終章
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『この優勝は俺たちだけの力では掴めませんでした。
応援してくれる家族や友達、支えてくれた監督やマネージャー、
それに帝国学園や木戸川清修、今まで戦ってくれたライバルたち、
その人たちのおかげでオレたちは強くなりました!
だから、みんなで掴んだ優勝です!
本当に、ほんっっっとうにッ!感謝していますッ!!!!
みんな!ありがとなーーーーっ!!!!』
雷門控室に入ると、天井に設置されているスピーカーから
見事なまでのヒーローインタビューが流れてきました。
もちろん彼のことですから原稿なんてない、心で生まれたままのまっすぐな思いを口にしているのでしょう。
純粋な感謝と喜びに満ちた声色は、電気信号の波形に変換されようとも私の鼓膜を、鼓動を、打ち震わせます。
思えばたくさんのできごとがありました。
夏未様がおにぎりを作ったなんてことを知ってから、まだ3ヶ月も経っていないんですね。
一度は諦めてしまった雷門中学の制服に袖を通すことになって、
憧れの学び舎でサッカー部の皆さんと汗を流して、笑いあって、まるで普通の中学生みたいでした。
普通じゃないことが起こってからも、変わらず胸に燃え続けていたみなさんの支えになりたいという気持ちは、闇を照らしていた蝋燭が朝日の熱で溶けていくように、今一つの区切りを迎えたようです。
私の中でいろんなことが変わって、少し大人になれたようなそうでないような気がします。
感慨に浸っていると、プツリ、と放送が止んでしまったので
本来の職務に戻ろうとロッカーから箒を取り出しました。
部屋の奥の角から中央に向かって掃き、一歩進んで一掃き、反対側の角まで着いたら回れ右してまた一掃きと、大した汚れも出ないというのに体に馴染んだこの動作は自然と心を落ち着かせてくれます。
「奉」
「おっ、お嬢様!フィールドにいらっしゃるはずでは!?」
「もう、何言ってるの。私も仕事をしに来たのよ。ほら。」
そう言って部屋に入っていらした夏未様の手にはぞ、雑巾が。
「めめめめめ滅相もございません!このくらい私がやっておきますので、
お嬢様はおやすみになっていてください!!」
夏未様の手から雑巾を取ろうとすると、しなやかな腕を頭の上まですっと伸ばされて、
右へ左へ、ヒラヒラとかわされてしまいました。
「ふふっ、確かこういうショーがあったわね。
サッカーと並ぶスペインの名物だったかしら。」
「お、お嬢様〜〜ーー!」
「はいはい、闘牛ごっこはおしまいね。
でも掃除はやるわよ、マネージャーの仕事ですもの。」
「うっ、それはそうですが。」
「なら、さっさと続きをしましょう?手が止まっていてよ。」
「しょ、承知しました〜っ!」
箒にかけた手を握り直し、仕事に戻ります。
ああ~~~~!!!
夏未様があんなボロ雑巾を手にされて冷蔵後や机、
作戦ボードをゴシゴシと拭かれているではありませんか!!!
なんてこと!!!!!!
ん?ゴシゴシ?ってダメですそんなに強くしちゃあ!
ホワイトボードのコーティングが剝がれてしまいます~~~!!!
「……奉、声に出ているわよ。」
「ももももももも申し訳ございません!!!!!」
あろうことか主人に小言を垂れるようなことになるなんて!
ああ、どうしてこの控室には窓がないんでしょう、
もしあるのなら今すぐこの重たい空気を入れ替えられますのに!
それからしばらくの間は箒と雑巾のストローク音だけが続きました。
「大体綺麗になったかしら。
奉!これでいいわよね?」
「は、はい!」
上の空になっていた私は振り返るための勢いの加減が効かず、
そばにあった机を大きく揺らして天板上にあったリモコンを床に叩きつけました。
粗相の謝罪を申し上げようとしたところで
『それではッ!次は背番号12の目金選手!
雷門のなかでは古参だそうですね!今回の勝利にはどんなお気持ちですかッ!?』
偶然にも中継テレビの電源がつき、場の注意を一斉に引きました。
どうやら放送が途切れた後もインタビューは続いていたようで、
マイクを向けられてガチガチになりながら受け答えをする選手たちを見て、
夏未様はやわらかに笑みを浮かべられました。
その目元が描く弧には慈悲が満ち、さながら春を連れてきたペルセポネーのようで、
こちらの心までも日が差したようなあたたかさで照らされました。
「奉、誰かを支えるっていいものね。」
「はい、おっしゃる通りでございます。」
「だから、ありがとう。あなたがいなければ私たちは勝てなかった。」
「わ、私はそんな!」
「もう、謙遜はよしなさい。
奉が私に着いてきてくれて本当に嬉しかったのよ。
木野さんも音無さんも優秀なマネージャーだったから、
私だけ独りよがりになってしまっているんじゃないかっていつも不安だった。」
「お嬢様は、立派なマネージャーです!」
体を前のめりにし、互いしか捉えられないようになるくらいまで距離を縮め、
夏未様の瞳を見つめます。
モニタの音声が遠くなり、
力んだ弾みで手から零れ落ちてしまった木製の柄が大理石の床に落ちた音が響きました。
夏未様は目を見開かれてから、やんちゃな犬に向けるように顔をほころばせて、
牡丹の花が咲くようにゆっくりと唇を開き、言葉を紡がれました。
「奉にそう言ってもらえるなら、きっとみんなにとってもそうだったのよね。」
夏未様の視線が再び中継モニタに戻り、瞳に優勝カップが映ります。
「夏未様」
目線を取り戻せるように、できる限りの凛とした声で貴女の名を唇にのせ、
自らの心を暴いてもらえるように、膝を大理石に着きました。
「奉?どうしたのよ。」
再び捉えた瞳に自分の姿が映った高揚が喉を余計に震わせるので、一呼吸。
地面に近い空気の冷たさが血の高ぶりを静め、
最初の一音から終わりの吐息までまっすぐ貴女に届けることができます。
「ずっとこの先もお嬢様の…いえ、夏未様、貴女のお側に置いてください。
貴女と貴女が大切にされているものにお力添えしたいのです。
場寅の姓を持つものとしての宿命ではなく、
私の意思でそうしたいと思うのです。」
「……ええ、頼りにしているわ。」
「はい、お仕え申し上げます。」
私の労働者の手に躊躇いなく重ねてくださった白梅の手に顔を近づけ、
そっと唇を触れさせるふりをします。
「女王にでもなったみたいね。」
夏未様はくすぐったそうに笑ってから、
距離を縮めた時と変わらない速度で自らの手を元の位置にお戻しになりました。
動けない私に追い打ちを掛けるがごとく、
貴女の余熱が夏の朝露のように私の手から離れてゆきます。
「さ、みんなが戻ってくる頃になったみたいだし、行きましょうか。」
絹の御髪が揺れ、葡萄酒色の海が写す空よりも煌めきを放ち、
その眩さゆえに夏未様の輪郭が曖昧になってゆきます。
この美しい方が気高く咲く一輪の花よりも、芝に降り注ぐ光となるというのなら、
私は、私はその合間で恵みをもたらす雨となりましょう。
私たちはふくよかな土や吹き抜ける風と一緒になって緑の大地を瑞々しく育み、
その上で踊る生命を慈しむのです。
それでも、時々でいい、ほんのひとときで構わないから、
私の雲が空を覆う時だけは、その眩さを独り占めしてもかまいませんよね。
全身で受け止めた貴女の光があまりに暖かいので、溢れてしまった涙が、
彼らの明日を作るのですから。
応援してくれる家族や友達、支えてくれた監督やマネージャー、
それに帝国学園や木戸川清修、今まで戦ってくれたライバルたち、
その人たちのおかげでオレたちは強くなりました!
だから、みんなで掴んだ優勝です!
本当に、ほんっっっとうにッ!感謝していますッ!!!!
みんな!ありがとなーーーーっ!!!!』
雷門控室に入ると、天井に設置されているスピーカーから
見事なまでのヒーローインタビューが流れてきました。
もちろん彼のことですから原稿なんてない、心で生まれたままのまっすぐな思いを口にしているのでしょう。
純粋な感謝と喜びに満ちた声色は、電気信号の波形に変換されようとも私の鼓膜を、鼓動を、打ち震わせます。
思えばたくさんのできごとがありました。
夏未様がおにぎりを作ったなんてことを知ってから、まだ3ヶ月も経っていないんですね。
一度は諦めてしまった雷門中学の制服に袖を通すことになって、
憧れの学び舎でサッカー部の皆さんと汗を流して、笑いあって、まるで普通の中学生みたいでした。
普通じゃないことが起こってからも、変わらず胸に燃え続けていたみなさんの支えになりたいという気持ちは、闇を照らしていた蝋燭が朝日の熱で溶けていくように、今一つの区切りを迎えたようです。
私の中でいろんなことが変わって、少し大人になれたようなそうでないような気がします。
感慨に浸っていると、プツリ、と放送が止んでしまったので
本来の職務に戻ろうとロッカーから箒を取り出しました。
部屋の奥の角から中央に向かって掃き、一歩進んで一掃き、反対側の角まで着いたら回れ右してまた一掃きと、大した汚れも出ないというのに体に馴染んだこの動作は自然と心を落ち着かせてくれます。
「奉」
「おっ、お嬢様!フィールドにいらっしゃるはずでは!?」
「もう、何言ってるの。私も仕事をしに来たのよ。ほら。」
そう言って部屋に入っていらした夏未様の手にはぞ、雑巾が。
「めめめめめ滅相もございません!このくらい私がやっておきますので、
お嬢様はおやすみになっていてください!!」
夏未様の手から雑巾を取ろうとすると、しなやかな腕を頭の上まですっと伸ばされて、
右へ左へ、ヒラヒラとかわされてしまいました。
「ふふっ、確かこういうショーがあったわね。
サッカーと並ぶスペインの名物だったかしら。」
「お、お嬢様〜〜ーー!」
「はいはい、闘牛ごっこはおしまいね。
でも掃除はやるわよ、マネージャーの仕事ですもの。」
「うっ、それはそうですが。」
「なら、さっさと続きをしましょう?手が止まっていてよ。」
「しょ、承知しました〜っ!」
箒にかけた手を握り直し、仕事に戻ります。
ああ~~~~!!!
夏未様があんなボロ雑巾を手にされて冷蔵後や机、
作戦ボードをゴシゴシと拭かれているではありませんか!!!
なんてこと!!!!!!
ん?ゴシゴシ?ってダメですそんなに強くしちゃあ!
ホワイトボードのコーティングが剝がれてしまいます~~~!!!
「……奉、声に出ているわよ。」
「ももももももも申し訳ございません!!!!!」
あろうことか主人に小言を垂れるようなことになるなんて!
ああ、どうしてこの控室には窓がないんでしょう、
もしあるのなら今すぐこの重たい空気を入れ替えられますのに!
それからしばらくの間は箒と雑巾のストローク音だけが続きました。
「大体綺麗になったかしら。
奉!これでいいわよね?」
「は、はい!」
上の空になっていた私は振り返るための勢いの加減が効かず、
そばにあった机を大きく揺らして天板上にあったリモコンを床に叩きつけました。
粗相の謝罪を申し上げようとしたところで
『それではッ!次は背番号12の目金選手!
雷門のなかでは古参だそうですね!今回の勝利にはどんなお気持ちですかッ!?』
偶然にも中継テレビの電源がつき、場の注意を一斉に引きました。
どうやら放送が途切れた後もインタビューは続いていたようで、
マイクを向けられてガチガチになりながら受け答えをする選手たちを見て、
夏未様はやわらかに笑みを浮かべられました。
その目元が描く弧には慈悲が満ち、さながら春を連れてきたペルセポネーのようで、
こちらの心までも日が差したようなあたたかさで照らされました。
「奉、誰かを支えるっていいものね。」
「はい、おっしゃる通りでございます。」
「だから、ありがとう。あなたがいなければ私たちは勝てなかった。」
「わ、私はそんな!」
「もう、謙遜はよしなさい。
奉が私に着いてきてくれて本当に嬉しかったのよ。
木野さんも音無さんも優秀なマネージャーだったから、
私だけ独りよがりになってしまっているんじゃないかっていつも不安だった。」
「お嬢様は、立派なマネージャーです!」
体を前のめりにし、互いしか捉えられないようになるくらいまで距離を縮め、
夏未様の瞳を見つめます。
モニタの音声が遠くなり、
力んだ弾みで手から零れ落ちてしまった木製の柄が大理石の床に落ちた音が響きました。
夏未様は目を見開かれてから、やんちゃな犬に向けるように顔をほころばせて、
牡丹の花が咲くようにゆっくりと唇を開き、言葉を紡がれました。
「奉にそう言ってもらえるなら、きっとみんなにとってもそうだったのよね。」
夏未様の視線が再び中継モニタに戻り、瞳に優勝カップが映ります。
「夏未様」
目線を取り戻せるように、できる限りの凛とした声で貴女の名を唇にのせ、
自らの心を暴いてもらえるように、膝を大理石に着きました。
「奉?どうしたのよ。」
再び捉えた瞳に自分の姿が映った高揚が喉を余計に震わせるので、一呼吸。
地面に近い空気の冷たさが血の高ぶりを静め、
最初の一音から終わりの吐息までまっすぐ貴女に届けることができます。
「ずっとこの先もお嬢様の…いえ、夏未様、貴女のお側に置いてください。
貴女と貴女が大切にされているものにお力添えしたいのです。
場寅の姓を持つものとしての宿命ではなく、
私の意思でそうしたいと思うのです。」
「……ええ、頼りにしているわ。」
「はい、お仕え申し上げます。」
私の労働者の手に躊躇いなく重ねてくださった白梅の手に顔を近づけ、
そっと唇を触れさせるふりをします。
「女王にでもなったみたいね。」
夏未様はくすぐったそうに笑ってから、
距離を縮めた時と変わらない速度で自らの手を元の位置にお戻しになりました。
動けない私に追い打ちを掛けるがごとく、
貴女の余熱が夏の朝露のように私の手から離れてゆきます。
「さ、みんなが戻ってくる頃になったみたいだし、行きましょうか。」
絹の御髪が揺れ、葡萄酒色の海が写す空よりも煌めきを放ち、
その眩さゆえに夏未様の輪郭が曖昧になってゆきます。
この美しい方が気高く咲く一輪の花よりも、芝に降り注ぐ光となるというのなら、
私は、私はその合間で恵みをもたらす雨となりましょう。
私たちはふくよかな土や吹き抜ける風と一緒になって緑の大地を瑞々しく育み、
その上で踊る生命を慈しむのです。
それでも、時々でいい、ほんのひとときで構わないから、
私の雲が空を覆う時だけは、その眩さを独り占めしてもかまいませんよね。
全身で受け止めた貴女の光があまりに暖かいので、溢れてしまった涙が、
彼らの明日を作るのですから。
