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1日1話

_「ふたり」



夕暮れ時、深い青、緑、黄色、赤、ピンク、グラデーションの空だった。
Mはそれをベランダからぼんやり眺めていた。
遠くには東京タワーが見える。
それは数年前には特別なことだったけれど、もう今は当たり前のことになってしまった。
Mは、干していた洗濯物を取り込んだ。
最近変えた柔軟剤の、いいにおいがした。
思わずその大きな、チョコレートみたいな色のスウェットに顔を埋めた。
「ただいま」
そのスウェットの持ち主が帰宅する。
Mは慌てて洗濯物を突っ込んだカゴをかかえて、リビングへ戻った。
「おかえり」
「寒い寒い…今日は何食べますか?」
Kは、コートを引っ掛けながらMに訊いた。
Kの頬や鼻の頭は赤くて、外はだいぶ寒かったよな、とMは思った。
温めてあげたいな、とも、思った。
「何食べたい?」
「Mさんの食べたいのがいいです」
「えー、どうしよう、何がいいかなあ」
Mは、背の高いKのことを少し見上げた。
それで、ふたりで逃げるように東京まで来た日のことを思い返した。
Kはその頃より随分と背が伸びた。
それから、ふにゃりと優しい…優しさの権化みたいだったのに加え、男らしさも兼ね備えるようになった。
MはKを抱きしめた。
自然に、首筋に顔を埋めるようになった。
柔軟剤のにおいがした。
Kは笑いながらMの背中に腕を回した。
くすくす、ふたりの笑う声が交わり広がる。
MとKの間は、慈愛のようなものでいっぱいだった。
Kはどっちからふたりで逃げよう、と言ったのかを、思い出そうとした。
でもそれは意味のないことだとも思った。
実際、今こうしてMは自分を抱きしめてるんだから、と。

どうなりたくて逃げてきたのか、
自分たちの関係をなんだと言えばいいのか、

それは、ふたりにも判らなかった。

ただ、日は暮れてしまうし、長い夜のあとはまた、明けていく。

ふたりはその繰り返しに揺られて、答えのないなにかを紡ぐのだろう。



***


三人称小説の習作。

2020,1,14



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