第一話
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それは、遥か昔の物語───
―流魂街外れ―
流魂街の山奥にある大きな屋敷。
その縁側では碧い単衣を身にまとった男性と、白を基調とした単衣に黒い羽織を着た女性が、中庭の景色を
突如女性の藍色の瞳が、鋭さを増す。
???「西の方ですね、10体程でしょうか……。奏斗、少し遠いですがお願いできますか?」
奏斗と呼ばれた男性は短く返事をし自室に行くと、刀と球が幾つか入った袋を手にする。中庭に戻り草履を履いていると女性が傍に寄り膝をつく。
???「行ってらっしゃい、どうかお気を付けて」
心配そうに見つめる女性の頭にぽんっと手を置き、大丈夫だと言って微笑みかける。
奏「すぐ戻る。行ってきます」
そう言って立ち上がると数歩進む。徐々に霊圧が薄れていき、それが完全に消えると地面を強く蹴り結界を通り抜け、文字通り目にも止まらぬ早さで西流魂街の遥か先へ向かった。
女性は奏斗が向かった方を暫く見つめていた。
サァッと軽い風が吹く。
春の訪れまで、あと少し……。
奏「(ここら辺か……)」
木々の合間を瞬歩で駆け抜けていた奏斗はとある地点で足を止め地面に降り立った。
意識を集中し、じっとその時を待つ。
冷えた風が森の隙間を勢いよく唸りながら通り抜けた。
すると突然上空でパリパリと音がしたかと思えば、空間が裂け虚が顔を出した。
視認すると共に家を出る際に手にした袋から球を取り出す。
奏「さぁ、餌の時間だぜ」
ウ"オオオオオ"オ"オ"オ"ッ!!!!
大きく咆哮を上げ、獲物を探しぐるりと見渡す。そこで見つけたのはこちらを見て棒立ちしている人間。逸る気持ちを抑え囲むようにして地に降りる。
奏「(……よし、出尽くしたか)」
亀裂からもう出てこない事を確認した奏斗は、ぐっと脚に力を込めて飛ぶと懐から御札を出し、亀裂に向かって投げる。御札が亀裂を塞ぐように結界が展開される。
重力に従い落下してくる獲物に狙いを定めた刹那、ヒュッと風の切れる音の直後に、質量のある打撃音が続く。
一体の虚が空中に飛んだ。
否、蹴り飛ばされたのだ。
上を向いたままの虚のあご先にトッと立つと、持っていた球を口に一つ落とした。そのまま再度蹴り上げ亀裂の中に虚を突っ込んだ。
それからはただ森の奥で轟音が響くだけだった。襲いかかって来る奴は勢いそのままに投げ飛ばす、納刀したままの刀を振るい殴る、一方的だ。
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現れた全ての虚に球を与え亀裂に戻した。
スッと掌を亀裂に向け数言呟くと、御札が呼応し徐々に亀裂が小さくなっていく。やがて虚を飲み込むようにして裂け目は完全に閉じた。
あたりには何事も無かったかのように爽やかな風が吹き抜ける。
ふぅと一息付き、持ってきた刀を持ち直す。
虚と対峙する度に込み上げる"何かを斬りたい"という欲。虚を斬ることはないに等しい。ひたすらに刀を振っても、手合わせをしても質量のある物は決して斬れない。昔から消える事の無い欲に性根は変わらないものだと痛感させられる。
こんな事を考えても大黒柱が眉尻を下げるだけ、と再度短く息を吐いて思考を切り離す。周辺に虚がいない事を確認するとふと足りてない薬草があった事を思い出し、土産に摘んで帰る事にした。
瞬歩で家の前まで移動し結界を通る。霊圧を戻しながら扉を開け、帰宅を告げる。玄関へ進み入り薬草の入った風呂敷を下ろした所で、小走りで来た女性と目が合った。
???「おかえりなさい」
さらりと揺れる深い藍色の髪、細められた藍色の瞳、緩やかに弧を描く唇、心地よく響く声音、それらは頭の片隅に浮かんだ不安感を拭うには十分だった。
奏「ただいま、深命」
奏斗の帰宅を喜び、ほっとしたように微笑む深命と呼ばれた女性、そう彼女こそがこの家の大黒柱である新麻深命。
奏「これ、薬草幾つか採ってきた」
深「まぁ、ありがとうございます。お怪我はございませんか?」
奏「全く」
深「ようございました」
ふにゃりと効果音が付きそうなほど表情筋を緩ませる。毎度そんなに心配しなくても大丈夫だと言うが、この心配性は一向に改善の余地を見せない。
草履を脱ぎ、家の中へ入っていく。
奏「他の奴らは?」
深「夕凪とお露はまだ帰ってきておりません。洸と紅音は引き続きお店番を」
奏「そうか」
深「お茶入れますね。少しお部屋で休まれて下さい」
了承の返事をし、刀を部屋に戻すと茶の間に行く。
少しすると深命がお盆に湯呑みを二つ乗せて持って来た。そっと腰を下ろしお盆を脇に置くと蒼い湯呑みを渡す。口にするといつもより豊かな香りと味が広がる。高価な客人用のものを入れたのだろうと察する。
深命は自分の湯呑みを持つと奏斗と背中合わせになるように座った。
奏「(こりゃバレてんな……)」
深命は人の雰囲気や視線から大抵の事を察してしまう。特に長く共に居る自分達に関しては敏感で隠し事など到底無理な話だろう。しつこく聞いたりしないが放っておくことも出来ないらしく、ただ何も言わず傍にいる。その優しさが本当に有難い。深命の香りや温もりはなんとも落ち着く。自分でも末期だなと思うが、心地良いのはどうやら他の奴等も同じらしい。
この時間が何とも幸せだった。誰も帰ってこない事をひっそりと心の片隅で願った。