蜂蜜の毛布
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うちに来た当初、猫のように丸くなって眠っていたらいむちゃんは外敵から身を守る必要が無くなったと判断したからか、リラックスした様子で眠るようになった。
どうしてそんなことがわかるかって、
頑固な彼女の言い分に押し切られて、同じベッドで眠る日々が続いているからだ。
継父の件で男性恐怖症などを心配していた俺を尻目に、らいむちゃんは俺と同じベッドで眠ることへの抵抗は全くないようで、毎日スヤスヤと眠っている。
彼女がそれでいいなら、まあいいかな、と同じベッドで眠るようになって、気がついたことがいくつかある。
例えば、らいむちゃんの寝付きの良さ。ベッドに入ったと思ったらもうすぐにでも眠ってしまうのだ。同時にベッドに入ることはないので正確な時間は分からないけれど、まだ起きてるかな、と思いながらベッドに近づくと寝息しか聞こえない。
それから、一度寝たらなかなか起きない性質らしい。寝入ったばかりのベッドに入るためにギジリと音を立ててもビクともしない。
それは1人の女性として如何なものか、と思うところもあるが、それだけ安心してくれているのかと思えば悪い気もしない。
そう思っていたのに、
いつからか、物足りないような渇きにも似た感情が芽生え始めている。
眠る姿を見てつい頭を撫でたくなったり、触れたくなって手を引っ込めるような、そんな日が増え続けている。
幼い子供を愛でるような愛情なのか、
1人の女性に抱く劣情なのか、
朝目が覚めて、隣に彼女の寝顔がない時に感じる残念さが、前者ではないと確信させてしまう。
毎朝起きる度に自分の感情の変化をまざまざと見せつけられて、どうしたものかと頭をかくのだ。
「おはよう」
「うん、おはよ」
この不便なキッチンで料理を作ることに慣れた様子のらいむちゃんは朝ご飯に、と魚を焼いている。
「魚、捌けるの?」
「まさか。切り身に決まってるじゃん」
「ですよね〜」
ふわあ、とあくびをこぼしたら顔を洗ってこいと促される。ほぼ毎朝このやりとりをしているが悪い気などしない。コウにも同じようなことを言っているのかと思えば、意外にもアイツは顔を洗って髭も剃ってからカウンターに顔を出すんだそう。
なるほど、カッコ悪いところを見せたくないのか、カッコつけのコウらしい。
いっつも眠そうだけどね、と内緒話のように教えてくれたらいむちゃんを見て可愛いなって気持ちとコウへの嫉妬のようなものを感じた。
俺の秘密も知ってほしい、って思う。
本当は触れたいし抱き締めたいって思ってるってこと、知ったらどんな顔をするのだろう。
失望するだろうか、そうだろうな。
俺だって自分の心境の変化に追いついてないんだもん。俺自身にも軽く失望してるよ。
「今日、カレンちゃんのお家に泊まってくるから」
アジの塩焼きに味噌汁に白米と、日本を象徴とする朝食を用意したらいむちゃんはまるで家族に言うような口調で、エプロンを外しながらそういう。
最初の頃使っていた黒いエプロンではなく、彼女のサイズに合った明るい水色のエプロンをプレゼントしたら喜んで使ってくれている。自分の所有物の証として、まるで猫に首輪を贈るような、そんな気持ちで買っただなんて思いもしないだろう。
「はーい」
一晩彼女がいないってだけで、こんなに寂しく感じてしまう自分に驚いた。
これじゃ、このままじゃいつか、遠くない未来に間違いが起きかねない。自信がないんだ、自分を制御する。
久しぶりの兄弟2人きりの夜、
自分が今抱える劣情を打ち明けるべきかどうかと悩んでいた。
打ち明けたところで解決する話でもない、ただ万が一、何かあった時に俺を止められるのはコウしかいない。それだけはもうずっと前から思っていたことだ。だから、このどうしようもない弟の話を聞いてほしいと思ったのだ。
面倒だからと選ばれた夕飯のメニューはホットケーキで、なんだか彼女が来る前の生活に戻った気がして少し懐かしく思えた。
「ねぇ、コウ」
「あ?」
「俺さ、らいむちゃんのこと好きなのかも」
「…そうかよ」
怒鳴られたり驚かれたりするかと思っていたが、コウは思ったよりもあっさりとした返事をした。
「あれ?びっくりしないの?」
「まあな、…見てりゃわかる」
あのコウが、
女とか男とか色恋沙汰に興味を持っていなかったであろうコウが、気がつくほど自分はあからさまだったのだろうか。
「マジ?」
「ああ。まあなんつーか、お前の気持ちも分からなくねぇからな」
「は?」
「誰かを大切に思うって気持ちって、こんな感じなのか、って」
コウを驚かせるつもりが、こっちが驚かされてしまった。
「え?マジ?コウと三角関係なっちゃう?」
「バカちげぇよ。俺は好きとか嫌いとか、そんなんじゃねぇよ…ただ、」
「ただ?」
「守ってやりてぇって、それだけだ」
それって好きとか嫌いとかと違くないんじゃないかな、って思ったけど、言わないでおく。1つ屋根の下でどろどろの三角関係なんて願い下げだ。
「そっか」
「おう、だからよ、」
傷つける事だけはするなよ、
そうとだけ言われた。
「え?許してくれるの?」
「許すも何も、そんなん俺が決める事じゃねぇだろ」
アイツが決める事だ、と、そう言って風呂(もといボロいボード用のシャワー)へと姿を消した。
そう、その通りだ。
俺が、とかコウが、とかじゃない。
芽生え始めてしまったこの感情を肯定するも否定するも、らいむちゃん自身の判断に委ねるしかないのだ。
隣に体温のないベッドは、こんなにも寝心地が悪かっただろうか。
1人で眠るのが当たり前だったはずのベッドが広すぎて仕方がない、そう感じてまた愛しさばかりが募り今日は大人しく眠りにつくことになった。
明日君が帰ってきたら、俺はどんな顔をして迎え入れたらいいのだろう。
続