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ブラックチョコレート



大学に入って少し落ち着いたら、カームでバイトしようってずっと決めてた。カームって店名の通り、静かなブックカフェ。
こっちが勝手にそう決めてただけだったけど、ちゃんと無事に決まった。よかった

カフェを担当するのと、本の販売担当とで分かれていて、俺は希望通り、本の販売担当になった。

大学生のバイトは何人かいるけど、俺が入る時に必ず一緒なのは、カフェ担当の先輩だけだった。
シフト表を見たとき[泉 薫]って書いてたから、勝手に女の人だって思い込んでたけど、男の人だった。
長い前髪を耳に引っ掛けてて、男の人だけど、なんかきれいな感じの人だったから、ちょっと話しかけるのに勇気が一瞬要った。
でも泉さんは優しくて、俺のことを「夏目」って呼んでくれて、すぐに親しくなることができた。




「へー、よかったね」
「なにその単調な言い方!」

大学の、中庭のベンチで、彼女と昼ごはんを食べるのは習慣になってる。

「せっかく一緒の大学入ったのに、そんなしょっちゅうバイトされたら、あんまり一緒にいられないじゃん」
「えー!週3だよ?少ないじゃん!それにあれだよ、バイト代あると余裕のあるデートができるようになるし」

高校の頃から付き合っている彼女とは、学部は違うながらも同じ大学に進学した。
別に一緒に行こうねって申し合わせたわけではないけど、偶然。

「志穂ちゃんはバイトしたりサークル入ったりしないの?」
「んー、なんも考えてなかったな。ただ長いこと一緒にいられたらいいなって思ってた」
「いや嬉しいけど!!」

志穂ちゃんは、あははって笑った。
俺はその笑ってるところが好きだなって思う。

「嬉しいけどさあ、でも、志穂ちゃんは志穂ちゃんで、好きなことしたらいいよ。今しかできないこととかきっとあるしさ」
「…そうだね」
「そうそう。やべえ、次の講義小テストあった気がする!俺ちょっと先行ってくるね」
「うん。ねえ、今日バイトだよね」
「そうそう、今日は5時から9時まで!だからまた明日かな」
「そっか、じゃあ、また明日ね」
「またね!」





講義が終わったらすぐにバイトに行った。
バックヤードに入ると、泉さんは丸椅子に座ってスマホを触ってる。

「おはようございます」
「おはよー」

制服のエプロンを着て、鏡で髪を整えた。
まだちょっと時間に余裕がある。

「そうだ、夏目ってさ」
「はい!」

思わずいい返事をしてしまった…
泉さんはちょっとびっくりした顔をしてから、目を細めて笑った。

「超いい返事じゃん!夏目って、下の名前なんて読むの?シフト表見てた時にふと思ったんだよね」

泉さんはきれいな指で壁に貼ってるシフト表をなぞった。
1番下に、俺の名前がある。[夏目 知]。

「とも、です」
「そうなんだ!ありがとう。すっきりした」
「なんだと思ってたんすか?」
「え、なんだろうなーって思ってた」
「思考停止!あ、名前と言えば、僕も泉さんのこと、女性だと思ってました」
「それよく言われるんだー。がっかりした?男じゃん!って」
「がっかりとか!そんなんしませんよ!優しい人でよかったーって思いました」

本当に、泉さんは優しい。
くすって笑われた。

「優しくないけどね、俺」
「えー、優しいですって!俺女だったら泉さんと付き合いたいくらいっすよ」
「……嬉しー」

視線の感じとか、空気感とかそういうので、わかってしまう。なんとなく、気まずい感じ

「すみません、俺キモいこと言いましたね」
「ううん、平気。嬉しいよ。ありがとー」

泉さんは立ち上がって、伸びをした。

「さてさて行きますか、」

後ろ姿を見て、それから、いやいやこのまま変な感じになんの嫌だわ!!って思った。
ほんと、泉さんのこと優しい先輩でよかったって思ってて、俺のおすすめの本も読んでみたいとか、言ってくれて……

「あ!!!」
「……びっくりしたー………どうした?」
「本!前言ってたやつ持ってきました」
「まじで!嬉しい。夏目、上がり何時?」
「9時です」
「同じだ。じゃあ帰り借りてもいい?よかったらメシ行こー」
「はい!」

仲良くなれそうじゃんって思って、めっちゃテンション上がった!


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