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牡丹に芍薬、百合の花、紫陽花、朝顔、それに向日葵、
夕闇に浮かぶ花々に、紗や膨れの帯が鮮やかな色を添えています。
まだ熱気の残る夏の河川敷に一足早く打ちあがる花火の中で、
一等輝いていらっしゃるのはこの町、いえ、この国の至宝、雷門夏未様!
そんな貴女とこうして揃って浴衣に身を包んで
日の入りを迎えられるなんて、不肖奉幸せです!
****
「まずは、両腕を上へお願いいたします。」
肌襦袢のお腹へ沿わせていくタオルへ夏未様が熱のこもった、
いえ、いかにも熱がこもりそうだと言いたげな目を向けられています。
「これって本当に巻かないといけないのかしら?」
「ええ、お召しになった時の補正ために必要ですので。」
「去年まではしてなかったでしょう。」
「この一年で、大人になられたということですよ。」
胴にくるりと回してきゅっと結んだ紐の端の処理を済ませて顔を上げると、
言葉の意味をご理解されたのか夏未様はお耳まで
屋台のりんご飴のようにつややかな赤に染まっていました。
「……わかったわ。」
そう言うと夏未様はしおらしげに顔を明後日の方へ向けられてしまわれました。
「続きを失礼いたします。」
背中側に回ってすらりと伸びた白梅の手先から、
仕付け糸を解いたばかりの浴衣を滑らせてゆきます。
いつもは絹の髪に隠れてその姿を隠しているミルク色の首筋に背中心を合わせたら、
前側に戻って左手で襟先を取り、右手で背中側のたるみを整えます。
この場合、私のちんちくりんの腕では夏未様の腰を抱くような姿勢になるのですが、
あくまで着付けなので、やましい気持ちなんてありません!ありませんったら!
ほら、夏未様もどこ吹く風といったところですし、つづけていきましょう。
「では、手を入れますね。」
腰紐を結び終えた後はおはしょりを作る手順ですので、
後ろに回って身八つ口から両手を忍び込ませたところで夏未様の肩が跳ねました。
「申し訳ございません!」
「少しひやっとしただけよ、問題ないわ。」
「そそそれはとんだご無礼を!この両手は懐で温めておくべきでした!!」
とっさに引き抜いた手の温度を何とか上げられないかと摩擦していると、
夏未様がこちらに振り向かれて優しく口角を上げながら、
合わさっていた私の両の手を脇の下へ導かれました。
「ほら、続けて。」
有松絞りの青藍色をかき分けながら、
女神の柔肌を傷つけてしまわないように細心の注意を払いながら
たん、たんと数回ほど正絹を手で打ちつけました。
金魚のようにちらちら泳いでいる目線を隠すように急いで背中側へ移動して、
薄桃色になったうなじからこぶし一つほどの衣紋を抜いて二本目の腰紐を巻きつけました。
パーティーや式典といったフォーマルシーンで、
夏未様の首筋という什物が開帳されるのはまだ耐えられますが、
今日は市民も多く来場する花火大会です、ふしだらな輩の目線からお守りしなくては!
夏未様の玉の肌がこれ以上危険な目に合わないように、
気合を入れて伊達締をぎゅっと締めました。
「……んっ、随分きつく巻くのね。」
「はい!着崩れ防止のためですので!」
「そういうものかしら。」
そのまま浴衣の菊の色に合わせた臙脂の半巾帯を手に取り、
少し背伸びをしてたれを胸側へ垂らし、帯を作っていきます。
「あら、去年とは少し違うのね。」
「はい!鏡越しで気づかれるとはさすがお嬢様!」
片側で2枚に重ねた羽根ともう片方のたれの中心を山折りにして、
そこに手先を一巻き、もう一巻きして後処理をすると片流し結びの完成です!
「総絞りのお着物ですから、こちらのほうがお似合いになるかと思いまして。」
「確かに素敵だわ。いい判断ね。」
夏未様は姿見の前でくるくる回るようにして、結んだ帯に微笑みかけてくださいました。
お仕えする方のこのような表情を拝めるとは、練習した甲斐があるというものです!
「お嬢様、最後に少々髪を整えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いするわ。」
先ほどの帯の確認で乱れたかんざしに手をかけて、
両サイドからの編み込みと後ろ髪のまとめ髪の間に落ちないように差し込みます。
涼しげな銀のかんざしの蝶細工から垂れたぶら下がりが、
こちらを誘い込むようにしゃらりと揺れ思わず息を吞みました。
「奉?どうしたの、ぼーっとして。
あなたも行くんだから、早く浴衣に着替えてきなさい。」
「ええっ!?私もですか!?」
「ほら、私のお古のあの朝顔柄のなんて似合うんじゃない?」
「お嬢様の!?そんな恐れ多いです!」
あまりのお言葉に空を切るように首を横に振っていると、
夏未様はソファに腰を下ろしてひじ掛けで頬杖を突きながら首を傾けられました。
「主人を待たせるつもり?」
「は、はい!早急に着替えて参ります!」
衣装室に並んだ桐箪笥の左から4番目の棹にに慌てて辿り着き、
ちょうど真ん中の引き出しを開けて
たとう紙が傷つかないようにそっと上から順に取り出して朝顔柄を見つけました。
「これは確か、夏未様がまだ小学生の時に着ていたものでしたっけ。」
中学校に入学されてから、背がぐんと伸びてドレスから何まで一通り新調したのでしたね。
背丈と同じように四肢がすらりと伸び、
ルーブルに佇むヴィーナスがミロス島に忘れてきた大理石の両腕は、
地球の裏側の新しい主人のもとで白梅のように輝いています。
それに比べて私はちんちくりんのままで、
夏未様に侍る身として恥ずかしくないようなスタイルに生まれてきたかったと、
場寅の血を恨みました。
「でも、そのおかげでこの浴衣に袖を通せるんですから、
終わりよければなんとやらですね。」
着付けも終わり、これもお下がりの下駄をつっかけて、
裾が広がってしまわないように注意を払いながらお嬢様の元へ戻りました。
「お待たせいたしました。」
「やっぱり!似合うと思ったのよ。帯は…私が使っていたのとは変えたのね。」
「は、はい!全く同じものは恐れ多いので、こちらにしました。
動きやすさはピカイチですから、会場でもなんなりとお申し付けください!」
鮮やかかつ柔らかな赤紫や韓紅の朝顔が咲き、翡翠の蔦が水のように流れる浴衣に合わせた
緑の染が入った淡黄の兵児帯を軽く叩き、むんと気合を入れてみせました。
「……まあ、かわいいから良しとするわ。」
「か、かわ!?」
飛び上がってしまいそうなお言葉に、
顔がみるみる浴衣に袖を通す前の夏未様とおそろいの色に染まりました。
浴衣は暑いですねなんて苦しいごまかし笑いをしていると、
夏未様のお顔がどんどん近くにいらしているではありませんか!
衝撃で動けない私の頬をヴィーナスの手がなぞります。
火照った顔には白梅の手も大理石のような冷たさに感じ、息を呑みました。
「奉、こっちをむきなさい。」
「夏未様!?」
「そのまま動かないで。」
簪が揺れる音が鼓膜をくすぐります。
羞恥心で飛びそうになる意識を留まらせるために瞼をぎゅっと閉じると、
唇に何かが触れ、感覚の全てがそこへ注がれました。
最初は固く、徐々にとろけていくようなしっとりとした感触は、
上唇をなぞってゆき、次に下唇も同じようにして端までいくとすっと離れてしまいました。
「できた。せっかくなんだからお化粧くらいしなくちゃね。」
目を開けると、夏未様の手元に気品ある銀の中にディープルビーが燦然と佇むスティックを見とめました。
そしてヴィーナスはもう片方の手でご自身の唇を指し、いたずらっぽく微笑まれました。
「今日はここもおそろいね。」
夏の宵、キケンなのは暑さだけではありませんでした。
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