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ブラックチョコレート


カーム、という名前のブックカフェは、いつも穏やかに時が流れる。
ゆったりした1人掛けのソファー席が並んで、大きな窓からは柔らかく光がさしている。

俺はここでバイトしていて、ドリンクの注文を受けるカウンターで、座りながらお客さんが来るのを待つ。注文が入ればドリンクを作って、届けて、またカウンターに戻る。

本は販売もしてるからそっちのレジカウンターもあって、それは俺が主にいる注文カウンターの真向かい。

時折、前を見てしまうのは、







「夏目です、よろしくお願いします」
「よろしくね」

初めて夏目が来たのは、春先だった。

夏目は俺とは違う大学に通っていて、歳も二つ下。俺が21歳で、夏目はまだ19歳。
黒い髪は少しウェーブがかってて、アーモンドみたいな目をしてる。
本が好きで、カウンターでレジ番しながらいつも本を読んでいる。





「泉さん」
「ん?」
「泉さんって、そういう系の小説結構読むんですか?」
「んー、まあまあ読むかな…」
「僕、その作家さん超好きなんですよ!今出てるの全部持ってるから、もし持ってないのあったら、今度持ってきますよ」

ゴールデンウィーク明けの、暑い日だった。

それはミステリー小説で、俺はその日たまたま、それを手に取って読んでみてただけ。

「ありがとう。俺全然持ってないから、夏目のおすすめのやつ貸して」

そう言ったら夏目はニコって笑った。

「はい!選んできますね」




人を好きになるのなんて些細なきっかけがあればすぐだ。
俺が夏目を"そういう意味"で好きになるのなんて一瞬だった。

ページをめくる、細い指先が
その細い腕でたくさんの本を陳列してる姿が
目にかかる前髪の隙間から見える目が
ふと顔を上げたときの横顔が
少し高めの柔らかい声が

俺は大好きだって思った。夏目はきっと、俺のことをそんなふうには絶対見ないし、この気持ちを知ったら気持ち悪いって思うだろう。けど、それでも俺は、夏目を好きでいることを、やめられなかった。


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