落としたモノ
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「ない…ないっ!……なーーーい!!」
オートロックの前で顔面蒼白になりながら鞄を漁る女性が一人。
座り込んで鞄の中身を一つ一つ出していくが、中身から鍵が出てくることはなくがっくりと肩を落とす。
今日は金曜日。
週明けの仕事のことを考えず明日からの休みを満喫するために、気合を入れて残業した結果がコレだ。満喫するどころか部屋にもたどり着けないじゃないかと、終電間際まで残業したことを後悔した。
どうしようーーー。
会社へ戻るにも電車はもう走っていないし、タクシーで向かう程のお金は惜しい。こんな時間だからきっと友達は寝ている…いや、金曜日だ。飲みに出ていたり、恋人と過ごしていたりするだろう。考えれば考えただけ否定的な案しか出てこない。
近くに漫喫か始発までやってるような飲み屋なんてあったっけと、一人で過ごせるような場所を頭に思い浮かべるが、引っ越してきたばかりのはるはここら辺の土地勘がまだ掴めていなかった。
本当にどうしようーーーー。
疲れているせいか頭もうまく働かず、どうしたらいいのか分からなかった。だけどこのままここにいても仕方がない。取り敢えず、一旦マンションを出ようと鞄の中身を拾い上げ、意を決して外へ繋がる扉に向かおうとした瞬間、ウィーンと自動ドアが開き、一人の男性が入ってきた。
もしかして住人!?いや、このオートロックさえ開けてくれるのならば住人じゃなくてもいい。このままこの男性がオートロックを開けたタイミングで一緒に中へ入ろう!そう思い、男性がオートロックを開け中へ入ると、ドアが閉まらない間にはるも中へと入る。セキュリティは大丈夫なのかということはこの際どうでもいい。名も知らない男性に感謝しながら、エレベーターへ乗り込んだ。
「…何階?」
ホッとしているはるの頭の上から気怠そうな声がした。男性が押したボタンは6階を示している。
「あっ、えーっと同じ階です!」
はるの言葉に閉めるボタンを押した男性は、入り口を前にして右肩を壁へ寄り掛からせた。スーツを着たその男性は左手にコンビニの袋を下げ、その中身はどうやらお酒のようだ。はるは自分の右手を見やる。帰ってから飲もうと買い込んだお酒とおつまみ。同じものを持っていることに微笑み、きっとこの男性もお仕事を頑張ったに違いない…ありがとう、本当に本当にありがとう!とはるは名も知らぬ同じ階の住人に心の中で何度もお礼を言った。
ポーンと目的の階へ着くと、はるを先にエレベーターの外へと出してくれた男性に会釈をする。スキップをしそうな勢いで意気揚々と自分の部屋へ向かったはるだったが、その足取りは段々とスピードを落として行く。あることに気付いてしまったのだ。自分の部屋の前へ辿り着いた時、はるは頭をドアへとゴンっとぶつけ呟いた。
「いや…だからさ、鍵がないんだってば。」
オートロックを通れた時に何ていい考えなんだと思っていた自分の短絡的な思考に呆れ項垂れる。
せっかくここまで辿り着けたというのに、入る手段がない。一縷の望みに賭け、ドアノブを回してみたが、ガチャガチャというだけで、ドアが開くことはなかった。うん。確かに今朝ちゃんと鍵をした。はるはまたしてもガックリと肩を落とした。
「どうした?」
はるの後ろを通り過ぎようとしていた男性に唐突に声を掛けられる。
「いや、あの〜…実は鍵をどこかへ落としてしまったみたいでして。」
一部始終を見られていたのだろうかと羞恥心から顔が赤くなる。
男性ははるが言い終える前に自身のドアの前へと立っていた。そこははるの隣の部屋で、元救世主は隣の方だったのかと驚く。
「ハァ!?何してんだよ。どこか行く当ては?」
「…なかったからこうやって部屋の前まで着いてしまったんですけど………。」
発する言葉が尻すぼみになり、最後の方は恐らくほとんど聞こえていなかっただろう。
「窓の鍵とか開けてねぇの?」
「いや、流石に…開けてないですね。」
一応女なんで、と付け足す。女性の一人暮らしということもあり、防犯には細心の注意を払ってきたつもりだ。だが、今日だけはそれも憎まれる。
「ここら辺、時間潰すようなとこねぇもんな。」
「えっ?そうなんですか!?満喫とかカラオケとか…、」
「帰ってくる時、そういうとこあったか?」
ため息まじりに吐かれた言葉に今夜の帰路を思い出す。駅前のコンビニに寄って、クリーニング屋さんを通り過ぎて、もう閉まっていたちらほらある飲食店も通り過ぎた頃には住宅街に入っていて、そしたらマンションへ着いていた。
「なかった、と思います。」
「だろ?んで、どーすんの?」
「入れないし、取り敢えずコンビニで始発出るの待ちます。」
男性と話していると、今まで焦っていた気持ちが落ち着き、不思議と冷静になれた。お騒がせしましたと頭を下げるはるを見た男性は自分の腕時計を確認する。
「始発まで大体4、5時間くらいか。」
男性は少し考えた後、はるを真っ直ぐ見つめながら言った。
「ウチで時間潰すか?」
その言葉に目を見開き驚くはる。
「いいんですか!?」
「5時間立ちっぱなしでいいのか?」
はるの履いているヒールに目を向ける男性。
「う…ぅん、ちょっとキツイかもです。」
「だろ?」
「でっ、でも!危ないとか思ったりしません?隣とはいえ、初対面ですし。」
「いや、それ普通逆だろ。」
呆れ顔の男性にそれもそうかとはるはジトーっと怪しげに男性を見つめる。その視線に気付いた男性は慌てて否定する。
「バッ…、俺は何もしねぇよ!」
少し頬を染めながら、左手をはるの前に掲げた。
「飲むの、付き合えよ。」
オマエの判断次第だけど、とはるの反応を伺う。初対面だし少し危ないのかもしれない。でも、声をかけてくれた事や、怪しんだ時の慌てた様子、ヒールを履いている自分を気遣ってくれたことを思うと、きっと男性は善意で言ってくれたのだろうと判断し、ニッコリと笑いながら自分の右手を男性へ掲げた。
「それはこっちのセリフです。」
「決まりだな。」
男性はフッと笑うと、部屋の鍵を開けはるを招き入れた。
「お邪魔しまぁす。」
自分と同じ間取りの1DK。家具の配置の違いにワクワクしながら部屋を眺める。大きなテレビに小さめのローテーブル、人が一人寝られるくらいの黒いソファー。キッチンには洗ってある食器が綺麗に並べられており、整理整頓されていた。
「んなマジマジと見んなよ。」
「あ、すみません。つい…。」
「ちょっと片付けるから、シャワーでも浴びて来いよ。」
「えっ!?」
はるはビクリと肩を震わせ、疑いの目を向ける。充分綺麗なのにどこを片付けるというのだろう。二度目のその視線に男性はため息をついた。
「あのな…、オマエみたいなガキくさいやつに欲情なんてしねぇから。」
「は!?」
「だーかーらー!手なんてださねぇっつってんの。」
言っていることは理解できる。でも言い方ってものがあるだろう。そんなに子供っぽいかな、と視線を下に向け自身の体を見るはるに、男性はタオルとスウェットを差し出し、強引に持たせる。
「風呂場は…って分かるか。」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて、浴びさせて頂きます。」
ガキくさい、という言葉に少し凹みながら、きっと人に見られたくないものもあるのだろうと無理矢理自分を納得させ、浴室のドアを閉めた。
親切なのか、失礼な人なのか分からないまま、このままあと4時間ほど一緒に過ごすことに憂鬱になってきたはるはそんな気持ちを打ち消すように頭からお湯を被る。
しまった、と思った時にはもう遅かった。つい、自分の部屋にいる感覚でメイクまでも洗い落としてしまったのだ。正確にはクレンジングを使ったわけではないから完全には洗い落とせてはいないのだが、メイクはダラダラと流れていく。はるは意を決して男性用の洗顔フォームを手に取り、ゴシゴシと顔を洗う。女に見られてないなら、こんな事を気にする必要もない。それだったら、少しでも楽チンに過ごせられるように、と気持ちを切り替えた。
***
なぜ知らない女性を自分の部屋へあげることになったのだろうーーーぼんやりと考えながら部屋の主である三井は散らかしていた雑誌を片付け、ブランケットをクローゼットの中から取り出す。
正直、オートロックを一緒に通られた時はここの住人のストーカーか何かかと思い少し怖かった。ましてや同じ階だと言うもんだから、よくあるエレベーターでの怖い話を思い出し、余計に恐怖心を煽られた。だが、エレベーターが着くと軽やかに歩き出すその女性にちゃんと人間だったと妙に安心して、多少行動は怪しかったが、つい声を掛けてしまった。
何もしないと言った手前、初対面の彼女に手を出すつもりは毛頭ないが、手を額に当てながらポツリと呟く。
「危機感なさすぎだろ…。」
ガチャとドアが開き、シャワーを浴び終わった女性が三井の方へ近付いてきた。ぶがぶかのスウェットからは肩が出そうだし、胸元は開いているし、シャワーを浴びたからか頬はほんのりピンク色だ。そしてその顔がスッピンであることに気付いた三井は、普通化粧落とすかぁ?何安心しきってんだコイツは、と警戒心のない女性が心配になる。
「ありがとうございました!スッキリしました!」
女性はニコニコとお礼を言い、スタスタと三井の横を通り過ぎる。
「お、おぅ。」
友達の家にでも泊まりに来たかのように、自分が着ていた服をパパッと鞄のそばに置き、ソファーを背にして座り込む。…馴染みすぎだ。
三井は洗面所に行きドライヤーを掴むと部屋へ戻り女性へ手渡す。
「髪、乾かさねぇと風邪引くぞ。」
「わー、何から何までありがとうございます。」
「シャワー浴びてくるから、テキトーにTVでも見ながら先に飲んどけよ。」
三井はリモコンも手渡し、女性がお礼を言うのもきちんと聞かずパタンと扉を閉める。まぁ取り敢えず飲んで話してりゃテキトーな時間になるだろうと、あまり深く考えないようにしてシャワーを浴び始めた。
***
ブオォォォとドライヤーで髪を乾かしながらはるは時計を見る。あと3時間くらいしたら、部屋を出て駅へ向かおう。きっとあの男性も仕事で疲れているだろうから、なるべく自分といる時間は減らしてあげたい。しんとした部屋に落ち着かなくなり、はるはテレビをつけ、自分が買ってきた飲み物とおつまみをテーブルへ並べる。
ビール、ビール、また一つビール、そしてスモークタンと柿ピー。
ガチャリとドアが開き、テーブルに並べられている品物を見て男性が呟いた。
「オッサンかよ。」
はる自身、たった今、色気ないなと思っていただけに、ぴったりの言葉だなと笑う。
「スミマセン。」
「いや、いいけどよ。俺のと対して変わんなくね?」
そう言いながら男性もテーブルへ買ってきた品物を並べる。
ビール、ハイボール、レモン酎ハイ、レンチンできる餃子に海老チリ。男性は笑いながら餃子と海老チリを手に取り、キッチンへと向かった。
「じゃああなたもオッサンだ。」
「オレはいいんだよ。もうオッサンだから。」
「えー、全然!そんな風に見えない。あっ!そう言えばお名前は?私は606号室の月野はるです。」
はるに聞かれて、ここまでお互い名前を知らないことに気付いた三井は自身も名前を名乗る。
「607号室の三井だ。」
「お隣さん同士、仲良くしてくださいね。」
ふわりと笑うはるにつられて三井も口の端をあげる。
温まった餃子と海老チリをテーブルに置くと三井ははるの横に同じようにソファーを背に座り込む。プシュッと缶ビールを開けると、目線でオマエも開けろと促す。
二人は缶をガチッと合わせ乾杯をした。
「何に乾杯ですか?」
「何でもいいだろ。ほら、オマエもあったかいうちに食えよ。」
「えっ、でもこれ一人で食べるつもりだったんですよね?」
「いいから食えよ。オレもスモークタン食いてぇし。」
ハッとしたはるはスモークタンと柿ピーの袋を二人で食べれるように開ける。箸をすすめる三井に、この量で足りるのだろうかと逆に食べるスピードを落とすはる。それにしても美味しい。なんてことないコンビニの品物なのにとても美味しく感じる。
「こうやって部屋で誰かとご飯食べるの久しぶりです。」
「あ?そーだな。オレも久しぶりかもしんねぇ。」
「やっぱり一人で飲んだり食べたりするより楽しいですね。」
ふふっと笑いながら、はるは三井に目を向ける。さっきまで緊張していてきちんと顔を見ていなかったことに気付いた。
「まぁ、そうだな。」
パクりと餃子を食べる三井の横顔は綺麗で、髪は濡れておりどことなく色気が漂っている。一瞬見惚れてしまったはるはフルフルと頭を振り、湧いてきそうな感情を遮るかのように会話を続ける。
「三井さんはいつもこの時間が帰りなんですか?」
「いや、出張から帰ってきて溜まってた仕事と報告書あげてたらこの時間。オマエは?」
あんまりお家に帰らないのかな?だとしたらこの生活感のない部屋にも納得!とはるも答える。
「私は来週の仕事の準備とか上司に頼まれた資料まとめたりとか。」
「そして鍵を無くしたと。」
うっ、と言葉に詰まるはる。無くしたくて無くした訳じゃない。三井の言葉に現実に引き戻されしょぼんとしてしまう。
「クッ、ハハッ。んなあからさまに落ち込まなくても。」
「だって!」
「どこかにあんだろ。大体鍵なんて出先で取り出すことあるか?」
三井の言葉にふとはるは今日の出来事を思い出す。
そう言えば、ランチの時に同僚から新しい部屋の鍵ってどんなのと聞かれ鞄から出したっけ。それから確か落とすといけないなと思って確か…………。
「ああぁぁあああ!!!」
いきなり大声を出すはるに三井は肩を震わせ、反射的にはるの口を自身の手で塞ぐ。
「いきなり大声出すなよ。近所迷惑だ、、ろ。」
グッと近くなった距離に慌てて三井は手を離す。しかしはるはそんな三井の行動など気にも止めず、鞄の中からポーチを取り出しおもむろに中身を漁る。
「ああああああありましたよ!三井さん!」
三井の目の前に自分の部屋と同じような鍵を突きつける。
「忘れてたぁ!あの時ポーチに鍵入れたんだった!」
興奮するはるとは対照的に三井は冷静に言う。
「良かったな。んじゃオマエ…もう部屋戻れんじゃん。」
その言葉に、はるはチクリと胸が痛くなった。鍵が見つかったから、ハイさようなら、なんて少し寂しい気がする。
「そう、ですよね…。」
先程のしょんぼりより更にしょぼくれたはるを見て、三井は何故だかこのまま帰したくない気持ちに駆られた。
「まーなんだ。…いつでも戻れるし、今日はウチで飲んでけばいいんじゃねーの?」
「え!?いいんですか?」
パアァァっとはるの顔が明るくなり、三井はビールを飲み干す。
「付き合えって言ったからな。」
「はいっ、付き合います!!」
見つかったのも三井さんのお陰ですし!とはるは強く言い、自身のビールを飲み干す。合図したわけでもないのに、同じタイミングで次の飲み物のプルタブを開け、ガチッと乾杯する。
乾杯に意味などないが、微笑み合う二人は、お互いの知らないことを埋めるかのように喋り続け、いつの間にか買ってきた飲み物を飲み干し、三井が貰い物だというワインをしっぽりと飲み始めた。
この頃になるとお互い酔いも回ってきて、時刻は始発電車が走り出す時間へと変わっていた。二人の会話もポツリポツリと途切れつつあり、睡魔に襲われながらも、この時間を終わらせたくないと思う三井は会話を続行させる。
「オマエ、この始発に乗って会社行ってどうするつもりだったの?」
「………考えてなかったです。ってかこの時間に行っても会社開いてないです。」
「だろーな。………もう少し考えて行動しろよ。」
「…ですよね。」
苦笑いしながら三井を見ると、ふと心配そうな顔をされた。
「スマホ。」
「ん?」
「電話かけたいからスマホ貸して。」
自分の携帯は?と考える余裕もなく、はるは鞄からスマホを取り出しロックを解除し三井へ差し出す。
トットットッと番号を入力し、三井はどこかへ電話をかけ始めた。
すると、どこからともなくヴーッとバイブの音が鳴り響き、三井はスマホをはるへ渡す。
「オレの番号。何か困ったことあったら言えよ。」
「…………いいんですか?」
「3回に1回くらいはとってやるよ。」
三井はポンっとはるの頭を撫でる。結構出てくれるんですね、と言おうとしたはるの言葉の前に三井は撫でていた手を頭から頬に移動させながら言う。
「他の男の部屋に行かれても心配だしな…。」
熱を帯びた瞳を向けられ、いきなりのスキンシップにはるの顔はみるみるうちに赤くなる。
「あんま可愛い顔すんなよ。襲いたくなるだろうが。」
「でもっ、さっきガキくさいって!」
「…………アレはオマエが不安そうな顔してたから、安心させるために、って…喋りすぎだなオレ。」
そう言う意味だったのか、とはるは目の前にいる三井を見つめる。心なしか、三井も少し赤くなっている気がした。はるの潤んだ瞳に見つめられると、どうにももっと触れたいと欲が湧いてきて、三井はパッと手を離したかと思うと今度は頭の上からブランケットが降ってくる。
「ちょっ、何するんですか!」
ブランケットから顔を出すとソファーへ座り直した三井はそっぽを向きながら答える。
「もう寝るぞ。」
「ね、寝るって!?」
「始発待ってる意味もねぇし、オマエも眠そうだし、オレも眠い。」
そう言ってはるを自分の座っている前へグイッと引きあげる。ポスっと三井の腕の中に収まったはるは上を見上げ三井に問う。
「寝るって、ここで!?」
「…あ?ベッドの方がいいか?」
「そう言う意味じゃなくて…。」
「嫌なら帰ってもいいんだぜ?」
そう言ってはるが動けるようにパッと腕を大きく広げる。ニヤリと笑う三井にははるの心の中が読めているのだろうか?
「ずるい。」
決定権を自分に持たせるなんて狡いとはるは思った。一度与えられた温もりはとても安心できるもので、できればはるもこのまま幸せな眠りにつきたいと感じた。はるは見上げていた顔を戻し、不貞腐れながら手にしていたブランケットで自分を覆う。帰る意思がないと判断した三井は広げていた手で優しくはるを包み耳元で囁く。
「起きたらもう約束は守らねぇからな。」
「!?」
「おやすみ。」
それって詐欺じゃん。とはるは呟き、まぁ三井さんになら騙されてもいいかぁと重い瞼を閉じる。温かい腕に包まれ自然と頭が睡眠状態に切り替わっていく。恋に落ちるって、こんな感覚?と薄れゆく意識の中で思い、二人は眠りにつくのだった。
オートロックの前で顔面蒼白になりながら鞄を漁る女性が一人。
座り込んで鞄の中身を一つ一つ出していくが、中身から鍵が出てくることはなくがっくりと肩を落とす。
今日は金曜日。
週明けの仕事のことを考えず明日からの休みを満喫するために、気合を入れて残業した結果がコレだ。満喫するどころか部屋にもたどり着けないじゃないかと、終電間際まで残業したことを後悔した。
どうしようーーー。
会社へ戻るにも電車はもう走っていないし、タクシーで向かう程のお金は惜しい。こんな時間だからきっと友達は寝ている…いや、金曜日だ。飲みに出ていたり、恋人と過ごしていたりするだろう。考えれば考えただけ否定的な案しか出てこない。
近くに漫喫か始発までやってるような飲み屋なんてあったっけと、一人で過ごせるような場所を頭に思い浮かべるが、引っ越してきたばかりのはるはここら辺の土地勘がまだ掴めていなかった。
本当にどうしようーーーー。
疲れているせいか頭もうまく働かず、どうしたらいいのか分からなかった。だけどこのままここにいても仕方がない。取り敢えず、一旦マンションを出ようと鞄の中身を拾い上げ、意を決して外へ繋がる扉に向かおうとした瞬間、ウィーンと自動ドアが開き、一人の男性が入ってきた。
もしかして住人!?いや、このオートロックさえ開けてくれるのならば住人じゃなくてもいい。このままこの男性がオートロックを開けたタイミングで一緒に中へ入ろう!そう思い、男性がオートロックを開け中へ入ると、ドアが閉まらない間にはるも中へと入る。セキュリティは大丈夫なのかということはこの際どうでもいい。名も知らない男性に感謝しながら、エレベーターへ乗り込んだ。
「…何階?」
ホッとしているはるの頭の上から気怠そうな声がした。男性が押したボタンは6階を示している。
「あっ、えーっと同じ階です!」
はるの言葉に閉めるボタンを押した男性は、入り口を前にして右肩を壁へ寄り掛からせた。スーツを着たその男性は左手にコンビニの袋を下げ、その中身はどうやらお酒のようだ。はるは自分の右手を見やる。帰ってから飲もうと買い込んだお酒とおつまみ。同じものを持っていることに微笑み、きっとこの男性もお仕事を頑張ったに違いない…ありがとう、本当に本当にありがとう!とはるは名も知らぬ同じ階の住人に心の中で何度もお礼を言った。
ポーンと目的の階へ着くと、はるを先にエレベーターの外へと出してくれた男性に会釈をする。スキップをしそうな勢いで意気揚々と自分の部屋へ向かったはるだったが、その足取りは段々とスピードを落として行く。あることに気付いてしまったのだ。自分の部屋の前へ辿り着いた時、はるは頭をドアへとゴンっとぶつけ呟いた。
「いや…だからさ、鍵がないんだってば。」
オートロックを通れた時に何ていい考えなんだと思っていた自分の短絡的な思考に呆れ項垂れる。
せっかくここまで辿り着けたというのに、入る手段がない。一縷の望みに賭け、ドアノブを回してみたが、ガチャガチャというだけで、ドアが開くことはなかった。うん。確かに今朝ちゃんと鍵をした。はるはまたしてもガックリと肩を落とした。
「どうした?」
はるの後ろを通り過ぎようとしていた男性に唐突に声を掛けられる。
「いや、あの〜…実は鍵をどこかへ落としてしまったみたいでして。」
一部始終を見られていたのだろうかと羞恥心から顔が赤くなる。
男性ははるが言い終える前に自身のドアの前へと立っていた。そこははるの隣の部屋で、元救世主は隣の方だったのかと驚く。
「ハァ!?何してんだよ。どこか行く当ては?」
「…なかったからこうやって部屋の前まで着いてしまったんですけど………。」
発する言葉が尻すぼみになり、最後の方は恐らくほとんど聞こえていなかっただろう。
「窓の鍵とか開けてねぇの?」
「いや、流石に…開けてないですね。」
一応女なんで、と付け足す。女性の一人暮らしということもあり、防犯には細心の注意を払ってきたつもりだ。だが、今日だけはそれも憎まれる。
「ここら辺、時間潰すようなとこねぇもんな。」
「えっ?そうなんですか!?満喫とかカラオケとか…、」
「帰ってくる時、そういうとこあったか?」
ため息まじりに吐かれた言葉に今夜の帰路を思い出す。駅前のコンビニに寄って、クリーニング屋さんを通り過ぎて、もう閉まっていたちらほらある飲食店も通り過ぎた頃には住宅街に入っていて、そしたらマンションへ着いていた。
「なかった、と思います。」
「だろ?んで、どーすんの?」
「入れないし、取り敢えずコンビニで始発出るの待ちます。」
男性と話していると、今まで焦っていた気持ちが落ち着き、不思議と冷静になれた。お騒がせしましたと頭を下げるはるを見た男性は自分の腕時計を確認する。
「始発まで大体4、5時間くらいか。」
男性は少し考えた後、はるを真っ直ぐ見つめながら言った。
「ウチで時間潰すか?」
その言葉に目を見開き驚くはる。
「いいんですか!?」
「5時間立ちっぱなしでいいのか?」
はるの履いているヒールに目を向ける男性。
「う…ぅん、ちょっとキツイかもです。」
「だろ?」
「でっ、でも!危ないとか思ったりしません?隣とはいえ、初対面ですし。」
「いや、それ普通逆だろ。」
呆れ顔の男性にそれもそうかとはるはジトーっと怪しげに男性を見つめる。その視線に気付いた男性は慌てて否定する。
「バッ…、俺は何もしねぇよ!」
少し頬を染めながら、左手をはるの前に掲げた。
「飲むの、付き合えよ。」
オマエの判断次第だけど、とはるの反応を伺う。初対面だし少し危ないのかもしれない。でも、声をかけてくれた事や、怪しんだ時の慌てた様子、ヒールを履いている自分を気遣ってくれたことを思うと、きっと男性は善意で言ってくれたのだろうと判断し、ニッコリと笑いながら自分の右手を男性へ掲げた。
「それはこっちのセリフです。」
「決まりだな。」
男性はフッと笑うと、部屋の鍵を開けはるを招き入れた。
「お邪魔しまぁす。」
自分と同じ間取りの1DK。家具の配置の違いにワクワクしながら部屋を眺める。大きなテレビに小さめのローテーブル、人が一人寝られるくらいの黒いソファー。キッチンには洗ってある食器が綺麗に並べられており、整理整頓されていた。
「んなマジマジと見んなよ。」
「あ、すみません。つい…。」
「ちょっと片付けるから、シャワーでも浴びて来いよ。」
「えっ!?」
はるはビクリと肩を震わせ、疑いの目を向ける。充分綺麗なのにどこを片付けるというのだろう。二度目のその視線に男性はため息をついた。
「あのな…、オマエみたいなガキくさいやつに欲情なんてしねぇから。」
「は!?」
「だーかーらー!手なんてださねぇっつってんの。」
言っていることは理解できる。でも言い方ってものがあるだろう。そんなに子供っぽいかな、と視線を下に向け自身の体を見るはるに、男性はタオルとスウェットを差し出し、強引に持たせる。
「風呂場は…って分かるか。」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて、浴びさせて頂きます。」
ガキくさい、という言葉に少し凹みながら、きっと人に見られたくないものもあるのだろうと無理矢理自分を納得させ、浴室のドアを閉めた。
親切なのか、失礼な人なのか分からないまま、このままあと4時間ほど一緒に過ごすことに憂鬱になってきたはるはそんな気持ちを打ち消すように頭からお湯を被る。
しまった、と思った時にはもう遅かった。つい、自分の部屋にいる感覚でメイクまでも洗い落としてしまったのだ。正確にはクレンジングを使ったわけではないから完全には洗い落とせてはいないのだが、メイクはダラダラと流れていく。はるは意を決して男性用の洗顔フォームを手に取り、ゴシゴシと顔を洗う。女に見られてないなら、こんな事を気にする必要もない。それだったら、少しでも楽チンに過ごせられるように、と気持ちを切り替えた。
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なぜ知らない女性を自分の部屋へあげることになったのだろうーーーぼんやりと考えながら部屋の主である三井は散らかしていた雑誌を片付け、ブランケットをクローゼットの中から取り出す。
正直、オートロックを一緒に通られた時はここの住人のストーカーか何かかと思い少し怖かった。ましてや同じ階だと言うもんだから、よくあるエレベーターでの怖い話を思い出し、余計に恐怖心を煽られた。だが、エレベーターが着くと軽やかに歩き出すその女性にちゃんと人間だったと妙に安心して、多少行動は怪しかったが、つい声を掛けてしまった。
何もしないと言った手前、初対面の彼女に手を出すつもりは毛頭ないが、手を額に当てながらポツリと呟く。
「危機感なさすぎだろ…。」
ガチャとドアが開き、シャワーを浴び終わった女性が三井の方へ近付いてきた。ぶがぶかのスウェットからは肩が出そうだし、胸元は開いているし、シャワーを浴びたからか頬はほんのりピンク色だ。そしてその顔がスッピンであることに気付いた三井は、普通化粧落とすかぁ?何安心しきってんだコイツは、と警戒心のない女性が心配になる。
「ありがとうございました!スッキリしました!」
女性はニコニコとお礼を言い、スタスタと三井の横を通り過ぎる。
「お、おぅ。」
友達の家にでも泊まりに来たかのように、自分が着ていた服をパパッと鞄のそばに置き、ソファーを背にして座り込む。…馴染みすぎだ。
三井は洗面所に行きドライヤーを掴むと部屋へ戻り女性へ手渡す。
「髪、乾かさねぇと風邪引くぞ。」
「わー、何から何までありがとうございます。」
「シャワー浴びてくるから、テキトーにTVでも見ながら先に飲んどけよ。」
三井はリモコンも手渡し、女性がお礼を言うのもきちんと聞かずパタンと扉を閉める。まぁ取り敢えず飲んで話してりゃテキトーな時間になるだろうと、あまり深く考えないようにしてシャワーを浴び始めた。
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ブオォォォとドライヤーで髪を乾かしながらはるは時計を見る。あと3時間くらいしたら、部屋を出て駅へ向かおう。きっとあの男性も仕事で疲れているだろうから、なるべく自分といる時間は減らしてあげたい。しんとした部屋に落ち着かなくなり、はるはテレビをつけ、自分が買ってきた飲み物とおつまみをテーブルへ並べる。
ビール、ビール、また一つビール、そしてスモークタンと柿ピー。
ガチャリとドアが開き、テーブルに並べられている品物を見て男性が呟いた。
「オッサンかよ。」
はる自身、たった今、色気ないなと思っていただけに、ぴったりの言葉だなと笑う。
「スミマセン。」
「いや、いいけどよ。俺のと対して変わんなくね?」
そう言いながら男性もテーブルへ買ってきた品物を並べる。
ビール、ハイボール、レモン酎ハイ、レンチンできる餃子に海老チリ。男性は笑いながら餃子と海老チリを手に取り、キッチンへと向かった。
「じゃああなたもオッサンだ。」
「オレはいいんだよ。もうオッサンだから。」
「えー、全然!そんな風に見えない。あっ!そう言えばお名前は?私は606号室の月野はるです。」
はるに聞かれて、ここまでお互い名前を知らないことに気付いた三井は自身も名前を名乗る。
「607号室の三井だ。」
「お隣さん同士、仲良くしてくださいね。」
ふわりと笑うはるにつられて三井も口の端をあげる。
温まった餃子と海老チリをテーブルに置くと三井ははるの横に同じようにソファーを背に座り込む。プシュッと缶ビールを開けると、目線でオマエも開けろと促す。
二人は缶をガチッと合わせ乾杯をした。
「何に乾杯ですか?」
「何でもいいだろ。ほら、オマエもあったかいうちに食えよ。」
「えっ、でもこれ一人で食べるつもりだったんですよね?」
「いいから食えよ。オレもスモークタン食いてぇし。」
ハッとしたはるはスモークタンと柿ピーの袋を二人で食べれるように開ける。箸をすすめる三井に、この量で足りるのだろうかと逆に食べるスピードを落とすはる。それにしても美味しい。なんてことないコンビニの品物なのにとても美味しく感じる。
「こうやって部屋で誰かとご飯食べるの久しぶりです。」
「あ?そーだな。オレも久しぶりかもしんねぇ。」
「やっぱり一人で飲んだり食べたりするより楽しいですね。」
ふふっと笑いながら、はるは三井に目を向ける。さっきまで緊張していてきちんと顔を見ていなかったことに気付いた。
「まぁ、そうだな。」
パクりと餃子を食べる三井の横顔は綺麗で、髪は濡れておりどことなく色気が漂っている。一瞬見惚れてしまったはるはフルフルと頭を振り、湧いてきそうな感情を遮るかのように会話を続ける。
「三井さんはいつもこの時間が帰りなんですか?」
「いや、出張から帰ってきて溜まってた仕事と報告書あげてたらこの時間。オマエは?」
あんまりお家に帰らないのかな?だとしたらこの生活感のない部屋にも納得!とはるも答える。
「私は来週の仕事の準備とか上司に頼まれた資料まとめたりとか。」
「そして鍵を無くしたと。」
うっ、と言葉に詰まるはる。無くしたくて無くした訳じゃない。三井の言葉に現実に引き戻されしょぼんとしてしまう。
「クッ、ハハッ。んなあからさまに落ち込まなくても。」
「だって!」
「どこかにあんだろ。大体鍵なんて出先で取り出すことあるか?」
三井の言葉にふとはるは今日の出来事を思い出す。
そう言えば、ランチの時に同僚から新しい部屋の鍵ってどんなのと聞かれ鞄から出したっけ。それから確か落とすといけないなと思って確か…………。
「ああぁぁあああ!!!」
いきなり大声を出すはるに三井は肩を震わせ、反射的にはるの口を自身の手で塞ぐ。
「いきなり大声出すなよ。近所迷惑だ、、ろ。」
グッと近くなった距離に慌てて三井は手を離す。しかしはるはそんな三井の行動など気にも止めず、鞄の中からポーチを取り出しおもむろに中身を漁る。
「ああああああありましたよ!三井さん!」
三井の目の前に自分の部屋と同じような鍵を突きつける。
「忘れてたぁ!あの時ポーチに鍵入れたんだった!」
興奮するはるとは対照的に三井は冷静に言う。
「良かったな。んじゃオマエ…もう部屋戻れんじゃん。」
その言葉に、はるはチクリと胸が痛くなった。鍵が見つかったから、ハイさようなら、なんて少し寂しい気がする。
「そう、ですよね…。」
先程のしょんぼりより更にしょぼくれたはるを見て、三井は何故だかこのまま帰したくない気持ちに駆られた。
「まーなんだ。…いつでも戻れるし、今日はウチで飲んでけばいいんじゃねーの?」
「え!?いいんですか?」
パアァァっとはるの顔が明るくなり、三井はビールを飲み干す。
「付き合えって言ったからな。」
「はいっ、付き合います!!」
見つかったのも三井さんのお陰ですし!とはるは強く言い、自身のビールを飲み干す。合図したわけでもないのに、同じタイミングで次の飲み物のプルタブを開け、ガチッと乾杯する。
乾杯に意味などないが、微笑み合う二人は、お互いの知らないことを埋めるかのように喋り続け、いつの間にか買ってきた飲み物を飲み干し、三井が貰い物だというワインをしっぽりと飲み始めた。
この頃になるとお互い酔いも回ってきて、時刻は始発電車が走り出す時間へと変わっていた。二人の会話もポツリポツリと途切れつつあり、睡魔に襲われながらも、この時間を終わらせたくないと思う三井は会話を続行させる。
「オマエ、この始発に乗って会社行ってどうするつもりだったの?」
「………考えてなかったです。ってかこの時間に行っても会社開いてないです。」
「だろーな。………もう少し考えて行動しろよ。」
「…ですよね。」
苦笑いしながら三井を見ると、ふと心配そうな顔をされた。
「スマホ。」
「ん?」
「電話かけたいからスマホ貸して。」
自分の携帯は?と考える余裕もなく、はるは鞄からスマホを取り出しロックを解除し三井へ差し出す。
トットットッと番号を入力し、三井はどこかへ電話をかけ始めた。
すると、どこからともなくヴーッとバイブの音が鳴り響き、三井はスマホをはるへ渡す。
「オレの番号。何か困ったことあったら言えよ。」
「…………いいんですか?」
「3回に1回くらいはとってやるよ。」
三井はポンっとはるの頭を撫でる。結構出てくれるんですね、と言おうとしたはるの言葉の前に三井は撫でていた手を頭から頬に移動させながら言う。
「他の男の部屋に行かれても心配だしな…。」
熱を帯びた瞳を向けられ、いきなりのスキンシップにはるの顔はみるみるうちに赤くなる。
「あんま可愛い顔すんなよ。襲いたくなるだろうが。」
「でもっ、さっきガキくさいって!」
「…………アレはオマエが不安そうな顔してたから、安心させるために、って…喋りすぎだなオレ。」
そう言う意味だったのか、とはるは目の前にいる三井を見つめる。心なしか、三井も少し赤くなっている気がした。はるの潤んだ瞳に見つめられると、どうにももっと触れたいと欲が湧いてきて、三井はパッと手を離したかと思うと今度は頭の上からブランケットが降ってくる。
「ちょっ、何するんですか!」
ブランケットから顔を出すとソファーへ座り直した三井はそっぽを向きながら答える。
「もう寝るぞ。」
「ね、寝るって!?」
「始発待ってる意味もねぇし、オマエも眠そうだし、オレも眠い。」
そう言ってはるを自分の座っている前へグイッと引きあげる。ポスっと三井の腕の中に収まったはるは上を見上げ三井に問う。
「寝るって、ここで!?」
「…あ?ベッドの方がいいか?」
「そう言う意味じゃなくて…。」
「嫌なら帰ってもいいんだぜ?」
そう言ってはるが動けるようにパッと腕を大きく広げる。ニヤリと笑う三井にははるの心の中が読めているのだろうか?
「ずるい。」
決定権を自分に持たせるなんて狡いとはるは思った。一度与えられた温もりはとても安心できるもので、できればはるもこのまま幸せな眠りにつきたいと感じた。はるは見上げていた顔を戻し、不貞腐れながら手にしていたブランケットで自分を覆う。帰る意思がないと判断した三井は広げていた手で優しくはるを包み耳元で囁く。
「起きたらもう約束は守らねぇからな。」
「!?」
「おやすみ。」
それって詐欺じゃん。とはるは呟き、まぁ三井さんになら騙されてもいいかぁと重い瞼を閉じる。温かい腕に包まれ自然と頭が睡眠状態に切り替わっていく。恋に落ちるって、こんな感覚?と薄れゆく意識の中で思い、二人は眠りにつくのだった。
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