第三話
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声も出ない。体も力が入らずへたり込み、震えるばかりで逃げてはくれない。突如現れた異形から目を離す事が出来ない。先程まで溢れていた喜びの涙は一気に恐怖のものへと変わり、収まりきらなかったものがつぅ、とひとつ頬を伝った。
深命と祖母・孫の間に降り立った二体の虚は、それぞれの近くに居る獲物を吟味している様だった。
息が震える。孫を抱き締めている手に力が入る。 孫はソレを視界に入れたくないのか、祖母の肩に顔を埋め泣きじゃくっている。
祖母「っぁ…ハァッ、か、かみさまっどうか、ハッどうかこの子だけはッ…お救い下さいッ、」
お願いします、お願いしますと繰り返し呟く。叶う訳が無いと頭の片隅では理解しつつも願わずにはいられない。
祖母「…(っ先程の女性は…?)」
ハッと女性の居た方を向くと彼女は臆することも無く、ただじっと化け物を見つめていた。ちらりとこちらを見やると微笑み、再び化け物に顔を向ける。
深「御二方に手を出さないでちょうだい。出来ればこのまま大人しくしていて下さいな」
訴えかけるようにそっと声を掛ける。しかしその訴えも虚しく、力の差を示すように咆哮する化け物。その勢いのまま食らいつこうと突進する。
祖母「あぁッ!!」
思わず出た声とほぼ同時に、女性がいた場所から土埃が舞う。
喰われた。
そう思ったが化け物は顔を上げきょろょろと辺りを見渡した。
深「探し物ですか?」
声の方を見遣れば先程の女性が化け物の後ろに立っていた。まるで鬼事で、鬼さんこちら、と呼びかける童のように声をかける。
ぐりんと虚の顔が回り、それと同時に腕が降ってくる。虫を叩き潰すが如く振り下ろされた腕も飄々と避け、もう1体の方へ近づく。
2度も逃げられた事で、祖母と孫を狙っていたもう1体も先に深命を仕留めようと向かってくる。
しかしそれでも捕まえる事は出来ない。腕をぶん回しても尾を巧みに使おうとも間一髪、いや余裕で避けられる。周辺の家や倉庫ばかりが壊れ視界が広くなる一方である。
深「(このまま徐々に御二方から距離を離して行きましょう)」
二人に被害が無いよう上手く誘導しながら攻撃を避ける。深命に翻弄され苛立ちが募ったのか、1体が突如標的を変え、動けない2人に向かって爪を振りかぶる。
深「なっ!?」
老人にとって現実味がなくどこか遠い世界の事、映像でも見ている様だったこちらにあの化け物が襲いかかって来る。疲弊した精神、身体は咄嗟に反応出来ず、近づいてくるものをぼうと眺めていた。
深「くっ……(このままじゃ間に合わないッ……!)」
咄嗟に脚に"力"を込め、近くに居た方の虚を踏み台にし距離を縮める。爪先は確実に当たる。2人さえ無傷であれば、と必死に2人に向けて両の腕を伸ばす。来たる激痛に覚悟を決めた。
何か黒い物が凄い勢いで向かってくるのが視界に入った。
ガシッと人を抱えた感覚。
それと同時に耳元で響いた硬いものがぶつかり合う音。
ガギギギギィンッ
ザザザッ
放り出すように伸ばした腕を必死に引き寄せ、脚を身体の下に潜り込ませる。衝撃を吸収するよう脚を滑らせどうにか着地した。
凄まじい衝撃音を間近で聞いたせいか、若干耳に違和感を感じつつそっと二人を降ろす。急いた気が、降ろしきる前に体を捻らせ後方を確認させた。
そこには外套で身を包んだ狐面の者が刀一本で虚の爪を受け止めていた。
深「……!(奏斗、ありがとうございます)」
心の中で礼を述べると直ぐに2人に向き直り、無事を確認する。
深「っお怪我はございませんか!?」
孫「だ、大丈夫……おばあちゃんも、わっ私も、怪我してないよ…。ッけど、ちょっと、足が……」
そう言った少女は祖母に掴まって立つのがやっとの様だった。
深「(お母様を走らせることも無理がありますしここは……)分かりました。直ぐにここから離れなくてはならないため、私が御二方を抱えます。大分強引な方法で参りますが、どうかご容赦を」
え、と困惑する2人を余所に深命は祖母と孫を抱える。グッと足に力を入れ、強く地を蹴り高く飛び上がる。瓦礫の山だけではなく家々の屋根を飛び越え、轟音を背に安全な地区まで最短距離で向かう。
少女は女性の肩越しにその景色を見る。先程までいた場所は戦場であったのだと初めて実感した。あの場所で身を呈して戦い、自分達を護ってくれたこの女性。そっと顔を覗き込んだ少女の目には、真っ直ぐに前を見つめる女性の姿が酷く煌めいて見えた。
先程まで涙で濡れていた頬は風にすっかり乾かされていた。
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