【短編】恋愛要素なし
友人が死んだ。自殺であったそうだ。
大量の咳止め薬を一気に飲んで、死んでしまったらしい。そう母が言っているのを耳にした。
何とまあ、洒落た死に方をするものだ。話を聞いて、そう思った。
だって、こんな、田んぼと畑に囲まれた田舎町で、薬の過剰摂取で死ぬだなんて、そんなこと思いつくだろうか。
否、否、私であればそんなことは考えつかない。例え浮かんだとしても、そこらでゲロゲロ喉袋を鳴らしている蛙を大量に食って感染症に罹って死ぬ、それくらいのものであろう。とは言え、それが確実に死ぬことができるかどうか、定かではないが。
ドラッグストアの陳列棚を思い浮かべる。私も死ぬ時は同じ死に方で死のうかな。
「真似するんじゃないよ」
「へェ」
そう思った瞬間、母に止められてしまった。非常に残念である。
何だか癪に障ったので、適当に返事をしておいた。特に小言を言われることもなかった。
母はさらに突っ込んだ話をした。どうやら、友人は薬の過剰摂取による副作用で嘔吐して、その吐瀉物が気管に詰まって死んでしまったらしい。
その話を聞いた途端に、洒落た死に方だという評価から、臭そうな死に方だなという印象に変化した。
なんか、息がちょっと、酸っぱい匂いしそう。
いや、まあ、死んでるから息などしないのだけれど。だけどちょっと、口からゲロの匂いが漂ってくる死体は、うーん、嫌かも。私は。
「真似するんじゃないよ」
「しませんけど」
もう一度釘を刺されてしまった。
今度は不貞腐れることなく返事をする。本気でする気はない。
グラスを手に取ると、結露ができてしまっていたようで、結合して水滴となって手のひらを濡らした。やや不快。中身の麦茶を煽ると、もうすでに緩くなってしまっていたようで、どこか苦い味が口の中に広がった。とても不快。
やはり麦茶は冷たくなければならない。このことを彼女に言ったら笑っていたっけ。私は温くても好きだけどなと、そう言ってコロコロ笑うあの姿をもう見ることができないのか。
眉を下げて、薄い唇の端をやや持ち上げるその可憐な笑顔。元の顔立ちが整っているから、余計に愛らしく見えた。
そう、顔が可愛いからであろう、それが所以で昔からよくいろんな人にちょっかいを出されていた。好意的な意味でも、悪意的な意味でも、そして性的な意味でも。
持ち上げられて、貶められて、尊厳を侵害されているにも関わらず、彼女自身は大人しく謙虚な人であった。逆にそうされているから大人しく謙虚な人になった可能性もあるが、私は彼女のそういうところがやや鼻についていた。表に出しはしなかったけれども。
可愛い可愛いあの子には恋人がいた。彼女とは明らかに性格が合わないであろう、汚い金髪の男であった。わかりやすく気を遣った笑顔を浮かべる友人の肩を抱くその男は、彼女が自身の友人だと紹介した私の顔を見て鼻で笑った。そしてこう言った。
「ブスじゃん。キモ」
やべえ奴だなと思って、それ以降私は彼女との交友を控えた。何となく、彼女を遊びに誘うとその彼氏も一緒にやってきそうだと思ったのだ。
とは言え、一切の関係を絶ったわけではない。ある程度は連絡を取り合っていたし、スーパーで会った時なんかは売り場を回りながら世間話に花を咲かせた。
そこで彼女は言っていた。もうしばらくして、あと数ヶ月経ったら、私はこの場所から引っ越すのだと。福岡まで行って仕事をするのだと、疲れたような表情でそう言っていた。
この町は本州の真ん中あたりにあるから、随分と思い切った場所に行くのだなぁと、そう思った。私もそこまでの思い切りはないけれど、だけれどももっと都会に移り住みたいと思っていたから同意した。福岡も良さそうだねと言ったら、一緒に住まないかと誘われた。冗談であったのか、本気であったのか、それはわからないけれども、そう言う彼女の表情は随分と明るかった。
そんな友人が自殺した。もうそろそろ引っ越しにかかる軍資金も貯まった頃であろうに。やや、僅かばかり、不思議に思う。
母がグラスに麦茶を注ぐ。トポトポドポドポ、音が鳴る。
「そういえば、あの子、妊娠してたらしいよ」
グラスの中身を煽りながら母が言った。カラカラと音が鳴る。氷が入っているらしい。
手元のグラスを口元で傾ける。あの日見た金髪の男の顔を思い出す。やけに粘ついたギラギラした黒目に、不細工に吊り上がった口角。彼女の肩に置かれた手のひらの指は少しばかり開かれて、その細い骨を掴んでいた。
すっかり温くなった麦茶が口の中で広がる。その不快感と、あの時に感じた感情がピッタリと重なった。
なるほど、そう言うことか。合点がいった。
こんがらがったネックレスが解けたような爽快さと、口の中の不快感が合わさって妙だった。
大量の咳止め薬を一気に飲んで、死んでしまったらしい。そう母が言っているのを耳にした。
何とまあ、洒落た死に方をするものだ。話を聞いて、そう思った。
だって、こんな、田んぼと畑に囲まれた田舎町で、薬の過剰摂取で死ぬだなんて、そんなこと思いつくだろうか。
否、否、私であればそんなことは考えつかない。例え浮かんだとしても、そこらでゲロゲロ喉袋を鳴らしている蛙を大量に食って感染症に罹って死ぬ、それくらいのものであろう。とは言え、それが確実に死ぬことができるかどうか、定かではないが。
ドラッグストアの陳列棚を思い浮かべる。私も死ぬ時は同じ死に方で死のうかな。
「真似するんじゃないよ」
「へェ」
そう思った瞬間、母に止められてしまった。非常に残念である。
何だか癪に障ったので、適当に返事をしておいた。特に小言を言われることもなかった。
母はさらに突っ込んだ話をした。どうやら、友人は薬の過剰摂取による副作用で嘔吐して、その吐瀉物が気管に詰まって死んでしまったらしい。
その話を聞いた途端に、洒落た死に方だという評価から、臭そうな死に方だなという印象に変化した。
なんか、息がちょっと、酸っぱい匂いしそう。
いや、まあ、死んでるから息などしないのだけれど。だけどちょっと、口からゲロの匂いが漂ってくる死体は、うーん、嫌かも。私は。
「真似するんじゃないよ」
「しませんけど」
もう一度釘を刺されてしまった。
今度は不貞腐れることなく返事をする。本気でする気はない。
グラスを手に取ると、結露ができてしまっていたようで、結合して水滴となって手のひらを濡らした。やや不快。中身の麦茶を煽ると、もうすでに緩くなってしまっていたようで、どこか苦い味が口の中に広がった。とても不快。
やはり麦茶は冷たくなければならない。このことを彼女に言ったら笑っていたっけ。私は温くても好きだけどなと、そう言ってコロコロ笑うあの姿をもう見ることができないのか。
眉を下げて、薄い唇の端をやや持ち上げるその可憐な笑顔。元の顔立ちが整っているから、余計に愛らしく見えた。
そう、顔が可愛いからであろう、それが所以で昔からよくいろんな人にちょっかいを出されていた。好意的な意味でも、悪意的な意味でも、そして性的な意味でも。
持ち上げられて、貶められて、尊厳を侵害されているにも関わらず、彼女自身は大人しく謙虚な人であった。逆にそうされているから大人しく謙虚な人になった可能性もあるが、私は彼女のそういうところがやや鼻についていた。表に出しはしなかったけれども。
可愛い可愛いあの子には恋人がいた。彼女とは明らかに性格が合わないであろう、汚い金髪の男であった。わかりやすく気を遣った笑顔を浮かべる友人の肩を抱くその男は、彼女が自身の友人だと紹介した私の顔を見て鼻で笑った。そしてこう言った。
「ブスじゃん。キモ」
やべえ奴だなと思って、それ以降私は彼女との交友を控えた。何となく、彼女を遊びに誘うとその彼氏も一緒にやってきそうだと思ったのだ。
とは言え、一切の関係を絶ったわけではない。ある程度は連絡を取り合っていたし、スーパーで会った時なんかは売り場を回りながら世間話に花を咲かせた。
そこで彼女は言っていた。もうしばらくして、あと数ヶ月経ったら、私はこの場所から引っ越すのだと。福岡まで行って仕事をするのだと、疲れたような表情でそう言っていた。
この町は本州の真ん中あたりにあるから、随分と思い切った場所に行くのだなぁと、そう思った。私もそこまでの思い切りはないけれど、だけれどももっと都会に移り住みたいと思っていたから同意した。福岡も良さそうだねと言ったら、一緒に住まないかと誘われた。冗談であったのか、本気であったのか、それはわからないけれども、そう言う彼女の表情は随分と明るかった。
そんな友人が自殺した。もうそろそろ引っ越しにかかる軍資金も貯まった頃であろうに。やや、僅かばかり、不思議に思う。
母がグラスに麦茶を注ぐ。トポトポドポドポ、音が鳴る。
「そういえば、あの子、妊娠してたらしいよ」
グラスの中身を煽りながら母が言った。カラカラと音が鳴る。氷が入っているらしい。
手元のグラスを口元で傾ける。あの日見た金髪の男の顔を思い出す。やけに粘ついたギラギラした黒目に、不細工に吊り上がった口角。彼女の肩に置かれた手のひらの指は少しばかり開かれて、その細い骨を掴んでいた。
すっかり温くなった麦茶が口の中で広がる。その不快感と、あの時に感じた感情がピッタリと重なった。
なるほど、そう言うことか。合点がいった。
こんがらがったネックレスが解けたような爽快さと、口の中の不快感が合わさって妙だった。
