ブラックチョコレート
「ふーーーん」
「いやいやいや待ってよ、めっちゃ不機嫌なままじゃん!!ちゃんと説明したよ?」
彼女は不機嫌だった。
講義が終わって夕方、大学の近所のカフェで、ふたりでケーキを食べてる。
ケーキ食ってんのに不機嫌。不機嫌にケーキって食えるもんなの?甘くておいしくてしあわせー!ってなるよ、少なくとも俺は!
「その、イズミさんって人と知り合ってどれくらいなの?」
「1ヶ月」
「1ヶ月!?それで泊まりに行ったの?」
「うん、行ってきたよ。超居心地いい部屋だった」
「なんかすごいね、トモも、そのイズミさんって人も」
「そうかなあ。いい人なんだよ、泉さん。今度さ、カームにおいでよ。泉さん、めっちゃかっこいいし、あれかもなー、志穂ちゃん、泉さんのこと好きになっちゃうかもなー」
「なに言ってんの」
お皿の上でケーキが崩れる。
「私は、そんな簡単に浮気しません」
志穂ちゃんはムッとした顔で、フォークを動かした。
俺は電車通学が面倒だし、カームでバイトしたかったっていうのもあってこっちで1人暮らしを始めたけど、志穂ちゃんは実家から通ってる。
から、ケーキを食べ終わったら駅まで送って、別れた。
明日はちゃんと、志穂ちゃんと一緒に昼食べないとな、
バイトの日、少し早めに着いたからバックヤードで本を読んでたら、泉さんが来た。
「おはようございます!」
「おはよう。あ、前借りた本持ってきた。ありがとね、面白かった。あと、ちょっとだけ借りたお礼」
本の上に、革のブックマーカーが乗っていた。
「え!いいんですか、こんな…」
「夏目に似合いそうだなーと思って見てたら買っちゃった。いっぱい本読むだろうし、使って!」
「ありがとうございます…!やべえ、めっちゃ嬉しい」
まじで俺が女だったら泉さんのこと好きになってる。あ、泉さんが女の人でもいい。それでも好きになってる。
「大切にします!」
「うん」
きれいな顔を見てたら、ほんと、泉さんって触れそうで触れない、高貴な感じの猫みたいだなって思う。シャムとか、ロシアンブルーとか…
どんな条件をクリアしたら、泉さんと付き合えるんだろう?
そんなことをぼんやり思いながら、少しだけ乱れた本棚の整理をした。
やっぱ、整った人じゃなきゃとか、あんのかな…
すげえ美人とか、めちゃくちゃスタイルいいとか、身長の具合とか…清楚な人が好きかと思いきや、セクシーな人が好きだったりして!
「夏目!」
「うわっ」
肩を叩かれて、結構な声を出してしまった。
振り返ったら泉さんがいて、隣に志穂ちゃんがいる。
「彼女来てるよ」
「おお、志穂ちゃん」
泉さんは笑って、カウンターに戻っていった。
「ほんとに来てくれたんだ」
「イズミさん、めっちゃきれいな人だね」
「だよね…俺もそう思う。それでなおかつ優しいんだよ?いやー、すごいわ…あ、ドリンク頼んだ?席どこ?持ってくね」
カフェのカウンターまで行って、志穂ちゃんの頼んだ飲み物を作る泉さんを見た。
横顔に見惚れてしまう。
こっちを向いて、
目が合ったらにこって笑顔になって、
「はい、持ってって」
「あ、ありがとうございます」
トレーに乗せて、志穂ちゃんのテーブルまで運ぶ。
「おまたせ、」
「…関係ないからね、男とか女とか」
「ん?なに、急に」
「私、ちゃんと好きだからね」
「え?」
「トモが、好きだからね」
志穂ちゃんは真剣な顔でそう言った。
急に好きだとか言われたら、なんていうか照れる。
「ありがとう。ゆっくりしてってね」
笑いかけたら、志穂ちゃんは力なく唇の端を引き上げた。