R指定

 その日、セバスチャン・サロウは朝からずっと落ち着かない様子でいた。
 同じ部屋の同級生からも親友のオミニス・ゴーントからも『今日の君はどこか変だ』と言われる始末。それもそのはずで、今日は週の最終日。翌日は休みという大人も子どもも嬉しい日だ。だというのに、どうして彼のみがそわそわして食事にも授業にも集中できずにいるかというと__。

『君がさっきの続きをしたいって言ってくれるなら……僕、ぴったりの場所を知ってるんだけど』

 あの日の転入生の言葉がフラッシュバックする。友人という枠組みから一歩踏み出し、晴れて恋人となった、ある意味で記念日ともとれる特別な日。キスがしたいと強請られ、体が動くままに彼の唇を貪り、あまつさえそれ以上を求めようとした日。性急すぎたと自責の念に駆られていたセバスチャンに彼が投げかけた言葉は、年齢を考えれば当然の申し出だろう。

『じゃあ次の週末、よかったら遊びにおいでよ』

 “次の週末”、それがまさしく今日なのだ。
 魔法薬学の授業で調合の手順を間違えて__オミニスよりもひどい失敗だ__大鍋を爆発させてしまった時も、薬草学の温室で毒触手草にローブをかじられている時も、昼食で皿に盛ったマッシュポテトをことごとく掬いそこねてフォークだけを口に運んでいる時も、今夜行われるであろうあらゆる事象のことで頭がいっぱいだった。

「__……い……おい、セバスチャン!」
「……え?」

 突然肩をゆさぶられ、ハッとした彼は隣に座るオミニスの怪訝そうな顔を見て気まずくなった。

「ど、どうしたんだオミニス」

 なるべく普段通り、なんでもない風に返してみせるが、先ほどから今度は夕食のキドニーパイを食べこぼしている。本人は気づいていないようだが。

「どうしたはこっちのセリフだ。自覚がないなら相当だぞ、君」

 親友の思ったよりも鋭い言葉がセバスチャンにぐさりと刺さる。う、と小さく声を洩らして胸を押さえる。それでもオミニスの眉間には皺が刻まれ表情は険しいまま。

「彼と一緒に大広間に来たあの日からどうにも心ここにあらずといった様子だったが、今日は一段とひどい。おそらくそれも彼絡みなんだろうが、俺にぐらいは話してくれたっていいだろう」

 察しの良すぎる__セバスチャンの態度でばればれなのだが__親友に、さらにぐう、と声が洩れる。
 とはいえ、今夜彼と秘密の場所で逢瀬なんだ、なんて言おうものならきっとオミニスはひっくり返ってしまうだろう。彼らが付き合うことに反対こそしなかったものの、オミニスはまだ転入生を完璧に信頼しているわけではない。
 どう切り抜けようか思案していると、開いている窓から一羽のメンフクロウが入ってきた。そしてまっすぐスリザリンの、セバスチャンが座っている場所まで飛んでくると、くわえていた手紙を目の前に落として去っていった。しっかり料理の乗った皿を避けて落とすあたりよく慣らされている。

『親愛なるセバスチャンへ』

 きれいな筆記体は彼の書く文字で間違いない。表情筋が緩みそうになって必死に我慢しているセバスチャンに対して、オミニスの眉間の皺は深くなった。

「今のは彼のフクロウか?なあ、セバスチャン……」
「悪い、終わったらちゃんと話す」
「は?終わったらって」
「言葉のままだよ!だから頼むよオミニス、今日は……今日だけは見逃してくれ!」
「セバスチャン!!」

 オミニスが呼び止めるのも無視して、セバスチャンはまだ半分も食べていないパイを置いて大広間をあとにした。わけもわからず取り残されたオミニスは、憎々しげにフィッシュアンドチップスへフォークを突き立てた。



『今夜みんなが寝静まったあと、天文学塔まで来てほしい』

 実に簡潔でわかりやすい内容だった。
 手紙と呼ぶにはあまりにも短いひとことを読んだセバスチャンは、大事そうに羊皮紙を封筒にしまって寮への道を急ぐ。勢いで飛び出してきてしまったため、皆はまだ大広間で食事を楽しんでいることだろう(オミニスだけは違った)。それなら今のうちに細工をしてしまおうと思い立ったのである。
 スリザリンの地下室、開けた空間の壁に合言葉を言うとたちまち入り口が現れる。扉を抜け、階段を下りた先には水中に沈む談話室。よどみなく既に4年間通っている自室へと歩を進める。4つ並んだ天蓋付きのベッド、入り口から見て一番右端がセバスチャンのベッドだ。
 彼はふかふかの枕に自身のパジャマを着せ、持ってきてる着替えを使ってお粗末な身代わり人形をこしらえる。寝ているように形を整え、仕上げとして魔法で『セバスチャンに見える』ように細工を施すと、天蓋のカーテンを閉めていそいそと寮をあとにした。

 呪文学の教室を通り過ぎ、階段を登ったところで足を止める。薄暗くがらんとした踊り場は、彼がハッフルパフ寮の女子生徒に告白され、それを断ったのちにセバスチャンに告白してきたあの場所。ほんの数日前まで“なんの変哲もない空間”としか見ていなかったそこが、たちまち“彼と初めて口づけを交わした特別な空間”へと変換される。無意識のうちに右手の人差し指が唇に触れ、やわらかかったな……、と記憶を辿ったところでまたハッとする。
 早く彼に会いたい。その一心でセバスチャンは奥にある天文学の教室へと続く長い長い螺旋階段を一足飛びに駆け登った。そしてバカのバーナバスのタペストリーの前まで来たところで違和感に気づく。

 __こんなところに扉なんてあったか?

 彼の記憶が正しければ、タペストリーの向かい側はただの壁だったはず。それがどういうわけか、重厚なデザインの扉がそこにはあった。
 どうにも気になって手をかけようとしたところで、反対側から扉が開かれる。

「セバスチャン!」

 隙間から顔を覗かせたのは、まぎれもなくフクロウを送ってきた転入生本人だった。

「よ、よう、こんばんは」
「こんばんは、早かったね」
「まあ、な」

 なるべく平静を装おうとするが、会えた嬉しさとこれからの期待とでついぎこちなくなってしまう。転入生はそんなセバスチャンににっこりと笑いかけると、中に入って、と入室を促した。普段きちんと制服を着ている彼の、袖をまくったシャツにネクタイというラフさに心拍数が上がった。
 手を引かれるままに入ったその部屋にセバスチャンは目を見張った。高い窓付きの天井からは月明かりが優しく差し込み、壁には自然が好きな彼らしい植木鉢やツタがあちこち。すぐ左手にはゼニアオイが植えられた鉢と魔法薬の調合台。それから初めて見る機織り機。正面にはまた違った趣のアーチがあり、入り口にはもやがかかっているのか中を窺うことはできない。

「さっきまで保護した動物たちのお世話をしてたんだ」

 セバスチャンの視線の先に気づいた彼が補足する。
 なんだって?動物の保護?そのお世話?

「……前言は撤回せざるを得ないな」
「ん?」
「君からどんな話が出てきたって驚かないって言ったけど、さすがに想定外だ」

 肩を竦めてみせたセバスチャンに、彼はまた笑いかける。無邪気なその表情に、また少し心拍数が上がった気がした。

「ここは必要の部屋。本当に必要としてる人のところに現れる不思議な部屋だよ」
「へえ……話には聞いてたけど、実在したんだな」
「うん。……セバスチャン、こっち、きて」

 再度手を引かれる。左側に位置する階段を下ると、これまた広い空間。右奥にはなにやら鉢植え台が並んでいるが、気になるのは目の前の壁。
 簡素な木製の扉以外なんの装飾もなされていないので逆に浮いて見える。訝しげに首をひねるセバスチャン。ここは?と聞こうと転入生を振り返ると、ばつが悪そうに視線を逸らされる。
 彼はこの扉の奥になにがあるのか知ってる。そして僕たちは今からこの中に入る。

「……」
「あっ……!」

 ぐい、と彼の手を引っ張ってセバスチャンは躊躇なく扉を開けた。するとどうだろうか、目の前には寮にあるものとは比べ物にならない大きな天蓋付きのベッド。窓はなく、ベッドの両サイドのランプが淡く室内を照らしているではないか。
 経験のないセバスチャンでも“そういうこと”をする雰囲気の部屋だということは感じ取れた。

「う、うう……あんまりじっと見ないで……」
「どうしてそこで君が恥ずかしがるんだ。確かに、その……雰囲気はちょっとアレだけど、ただの部屋だろ」
「……ひ、必要の部屋の内部ってね、」
「うん?」
「え……っと…………な、中にいる人の求めるものが現れたり……する、んだ……」

 ああ、そういうことか。中にいる人、つまり『彼』の『求めているもの』が『この部屋』というわけだ。
 ぞくりと項から腰にかけてかすかな快感がセバスチャンを貫く。この間の続きをするのだから当然なのだが、彼も期待してくれていたのだとわかって小躍りしたくなるのを必死にこらえる。

「……本当に、いいのか」
「い、今になって聞かれても困るよ。僕は最初からそのつもりだったし、それに……」

 __セバスチャンとじゃないと、こんな部屋現れないよ。

 理性のたがが外れる音は、存外軽いものらしい。
 気付けばセバスチャンは彼をベッドに沈めて深く口づけていた。められたってめてやるもんか。何度も何度も角度を変えながら、舌を絡め、甘く噛み、これでもかと彼を味わう。わずかに唇が離れるたびにこぼれる吐息に煽られ、好き勝手に口内を蹂躙し貪る。
 彼はセバスチャンからのキスを受け止めながら、着替えもなにもしていない彼のローブを脱がそうと躍起になる。もつれるように服を脱がせあうふたり。転入生がジャケットを脱がせ、カーディガンのボタンを外そうとしたところで、セバスチャンの指先が彼の胸の突起に触れた。

「っ、ぁ」

 小さな、けれど確かな甘い嬌声に、下腹部がずんと重くなる。
 早く繋がりたい気持ちと、時間をかけて愛し合いたい気持ちとが綯い交ぜになる。いつの間にか唇は離れ、彼の口端からはどちらのものかわからない唾液が伝い落ちる。舌なめずりをしたセバスチャンは、突起をいじる手は止めずに吸い寄せられるように今度は彼の白い喉に唇を寄せた。程よく出っ張った喉仏となぞると、彼がたまらずのけぞる。形のいい鎖骨に舌を這わせ、まるでそうするのが当たり前かのように吸い付いた。
 ぴり、と針で刺されるような痛みが転入生を襲う。なのにセバスチャンに触れられてるすべての場所が、徐々に熱を持って甘く痺れていく。蜘蛛の糸一本で繋いでいるような理性が、じわりじわりと侵食され壊されていくのがわかる。初めての感覚、初めての行為。ほんの少し残る不安は未だ拭いきれないが、それでも愛しい人が目の前にいて求めてくれる。たったそれだけで思考は簡単に麻痺して、与えられるままに快楽を甘受すればいいと囁いてくるのだ。

「せ、ば、ひっ、ぁあ!」

 きゅっと突起を摘ままれてしまい、面白いくらい転入生の身体が跳ねた。その拍子にセバスチャンの唇は鎖骨から離れ、紅い所有印が残る。満足そうに口を歪めると、左手で胸への愛撫をしたまま、右手で彼の頭を撫でる。シーツを握りしめていた彼は、セバスチャンの掌に頬ずりをしてうっとりと目を細めた。

「んっ……は、せば……す、ちゃ……」
「ん?」
「すき……好き、大好き」

 ああもう、まったくどうしてこの男は。ちゅ、ちゅ、と何度もセバスチャンの手に口づけながらさえずる彼の愛らしさに熱が上がる。

「僕も好きだよ……だから」
「ぁ、や……っ」
「そろそろ“こっち”も、触っていい?」

 ちょん、と指さしたのははち切れんばかりに膨らんだ彼の股座。軽く引っかいてみせると彼は脱がし損ねたカーディガンに縋りつく。それでも手を止めずにいると痺れを切らした彼が声をあげた。

「も、それやだっ」
「やだ?」
「やだ、もどかしい……直に、さわってほし……ッ」

 お許しをもらったセバスチャンはベルトのバックルに手をかける。あえて焦らすように、見せつけるようにゆっくり丁寧に外していく。
 下着と一緒にスラックスをずり下ろすと、ぐちゅりと卑猥な音と共に先走りで濡れに濡れた彼のものが飛び出す。てらてらとしたそれを握りこむのになんの躊躇もなかった。熱いなとか、硬いなとか、薄ぼんやりとそんなことを考えながらこする度に跳ねる感触を楽しむ。
 彼の控えめな喘ぎ声、水音、自分の荒い吐息、聞こえてくるのはそれだけ。同級生らは夕食を終わらせて各々の寮に戻る頃だろうか。いつもならセバスチャンもそこに交じって満腹で眠たい目をこすっているはずなのに。外からの雑音の一切が届かないこの場所では、彼とふたりぼっち。

「……っ」

 先ほどまで彼の胸に触れていた指を口に含み、なるべくたっぷりの唾液を絡ませる。そして彼のものと同じように濡れたそれで、尻肉の奥にある入り口に触れた。

「あっ……?え、あ、うそ、まって」
「ごめん、本当ならもっと優しくしたいんだけど……僕も限界なんだ」
「せば、うぁ……」

 ぐち……とセバスチャンの人差し指がまだ固い蕾を開いて侵入してくる。圧迫感からか彼が苦しげに喘いだ。彼のものを扱く手は止めずに、少しでも辛くないように。平常時なら『君ってば器用だね』と軽口を叩くのに、そんな余裕はとうの昔に崩されている。
 セバスチャンの指が奥を暴こうとするたびに思考はぐずぐずに溶けていく。持っていた知識と実践との差が大きすぎて脳の処理が追い付かないのか、彼の目から涙がこぼれた。前をこすられる気持ちよさと後ろの異物感でどうすればいいのかわからない。所在なく彷徨った手が再びシーツを握りしめ、身をよじったその時。

「ひっ、あっ!」

 指先が彼のしこりを掠めた。格段に高くなった声の変化を逃さず、執拗に“そこ”ばかりを責め始める。

「やっ、んん……そこ、へん……っ、だか、らっ……」
「やめる?」
「ぅ……あ、き、今日のきみっ……いじわるだ……!」
「さあ、それはどうかな」

 真っ赤な顔をした彼がセバスチャンを睨みつける。普段ならそれだけで萎縮してしまうが、今はなにも怖くない。上気した頬と、潤んだエメラルドとトパーズが混じった瞳。生意気で扇情的で、ほかの誰も見ることは叶わない表情を見てにんまりと口角を上げる。

「はっ、あ、……っ、せば……ぅ、せ、ぶ……セブッ……」
「うん、気持ちいいな。……一回出しとくか」
「んゃっ……だめ、それっ、でちゃ……あ"っ、~~~~ッッ!!」

 先端と前立腺を同時に刺激すると、彼は胸を反らせてあっけなく絶頂を迎えた。セバスチャンの手が彼から吐き出された白濁液を受け止める。その量と濃さからしばらくしていなかったことが伺えた。呆けた様子で見ていると、ふっと白濁が消えた。

「そ、そんなものじっと見ないで……」

 半身を起こした転入生が肩で息をしながら小さく呟いた。その手には杖が握られている。
 きれいになった右手をもう一度見て、肩をすくめながら彼の内部に入れていた指を抜いた。

「んっ……セブ……」
「どうした」
「なんか、余裕だね」
「……余裕なんてあるもんか」

 セバスチャンはカーディガンを脱ぎ捨て、ネクタイを緩める。半ば引きちぎるようにシャツのボタンをはずし、ズボンの前を寛げる。そこには先ほどの彼と同じように先走りに濡れ、しっかりと屹立したセバスチャン自身。わあ……、と彼が声とも吐息ともつかない音を洩らす。

「君のせいだよ、君があんな……あんな風に乱れるから」
「そ、それは……君が慣れた手つきで僕に触れるから気持ちよくて……」
「慣れてる?僕が?まさか」
「え、だって」
「こんなこと君が初めてに決まってる」
「うそだあ!」
「この場で嘘ついてなんになるって言うんだ!」

 ぐ、と彼が押し黙る。それはその通りだ。セバスチャンが嘘をつくメリットなどひとつもありはしない。
 セバスチャンは彼の手から杖を取り上げると、ベッドの端に放ってもう一度彼を押し倒す。足の間に身体をねじ込み簡単に閉じられないようにすると、何か言いたげな目が見上げてくる。

「今度はどうしたんだ」
「い、や……その……えっと……」
「歯切れが悪いな……。言ってみろよ、別に怒ったりしないからさ」
「……うぅ」

 彼が腕を伸ばし、セバスチャンの首に回して引き寄せる。大人しくそれに従い、けれどなるべく体重をかけないように肘をついて彼に顔を近づける。彼が頬ずりをして耳元で囁いた。

「嘘とか言ってごめん……それと、僕でこんな風になってくれてるの……すごくうれしい、よ……」
「は……はは、今からこれが君の中に入るんだけどな」
「……はいるかな」
「ものは試しだ、グリフィンドールのやつらは挑戦が好きだろ?」
「ばかっ」

 べちん、と彼の手がセバスチャンの頬を叩く。すかさずその手を掴むと、さっきのお返しだと言うように彼の掌にキスをする。

「なあ、もういいだろ。本当に我慢の限界だ」
「ん……いいよ。僕も……早くセブとひとつになりたい……」

 ちゅ、とプレッシャーキスをひとつ。そして余っていた枕を掴むと、彼の腰の下に挟み込む。『やっぱり慣れてる……』とぶつくさ言っている彼は無視して、先端を少し柔らかくなった蕾にり付けた。

「挿れるぞ……」
「う、まって、やっぱり怖い」
「大丈夫だって。ほら、僕を見て……そう、いい子」

 転入生を安心させる言葉を何度も何度もかけながら、浅い抜き差しを繰り返す。
 頃合いを見て、ぐっ、と腰を進めた。

「っあ……ぅ"あっ……」
「んっ……く、あっつ……」

 火傷したかと思った。それがセバスチャンの率直な感想だ。
 彼の中はとにかく熱い。そしてキツい。ただでさえ初めてな上、本来受け入れる場所ではないそこは防衛本能としてセバスチャンのものを異物と認識し、押し出そうとより一層締め付けてくる。それでも彼と繋がりたい一心で拓いていく。
 ふと彼を見ると、苦しそうに眉根を寄せて枕に半分顔をうずめながら、指とは圧倒的に質量も熱も違う感覚に耐えていた。痛いとも苦しいとも言わないが、一目で辛いだろうことがわかり、思わず動きが止まった。良くさせたいのに苦しめてしまっている。いやな汗が背中を伝った。

「セブ……?」
「ご、ごめん、痛いよな、僕じぶんのことばかりで」
「そんなこと」
「こういうのはゆっくりやっていこう、だから今日はもう」
「セバスチャン!」
「ッ!」

 名前を叫ばれて肩が跳ねる。彼は両の掌でセバスチャンの頬を包み込むと、むりやり視線を合わせた。

「やめようなんて言わないよね」
「で、でも……」
「僕はいやだよ、こんなところでやめるなんて。大好きな君と繋がれて幸せなのに。それに、大丈夫って言ったのはほかでもない君じゃないか」
「……っ」
「僕は大丈夫だから……やめないで、おねがい。僕を……僕が君のものだって、ちゃんと教えて、セバスチャン」

 セバスチャンが彼の名前を呼ぶと、中途半端だった挿入をひと息で押し込んだ。声にならない叫びが彼の喉に引っ掛かり、打ち上げられた魚のように口をぱくぱくさせている。絶えずきゅうきゅうと締め付ける心地よさに、腹筋に力を入れながらギリギリのラインで吐精するのをこらえる。
 そのまま前に倒れこみ、額を彼の胸にくっつける。すると彼の手がセバスチャンの髪をなでた。

「ふっ……あは……さすがに、急すぎ……」
「……ごめん」
「ううん……うれしい、ずっとこうなりたかったから」

 じわりと目に涙を浮かべながら、それでも心底幸せそうに彼がはにかんだ。
 それだけで胸がいっぱいになってセバスチャンも泣きそうになってしまう。どうにか泣くのを我慢して、ふわふわとあやすようになでてくれる手を堪能していると、動いて、と彼が言った。

「もう平気……それよりもセブと一緒にきもちよくなりたい」
「……はー、君はどこでそんなセリフを覚えてくるんだ」
「ええっ、僕は思ったことを言っただけ……んあっ、ちょ、っと!」
「これで止まってられるやつは聖人だと思うよ」
「だ、からっ……て、んッ……そ、んな……」
「煽ったのは君だ。……次はちゃんと気持ちよくするから、僕に集中して、僕を感じて」

 指を絡めて手を繋ぎ、ゆっくりと抽挿を始める。ひと突きするたびに彼の口から抑えきれない甘い声が発せられ、セバスチャンの耳を刺激する。
 小鳥のようについばむバードキス、揺さぶられて乱れた彼の翡翠色の髪が真っ白なベッドにちらばる。
 だれよりもかわいくて、だれよりもきれいで、もっともとめてほしくて、セバスチャンは夢中で腰を振った。
 先端の凹凸部で前立腺をこすり上げると、それに比例して声が一層高くなる。砂糖菓子を転がしたような、甘い甘い声。僕だけが聞くことの許された特別な声。もっと聞かせて。

「あっ、あ、んんぅ、せぶ、ぅあっ」
「すき……好きだ、ぁっ……」
「う、んッ……ぼく、もっ、すき……ひ、あ"、やぁ"っ!」

 ぐりぐりと奥をこする。高かった声が少しだけ低くなる。とっくのとうに溶け落ちた余裕をさらに無くしたくて、頭の片隅にあるありったけの知識とお世辞にも巧いとは言えないテクニックを駆使して彼を抱く。

「それっ、そこ、やっ、ら……へん、なるっ」
「いいよ」
「んっ、うー……ッ、きもちい、こわ……いっ、セブ……っ」
「じゃあ、っ……ほら、僕にしがみついて、大丈夫だから」
「っは……あっ、あ"ッ~~~~」

 セバスチャンに抱き着いたことでより深く繋がり、彼がびくびくと身体を震わせて二度目の絶頂を迎える。とぷりと彼のものから吐き出された精がうっすらと割れた腹筋を汚す。さらに締め付けが強くなる中、腰と下腹部に強い快感を感じて自身の絶頂も近いことを悟る。動きを速めると、嬌声というよりは半ば悲鳴に近い声で彼が喘いだ。

「いった、も、いったっ、から、やらっ、とまっ、てっ」
「はっ、ごめ、もうちょっとだけ」
「あ"ーッ、あ"っ、だめ、だめっ、いく、い"ッ……く、ぅ……っ!!」
「んっ、僕もっ……っぐ、ふぁっ……」

 ひときわ深いところへ突き立てる。セバスチャンと彼がほぼ同時に昇りつめ、彼は腹をさらに汚し、セバスチャンは彼の最奥に吐精した。
 お互いに固く抱き合ったまま荒い呼吸を繰り返す。絶頂後の程よい疲労と高揚感から先に抜け出したのはセバスチャンだ。名残惜しく彼から離れると、挿入したままだったものを抜く。こぽ、と彼の尻肉の間から自分の吐き出した白濁が溢れたところでさあっと血の気が引いた。

「わっ、わ、ごめん!」
「へ……?」
「な、中に、出しっ」

 慌ててローブから杖を取り出して一振りする。彼がそうしたように肌を汚していた白濁は消え、なにごともなかったかのようだ。まだぼんやりとした頭で目の前の光景を見ていた彼が、回りきらない舌で礼を言った。そしてセバスチャンのシャツの裾をつまむ。

「今夜……ここ、とまってく……?」
「あ、あー……僕としてはそうしたいのはやまやまなんだけど」
「けど……?」
「……オミニスがな……いろいろと勘ぐってて。終わったら話すって言っちまったんだよな」

 さすがにあったことのすべてを話すわけにはいかないが。というか話せるわけもない。

「……でも」
「ん?」
「今日はなす、とは……言ってないんでしょ……?」
「まあ、そういえば確かに」
「なら……今日は、いっしょにいて……ほしい、な……」

 眠たいのか終始舌っ足らずでのんびりと話す彼。その様子を見ていると、セバスチャンの瞼も少しずつ重たくなっていく。
 それにずいぶんと甘えたがりになった彼を置いて行くのも忍びなくなってきたのである。彼の言う通り『今日話す』とはひと言も言ってない。明日の朝早めに起きて寮に戻ればいいか。
 彼の隣に寝ころび、シーツを引っ張ってかけてやると嬉しそうに抱き着いてくる。腕枕をして抱きしめ返すと、そのまま仲良く心地の良い眠りへと落ちていった。



 翌朝、早朝から寮の前で仁王立ちしていたオミニスに根掘り葉掘り問い質されることになるが、それはまた別のお話。
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