【短編】恋愛要素なし

 私の幼馴染は究極に頭が悪い。つまりバカである。
 高校生にもなって最大公約数も知らないし、英単語だってろくに知らない。先ほども『米で株価暴落』のニューステロップを見て、「なんでコメで株価が暴落するの?」なんてベタな質問を真剣な顔でしてきた。
 私が呆れながら「米国で株価が暴落したんでしょ。不景気になりそうだね」と答えれば、「ベーゴマ?なんでベーゴマで不景気になるの?」と頓珍漢なことを聞いてくる。目線を上に向けて、もう何も言わなかった。
 そんな彼女は現在私が通っている高校とは別の、バカでも入れると言われている共学校に通っていて、そこで彼氏ができたそうだ。ハッ。おめでとう。思わず乾いた笑いが漏れる。
 別に私に彼氏がいないから、僻んでいるわけではない。遊ぶ相手がいなくなるから、拗ねているわけでもない。むしろ早く引き取ってくれと心から願っていた。
 何でかって、何を言っても『彼氏は〜』『彼氏が〜』『彼氏と〜』が枕詞につくのだ。
 美味しそうなお菓子屋の情報を見つけて「これ美味しそうじゃない?」といえば、「彼氏はこう言うケーキ嫌いなんだよねー」と顰めっ面をされる。
 素敵な曲を見つけて「この曲めっちゃ良くない?」と共有すれば、「彼氏が好きって言ってた!」と破顔する。
 高校の友人と旅行に行く際「今度ここ行くけどお土産いる?」と聞けば、「彼氏とここ行ってきた!」と答えになっていない返答を返される。
 毎回これだ。知るか。お前のことを聞いてるのに、何で彼氏の話を聞かされなければならんのだ。いらん情報を共有するな。鬱陶しい。
 初めは流していたけれど、毎日のように私の部屋に遊びにきて、どんな話題をふっても『彼氏』のことしか話さない彼女に対して最近ストレスが溜まってきて、鼻の横がピクピクするようになった。
 けれども最近、返答の内容が若干変化してきた。とはいえ、彼氏の話であることに変わりはないのだけれど。
「ねーねー、最近彼氏が構ってくれないんだけどさぁ、どーしたらいいと思う?」
「毎回毎回言ってることだけど、自分彼氏いたことないから知らないって」
「ひどい!少しくらい考えてくれたっていいじゃん!」
 いつもいつも、こうだ。ピーピー喚く彼女に、適当なことを言って宥めているけれど、それが成功しないとまた私の部屋に押しかけてきてこちらの責任にして喚き散らす。
 ああ、もう鬱陶しい。そろそろテスト期間に入るから勉強したいのに、こちらの事情などお構いなしに入り浸ってくる彼女が心底邪魔くさい。
 今日もやんややんやと騒ぐ彼女の姿にこっそりため息をついて、ずっと考えていたけれど心の底にしまって言っていなかった『絶対に構ってもらえる』方法を口にした。
「自殺未遂でもすりゃ構ってもらえるんじゃないの?」
 そう言い放つと、彼女は馬鹿面を阿呆面に変えて、あざとく首を傾げた。
「えっ?自殺するってこと?死んだら会えないじゃん」
「ちげーーーーよ。未遂だっつってんじゃん。自殺しかけんの。死ぬまではいかないの。それすりゃ確実に構ってもらえんでしょ」
「は?何キレてんの?意味わかんない」
「意味わかんなくてもいいからもう帰ってくんない?そろそろテス勉しないとやばいんだけど」
「は!?ひどい!幼馴染よりテスト優先するわけ!?信じらんない!もういい!絶交する!」
 そう言って、ようやく自分彼女は私の部屋を後にした。絶交を言い渡された私は、絶交とか小学生かよとか、そらテストの方が大事だろと呆れ返りながらも、やっと縁が切れたと安堵した。彼氏ができる前の彼女はまだ一緒にいて楽しかったけれど、もういいや。
 翌日の放課後、彼女が私の部屋に訪れることはなかった。本気で絶交したんだなぁ。幼い頃からの記憶を辿っていくと、少し寂しい気もするけれど、それでも最近はそれらでもカバーすることができないくらいにうざかったから、うん、やっぱりいいや。
 バッグの中から教科書を取り出して、テストに向けた勉強をしていると、数分後、家の電話が鳴り響いた。誰かが出るだろうと放置していたけれど、特に出る様子もない。トイレに篭っているのか、いつのまにか買い物に出かけたのか。仕方なくシャープペンシルを置くと、私は急いで受話器を取った。
「はい、やまざきでーす」
「あ、こはるちゃん?」
 電話をかけてきたのは、絶交だとかガキみたいなことを言ってきた彼女の母親だった。おや、珍しい。彼女が面倒なことを母親に告げ口したのだろうか。面倒くさい。話を聞く前から辟易としてしまって、思わず舌が出てしまう。
 そんな私の様子を知らないおばさんは、そのまま言葉を続けた。
「昨日、あやのが首を吊って死んでしまったのだけれど…いつもこはるちゃんのところに行ってたじゃない?何か知らないかと思って」
「あっ、死んだ、えっ、あっ、そ、うなんですね。あー……。でも、言うて彼氏の愚痴とかしか聞いてないんで…、首吊り……。んー、ちょっとわかんないですね」
「……そうよね。変なこと聞いちゃってごめんなさい。本当、ずっとあの子と仲良くしてくれてありがとうね。また訃報を送らせてもらうから……ごめんなさい。ちょっとおばさん、切るね」
「あ…、はい。あの、ご愁傷様です…」
 受話器を置いて、天井を仰いだ。おばさん、最後の方泣きそうだったなぁ。
 母はやはりトイレにはいなくて、おそらくスーパーに買い物に出かけているのだろう。後で報告しようと部屋に戻った。
 頭が真っ白のまま、ベッドに身を投げる。もういいとか、絶交とか言いながら、結局実行したのか。というか私が言ったのは『自殺未遂』であって『自殺』じゃないんだけど。
 先ほどの会話を思い出して、理解して、じわじわと笑いが込み上げてくる。
 私の幼馴染は究極のバカだ。
 それから鼻の横の痙攣は1週間ほどで治ったし、顎にできていた大量のニキビもきれいになった。
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