R指定
人間はどこまで快楽を与えれば陥落するか気になる。
そう最初に言ったのは、転入生だったかセバスチャンだったか。十五歳の好奇心とは恐ろしいもので、気になったのなら即行動と言わんばかりに『それじゃあ次の休みにいつもの場所で』と彼に言われてからセバスチャンは毎日そわそわしていた。それは転入生も例外ではなく、待ちに待った週末がやってくると朝からまっすぐ天文学棟へと足を運んだ。
いつもの場所――必要の部屋の前で落ち合うとそのまま重厚な扉の奥へと二人して消えていく。部屋に常駐する屋敷しもべ妖精のディークには、事前に友人と二人で勉強会がしたいからと嘘をつき部屋に入らないようにしてもらった(申し訳なさを感じながら)。
さて、必要の部屋へと逃げ込んだ転入生とセバスチャンはというと……――。
「んっ、ふ、ぁ……ッ」
扉が閉まったと同時にどちらからともなく唇に嚙みつき合う。呼吸すら奪うように離れたそばから角度を変えながら重ね直して舌を絡め、散々にお互いの口腔内を舐り合った。口の隙間から洩れ出る甘ったるい吐息も、脳に直接響くような水音も、離すまいと縋りつく腕も、そのすべてが今の二人には興奮剤にしかならない。深いキスを交わしながらセバスチャンの手が彼の首筋をなぞり、シャツのボタンを煩わし気に外していく。そうして形の良い鎖骨と薄い胸板が曝け出された頃に唇を離し、間に伝う唾液の糸を見せつけるように赤く染まった舌で絡め取る。セバスチャンがそれを飲み込むのと同時に、転入生の喉も上下する。そんな何気ない一部の動きにすら劣情を煽られたセバスチャンが、今度は彼の無防備な首筋に唇を寄せて強く吸い付いた。
「っあ……」
転入生の堪えきれない甘やかな声がセバスチャンの耳を刺激する。白い肌に赤い鬱血痕、そのはっきりとしたコントラストが独占欲と支配欲を満たす。同じように鎖骨にもいくつかの痕を残したところで、彼がか細くセバスチャンの名前を呼んだ。
「ここ、じゃ、なくて……ベッド、行こう……?」
潤んだ瞳と上気した頬、かわいいおねだりを前にこのまま抱き尽くしたい欲をグッと抑え、彼の手を引いて部屋の奥へと歩を進めた。ふかふかのベッドが視界に入った瞬間、縺れ込むように二人して飛び込む。
どちらのものかわからない唾液で口元がべたべたになるほどキスをして、性急な手つきで服を脱がせて、お互い丸裸になったところでなんだか可笑しくて笑ってしまった。そして仕切り直しと言わんばかりに可愛らしく唇を啄む。ちゅ、ちゅ、とバードキスを繰り返しながら転入生が引き込む形でベッドに寝転がる。彼の頭の横に肩肘をついて、もう片方の手は早々に胸元へと伸びた。
淡く色づく先端にはまだ触れず、ゆるりと焦らすように周りをなぞり、そして大きな掌で包み込む。女性らしい柔らかさも手応えも一切無いが、愛しい人の身体だというだけで興奮は増す。それは彼も同じようで、セバスチャンの一挙一動に過敏なまでの反応を見せて情欲を掻き立てた。ただ、やはり特別気持ちの良い場所ではないのがもどかしいのか、物足りなさに時折『うー』と不満げな声も上がる。強請るように見つめる目にさっさと繋がってしまいたい気持ちに駆られる……が、今日は丸一日掛けて愛し合うつもりでここに来たのだ。彼の要望には応えてやりたいが、あまり早くことを進めてしまうのは惜しかった。それと同時に滅多に見られない甘えた表情に、じわりと嗜虐心が顔を覗かせてくるのがわかる。さて、どうしたものか。
「う……セバスチャン……もう、そこ、ばっかり……やだ、ってばあ……」
思案に暮れていると、とうとう彼がぐずり始めてしまった。
大好きな人に触れられている心地よさはあれど、確定的な快楽とは程遠い刺激に耐えきれなくなったのだろう。現に彼の腰は、一刻も早く触れて欲しそうにゆるゆると上下に揺れ動いている。本人に自覚がないのがまたいやらしい。
――まだだ、まだ早い。もう少し……。
セバスチャンは安心させるように彼の赤く染まった頬に口づけを落とした。そもそも、まだ胸の先端にすら触れていないうちから“そこ”に触れるのも違うような気がしたのだ。はあ、と熱い吐息が彼の薄く開かれた唇からこぼれる。にっこりと微笑むと、セバスチャンは少し強めに胸元の突起を摘まみ上げた。
「ぅあっ、あ!」
真っ白いシーツの上で、火照る彼の身体が大きく跳ね上がった。次いで一度も触られていないもう片方の突起を口に含み舌で転がす。指で捏ね、軽く押しつぶすのと同時に甘噛みをすれば、待っていましたと言わんばかりに彼の白い腕がふわふわとした黒茶の髪を掻き抱く。もっと、と反らせた自らの胸をセバスチャンの顔に押し付ける。そして彼の腰の動きも少し大きくなったような気がした。時折すでに緩く勃ち上がった彼のものが、セバスチャンのそれと擦れて微弱ながらも快感が背筋を走る。
「ん、は……触りたかったら、自分でしてもいいぞ」
「ぁ……え……?」
ほら、と一度身体を離し、転入生の手を掴んで彼自身の昂ぶりを優しく握らせる。いやいやをするように首を振って抵抗の意思を見せた彼も、セバスチャンに手ごと握られて、あろうことか上下に擦られてしまえばもう止められない。何往復か補助してから手を離すと、ぎこちないながらも手淫を続けていく。
自分が囁けば、自分が少しだけ手伝えば、自分が触れれば、いっそ従順なまでに身を委ねてくれる彼により一層の支配欲が満たされていく。
あんなに周りからちやほやされる彼が、誰にでも笑顔を振りまく彼が、今このとき僕の下で、だらしのない顔で自らの陰茎を擦り快楽に溺れている。同じ年齢にしてはまだ少し高さの残る柔らかい声が、耳障りの良い優しくてどこか危うさを纏った声が、絶え間なく喘ぎ僕の名前を呼んでいる。
ぞくぞくぞく。セバスチャンの背中――正確には尾てい骨から首の付け根にかけて――に痺れが迸る。彼をこんな風に乱れさせているのは自分だと再認識して、たまらなくなる。
「あっ、あ、んっ……セブ、セブっ……」
悩まし気に顔を歪ませ甘い声を上げる。ぐちゅぐちゅと淫猥な水音を立てながら手を動かしていたが、それでもまだ足りないのか空いていた方の掌で、溢れ出る先走りでぬめる先端を包み込むと円を描くように擦った。ひときわ彼の声が高くなる。なるほど先端が好きなのか、とセバスチャンの中で彼に関する必要かどうかもわからない知識が増えた。
「へえ……君、ひとりでする時はそんな風に触るのか」
からかいを含んだ声にひくりと反応は見せたものの、羞恥心よりも欲を優先させて自慰にふける彼に若干の不満を感じた。膝を立たせ、脚を開かせ、その間に身体を滑り込ませる間も彼の手は止まる気配がない。内腿が小刻みに震えているのを見るに、絶頂が近いのだろう。
瞼を閉じて感じ入る姿がどうにも面白くなくて、セバスチャンは少し強めに恋人の名前を呼ぶ。するとハッとした様子で目を開けた彼にこう続けた。
「僕を見て、いきそうになったらちゃんと言って、君のぜんぶを見せてくれよ」
我ながら子どもじみた酷い独占欲だと思った。自分から仕掛けたくせに、彼自身にまで嫉妬しているだなんて。けれどセバスチャンの言葉に応えるように、嬌声を上げながらもこくこくと律儀に頷く彼には気分が良くなる。
「は、ぅ……ッ、あ、あっ、あ……だめ、もう……っ」
「いきそう?」
「ん、んっ、ぃ……き、そ……、はっ、あ、やっ、いく、い……――ッ!?」
燻っていた熱をようやく解放できると思っていた転入生。しかしそんな儚い願望でさえセバスチャンの手によって制されてしまう。彼が欲を吐き出す瞬間、骨ばった大きな手で根元を握られてしまいそれは叶わなかった。精管を通って出てくるはずだった白濁はあえなく踵を返すしかなくなり、腹の中でぐるぐると渦巻く熱の苦しさに別の意味で喘いだ。
「やだ、いやっ、いきたい、セブ……ッ!」
駄々をこねて未だにしっかりと射精をせき止める手を力の入らない指で引っ掻く。目尻に溜まった生理的な涙が、つ、と彼の頬を伝う。
いやだ。なんで。いきたい。いかせて。と舌の回らなくなりつつある口で懇願する。その度にセバスチャンは首を横に振って拒否の意を示した。
「あんまりいきすぎるとすぐバテるからな。……まあ、君の体力じゃ特別気にしなくてもいいだろうけど」
脈打っていた転入生のものがいくらか大人しくなった頃にセバスチャンの手が離れる。するとすかさず彼が手を伸ばした。が、呆気なく目の前で主導権を握る男によって捕まってしまう。なおも嫌だと抵抗を見せる彼に、なあ、と悪魔のごとく耳元で甘く囁いた。
「“こっち”でいくより何倍も気持ちよくなれる方法を知ってるんだ」
彼の動きがぴたりと止まる。今日はひたすらに快楽を追い求める日な上に、そんな風に言われてしまえば抗いようがなくなってしまう。
そんなの、ぼくは、しらないよ。
教えてほしい? こつん、と額を合わせて、目を合わせて問いかける。すると彼は頷きの代わりにセバスチャンの唇にちゅうと吸い付いた。
「おし、えて……君の……セブの、手で……もっと、きもちよく、なりたい……」
またぞわりと背筋が粟立った。口元に浮かべた笑みを一層深めると、任せろ、と彼の額にキスを落とした。
「手はここ。それが無理ならシーツを掴んでおいてくれ」
転入生の手を彼の頭上で固定しておくように指示を出す。素直に頷いて枕の端っこを軽く摘まんで、彼は物欲しげな表情をセバスチャンに向けている。そう急かすなよ、すぐに良くしてやるから。
「前は絶対に触るなよ。少しでも触れたら今日はもうお終いにするからな」
わかったから早く触って。と、言葉よりも雄弁に彼の目と身体が語る。ん、ん、と急かすように腰を浮かせる様は、とても十代の子どもとは思えないほどに艶めかしい。知識も経験も乏しい彼が、一体どこでこんな煽り方を覚えてくるのだろうか。
眼前で焦れる愛しい彼に生唾を飲み込むと、サイドテーブルから潤滑油を手に取ってたっぷりと指に塗りたくった。そうして彼の尻の
「っ、あ……」
彼の唇からあえかな声がこぼれ、もう既に何度かセバスチャンを受け入れた後孔はすんなりと開いて骨ばった指を迎え入れた。熱くとろけて、それでいてたった一本の指すらきゅうきゅうと締め付ける。健気な愛らしさに頭がくらくらした。
中を押し広げるようにもう一本滑り込ませ、二本の指でぐにぐにと擦るたびに甘ったるい嬌声が鼓膜を震わせる。セバスチャンのつま先がしこりを掠めれば『あっ!』と高い声を上げて腰が跳ねた。指腹で押さえつけ、指の間に挟んで摘まみ上げるようにさする。そのたびに彼の腰はうねり、無意識に与えられる快楽から逃げようとする。
「逃げるなよ。もっと気持ちよくなりたいんだろ?」
「あ、んっ……でも、っ……こ、んな……んぁッ」
爪でやわく引っかかれた瞬間、彼の手が枕から離れる。顔を隠そうとする前に腕を掴むと、まっすぐシーツへと導いた。そうすれば火照りで赤くなった手は大人しくぎゅっと真っ白なシーツを掴んだ。
だらしなく開いた足の間に唇を寄せ、その柔らかな内腿に吸い付く。彼の身体はどこもかしこも砂糖菓子のように甘い。どれだけ味わっても飽きなんて来やしない。
指を動かしながら、ひとつのみならず腿に腹にとまた所有印を散らす。しばらくそうしていると、彼がしきりにセバスチャンの名前を呼びだした。まるで助けを求めるかのように。
「ん……どうした」
「ンッ、ぅ、あ……もっ……へん、にっ、なる……」
「いいよ。そのまま僕に身を委ねて」
「は……やっ、あっ……やら、こわ……ぃっ……」
「こわくないよ、ほら」
「あっ、あ、あッ……だめ、はやくしちゃ……っ!」
「いきそうって? いいぜ、好きなだけいけよ」
「やっ、やぁ……セブ、なんか、くる……あっ、や、あ"~~……ッッ」
転入生の身体が大袈裟なまでに跳ね、脚はぴんと伸びてつま先でシーツに波を作る。ひときわ強く締め付けられ、彼が絶頂を迎えたことを知らせてくれた。けれど、彼の腹が白濁で汚れることはなかった。いわゆるドライオーガズムというものを体験したのだ。
長く続く絶頂感に、セバスチャンが指を引き抜いたあとも彼はびくびくと身体を震わせていた。髪を撫でる手にさえ快感を覚え、小さな嬌声がこぼれる。
「な、気持ちよかったろ?」
「はっ……は……な、に……こぇ……」
「さあ……僕も本で読んだだけの知識だからな」
正直眉唾物だと思っていたよ。とは言わず、未だ荒い呼吸を繰り返す彼の額に口づける。ぼんやりとしていた彼の目が、しかとセバスチャンを見た。
ぎらりと光るそれは、さながら獲物を狙う狩人の如く鋭い熱を孕んでいた。あれだけ乱され普段では想像もつかない限界の迎え方をしても、日々フィールドワークに身を投じる彼の体力が尽きるにはまだまだ早すぎた。
どん、と彼の腕がセバスチャンを突き飛ばす。完全に油断していた身体は素直に後方へと倒れ込んだ。ふかふかのベッドがなければ、後頭部を強かに打ち付けていたに違いない。困惑するセバスチャンの足の間を陣取った彼が、うっそりと蠱惑的な笑みを浮かべてこう言った。
「さっきのお礼……君のことも、気持ちよくしてあげる」
何度目かわからない生唾を飲み込む。今やセバスチャンのものもしっかりと上を向いていて、転入生はぱかりと口を開けて涎を垂らす先端を含んだ。息を詰め、眼下で行われる魅惑的な光景に目が奪われる。
慣れないながらも精いっぱいセバスチャンの昂ぶりを舐めしゃぶり、収まりきらなかった根元は必死に手で扱いた。人当たりがよく、誰からも注目されて人気者の彼の口端から涎と飲み切れなかった先走りが溢れ、下品なまでの水音を立てている。その事実がセバスチャンの征服感と興奮とを煽った。
上手ではないにしろ、心地の良い口淫に自然と吐息がこぼれ出る。形の良い頭を撫でると、嬉しそうに声を洩らしてより一層の奉仕に努めた。……このまま両手で抑え込んで腰を動かせばどんな反応を見せるだろうか。快感によって鈍った思考がセバスチャンを動かす。彼の髪を指で梳き、やんわりと後頭部を押さえてみせる。驚き目を張りはしたものの、またすぐに長い睫毛を伏せて奉仕を続けた。彼が頭を上下に動かすのに合わせて少しずつセバスチャンの手の力も籠っていく。
「う……っ、待て、そこは……」
「んっ……ここ、きもちい……?」
硬く尖らせた舌先で裏筋をくすぐると、目に見えて好い反応を見せた。返事も待たずにまたぱくりと咥え込むと、たっぷりと唾液を絡ませて先ほどと同じ動きをする。く、と息を詰まらせる彼が愛おしくて口端から品のない音を立てながら行為を続ける。すると今度はセバスチャンが切羽詰まったように転入生の名前を呼び始めた。
「そこ……それ、気持ちいい……っぁ、もう離せ……ッ!」
出そうなのだろう。必死に、けれど傷付けないように彼の髪を掴んで引き剝がそうと試みる。が、当の彼は口に出してほしいのか、しっかりとセバスチャンの腰にしがみついて離れようとしない。快楽でろくに力の入らない手ではもはやどうすることも出来ず、頭を振る彼に合わせて情けなく腰を揺らすしかなかった。
「はあっ、くそ、ンッ……あ、出る……!」
「んんっ……ぅ、ふ……」
転入生の口内で熱が弾けた。鼻に抜ける生臭さに眉をしかめながら、こくこくと喉を鳴らしてセバスチャンの白濁を飲み下す。精管に残った一滴すらも残さないように、すべて飲み切ったところでようやく口を離した。
頭上を見ればとろけた表情をして肩で息をする恋人の姿。自分がした行為で好くなってくれたのなら、こんなに嬉しいことはない。伸ばされた手に擦り寄れば、その熱が頬を伝ってじんわりと全身に伝播していく。先ほどまで咥えていた唇をセバスチャンの親指が優しくなぞる。
「ぜんぶ、のんだのか……?」
わかりきった質問に頷きで返した。不意に視線が外れて少し下にやられる。何事だろうとつられて転入生も視線の先――自身の下腹部を見た。まだ一度も出していないそこは、痛々しいまでに赤く腫れて先走りが糸を引いている。あ、と小さな声を洩らした彼が恥ずかしさに手で覆い隠そうとする……が、セバスチャンの方が早かった。
ぐるりと視界は回り、背中が柔らかいものに包まれる。手首はセバスチャンの手で押さえられ馬乗り状態。形勢逆転、というわけだ。
「はは……君、僕のを舐めて興奮した? つらそうだな、出したい?」
「セバ、んぅ……ッ」
すり……と陰茎同士がこすれ合う。その僅かな刺激でさえ、彼の身体は大袈裟に跳ねた。
すり、すり、とわざとそうしているうちに、やがて水音が混じりセバスチャンの熱もまたぶり返す。転入生は快楽に耐えて髪を振り乱すことしかできない様子。それでも時折合う眼には、言い逃れの出来ない欲に塗れていた。
「なあ、どうされたい?」
不意にセバスチャンは腰の動きを止め、転入生に覆いかぶさったまま問いかけた。
「言ってくれよ。君のしたいようにする」
ぴくりと彼の指が戦慄く。
押さえていた手を離すと、あろうことか彼は自らの手を膝裏に回し、秘部を曝け出してみせた。
「も……なか、寂しい……。セブの……いれ、て……」
ぶつん、と何かが切れた音が聞こえたのは覚えている。けれど何が切れたのかは、わからない。恥じらいながらも自身を求めた彼になんて言ったのかも、覚えてはいない。『そりゃないぜ』? 『どこで覚えた』? 『あまり煽るな』? なんだかそんなことを言った気もするし、言葉を紡ぐ間もなく誘われるままに挿入したような気もする。
今のセバスチャン・サロウがわかることといえば、自分のものを柔く締め付け絡みつく内壁の熱さと気持ちよさ。それから、彼の喉から発せられる嬌声の耳心地。しがみついてくる腕の熱。所詮はその程度だ。結合部から聞こえる卑猥極まりない水音。痛いと感じるまでに跳ねる心臓の鼓動。眼前にある、乱れ恍惚とした恋人の顔。
「っ、は……っぁ」
肌を打つ音に煽られ、さらに深みを目指してぐり、と腰を押し付けたその時。すこし、ほんのすこしだけ先端が行き止まりの奥に入り込んだような気がした。そういえば、この先にはまだ行ったことがなかったな。
「……ここ」
「あ、ぇ……?」
「この奥……はいりたい……」
「う……ぁ"……ま、って……せぶ……っ」
「いやだ、まてない。いいだろ、なあ、いいよな、ここ、はいっても、な」
「あ、あ、だめっ、――あ"ッ!?」
ぐぽり、と明らかに聞こえてはいけない音が聞こえたと同時に、これまでの比にならない衝撃が転入生を襲った。セバスチャンが結腸に入り込んだのだ。反射的にきゅううと収縮する内壁。がくがくと全身痙攣を起こしているのは、それだけ強すぎるのか、それとも――。
「あー……これ、いいな。きもちい……」
「ん"っ、お……ぁあ"っ」
「ははっ、きみも、きもちいいな?」
「ひ、ぃっ……~~ッッ♡♡」
出し入れするたびにわずかに膨らむ彼の下腹部を、何の気なしにぐっと押し込んでみる。既に彼の腹は彼から吐き出された白でどろどろになっているのに、その上に重なってとっくに色を無くした粘液が追加される。
転入生は抵抗する間もなく与えられる暴力にも似た快感に、体を震わせて悲鳴交じりの喘ぎ声を出すしかない。視界はちかちかと明滅して、それでもひと突きされるとむりやりに意識は浮上させられる。逃げ場のない、いき地獄。
「ずっといってる、かわいい」
「あっ、あ"♡、ンッ……も、やっ……やら、ぁっ♡」
「どうして? きもちよくない?」
「ん、ひっ♡……ぉっ、あっ、ちぁ、ちが……ああっ♡、んっ♡」
「ならこのままでもいいよな、な」
「やっ♡、やぁ、もっ、いくの、いや、ぁ♡」
うそつき。とは口に出さず、代わりに腰を打ち付けた。セバスチャンの思考は、今となっては転入生よりも溶け落ちているだろう。
気持ちがいいならそれでいいじゃないか。そのためにここに来たんだろう。いまさら嫌がるのは無しだぜ、君。
ごり、ぐぽ、ごりゅ。そんな耳を塞ぎたくなるような音ですら、右から左へ流れていく。もっと欲しい、もっともっと、足りない、これじゃ、まだ。
本気でやめてと懇願する彼の声ですら、もう聞こえていないようだった。腕に爪を立てられても、背を引っ掻かれても、セバスチャンは止まる気配がない。彼の足を肩にかけ、上から押さえつけるようにして深く深く、奥を穿つ。どうにか引き剥がそうとした彼がセバスチャンの髪を無造作に掴む。その際に何本か髪を引き抜かれた気もしたが、どうでもよかった。あと少しでいけそうなんだ。君の中に出せれば、満足できる、はず。君も、そうだろう?
「ふっ……う、あー、きもちい……いきそう……なか、だしていいよな? きみもほしいだろ、なあ、あ、いく、いく、なか、だすぞ、んっ、く……っ」
彼の最奥にセバスチャンが熱を放った。しばらく続く余韻にふるりと身を震わせ、荒い呼吸を落ち着かせるために何度も深呼吸をする。そうしているうちに、ふと我に返った。眼下には涙やら唾液やら精液やらでぐちゃぐちゃになった転入生が、ぐったりと意識を飛ばしている。恐る恐る結合部を見れば、ほんのちょっとした隙間から収まりきらなかったセバスチャンの白濁がごぽりと溢れ出た。そういえば避妊具を付け忘れていたことに、さあっと血の気の引く音を聞いた。
慌てて挿入していたものを抜き、脱ぎ散らかした服の中から杖を探す。その間も彼の口からは、小さいながらも甘い吐息がこぼれ出ているが、それには意識を集中しないようにした。気にしてしまえば、また抑えられなくなりそうで。
ようやく見つけた杖を振って清めの呪文を唱える。彼の全身も、あらゆる体液でぐっしょり濡れたシーツも、何事もなかったかのように綺麗になったところでひと息つく。自分にも魔法をかけてから彼の隣に戻る。寒くないようにシーツをかけて、優しく抱き寄せて、乱れて顔にかかる翡翠色の髪を払いのけて額に口づけを落とす。
「……無理させてごめんな」
翌日が休みでよかった。明日は彼の世話をしよう。きっとまともに歩くこともできないだろうから。
ぽかぽかとしたぬくもりを感じているうちに眠気がやってくる。セバスチャンはもう一度だけ彼の額に唇を寄せると、おやすみ、と囁いて瞼の落ちるままに眠りについた。
人間はどこまで快楽を与えれば陥落するか気になる。
その答えは、まだわからない。
けれどこれだけ言えるのは――。
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