蜂蜜の毛布
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「すっごい珍しいメンツだねぇ!」
半ば無理矢理バイクの後ろに乗せてこられたというのに、花椿カレンはそれすらも楽しんでいるようだった。
会って話したいことがある、とらいむちゃんが連絡をしたところ、ただ事ではないと感じた花椿さんは「わかった!いますぐ会おう!どこにいるの!」と二つ返事で承諾してくれた。
ほらやっぱり、良い奴じゃん。コソッとそう言ったららいむちゃんは「ねっ」といって微笑んだ。
ただ内容が内容なので、外で話すのは憚られる。遅かれ早かれ彼女にはどこにいるのかを伝えなければならない。
それなら、と無理矢理電話を代わり、
「じゃあ迎えに行くから駅前にいて」
「え、待って、だれ?あれ?ルカくん?」
「そう、ルカくん。じゃ、駅前で」
「え?あ、ちょっー」
何が何だかわからない彼女のことを置き去りにして電話を切った。
「ちょっとちょっと、無理矢理すぎない?」
「え?そう?だって電話で話してもラチがあかないし、どうせ会うんだから、いいじゃん?」
「それは、そうですが…」
俺の行動が思いもよらなかったのか、コウに助言を求めるらいむちゃん、だけどコウはなんてことない顔をして、
「こいつの奇行は今始まったことじゃねぇ、諦めろ」
そう言い放った。
そうだよ、らいむちゃん。出来ることはね、出来るうちにやっておくべきなの。
人間なんていつ死ぬか分からないんだから。
「で、なにこの四者面談」
「ウケるね」
「うん、ウケる」
昨日、らいむちゃんと三者面談をした席に花椿さんを座らせて、昨日と同様に美味しくもないコーヒーを出した。
想像していたよりも緊張感が漂うこの空間で気軽に口を開けるのは俺と花椿さんくらい。
コウは同席してるだけで何も言うつもりもないだろうし、らいむちゃんはどうしていいのか分からなくてオドオドしている。
「花椿さんさ、」
「んー?」
「らいむちゃんのために、嘘つき通せる?」
核心から話を始めた俺にさすがに驚いたコウは「てめぇ正気かよ」って顔して太ももを抓ってきた。いててて、贅肉ないんだから痛いってそれは。
「なにそれ、どういうこと?」
「詳しいことは話せないけど、らいむちゃんの助けになってほしいんだ」
なにを言っているのかよくわからない顔をした花椿さんは、隣に座るらいむちゃんに向き合う。
「バンビ、話してごらん。ちゃんと聞くから」
そう言うと、膝の上でスカートをぎゅっと握りしめていたらいむちゃんの手に自分の手を重ねて、優しく声をかけた。
ああ、この人は良くできた女性だな、と感心した。強さと優しさを兼ね備えている。
それから家庭事情の深いところまでは話さずとも、なるべく嘘をつかないで真摯な姿勢でらいむちゃんは話を始めた。
花椿さんがそれをどこまで信用しているのかはわからない、けれどらいむちゃんのいつも学校で見る顔とは違う姿をみて何かを感じ取ってくれたらしい。
「わかった。バンビの為なら私は力を貸すよ」
だからそんな苦しい顔しないで、とらいむちゃんの頭を撫でた。
ほら、みんならいむちゃんの頭撫でるじゃん。
撫でたくなるんだよね、わかる。
「でもお風呂が無いのは問題だなー、バンビにはいつでも可愛く綺麗でいてほしいから!」
銭湯ばっかり行ってないで、たまにはうちに泊まりにおいでね、そう言いながらウインクを飛ばしていた。(ウインクを飛ばす、っていうの初めてみてちょっとびっくりした。この人アイドルかなんかなのかな)
その後、まるで姑のように俺たちの部屋を検分した彼女に「もっと部屋を綺麗にしてくれないと困るよ!バンビも住むんだったら!」と説教をされた。はいすみません、と男2人で頭を下げて、その姿をみた女の子2人はフフフ、と笑っていた。
「ルカくんさ、」
花椿さんを家まで送り届ける。
バイクを降りた花椿さんに改めてお礼を言って立ち去ろうとした時、真剣な顔をした彼女に声をかけられた。
「ん?」
「バンビのこと好きなの?」
「え?うーん、どうだろ、分かんない」
好き?なのかどうか、そんな感情を持つほどの余裕が自分には無かったように思える。
「じゃあなんでここまでするのさ」
らいむちゃんの前では見せなかった、品定めをするようなキツイ視線に、この子は本当にらいむちゃんのことが心配なんだなって感じて、俺だって心配なんだから、とよく分からないけど対抗意識みたいなものが浮上してきた、なんだこれ。
「なんでだろ、ヒーローだからかな」
「え?」
「困ってる姿をみたら、助けてあげたくなったの」
自分が彼女を助けたいと思った、本当にただそれだけがきっかけなんだからそうとしか言いようがない。
いつものへらへらとした桜井琉夏と違う姿をみた花椿さんは面食らったような顔をして、
「ふーーーーん、そっか」
そうとだけ言った。
「バンビが可愛いからって手で出したら殺すよ」
いつものような明るいおどけた調子に戻った花椿さんはビシッと指をさしながら俺に釘をさす。
「ははは、もう出してたりして」
「はあ!?」
「うそうそ、そんなことしないって」
さっきまでの緊張感が嘘のよう、同級生と学校で冗談を言い合うようなそんな柔らかい空気になったのを感じた。
「じゃね、」
「ルカくん、」
「ん?」
「バンビのこと、ちゃんと守ってあげてね」
花椿さんはそうとだけ言うとオシャレなマンションへと帰っていった。
"守る"と言う言葉に強く使命感を感じる。やっぱり俺ヒーローなんだわ。
家に帰ると早速大掃除を始めたコウの姿をみて、こいつは将来嫁さんの尻に敷かれるタイプだ間違いない、と確信した。
「あ、おかえり」
その手伝いをしているらいむちゃんは俺の帰りを待っていたらしく、帰ってきて早々に
「家まで送ってほしい」
と言ってきた。
「え?なんで?」
「今日あの人遅くまで帰ってこないってお母さんから連絡があったの。だから今、話に行きたい」
そう言うらいむちゃんの顔は真剣で、それに応えてあげたい気持ちがわいてくる。
「わかった、行こう」
2度目でもやはりバイクに乗るのは疲れるらしく、自宅に着いて、既に疲れた様子だった。なんかごめん。
「大丈夫??」
「うん、最初よりは」
「そっか、よし、頑張っておいで」
そういってまた頭を撫でてしまった。
「うん、行ってきます」
そういって家の中に入って行くらいむちゃんの背中をみて、うまくいきますように、と祈ることしかできなかった。
結果から言えば、らいむちゃんの話を信じてくれた母親は、「お手伝いをしに行くんだから、迷惑かけるんじゃないよ」と娘の少し早い独り立ちを後押ししてくれて、
とりあえず、と晩飯に作ってあったエビチリとポテトサラダをらいむちゃんに持たせて送り出してくれた。
「よかったね」
「うん、本当によかった」
学用品や着替え、化粧品なんかを大きめのバッグに詰めたらいむちゃんは安心した様子だった。
「早く帰ってエビチリ食べたい、俺好きなんだ」
「お母さんのエビチリ美味しいから期待してて」
「やった」
今日もまた、月は上り星がきらめく。
今日のらいむちゃんはあの時の壊れそうな泣き顔とは打って変わって、キラキラの笑顔でバイクのシートに座った。
「バイク、慣れるかなー?」
「慣れるでしょ、これから何回も乗るんだから早く慣れなね」
「うーん、こればっかりはどうもね」
ふふふ、と笑う声を聞いて、エンジンを鳴らした。
それからの生活はまあそれなりに順調に進んでいる。
部屋着を持ってきていないらいむちゃんに自分のTシャツを貸したらぶかぶかで、「うーん、おっきいね」と困ってる顔をみて可愛いと思ったり、3人で学校まで歩いて登下校するのもなかなか悪くないって思ったり(3人とも寝坊した時は仕方がないからコウが歩いて俺とらいむちゃんでバイクに乗る。(コウは全く納得していないから帰りはいつも俺が歩きになるんだけど))、不思議な共同生活は問題なく成立している。
「琉夏くん、そろそろベッド使ってよ」
「んー?大丈夫、らいむちゃんが使っててよ」
彼女がWestBeachに来てから、俺はソファーで寝たりカウンターに突っ伏して寝たりと寝る場所を転々としている。
それでもまあ寝られないこともないから問題はないのだが、らいむちゃんとしては気を遣われ続けているのが申し訳ないらしい。
「だって琉夏くんちゃんと寝られてないでしょ」
「そんなことないよ」
「嘘つきだなー」
嘘をついているつもりはない、身体だけは丈夫にできている生き物だから、睡眠時間が短かろうが環境がよくなかろうがご覧の通り毎日健康に生きている。
「俺はほんと、大丈夫だから」
「私が大丈夫じゃない」
「頑固だな〜」
共に生活をするようになって、余所余所しいお客様だったらいむちゃんが、徐々にこの家の一員になってきたのをこういう時に感じるようになった。心を開いてくれてるのか、わがままや頑固な一面を見せてくれるようになったのだ。
本来はもしかしたら意志の強い、しっかりした女性なのではないだろうか、と最近になって気がついた。
「じゃあ、半分こしよ」
「…は?」
「ベッド。狭いかもだけど、半分こして寝よう」
前言撤回。
しっかりした女性はこんなこと言わない。
続