【シリーズ】ふたりぼっち
かなうがその男と出会ったのは、梅雨の時期にしては珍しく、太陽が顔を出してカラリと晴れた日のことであった。
窓際の、後ろから二番目の自席に座って、ぼんやりと窓の外を眺める。光を反射する木々の緑は目に良いどころか、むしろ刺さって痛かった。
鼻が痒い。袖口で鼻の下を拭くようにして擦る。洗ったばかりの長袖のシャツからうっすらと洗剤の香りが漂ってきた。中学の頃の制服とは違うシャツの生地は、どことなく肌あたりがいい。
次はようやく四時間目である。今はその間の休み時間だ。だらけたような気持ちになる。腹が減って仕方がない。動く気になれない。
とは言っても、『腹が減ったこと』が動く気になれない理由であるのならば、いつ何時でも動く気になれやしないのだけれども。かなうはそう思って、ぐるぐると唸る腹を手のひらで摩った。
さらに言えば、嗚呼、次の授業は体育であった。最悪、最低である。悪魔の所業だ。この時間に空腹の体を鞭打って、体を動かすことを強要されるだなんて。もはや苦行を通り越して拷問と呼んでも過言ではなかろう。文句を通り越して、もはやため息しか出てこなかった。
考える。中学生の頃はまだ良かった。給食があったから。例え四時間目が体育であったとしても、それを乗り越えたら、それなりの量の食事を摂ることができた。
だけれども今はどうだ。今日は木曜日だから、もうほとんど手持ちが残っていない。身体を動かしたとしても、その消費カロリーのどれくらいを取り戻すことができるであろうか。一年同じような生活をしていたと言うのに、一向に工夫も順応もできていない。溜め息。
多分頭が悪いんだろうな、己は。嗚呼、いや、多分どころじゃなくて、確実に頭が悪いのだろう。思考の巡りが悪いのだ。仕方がない。遺伝だろう。残念だ。諦念。溜め息。
廊下から声が聞こえてくる。ケラケラと言う言葉が似合う、高い笑い声だ。隣のクラスの同級生たちであるのだろう。彼らはきっと、次の授業も教室で行うものだから、時間にまだ余裕がある。
しかしながら、俺たちのクラスに休憩時間の余裕などありはしない。思い返す。先程、ちょうど三時間目の授業が終わってちょうどのタイミングで、体育教師が教室に現れた。暑苦しく白いTシャツを方上まで捲り上げて、ジャージの裾を何重にも折り曲げて、そのむさ苦しい肌を見せつけていた。
そんな熱血教師と呼ばれてもおかしくないような見た目をした男性教師は、その見た目を裏切らない朗々としたデカい声で、グラウンドは昨日の雨でぐちゃぐちゃだから、今日は男女共に体育館でバスケットボールをすると、伝達をして帰って行った。
その言葉に、クラスメイトの大半は腹が減ったと愚痴をこぼしていた。それはそう。四時間目だしな。文句が出るのも仕方がない。
けれど、一部の男子生徒は『男女合同』の言葉に少しばかりやる気を出したらしい。その助平生徒たちは早々に着替えを終えて、教室から飛び出していた。大方、動くたびに揺れる胸が見たいのだろう。
それ以外の生徒も、まあまあ、並の早さで着替えて教室を後にした。バラツキのある足音は、次第に消えてなくなった。
ため息をつく。かなう自身も、着替えて体育館に向かわなければならないことはわかっている。しかしながら、嗚呼、非常にダルい。
健全な男子高校生である自覚はあるけれども、悲しいかな、女子の魅惑の双丘も、チラリと見える白い頸も、やる気の源にはなり得なかった。
生ぬるい風が頭上を撫でて通り抜けていく。教室にはもう、かなう以外誰もいない。体育のために出て行ったのだ。まあそれが普通であるのだけれど、真面目な人間たちだと、そう思った。
いや、まあ、助平心が働いただけの可能性もあるけれども。それでも、ちゃんと授業に向かっている。偉い。対して俺は、偉くない。そう思いながら、机に突っ伏して欠伸を溢す。コーティングが施された天板は冷たくて気持ちが良かった。このままサボタージュして、教室で眠っていたい。
とは言え、とは言えである。ここでそのまま眠ってしまったら、きっとあの体育教師は教室まで来てかなうを叩き起こすであろう。そして内申点を下げるであろうことは、容易に想像できた。
であれば、保健室のベッドを借りるか。よくよくそうしているし、保健医も呆れて何も言わずに寝させてくれるようになった。それでもいいかもしれないと思いつつ、前回言われた「これ以上サボるなら親御さんに連絡するからね」の言葉が枷になる。
きっと、サボっていることを知ったら怒るであろう。
仕方がない。着替えるか。窓から降り注ぐ白い日差しが鬱陶しく思えて、目を細めながら睨みつけると、誰もいない教室で1人着替え始めた。
秒針がうるさい時計が示している時刻は、すでに授業開始二分前であった。……サボるのはダメだろうけれど、遅刻はまだ許容範囲内だろう。腹を壊していたと言い訳すれば、何とかなるはずだ。きっと。そうだ。
どうせクラスメイト達も、己の言い訳に対して何も文句を言いはしないだろう。そんなことを考えて、長袖のワイシャツから腕を抜いて、上半身はタンクトップ一枚になる。汗ばんだ肌に空気が当たって気持ちがいい。そんなことを考えながら体操着に手をかけたその瞬間、ガラガラと音を立てて教室の扉が開いた。
どこかで見たことがある気がする顔をした男子生徒であった。その男子生徒はタンクトップと制服のズボンのみを身につけているかなうを凝視していた。
否、それは正確ではないか。正しく言うのであれば、かなうの上半身の、剥き出しの部分を凝視していた。
窓際の、後ろから二番目の自席に座って、ぼんやりと窓の外を眺める。光を反射する木々の緑は目に良いどころか、むしろ刺さって痛かった。
鼻が痒い。袖口で鼻の下を拭くようにして擦る。洗ったばかりの長袖のシャツからうっすらと洗剤の香りが漂ってきた。中学の頃の制服とは違うシャツの生地は、どことなく肌あたりがいい。
次はようやく四時間目である。今はその間の休み時間だ。だらけたような気持ちになる。腹が減って仕方がない。動く気になれない。
とは言っても、『腹が減ったこと』が動く気になれない理由であるのならば、いつ何時でも動く気になれやしないのだけれども。かなうはそう思って、ぐるぐると唸る腹を手のひらで摩った。
さらに言えば、嗚呼、次の授業は体育であった。最悪、最低である。悪魔の所業だ。この時間に空腹の体を鞭打って、体を動かすことを強要されるだなんて。もはや苦行を通り越して拷問と呼んでも過言ではなかろう。文句を通り越して、もはやため息しか出てこなかった。
考える。中学生の頃はまだ良かった。給食があったから。例え四時間目が体育であったとしても、それを乗り越えたら、それなりの量の食事を摂ることができた。
だけれども今はどうだ。今日は木曜日だから、もうほとんど手持ちが残っていない。身体を動かしたとしても、その消費カロリーのどれくらいを取り戻すことができるであろうか。一年同じような生活をしていたと言うのに、一向に工夫も順応もできていない。溜め息。
多分頭が悪いんだろうな、己は。嗚呼、いや、多分どころじゃなくて、確実に頭が悪いのだろう。思考の巡りが悪いのだ。仕方がない。遺伝だろう。残念だ。諦念。溜め息。
廊下から声が聞こえてくる。ケラケラと言う言葉が似合う、高い笑い声だ。隣のクラスの同級生たちであるのだろう。彼らはきっと、次の授業も教室で行うものだから、時間にまだ余裕がある。
しかしながら、俺たちのクラスに休憩時間の余裕などありはしない。思い返す。先程、ちょうど三時間目の授業が終わってちょうどのタイミングで、体育教師が教室に現れた。暑苦しく白いTシャツを方上まで捲り上げて、ジャージの裾を何重にも折り曲げて、そのむさ苦しい肌を見せつけていた。
そんな熱血教師と呼ばれてもおかしくないような見た目をした男性教師は、その見た目を裏切らない朗々としたデカい声で、グラウンドは昨日の雨でぐちゃぐちゃだから、今日は男女共に体育館でバスケットボールをすると、伝達をして帰って行った。
その言葉に、クラスメイトの大半は腹が減ったと愚痴をこぼしていた。それはそう。四時間目だしな。文句が出るのも仕方がない。
けれど、一部の男子生徒は『男女合同』の言葉に少しばかりやる気を出したらしい。その助平生徒たちは早々に着替えを終えて、教室から飛び出していた。大方、動くたびに揺れる胸が見たいのだろう。
それ以外の生徒も、まあまあ、並の早さで着替えて教室を後にした。バラツキのある足音は、次第に消えてなくなった。
ため息をつく。かなう自身も、着替えて体育館に向かわなければならないことはわかっている。しかしながら、嗚呼、非常にダルい。
健全な男子高校生である自覚はあるけれども、悲しいかな、女子の魅惑の双丘も、チラリと見える白い頸も、やる気の源にはなり得なかった。
生ぬるい風が頭上を撫でて通り抜けていく。教室にはもう、かなう以外誰もいない。体育のために出て行ったのだ。まあそれが普通であるのだけれど、真面目な人間たちだと、そう思った。
いや、まあ、助平心が働いただけの可能性もあるけれども。それでも、ちゃんと授業に向かっている。偉い。対して俺は、偉くない。そう思いながら、机に突っ伏して欠伸を溢す。コーティングが施された天板は冷たくて気持ちが良かった。このままサボタージュして、教室で眠っていたい。
とは言え、とは言えである。ここでそのまま眠ってしまったら、きっとあの体育教師は教室まで来てかなうを叩き起こすであろう。そして内申点を下げるであろうことは、容易に想像できた。
であれば、保健室のベッドを借りるか。よくよくそうしているし、保健医も呆れて何も言わずに寝させてくれるようになった。それでもいいかもしれないと思いつつ、前回言われた「これ以上サボるなら親御さんに連絡するからね」の言葉が枷になる。
きっと、サボっていることを知ったら怒るであろう。
仕方がない。着替えるか。窓から降り注ぐ白い日差しが鬱陶しく思えて、目を細めながら睨みつけると、誰もいない教室で1人着替え始めた。
秒針がうるさい時計が示している時刻は、すでに授業開始二分前であった。……サボるのはダメだろうけれど、遅刻はまだ許容範囲内だろう。腹を壊していたと言い訳すれば、何とかなるはずだ。きっと。そうだ。
どうせクラスメイト達も、己の言い訳に対して何も文句を言いはしないだろう。そんなことを考えて、長袖のワイシャツから腕を抜いて、上半身はタンクトップ一枚になる。汗ばんだ肌に空気が当たって気持ちがいい。そんなことを考えながら体操着に手をかけたその瞬間、ガラガラと音を立てて教室の扉が開いた。
どこかで見たことがある気がする顔をした男子生徒であった。その男子生徒はタンクトップと制服のズボンのみを身につけているかなうを凝視していた。
否、それは正確ではないか。正しく言うのであれば、かなうの上半身の、剥き出しの部分を凝視していた。
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