短編

 今から思えば、最初からどことなく距離は近く感じていた。
 異例の五年生から転入してきた“彼”とのファーストコンタクトは、新学期最初の闇の魔術に対する防衛術の授業。セバスチャン・サロウは、あろうことか授業の一環として行われた決闘でその転入生の相手をすることとなった。結果はほぼ転入生の圧勝で、今の今まで大した魔法に触れずに育ってきたとは思えない強さを見せてくれたのだ。
 その後ありがたい(?)ことに当該教科の教授を務めるダイナ・ヘキャットの紹介に預かり、彼を決闘クラブ『杖十字会』へ勧誘する運びとなった。そこでも彼の魔法の腕は遺憾なく発揮され、入学時の登場の仕方もあいまって瞬く間に噂の中心となったのである。
 しかし当の本人はというと、そこかしこで囁かれる噂など気にも留めずにセバスチャン、そしてその親友であるオミニス・ゴーントと共に日々を過ごしていた。

 そんなある日のこと。

「……近いんだけど」
「え、ああ、ごめん。つい」

 図書館の二階、非常に日当たりの良い窓際の席にセバスチャンと彼が横並びに座っている。普段セバスチャンは滅多に図書館へは立ち入らないのだが、なぜマダム・アグネス・スクリブナーの目をかいくぐってまでこの場所にいるのかというと……単純に課題のためである。
 ホグワーツはそれはそれは広い城だ。図書館でなくとも課題ができるスペースは、わざわざ探す必要すらないほどたくさんある。だというのに何故?と問われるとこちらも単純な理由で、彼に誘われたからにほかならない。
 以前は夜間に一緒になって、各自所属する寮を抜け出して禁書の棚に忍び込んだこともある。きっとそういった経緯もあって彼はここを選んだのだろう。セバスチャンから言わせれば『逆にあんなことをしでかしてここで課題をしようなんて、肝が据わってるにもほどがある』だけなのだが……。
 しかも先ほどから教科書や参考書とにらめっこをしながら羊皮紙に羽根ペンを走らせているのはセバスチャンのみ。彼は最初の数行、魔法薬学で習った調合のレシピを書き連ねただけ。その後は机に肘をつき、男にしては細くきれいな指先にちょこんと顎を乗せ、ひたすらセバスチャンの横顔を眺めていた。

「君から一緒に課題をやろうって言いだしたんだろ。手を止めるなよ」
「そういえばそうだったね。ごめんごめん、ただ……」

 そこまで言いかけて、けれど最後までは言わせてもらえなかった。
 すぐ背後で彼を呼ぶ声が聞こえ、振り返るとそこにはひとりの女生徒が立っていた。ローブの裏地が赤いのを見るに、彼と同じグリフィンドール寮生だ。

「ナティ、どうしたの」

 ナティと呼ばれた彼女は『どうもこうも君を探してたんだよ』と彼に歩み寄る。
 ナティというのは愛称で、本名はナツァイ・オナイ。呪文学の授業でアクシオを用いて彼と見事な呼び寄せ試合を行った生徒である。

「さっきハッフルパフの女の子から君を見かけなかったか聞かれてね」
「そっか。探させちゃったでしょ、ごめんね」
「あたしは別に気にしてないよ。ただでさえここって広いんだし。それよりさっき言った子、天文学塔にある踊り場で待ってるって言ってたから行ってあげて」
「うん、ありがとう」

 ナツァイに礼を告げると、彼はさっさと自分の前に広げていた課題を片し、教科書と羊皮紙を小脇に抱えた。

「それじゃあセバスチャン、また授業でね」
「え、あ……ああ……」

 ひらひらと手を振る彼に条件反射で手を振り返す。螺旋階段を小気味いい靴音を立てながら降りていくのを見送ると、大きく息を吐き羊皮紙に皺がつくのも構わず机に突っ伏した。

「なんなんだよ……」
「ずいぶん仲いいみたいだね、君たち」

 伏せた上半身をこれまた反射的に起こす。独り言にまさか返事が来るとは思っていなかったのだ。

「なによ、あたしがいちゃダメだった?」
「いや……悪い、そういうつもりじゃないんだ」
「あはは、冗談だよ」

 てっきり『それじゃああたしも行くね』と言ってその場を離れるのかと思っていた。が、ナツァイは先ほどまで彼が座っていた椅子に腰かけ、同じような体勢でセバスチャンを見遣った。セバスチャンがもう一度なんだよと呟くと、脈絡もなく追いかけないの?と返される。

 追いかける?僕が、彼を?

「なんで」
「え、まさか自覚なし?」
「は……だから何が」
「離れてく彼を見てた時の君、すっごい切ない顔してたよ」

 セバスチャンの頭上にはいくつもの『?』が浮かぶ。
 勝手に誘っておいて勝手に置いていく彼の身勝手さに呆れていたつもりだった。けれどもナツァイにはそうは見えなかったらしい。彼を見送る時、切なそうにしていた。なんだよそれ、それじゃあまるで__。

「(僕が彼を好いているみたいじゃないか!)」

 再びセバスチャンは頭を抱えて突っ伏す。同級生が百面相している様を見るのは悪くないが、ナツァイはそこまで性格は悪くない。もう一度だけ追いかけないのかと問うと、しばしの沈黙ののち、椅子が倒れんばかりの勢いでセバスチャンは立ち上がった。

「天文学塔の踊り場だったよな」
「うん。呪文学の教室の近くだよ」
「……いってくる」

 なんとも感情の掴み切れない声色でそれだけ言うと、机の上はそのままに走り出した。
 マダム・スクリブナーから注意されようが、ほかの生徒にぶつかろうが、今はどうでもよかった。
 つい数分前のことが思い出せない。僕はどんな気持ちで彼を待つ女生徒の元へ向かう彼を見送った?僕は先約をほっぽってまでその女生徒を優先した彼をどう思った?どうして僕はこんなに必死になって彼のあとを追いかけているんだ?わからない。なにも、なにひとつわかりっこない。
 胸の奥底でふつふつと湧いてくる、昏く熱を帯びた感情の答えを求めるために、青年セバスチャン・サロウは一心不乱に天文学塔へと走った。



 目的の場所についた頃にはすっかり息が上がっていた。
 呪文学の教室を過ぎ、階段を登ったところでふいに足が止まる。

「す……好きです……っ!」

 声はすぐそこから聞こえた。壁にべったりと背をつけ、そろりそろりと踊り場を覗く。普段ならばここにも課題や雑談やチェスやゴブストーンなど、様々な目的をもって生徒たちが集まる場所なのだが……今日に限って人はいない。いや、もしかすると何かしらの理由をつけて空けてもらったのかもしれない。
 幸いセバスチャンからは彼の背中と、その奥でかすかに黄色い裏地のローブがゆらめいているところしか見えない。このまま壁越しに聞き耳を立てていれば、気づかれることもないだろう。

「ひ、一目惚れでした……。あなたが転入してきたときから、ずっと……」

 彼の声は聞こえない。一体どんな表情で彼女を見ているのだろうか。驚きで言葉を発せずにいるのか、それとも嬉しくて言葉に詰まっているのか。前者ならまだいい。でも、もしも後者なら……?
 名前も知らない彼女がおずおずと彼の名を呼び、次の瞬間にはワントーン跳ね上がった声で『ありがとう、すごく嬉しいよ』なんて。そうして晴れて恋人となった彼と彼女が、この人気のない開けた踊り場でキスでも交わしてみろ。そんなの、考えただけでもぞっとする。
 猛ダッシュしてきたおかげで痛む胸が、また別の意味でずきずきと痛みを増す。おさまれ、おさまれと何度も何度も脳内で反芻する。体は熱いのに、背中にいやな汗が伝い血の気がさあっと引いていくのをセバスチャンははっきりと感じた。いやだ、いやだ。ことわってくれ。だってきみにはぼくが……!!

「ありがとう、君の気持ちはとても嬉しい」

 どっ、とひときわ大きく心臓が跳ねた。
 その返答はセバスチャンが想像していたものに近からずも遠からず。けれど、とても静かな声だ。
 そして次に彼の口から出たのは謝罪の言葉だった。

「今は学校の授業に追いつくのと特別課題で忙しくて、とてもじゃないけど恋愛に割ける時間がないんだ」
「じゃっ、じゃあ!それが終わるまで待ってます、だから……」

 不自然に彼女の声が途切れる。おそらくは彼が首を振って静止したのだろう。

「申し訳ないけど、たとえ課題が終わって自由に使える時間が増えたとしても、僕は君の気持ちには応えられない」
「どう、して……ですかっ……」

 泣くのを必死にこらえるその上ずった声は、静かなフロアによく響く。淡々と告げる彼も大概だとは思うが、それ以上にセバスチャンは彼が告白を断ってくれたことに安堵し、心の内で彼女に舌を出して『ざまあみろ』と嘲っていた。その嘲笑はあまりにも醜い嫉妬をしている自分にももれなく向けられたわけだが。

「どうやら僕には気になる人がいるみたいなんだ。やることが全部終わったら、僕はその人のために時間を使いたいと思ってる。だから……ごめん」

 言い終わらないうちに彼女が彼を押しのけて走り去る。泣き顔を見せまいと顔を手で覆っていたから、すぐ角にいたセバスチャンには気づくこともなく。
 ぱたぱたと遠ざかっていく足音が聞こえなくなった頃になって、彼は大きな深呼吸をひとつ。それと同時にセバスチャンはずるずると静かに座り込む。こちらもまた顔を手で覆い、高い天井を仰ぐ。
 彼が彼女と付き合う形に終わらなくてよかった。だけど彼の口から発せられた『気になる人』というのは、一体どんな人物なのか。自分ならどれほどいいだろうか。などと考えを巡らせている中、これだけは確実だと言い切れる結論をひとつだけ見つけていた。

__ああ、そうだよナツァイ。君の言うとおりだ。
__僕は彼がほかの誰かに取られるのが嫌だったんだ。
__僕を優先してくれなかったことに不満を抱いていたんだ。
__僕は……彼のことが心底好きなんだ。

 目頭が熱くなり、鼻の先がツンと痛むのを感じた。彼の気になる人になりたい。グリフィンドールだとかスリザリンだとか、そんなのは一切関係ない。誰にも渡したくない。オミニスにだって。

「っ……好きだ……」
「セバスチャン……?」

 ハッとした。そうだ、まだ彼がこの場に留まっていたのに。
 名前を呼ばれたセバスチャンは、慌てて立ち上がり、ローブのすそでぐしぐしと顔を拭う。泣いているところを見られるなんて情けなさすぎる。

「さっきの、聞いてた?」
「……ごめん」
「質問の答えとしてはイマイチだよ」
「…………聞いてた……。だからごめんって」

 ついぶっきらぼうになってしまう謝罪に、壁に頭を打ち付けたくなる衝動に駆られた。そうじゃないだろ、セバスチャン・サロウ!と。
 気まずい沈黙が流れる。今のセバスチャンの状態では何を言っても火に油を注ぐ物言いしかできなさそうで、何か言おうと口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。遠くからかすかに聞こえてくる生徒たちの談笑の合間に、彼は細く長く息を吐きだした。

「聞かれたんなら、もういいや」
「は、なにが……っておい!」

 彼はおもむろにセバスチャンの腕を引き、さっきまで女生徒と話していた場所に立たせる。

「今度は僕が彼女の立場、だからセバスチャンは僕になって」
「いや、だから意味がわからないって。きちんと説明してくれよ」
「説明もなにも、聞いてたんならわかるでしょ!」
「あのなあ、君に開心術を使ったわけでも君の頭の中を見たわけでもないんだ!わかるわけないだろう!」
「この……ッ!じれったいなもう!君のことが好きだって言ってんだよ!」

 止まった気がした、なにもかも。時間も、呼吸も、鼓動でさえも。
 がっしりとセバスチャンの両肩を掴む手はわずかに震えている。まっすぐ見つめる彼の眼には明らかな熱を孕んでいる。そのうえ頬だけでなく耳まで薄紅に染まっている。夢なら一生覚めないでくれと願った。

「……え、あ……え……?」
「気になる人なんて大嘘だ。僕だってずっと君を見てきたのに。隣にいるオミニスに嫉妬もした。だから今日こそはふたりでいられるようにって……これでも、頑張ったつもりなんだよ……」

 語尾が窄んでいく。掴んでいた手の力が抜け、するりと袖を滑り落ちる。今度はセバスチャンが彼のローブを掴む番だった。

「な、んで……言って、くれなかったんだ」
「言えるもんか……君にとって僕は友だちだろう?」

 自嘲交じりに吐き出された言葉に、違うと声を荒げたくなるのをどうにか飲み込む。
 一緒になって俯いていたら、ず、と鼻をすする音に目だけで彼を見る。

「僕は、君との友情……が、壊れて、しまうくらっ……いなら……言わ、ないっ、でおこうって……」

 泣いている。あの“彼”が。与えられた課題をそつなくこなし、箒レースでイメルダ・レイエスの記録を容易く破り、周りを明るくさせる雰囲気を持っていて誰からも好かれて、いつも勝ち気で自信家の彼がだ。
 彼が入学してからというもの、彼の涙を見たことのある人間なんて果たして何人いるのだろう。
 少なくともセバスチャンが知るのは、真剣に学問に励む顔と、年相応ないたずらっ子な笑顔、それからほんの時折だが遠くを見つめて物思いに耽る大人びた顔。それだけだ。
 エメラルドとトパーズが混じったような不思議な虹彩を持つ彼の瞳からは、はらはらと涙が止め処なく溢れては床に落ちていく。奥の大きな窓から差し込む夕陽が逆光になって、より一層彼の泣き顔を神聖なものへと昇華させていく。
 彼の名前を呼ぼうと口を開いたところで、やめて、と強く止められた。

「なにも言わないで、おねがい。明日から僕と君はまた変わらず友だちとして接してほしい。僕が望むのはそれだけだ……頼むよ、セバスチャン」
「……君は何を勘違いしているんだ」
「え……だって、きもちわるいだろ、普通は……その、君は男で僕もそうなんだから……」

 意識せず大きなため息がセバスチャンの口からこぼれ出た。びくりと彼の肩が跳ねる。
 袖を掴んでいた手を離し、彼の頬を両側から包んで自分のほうへと向かせる。彼は抵抗こそしないものの、居心地が悪そうに目を泳がせている。

「僕を見て、目を逸らさないで」

 もう一往復だけ泳がせ、それから軽く瞼を閉じ、意を決して彼はまっすぐセバスチャンの目を見つめた。
 やっと視線が合ったことに気をよくし、口角を上げる。

「いいか、これだけ言っておく。僕の気持ちを勝手な解釈で決めないでくれ」
「う……ごめん……」
「それじゃあ、君の告白に対する返答を今ここでしても?」
「いま!?今は、ちょっと……こ、心の準備が……」
「は。それこそ今更だろ。というか、君だって聞こえてたんだろう」
「そ……れは……」
「質問の答えとしてはイマイチだな」
「セバスチャン……っ!」

 ああ、そう、この感じだ。くだらない(この場合はお互いにとって何一つくだらなくはないのだが)ことで言い合いして、殴り合いにも満たない可愛らしい叩き合いをして、笑い合う。
 どちらからともなく額を合わせ、鼻先をこすり合わせる。

「好きだよ。僕も、君が好きだ」
「ん……へへ、なんか……こそばゆいな」

 へにゃりと眉尻を下げて笑う彼は、とっくにセバスチャンの見慣れた彼へと戻っていた。
 それが嬉しくて、気持ちが通じ合ったことが嬉しくて、同じように笑うと力いっぱい彼を抱きしめる。苦しいよという抗議の声は聞こえないふりをして。今まさにこの瞬間、有名人で人気者の彼が自分のものになったという優越感と幸福感でいっぱいなのだ。そう簡単に放してやるもんか。

「……ねえ、セバスチャン」
「ん?」
「僕たち、えっと……付き合うってことで、いいんだよね?」
「ほかに選択肢があるか?むしろここで付き合わなかったら今までの時間はなんだったんだよ」

 そうだよね、と返す。セバスチャンだって当然そのつもりでいたのだから、なにも問題はないはずだ。
 腕の中でもそもそ動く彼を不審に思い、少しだけ体を離す。すると彼は何か言いたそうに上目遣いでセバスチャンを見る。まるで仕掛けたいたずらを白状する子どものような、雨の中道端に捨てられた子犬が拾うようせがんでくるような、そんな目だ。かわいいな、とは口に出さず『言いたいことがあるなら言えよ』と伝えれば、みるみるうちに色白の肌が朱に染まる。

「……が…………い」
「え?」
「き……キスが、したい……君と……」

 その時、セバスチャンの中で何かが切れた音がした。
 どこになど野暮なことは聞かず、彼の唇に嚙みついた。彼は反射的に固く目を閉じ、口を真一文字に結ぶ。少しの間薄い唇を堪能するもその程度で我慢などできるはずもなく、下唇を甘噛みしてちゅうと吸うと、口開けろと低く唸る。僅かにではあるが、言われた通りに開かれた隙間から舌を挿しこむ。歯列をなぞり、上あごを舌先でくすぐり、逃げようと試みる彼の熱くなった舌を絡めとり、あとはもうなすがまま。無意識に彼の耳を掌で覆えば、淫猥な水音が脳に直接響くようで頭がくらくらする。舌の奥まで流れてきたどちらのものかわからない唾液を、こくりと音を立てて飲み下す。
 彼は絶えず口内を蹂躙してくる熱に侵されながら立っているのもやっとのようで、セバスチャンの背に手をまわして座り込まないよう必死にローブを握っている。一歩、また一歩とセバスチャンが前に足を出すのに合わせて、彼は後ずさる。膝裏にやわらかいものを感じたと思うと、唇は離れ視界が変わった。天井が見えた途端、セバスチャンが覆いかぶさってきて再びキスをしようとしてくる。

「まっ……まって、セバ……んんっ!」

 このまま続けられるといろんな意味でまずいと察し、どうにか押しのけようとしたが腕に力が入らない。結局彼はソファに押し倒されたまま、先ほどと同じ甘く蕩け腰が砕けそうなキスを散々味わう羽目になる。いよいよどうにかしなければと焦りを感じたのは、セバスチャンが彼のネクタイを解き、シャツのボタンをはずし始めた頃。相変わらず唇は繋がったままで、彼の口からはくぐもった喘ぎ声が隙間から漏れ出るのみ。セバスチャンの手が彼の肌を滑る。鎖骨の形を確かめるように撫ぜ、胸板へと掌を這わせる。指先が胸の先端を掠めたその時、

「っ、ストップ!!」

 渾身の力で彼がセバスチャンを止めた。ここでようやく我に返ったセバスチャンは、自分がナニをしようとしたのか理解して青ざめる。いくらなんでも性急すぎだ、せっかく想いが通じ合えたというのにこれで嫌われたらどうする。

「わ、悪い……!」

 すぐさま彼の上から退き立ち上がるが、下腹部に引っ掛かりを覚える。嫌な予感がして見てみると、案の定セバスチャン自身が誇張していた。慌ててローブで前を隠して前かがみになるが時すでに遅し。しっかりと彼には見られてしまっていた。

「……今すぐ僕を殺してくれ」
「殺さないよ!それに……僕も、同じだから……」

 恥ずかしそうに上体を起こす彼の股間をちらりと見ると、確かに膨らんでいる。自分とのキスで興奮してくれたのかと思うと嬉しい反面、こんな誰でも来れる場所で盛ってしまった自分を殴り倒したい気持ちにもなった。

「落ち着くまで話でもしてようか。幸い夕飯まで時間もあるし」
「あ、ああ……そうだな」

 乱れた衣服を直す彼を横目に、セバスチャンは少し距離を置いてソファに腰かける。
 またしても気まずい沈黙。けれど今度はセバスチャンから口火を切る。

「いきなりごめんな、君があんなことを言ったものだからその……抑えが利かなくなって」
「それはいいよ。でも場所は考えて……いやこれ僕が言えたことじゃないな」

 彼は細く長い指を顎にあて、考えるしぐさをしたあと、セバスチャンに向き直る。

「もし、もし君がさっきの続きをしたいって言ってくれるなら……僕、ぴったりの場所を知ってるんだけど」
「なに、君は……まだ僕に話していない秘密があるっていうのか?」
「ずっと秘密にするつもりはなかったし、近々君やオミニスのことは招待しようと思ってたんだ。本当だよ」
「はあ……いいよ、もう君からどんな話が出てきたって驚きやしないね」
「あはは……じゃあ次の週末、よかったら遊びにおいでよ」
「オミニスと?それとも僕ひとりでか?」
「……意地が悪いぞ、わかってるくせに」

 彼がセバスチャンを小突く。それに対して悪かったよと笑顔で返す。どうやら話はまとまったようだ。
 それから夕飯はなにを食べようか、ハニーデュークスの新作のお菓子をいつ買いに行くか、次の決闘はいつ頃だろうかなど他愛のない話をして、すっかり落ち着いた頃にふたりはいつも通り__否、いつもよりほんの少しだけ近い距離で隣を歩いて大広間へと向かった。

 待ち構えていたオミニスやナツァイから何がどうなったかを問いただされることを、彼らはまだ知らない。
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