずそうに腰を曲げながら、おずおずと姿を現す。
「ば、バレてましたかー、、、でも、盗み聞きするつもりは全然なかったんです、ごめんなさい。」
上半身を45度にバッと下げるはるは運動部特有の礼儀正しさがあり、神はクスリと笑う。
「気にしないで。」
「いや、でも……。」
「名前も知らない子だし。月野さんも、そう言う経験あるでしょ?」
もう、頭あげてよ!と神ははるに近付く。恐る恐る顔を上げ、そんな経験、ないですよ。男の子からは、と伝える。神はそんなはるに優しく言葉を掛ける。
「今日の練習試合、凄かったね。」
「えっ?」
「練習の休憩中、信長と見てたんだ。」
「清田も…?」
「うん、褒めてたよ。月野さんのこと。」
清田も見ていて褒めていたというパワーワードにはるは狼狽えるも、男みてーだなアイツ、と笑う清田が容易に想像でき、神は良いように伝えてくれてるのではないかと複雑な気分になる。すると神は少し悲し気な顔をしてはるの髪に触れた。
「どうして髪の毛切っちゃったの?」
あの日、清田がはるを恋愛対象として見ていないと気付いた日、はるはその足で美容室に行き、可愛くして下さいではなく、カッコよくして下さいと美容師にお願いした。
「………伸ばす意味がなくなったんです。」
後ろを刈り上げ、前下がりに切られた顎まである髪を触るイケメン度の上がったはるの指から、気持ちが迷子になっているのが伝わってくる。
「どうして?」
「失恋ってやつです。」
古典的ですよね、と笑いながら、でも、寂しそうな目をして、触っていた髪を離し、神の横をはるはスタスタと通り過ぎた。
「神先輩。私は可愛い女の子にはなれないんです。」
凛々しい顔つきで潔く言うはるは部室へと向かい、そんなはるを止めず、いや、わざと止めなかった神は、もう一人、隠れていた人物に声を掛ける。
「………だって。信長って、そんなに可愛い子が好きなの?」
去っていくはるの後から、これまた気まずそうに清田は神の前に姿を現す。
「そうっスね。」
「ここ数週間、調子悪いよね、信長。なんで?」
「スランプ…ですかね。」
「へぇ。…信長は、月野さんに彼氏ができたらどう思う?」
「アイツに?有り得ないっスよ。」
脈絡もない会話に苛々しながら答える清田に神は続ける。
「そう。…じゃあ俺、今度デート誘ってみようかな。」
「えっ!?」
「…そうやってウカウカしてると誰かに取られちゃうよ?今まで信長に遠慮してたけど、そういうことなら俺が誘っても文句ないよね?」
「えっ、えーっ!?神さんって月野のこと…!」
じゃあね、とその場を去る神に清田はモヤモヤしながらその場に立ち尽くす。嘘だろ、と呟く清田の声は神に届かず、くしゃっと髪を握りながら清田は静かに歩き出した。
***
神の宣戦布告から、しばらくたった。神と一緒に三人でラーメンを食べに行った日から、はるとは話せていないどころか、あんなに顔を合わせていたというのに、ショートカットになり益々カッコ良くなった姿さえ、日曜の練習試合で確認できただけで、その髪を切ったことすらも噂で聞いて知ったくらいだった清田は、意図的に避けられていることを感じながら、またも、とある噂を耳にした。
「サッカー部の月野さんと、バスケ部の神先輩がこの間二人で帰ってたんだってー!」
「えー、うっそ。月野さん、ストレートだったの?」
「みたいだねぇ。でもあの二人、お似合いじゃない?」
「分かるーっ!あの二人なら許せちゃうかも。」
「だよね!高身長同士、イケメン同士。はぁっ、目の保養だわ。」
キャッキャと話す女子たちの会話に、清田はここ数週間感じている何かモヤモヤとした黒い感情に苛々とする。ガゴンッとシュートを外し、そのボールを追った先に神が見え、気になって仕方のない清田はその歩を進めた。
「神さん!!」
「ん?信長、どうしたの?」
ツカツカと歩み寄ると、神を睨むように見上げる。
「あの噂、本当なんスか?」
「噂って?」
素知らぬ顔をしながらコートへと向かおうとする神の前に立ちはだかる清田。
「その、、月野と一緒にいたって。」
「………あぁ、アレね。本当だけど?」
鈍器で頭を殴られたような気分だ。
いつだってはるの近くには女子が群がっていて、男のおの字も感じさせていなかった。はるが男の子の中で唯一仲のいい男子として周りから認められていた清田は、焦りにも似た感情を覚え、神に問いかける。
「神さん…月野のこと好きなんですか…?」
意地悪そうに笑う神は、どうか清田に自分の気持ちに気付いて欲しいと思う。そして、女性として自信のないはるが女の子としての幸せを手に入れて欲しいとも思い、お願いだから否定して、と願いながら清田の問いに疑問系で返す。
「そうだとしたら、どうする?」
「それは…、、、」
可愛い子が好きだ。身長が低くて小動物みたいで、かっこいいね、信長君、と上目遣いで言ってくれるような優しい子。だけど、ここ数週間でそれは理想であって、自分が欲しているものと違うということを清田は薄々と感じてきていた。
清田を見つけると、見境なく明るく話しかけてくるはる。清田のプレイを褒めるけれど、ダメなとこはきちんと言ってくれるはる。清田の隣にいる人、男子、女子、先輩、どんな人とだって仲良くなってくれるはる。そして、清田と話す時、たまに頬を染めながら話すはる。どれも今、恋しいものだ。
「………それは、ちょっと…、認められねぇっス!」
その答えに、神は満足気に笑う。
「そう、そしたらさ、、、」
***
部活を終えたはるは、これから一緒に帰る人物に失礼がないようにと、これでもかと制汗剤スプレーを振りかける。短くなった髪だが、邪魔にならないようにと着けていたヘアバンドを取ると、丁寧に櫛で髪を整える。清田の言っていた女らしさとはこういうことだろうか、と他の人と帰るというのに、まだ清田のことを思っている自分に、どうしてこう諦めが悪いのかと嫌気がさす。
「あれ〜、どうしたの?色気づいちゃって。」
「!!そういうのじゃないですって。」
「そんな念入りに準備するなんて可愛いじゃん。」
「…や、やだなぁ、先輩!先輩よりもっと違う人に言われたい〜!」
役不足でごめんねー、と先輩ははると同じように制汗剤のスプレーを振りながら、最近イケメン度下がったぞ、とグリグリとはるの頬をつく。もう、イケメンは卒業したい。この間、たまたま帰りが一緒になった神に言われたように、女らしく、を意識したら、少しは女の子らしくなれているようで、はるは男らしい自分に蓋をするようにバタンとロッカーを閉めると、待ち合わせ場所である、この間神が告白されていた場所へと向かう。
はるの前を通り過ぎていく部活をしていたであろう人たちを眺めながら、はるは誘われた人物をソワソワしながら待つ。清田より早く出てきてくれないかなぁ、というはるの小さな願いは届かなかった。部員とだろうか、話しながらこちらへ向かってくる清田の声で、清田が来る、と察したはるは、清田に姿を見られないように、その場を足早に離れたつもりだった。
「…おい!」
離れたつもりだったのに、はるの制服の裾を掴む清田に、久しぶりに間近で見た清田に、やっぱり胸がときめいた。それを悟られないように極めて冷たく言う。
「何?」
「何で避けんだよ。」
「…避けてないよ。帰ろうとしてただけじゃん。」
嘘を吐くはるに清田は知ってんだぞ、と呟く。
「神さんなら来ねぇぞ。」
「えっ!?」
「今日は俺が月野と一緒に帰る番だからな!」
ニッと笑ういつも通りの清田に、何で?と心の中で問うと、清田は分かっていたかのように答えてくれる。
「たまにはいいだろ。…ってかいつも一緒に帰ってただろ?」
掴んでいた裾を離した清田ははるの隣に並ぶと、ラーメンでも食いに行くかーとはるに同意を求める。
「別に、いいけど。」
嬉しい反面、諦めないとという気持ちが交差する。無意識に髪を触ると、その手を清田に掴まれる。
「何で髪切った…?」
「…清田には関係ないでしょ。少しでもイケメンらしくしただけ。」
清田がいつも言っていた、イケメンとやらになれたなら、清田は友達という形でずっと側にいてくれるのだろうか。はるは笑っているけど、どこか演技じみていて、清田はそんなはるに向き合う。
「俺、オマエの長い髪好きだったよ。」
パッと手を離し、オソロイも嫌じゃなかったし、とボソリと言い放つと、スタスタと先を歩く清田の後をはるは追いかける。言われた言葉がじんわりと温かみを与えて、はるは驚きながらも頬を染める。嬉しすぎて、ちょっと泣きそうだ。
「え?何?清田、頭でも打った?」
「打ってねぇよ。」
「からかってんの?」
「そういうのでもねぇ。」
「じゃあ何?罰ゲームか何か?」
あ!神先輩となんか勝負でもしたんでしょー!と、追いかけてくるいつもの調子に戻ったはるの声に、清田はバッと踵を返した。
「オマエなぁ…!人が真面目にっ!?」
はるの顔を見てギョッとする。少し潤んだ目に、顔を赤らめ清田を見つめている姿に、続く言葉が出て来ず、ちょっと可愛いかも、と改めてマジマジとはるを眺める。
清田よりは低い身長。清田より短くなった髪ははるに似合っていて、確かにイケメンだけど、どんなに周りからそう言われようと、自身よりは遥かに女の子の顔だ。それに清田を見つめる瞳は、今まで気付いていなかったけど熱を帯びていて、どうしてこれまではるの思いに気付いていなかったのだろうと近付いた清田は、はるの頭をポンっと叩く。
「そういう顔、他の奴にすんじゃねーぞ…。」
いつものように何か言い返してくるかと思っていたが、違った。
「…………うん。他の人にはできないよ。」
そっぽを向き、照れながら答えるはるに調子が狂い、清田ははるに聞きたかったことを聞いてみる。
「オマエ、神さんのこと、好きになったのか?」
「神先輩?」
なぜ?と言うような顔をし、はるはキョトンと清田を見つめる。
「お、…おぅ。噂になってたぞ、オマエと神さん、できてんのかって。」
「………またか。それ、噂に尾ひれがつくってやつじゃん?」
「???神さん、オマエのこと好きなんじゃないのか?」
その言葉に、はるは目を丸くし、次の瞬間笑い出す。
「えー、ないない!神先輩は色々アドバイスしてくれてるだけ。」
「はっ!?」
神の話と食い違っていて、何のアドバイスだよ!?と清田は混乱するも、どこか楽しそうにはると良い感じだと話す神を思い返すと、きっと清田が嫉妬する姿を見て楽しんでいたのだろう。一杯食わされた気持ちになった清田はふてくされたままの勢いで、一番聞きたかったことを口にする。
「じゃあ、月野は誰が好きなんだよ。」
「えー?分かんないの?」
「分かんねぇから聞いてんだろ!?」
「私、そういうの可愛く言えないから察して。」
いきなり避けられた後に聞いた神との会話。そこから察するに、はるは自分に好意を持ってくれているはずだ。今まで近くにい過ぎて気付いていなかったけど、清田もそんなはるが好きだったということに最近気が付いた。嫌がられたらどうしようと思いながら、恐る恐る、はるの手をそっと取る。いつもうるさいくらいに絡んでくるはるが、今日は大人しく清田の後をついて来る。ギュッと握り返してきたその手が先程の答えだと感じた。黙っていれば結構可愛いやつなのかもしれない、と清田は思いながら、ラーメン屋へと続く道をいつもと違い、手を繋ぎながら二人で歩く。
しばらく歩くと、目的地であるラーメン屋へ着いた二人は、扉を開け中に入ると、カウンターに神と牧が座っていて、繋がれた手を見た神はクスリと笑う。ようやく可愛い後輩たちがくっついてくれた、と今しがた、あの二人は大丈夫なのかと話していた牧と目を合わせ頷くと、神は二人を手招きして注文を聞く。
「辛麺と、豚骨でいいかな?」
「「はいっ!!」」
被った声に、清田とはるはいつものように顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出す。神の隣に腰を下ろした清田は、神にお礼を言いながら小声で、だけどどこか嬉しそうに呟いた。
「神さん、俺、可愛い彼女ができそうっス!!」
「お疲れ、清田!」
振り返った顔が二つあって、はるはしまったと思った。
「おー、月野。オマエも今帰りか?」
「お疲れ様、月野さん。」
たまにやってしまう。清田しか見えていなくて隣にいる人に気付かず声を掛けてしまうのだ。それは男友達だったり、女の子だったり、部活の人だったり、その時々で違うのだが、今日はどうやら神のようだ。
「お疲れ様です、神先輩。」
「丁度良いとこにきたな月野。今から神さんとラーメン食いに行くとこだったんだけど、オマエも行くか?」
「えっ、いいんですか?」
嬉しい誘いに清田を挟んで隣にいる神に問いかける。
「もちろん、月野さんもお腹空いたでしょ?」
はい、と返事をする前にタイミングよく、はるのお腹がキューっと鳴った。あはは、そうですねー、とお腹に手を当てながら笑って誤魔化すはるに、清田は聞き逃さなかったぞとでも言うようにカッカッカッと笑う。
「何だよ、腹で返事するって。そんなに腹減ってんのか?」
「う、うるさいなぁ。そこは聞こえなかったふりしてよ!」
「まぁ音だけは可愛かったな。」
「ハァ?音だけはって何よ!?音だけはって!」
「そのまんまの意味だろ。」
バシバシとはるの背中を叩き、肩を組むと、心配するな、オマエは誰がどー見たってイケメンだっ!と、はるが一番言われたくないことを口にした。返す言葉が見つからず、清田の笑い声が響く中、クスクスと神が笑い出す。
「ほんと二人って仲良いよね。」
「仲良くなんてないッスよ!」
「仲良くなんてないですよ!」
勢いよくハモる二人の言葉に神はほらね、とまたクスリと笑った。
「それに二人って双子みたいだよね。」
神が指差す先を見ると、清田のヘアバンドを指しており、はるは清田の腕をほどき、慌てて自分のヘアバンドを取った。
「あー!!オマエまた俺の真似して!」
「はー?違いますー。真似してきたのはソッチのくせに変な言いがかりつけないでくださいー。」
はるはオールバックでポニーテールをしていた紐を解き、水に濡れた犬がするようにブンブンと頭を振る。手櫛で軽く整えると、清田に呆れ顔をされた。
「オマエなぁ。ただでさえ男っぽいんだから、少しは女らしくしろよな。」
「私に女らしさを求める人なんていないからいいの!」
小さい頃はちゃんと女の子の顔をしていた。歳を重ねる毎にどんどん凛々しくなっていき、中学の時は下級生の女生徒にモテ、高校ではあの子はレズだと噂され、好きな人にさえ、イケメン、男っぽいと言われてしまう始末だ。抵抗するように伸ばしたこの長い髪も、あんまり意味がないように思えてきたはるは、毛先を指でクルクル巻き付けながら、清田に気付かれないようにそっとため息をついた。
「まぁまぁ二人とも、喧嘩しないで。」
二人がギャアギャアと騒いでいる間に、ラーメン屋へと着いていて神がドアを開けると、清田がズカズカと中に入った後、どうぞ、月野さん、とはるを先に通してくれた。清田がはるのことを男っぽいとからかったからだろうか。変な気を遣わせちゃったな、とまたしても肩を落とした。
「何食べようか?」
メニューと言っても、そんなに数の多くない種類を二人に見せながら神は問いかける。
「私、豚骨がいいです!」
「俺、この辛いヤツがいいっス!」
またハモってる、とクスリと笑う神は店員を呼び、三人分の注文を取る。ハモった二人はというと、お互い顔を見合わせ、何か言いたそうにどちらかが口を開くのを待っている。
「そんなに気が合うなら付き合っちゃえば?」
見つめあっている二人を見ながら、神は日頃から思っていることをはるに向けて言う。はるの気持ちを見透かしているような神の目にドキリとしたはるは、思ってもいないことを口から出しながら眉を下げ、右手を振る。
「えー、ないですよ。神先輩。清田が?私と?」
「…言ってくれるじゃねーか。」
「だって、ほんとのことでしょ?」
「そうだな、ないっスよ、神さん。俺、もっと可愛い子がいいもん。」
その言葉ははるの心をえぐる。清田はいつもそう言って、その度にはるは律儀に何度も傷ついている。
可愛い子。そうなろうと女の子らしい服を着たこともあった。だけどそれはちっとも似合っていなくて、結局いつもアンニュイな格好ばかりになってしまう。そうすると、周りからはやっぱりカッコいい!中性的!そこらの男子よりイケメン!とはるの理想とは真逆の方向へといってしまうのだ。
「月野さんだって、可愛いと思うけど。」
ふわりと笑う神の言葉は、テーブルにそれぞれのラーメンが置かれた音と重なった。
「「えっ!?」」
はい、お箸。伸びないうちに食べようか、と神は何事もなかったかのように二人に割り箸を差し出す。差し出されたお箸を受け取ったはるは神の言葉が脳内で何度もリピートされて、色んな聞きたいことが頭の中を駆け巡る。
「どこらへんがっスか?」
割り箸を割り、辛麺を啜りながら、はるも聞きたかった疑問を清田が神に投げかける。
「まず、イケメンって言われるってことは顔が整ってるってことでしょ?」
蓮華で塩ラーメンのスープを飲み、清田を見ながら神は答える。
「いや〜それは…男顔だから2、3割増に見えてるだけかと。」
清田への問いに、チャーシューを清田のどんぶりに入れつつ、はるが苦笑いしながら答える。実際そうなのだ。そこまで整ってる訳ではないのに、身長とシャープな輪郭に恵まれ、そこに男顔がハマると女性らしい清潔感も相まってか、そんじょそこらの男子よりはイケメン認定されてしまう。
「そーっスよ。それにコイツ、身長もあるから、そこら辺の男の敵っスよ。」
今しがた思っていたことを、清田が言ってくれる。お冷をグビッと飲んで、可愛いなんてことはあり得ないとでも言うように清田は反論する。しかし神はチラリとはるを見ながら意外な返答をする。
「その身長が、いいんだよ。」
ラーメンを食べる手が止まるはるとは逆に、神は話を進める。
「俺なんて、190近くあるでしょ?月野さんくらいの身長って、俺らからしたら丁度いいんだよ。」
ほら、女の子ってヒール履くでしょ?月野さんだったら、余計にバランスよくなるの、と神は続ける。172センチある身長を、男の人に褒められたのは初めてで、はるは顔に熱が集まっていくのを感じ、それに気付かれないように、下を向きラーメンを食べることに徹する。
「…俺らって誰なんスか?」
神の言葉に今度は、はるの隣でズルズルとラーメンを食べていた清田の手が止まった。
「牧さんだけど?」
「まっ、、牧さん!?!?」
上品にラーメンを啜る神はニコリと笑った。
「なっ、なんで牧さんが月野のこと知ってるんスか!?」
「だって大体信長の隣にいるじゃん、月野さん。」
「だからって認識します??」
「だから言ったじゃん。俺らは可愛いって思ってるって。」
「どうしちゃったんスか、神さんも牧さんも!」
「信長こそ、全然分かってないなぁ。」
それまで二人の会話を黙って聞いていたはるは、その分かっていないということが、可愛いことが、ということには聞こえず、やっぱり神ははるの気持ちに気付いているんじゃないかと、ラーメンが喉に詰まり咽せた。すると、隣に座る清田が箱ティッシュをそのまま差し出し、あからさまに嫌そうな顔をする。
「きたねーな、何やってんだよ。」
「い、いや、ごめん。」
「ね?隣にいるよね?いつも。」
はるはそのティッシュを受け取りながら、ジッと見つめている神の視線を受け止められず、なんて返そうか迷っていると、清田が代わりに答えてくれた。
「何なんスかね?コイツ、やたら俺に絡んでくるんスよ。」
ため息混じりで、ちょっと迷惑そうに言う清田の声色から、清田の気持ちが垣間見えた気がして、そういう風に受け止めていたのかとはるは麺の少なくなったどんぶりを見つめる。
「…へぇ。でも二人楽しそうだし、お似合いだよ?」
「ハハッ、神さん何言ってんスか。ないない。」
どうやら清田ははるの気持ちに気付いてないようで、神ははるの気持ちに気付いているだけに複雑そうな顔をする。清田の言葉を聞いたはるは、はぁっとわざとらしくため息を吐き清田を煽るように言う。
「まー、私が清田の彼女だったら、清田の立場がないもんね。」
「何でだよ?」
「清田より可愛い子たちにモテるし?」
「そんなことねーよ!俺だって!!」
隣で指折り数えている清田を横目に、清田の隣にいられるのが、自分でありたかったな、と最後の一掴みの麺を啜り終えるとはるはハッキリと神に伝える。
「神先輩。清田と私は言うなれば、男友達みたいな感じですよ。」
お!いいこと言うじゃねーか!と清田がはるの背中をバシッと叩く。
痛い。背中じゃなくて、強がっている心が折れそうだ。
自分で言っておきながら傷つくなんてバカだなぁと思いながらはるは明るく、清田にもしもの話を続ける。
「ね、もし私と付き合うってなったらどーする?」
「月野と?あり得ねー話だな。」
「………だよね。私、清田よりカッコいいから無理だよね。」
「ハァ!?それもねーよ!俺のがカッコいいだろ?ねぇ神さん!どう思います、コイツ!!」
眉を下げ、困った顔をする神をよそに、その後も相変わらずギャアギャアと騒ぐ二人を神が目にしたのは、その日が最後だった。
***
ラーメンを食べに行ってから数週間経ったある日曜日、他校との練習試合でハットトリックを決めたはるは、他校の女の子たちからも差し入れや連絡先を渡された。普通こういう時って、調子悪くなるもんじゃないのかな、とはるは短くなった髪をかきあげながら溜息をついた。
「はるー!今日めちゃくちゃ調子良かったじゃん。さては清田と何かあったな〜?」
肩を組み、グリグリとはるの頬を突いてくるチームメイトである先輩は、はるがあの日以来、清田を避けていることを知らない。
「……何もないですよ。もう、いいんです。」
「何々?フラれたのー?」
試合が終わって、ましてや圧勝だった試合だ。テンションの上がっている先輩は冗談まじりに明るく言う。
「そんなとこです。」
フッと笑うはるは悲しげなのに、その綺麗な横顔に一瞬ドキッとした先輩は焦りながらフォローを入れる。
「マジか〜!でも、はるにはたくさん癒してくれる女の子がいるから大丈夫!」
気まずさからか、パッと腕を離し、他のチームメイトに声をかけに行く先輩に、嫌な思いさせちゃったな、と申し訳なく思いながら、はるも普段だったら先輩と同じように高揚してチームメイトに話しかけるのに、そんな気分にはなれず一人トボトボと部室へと向かった。
***
「好きですっ。付き合ってください!!」
可愛らしい女の子が、その場にいる彼に思いの丈を伝えている。そんな場面に出くわしてしまったはるは、咄嗟に物陰に隠れる。
「………ごめんね。俺、今は部活のことしか考えられない。」
そう彼が応えると、大きな瞳から涙を一筋流し、女の子はその場を後にする。フラれる時さえ、女の子って可愛いよな、とはるは自身の経験から思い息を殺す。自分はどうだろうか。彼女のように思いも伝えられないまま、自分と清田の関係に終止符をつけ、周りから求められるイメージに沿おうとしている。何がイケメンだ、とてつもなくカッコ悪いじゃないか、きちんと相手に思いを伝えた彼女の方がよっぽど男前だ、と去っていく可愛い女の子の背中を見つめた。タッタッタッと駆けていく女の子の足音が遠のいたとき、彼は呟いた。
「いるんでしょ、月野さん。」
呟いた神の声に、はるは隠れていた場所から気まずそうに腰を曲げながら、おずおずと姿を現す。
「ば、バレてましたかー、、、でも、盗み聞きするつもりは全然なかったんです、ごめんなさい。」
上半身を45度にバッと下げるはるは運動部特有の礼儀正しさがあり、神はクスリと笑う。
「気にしないで。」
「いや、でも……。」
「名前も知らない子だし。月野さんも、そう言う経験あるでしょ?」
もう、頭あげてよ!と神ははるに近付く。恐る恐る顔を上げ、そんな経験、ないですよ。男の子からは、と伝える。神はそんなはるに優しく言葉を掛ける。
「今日の練習試合、凄かったね。」
「えっ?」
「練習の休憩中、信長と見てたんだ。」
「清田も…?」
「うん、褒めてたよ。月野さんのこと。」
清田も見ていて褒めていたというパワーワードにはるは狼狽えるも、男みてーだなアイツ、と笑う清田が容易に想像でき、神は良いように伝えてくれてるのではないかと複雑な気分になる。すると神は少し悲し気な顔をしてはるの髪に触れた。
「どうして髪の毛切っちゃったの?」
あの日、清田がはるを恋愛対象として見ていないと気付いた日、はるはその足で美容室に行き、可愛くして下さいではなく、カッコよくして下さいと美容師にお願いした。
「………伸ばす意味がなくなったんです。」
後ろを刈り上げ、前下がりに切られた顎まである髪を触るイケメン度の上がったはるの指から、気持ちが迷子になっているのが伝わってくる。
「どうして?」
「失恋ってやつです。」
古典的ですよね、と笑いながら、でも、寂しそうな目をして、触っていた髪を離し、神の横をはるはスタスタと通り過ぎた。
「神先輩。私は可愛い女の子にはなれないんです。」
凛々しい顔つきで潔く言うはるは部室へと向かい、そんなはるを止めず、いや、わざと止めなかった神は、もう一人、隠れていた人物に声を掛ける。
「………だって。信長って、そんなに可愛い子が好きなの?」
去っていくはるの後から、これまた気まずそうに清田は神の前に姿を現す。
「そうっスね。」
「ここ数週間、調子悪いよね、信長。なんで?」
「スランプ…ですかね。」
「へぇ。…信長は、月野さんに彼氏ができたらどう思う?」
「アイツに?有り得ないっスよ。」
脈絡もない会話に苛々しながら答える清田に神は続ける。
「そう。…じゃあ俺、今度デート誘ってみようかな。」
「えっ!?」
「…そうやってウカウカしてると誰かに取られちゃうよ?今まで信長に遠慮してたけど、そういうことなら俺が誘っても文句ないよね?」
「えっ、えーっ!?神さんって月野のこと…!」
じゃあね、とその場を去る神に清田はモヤモヤしながらその場に立ち尽くす。嘘だろ、と呟く清田の声は神に届かず、くしゃっと髪を握りながら清田は静かに歩き出した。
***
神の宣戦布告から、しばらくたった。神と一緒に三人でラーメンを食べに行った日から、はるとは話せていないどころか、あんなに顔を合わせていたというのに、ショートカットになり益々カッコ良くなった姿さえ、日曜の練習試合で確認できただけで、その髪を切ったことすらも噂で聞いて知ったくらいだった清田は、意図的に避けられていることを感じながら、またも、とある噂を耳にした。
「サッカー部の月野さんと、バスケ部の神先輩がこの間二人で帰ってたんだってー!」
「えー、うっそ。月野さん、ストレートだったの?」
「みたいだねぇ。でもあの二人、お似合いじゃない?」
「分かるーっ!あの二人なら許せちゃうかも。」
「だよね!高身長同士、イケメン同士。はぁっ、目の保養だわ。」
キャッキャと話す女子たちの会話に、清田はここ数週間感じている何かモヤモヤとした黒い感情に苛々とする。ガゴンッとシュートを外し、そのボールを追った先に神が見え、気になって仕方のない清田はその歩を進めた。
「神さん!!」
「ん?信長、どうしたの?」
ツカツカと歩み寄ると、神を睨むように見上げる。
「あの噂、本当なんスか?」
「噂って?」
素知らぬ顔をしながらコートへと向かおうとする神の前に立ちはだかる清田。
「その、、月野と一緒にいたって。」
「………あぁ、アレね。本当だけど?」
鈍器で頭を殴られたような気分だ。
いつだってはるの近くには女子が群がっていて、男のおの字も感じさせていなかった。はるが男の子の中で唯一仲のいい男子として周りから認められていた清田は、焦りにも似た感情を覚え、神に問いかける。
「神さん…月野のこと好きなんですか…?」
意地悪そうに笑う神は、どうか清田に自分の気持ちに気付いて欲しいと思う。そして、女性として自信のないはるが女の子としての幸せを手に入れて欲しいとも思い、お願いだから否定して、と願いながら清田の問いに疑問系で返す。
「そうだとしたら、どうする?」
「それは…、、、」
可愛い子が好きだ。身長が低くて小動物みたいで、かっこいいね、信長君、と上目遣いで言ってくれるような優しい子。だけど、ここ数週間でそれは理想であって、自分が欲しているものと違うということを清田は薄々と感じてきていた。
清田を見つけると、見境なく明るく話しかけてくるはる。清田のプレイを褒めるけれど、ダメなとこはきちんと言ってくれるはる。清田の隣にいる人、男子、女子、先輩、どんな人とだって仲良くなってくれるはる。そして、清田と話す時、たまに頬を染めながら話すはる。どれも今、恋しいものだ。
「………それは、ちょっと…、認められねぇっス!」
その答えに、神は満足気に笑う。
「そう、そしたらさ、、、」
***
部活を終えたはるは、これから一緒に帰る人物に失礼がないようにと、これでもかと制汗剤スプレーを振りかける。短くなった髪だが、邪魔にならないようにと着けていたヘアバンドを取ると、丁寧に櫛で髪を整える。清田の言っていた女らしさとはこういうことだろうか、と他の人と帰るというのに、まだ清田のことを思っている自分に、どうしてこう諦めが悪いのかと嫌気がさす。
「あれ〜、どうしたの?色気づいちゃって。」
「!!そういうのじゃないですって。」
「そんな念入りに準備するなんて可愛いじゃん。」
「…や、やだなぁ、先輩!先輩よりもっと違う人に言われたい〜!」
役不足でごめんねー、と先輩ははると同じように制汗剤のスプレーを振りながら、最近イケメン度下がったぞ、とグリグリとはるの頬をつく。もう、イケメンは卒業したい。この間、たまたま帰りが一緒になった神に言われたように、女らしく、を意識したら、少しは女の子らしくなれているようで、はるは男らしい自分に蓋をするようにバタンとロッカーを閉めると、待ち合わせ場所である、この間神が告白されていた場所へと向かう。
はるの前を通り過ぎていく部活をしていたであろう人たちを眺めながら、はるは誘われた人物をソワソワしながら待つ。清田より早く出てきてくれないかなぁ、というはるの小さな願いは届かなかった。部員とだろうか、話しながらこちらへ向かってくる清田の声で、清田が来る、と察したはるは、清田に姿を見られないように、その場を足早に離れたつもりだった。
「…おい!」
離れたつもりだったのに、はるの制服の裾を掴む清田に、久しぶりに間近で見た清田に、やっぱり胸がときめいた。それを悟られないように極めて冷たく言う。
「何?」
「何で避けんだよ。」
「…避けてないよ。帰ろうとしてただけじゃん。」
嘘を吐くはるに清田は知ってんだぞ、と呟く。
「神さんなら来ねぇぞ。」
「えっ!?」
「今日は俺が月野と一緒に帰る番だからな!」
ニッと笑ういつも通りの清田に、何で?と心の中で問うと、清田は分かっていたかのように答えてくれる。
「たまにはいいだろ。…ってかいつも一緒に帰ってただろ?」
掴んでいた裾を離した清田ははるの隣に並ぶと、ラーメンでも食いに行くかーとはるに同意を求める。
「別に、いいけど。」
嬉しい反面、諦めないとという気持ちが交差する。無意識に髪を触ると、その手を清田に掴まれる。
「何で髪切った…?」
「…清田には関係ないでしょ。少しでもイケメンらしくしただけ。」
清田がいつも言っていた、イケメンとやらになれたなら、清田は友達という形でずっと側にいてくれるのだろうか。はるは笑っているけど、どこか演技じみていて、清田はそんなはるに向き合う。
「俺、オマエの長い髪好きだったよ。」
パッと手を離し、オソロイも嫌じゃなかったし、とボソリと言い放つと、スタスタと先を歩く清田の後をはるは追いかける。言われた言葉がじんわりと温かみを与えて、はるは驚きながらも頬を染める。嬉しすぎて、ちょっと泣きそうだ。
「え?何?清田、頭でも打った?」
「打ってねぇよ。」
「からかってんの?」
「そういうのでもねぇ。」
「じゃあ何?罰ゲームか何か?」
あ!神先輩となんか勝負でもしたんでしょー!と、追いかけてくるいつもの調子に戻ったはるの声に、清田はバッと踵を返した。
「オマエなぁ…!人が真面目にっ!?」
はるの顔を見てギョッとする。少し潤んだ目に、顔を赤らめ清田を見つめている姿に、続く言葉が出て来ず、ちょっと可愛いかも、と改めてマジマジとはるを眺める。
清田よりは低い身長。清田より短くなった髪ははるに似合っていて、確かにイケメンだけど、どんなに周りからそう言われようと、自身よりは遥かに女の子の顔だ。それに清田を見つめる瞳は、今まで気付いていなかったけど熱を帯びていて、どうしてこれまではるの思いに気付いていなかったのだろうと近付いた清田は、はるの頭をポンっと叩く。
「そういう顔、他の奴にすんじゃねーぞ…。」
いつものように何か言い返してくるかと思っていたが、違った。
「…………うん。他の人にはできないよ。」
そっぽを向き、照れながら答えるはるに調子が狂い、清田ははるに聞きたかったことを聞いてみる。
「オマエ、神さんのこと、好きになったのか?」
「神先輩?」
なぜ?と言うような顔をし、はるはキョトンと清田を見つめる。
「お、…おぅ。噂になってたぞ、オマエと神さん、できてんのかって。」
「………またか。それ、噂に尾ひれがつくってやつじゃん?」
「???神さん、オマエのこと好きなんじゃないのか?」
その言葉に、はるは目を丸くし、次の瞬間笑い出す。
「えー、ないない!神先輩は色々アドバイスしてくれてるだけ。」
「はっ!?」
神の話と食い違っていて、何のアドバイスだよ!?と清田は混乱するも、どこか楽しそうにはると良い感じだと話す神を思い返すと、きっと清田が嫉妬する姿を見て楽しんでいたのだろう。一杯食わされた気持ちになった清田はふてくされたままの勢いで、一番聞きたかったことを口にする。
「じゃあ、月野は誰が好きなんだよ。」
「えー?分かんないの?」
「分かんねぇから聞いてんだろ!?」
「私、そういうの可愛く言えないから察して。」
いきなり避けられた後に聞いた神との会話。そこから察するに、はるは自分に好意を持ってくれているはずだ。今まで近くにい過ぎて気付いていなかったけど、清田もそんなはるが好きだったということに最近気が付いた。嫌がられたらどうしようと思いながら、恐る恐る、はるの手をそっと取る。いつもうるさいくらいに絡んでくるはるが、今日は大人しく清田の後をついて来る。ギュッと握り返してきたその手が先程の答えだと感じた。黙っていれば結構可愛いやつなのかもしれない、と清田は思いながら、ラーメン屋へと続く道をいつもと違い、手を繋ぎながら二人で歩く。
しばらく歩くと、目的地であるラーメン屋へ着いた二人は、扉を開け中に入ると、カウンターに神と牧が座っていて、繋がれた手を見た神はクスリと笑う。ようやく可愛い後輩たちがくっついてくれた、と今しがた、あの二人は大丈夫なのかと話していた牧と目を合わせ頷くと、神は二人を手招きして注文を聞く。
「辛麺と、豚骨でいいかな?」
「「はいっ!!」」
被った声に、清田とはるはいつものように顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出す。神の隣に腰を下ろした清田は、神にお礼を言いながら小声で、だけどどこか嬉しそうに呟いた。
「神さん、俺、可愛い彼女ができそうっス!!」
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