【短編】恋愛要素なし

 友人が自殺した。自宅で首を吊っていたらしい。その体には無数のあざや、根性焼きの跡があったらしい。
 警察はその傷を、虐待の線で捜査しているらしい。なんでも、両親が離婚してから母親が友人を育てていて、たまに怒鳴り声や物を壊す音が近所中に響いていたのだという。
 俺は朝食のトーストを齧りながら、そのニュースをぼんやりと眺めていた。
 彼はおとなしい人間だった。そして少しばかり挙動が気持ち悪い人間だった。
 声をかけたらびくりと肩を震わせて、油の足りないブリキの人形のように振り返る。話しかければ目をキョロキョロと彷徨わせて、ひどく小さな声で吃りながら言葉を返す。その際両手は胸の下でいじっていて、正直「なんだこいつ」という印象が強かった。
 そんな彼となぜ友人になったのか。それは不可抗力なのである。
 彼はその挙動が故に体育や授業でペアを作るときに、いつもあぶれていた。俺は中学からの友人2人と常に行動を共にしていて、その友人2人がペアを組むことが多かったから、仕方なく彼とペアを組むことになった。
 初めは、体育の授業で、サッカーのパスの練習だった。声をかけた時の彼は、ひどく怯えた表情をしていて、それ以降もおどおどしていたので正直腹が立って仕方がなかった。本当なら俺だって別の人と組みたかった。なんでわざわざ声をかけてやったのに、そんな態度をされなければならないのだ。その苛立ちをボールにぶつけたら、変な方向に飛んでしまって、走って取りに行く羽目になった。彼は全く動く気配を見せなくて、それもまた気に障った。
 もう二度と彼とは組むまい。そう思って次の授業はどうにか中学の友人たちのどちらかと組んでもらおうと決意して、またペアを組めと指示された時、友人たちに声をかけようとする俺の元に、彼がひょこひょこと歩いてやってきた。
「あの…えっと、ペア、組んでもらえると、嬉しいんだけど…」
「…………ああ、…うん…」
 俺は頼まれると断れないタイプで、それが大きな欠点だと常日頃から思っていたけれど、この日ばかりはとっとと直しておくべきだったと心から後悔した。
 結局、また彼とボールを蹴り合うことになった。俺も彼も運動神経がなかったから、毎回ボールが変な方向に転がっていってしまう。今日は、彼もボールを追いかけていた。
 それから、彼は休み時間にも俺に話しかけてくるようになった。俺は中学からの友人と話したかったから、大層迷惑だったのだけれど、友人たちも気のいい人間なので、気を遣って俺たちに関わることは無くなった。それが少し寂しかった。
 彼の話は取り留めがなくて、抽象的で、何を言っているのかさっぱりわからなくて、非常につまらなかった。
 適当に相槌を打ちながら聞き流していても、彼は嬉しそうに笑っていたので、それでようやく成り立っている関係だった。
 そんな彼が、1ヶ月ほど前からなにやら察して欲しげな空気を出すようになってきた。
 話すことをやめたかと思ったら、腕を摩り出したり、体勢を変えた瞬間に小さな声で「いたっ」と呟いたり、そんな行動をしたときには必ずチラリと目線をよこした。
 俺は面倒ごとに巻き込まれたくないし、そんな行動にわざわざ「大丈夫?」なんて声をかけるほど優しくもなかったし、彼のことが好きではなかったからその全てを無視した。
 結果、死んだ。感想としては、死ななくても別に良かったんじゃない?と、それだけだった。
 教室に登校すると、彼の机には菊の花が活けられていた。あの厚くて若々しい花弁はいつまで保つのだろうか。横目で眺めながら、俺は席に腰を下ろした。
 彼のあの傷跡は、虐待によってできたものではない。もちろん、彼の母はよくヒステリーを起こしていたようだけれども、彼に当たったことは一度もないという。ただ一人で盛り上がって、物に当たっていただけ。それに、彼女はタバコを吸わない。肺が弱いからだそうだ。
 じゃあ彼の痣や根性焼きは誰によってできたものなのか。そんなもの決まっているだろう。
 トントンと肩を叩かれて、首に腕が回る。振り返れば、いやらしい笑みを浮かべた隣のクラスの男子生徒数名がこちらを見下ろしていた。
「なぁ、ちょーっと俺と遊ぼうぜ」
 黄ばんだ歯の隙間から漏れる息が何とも臭くて思わず眉間に皺がよる。それが気に食わなかったのか、首に回された腕に力がこもった。
 目線でクラスメイトに助けを求めるけれど、だ〜れも知らないフリ。あの二人の友人達も、一瞥しただけでまた談笑を始めていた。

 あー…………、次は俺の番かぁ。
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