蜂蜜の毛布
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彼女の名前は相模らいむちゃん。
たぶんきっと同じクラスだった気がする。
メガネをかけた本の虫の様なガリ勉でも、パンツ丸見えのギャルでも、琉夏くん琉夏くんと囃し立てるミーハーでもない、
普通の、ごく普通の女の子。
校則違反にはならないけどさりげなくおしゃれをして、いつも誰かと楽しそうにおしゃべりをして、自分でお弁当を作る様な普通の女の子が、
日付をまたぐか跨がないかのこの時間に駅前で制服で座ってる。
「ええっと、らいむちゃん、だよね?」
「えっ、あ、琉夏くん」
「こんな時間にこんなとこで何やってるの?早くおうち帰んな」
この時間になると歩いてるのは酒に酔ってるサラリーマンや客引きのキャバ嬢、あとは俺みたいなふらふらーってしてる様なやつで、
彼女みたいな普通の女の子がこんなところにいるなんて似つかわしくない。
「え、ああ…そうだね…」
まるで上の空の返答である。
「もう明日になっちゃうよ」
「うん、」
「家族が心配するし」
「そうだね」
「じゃあね、」
「うん…」
別に目を惹くタイプの子でもないし、特に関わりがあるわけでもない、
「ここら辺、悪い奴らが出る時あるから、早く帰んなね」
そう伝えてその場を離れて駐車場に停めてあるバイクを取りに行く。
早く帰って今日はもう寝たいな、あ、コウ、ジャンプ買ったかな、ワンピースだけでも読んでから寝よう。
それだけを考えてバイクに跨って、キックスターターを蹴った。
はずなのに、
早く帰って寝たかったはずなのに、
バイクに乗って俺はまたあの子のいた場所へと向かった。
これはただの興味。帰れる家があって、家族がいるのに、どうしてこんなところでぼおっと街灯を眺めていたのか。
ただなんとなく興味がわいてその場に戻ってみれば、案の定彼女は酒に酔ったサラリーマンに絡まれている。
はば学の制服なんて着てる側からしたら何も感じないけれど、はたからみたらかなりのブランドらしい。それに普通に可愛いの部類に入る女の子が長いこと同じ場所に座り込んでいたら興味を持つ奴も出てくるのだろう(俺とは違うもっと下世話な興味だろうが)
「はば学のお嬢さんがこんなところでなにやってるの〜」
「暇してるならおにいさんたちとご飯いこ、ね?」
おにいさん、というには歳を重ねている男たちは彼女の返答お構いなしにどこに行くかの算段を立て始め、やめてくださいと言い続ける彼女を無視して無理矢理立たせようとしている。
はあ、ここで行かなきゃヒーローが廃るってか。
「お待たせ〜、ほらバイク乗って」
「えっ、」
「え、じゃないでしょ、俺のこと待ってたんでしょーが、ほら帰ろ〜」
そう言ってバイクへと連れて行こうとすると、おにいさん基おじさんたちは獲物を横取りされまいと彼女の腕を掴んだ。
「やっ、」
小さな悲鳴のあとで、
聞こえるか聞こえないかの小さく小さく聞こえた、
やだ、助けて。
それが琴線に触れたらしい俺は、気がついた時にはその男の腕を捻り上げていた。
「いい加減にしろよアンタら」
腹にひと蹴りふた蹴り入れて男たちが蹲ってる間に
「行こ、大丈夫だから」
震える彼女の手を引く。
女の子の手ってこんなに小さかったっけ、こんな、力を込めたら壊れてしまいそうだったっけ。
バイクのシートに座らせる頃には、月が高い高いところまで登っていた。
「家まで送るから。どこ?」
「や、そんな、迷惑かけちゃうから、」
「大丈夫、それならもうかけられてる」
「ごめん」
「なんちて、嘘嘘。気にしないでいいよ」
「…もう嫌なの。帰りたくない…」
今日の夜空は雲がないから、月明かりだけでも結構明るい。
教室で見る顔とは全然違う、ずっと伏し目がちな彼女はなにも言わない。
パチリと瞬きをしたその目からは涙が一筋流れて、それがキラキラと月明かりに照らされて、何か少し特別な、触れたら壊れそうなガラス細工のように見えて、
「で、拾ってきたと」
「うん」
「バカかてめぇ」
「えーいいでしょ、ちゃんと世話するから〜」
俺の運転に(というかバイクに)全く慣れていなかったらいむちゃんは、WestBeachにつくころにはもうヘロヘロで疲労困憊の様子だった。
真っ赤な客席に座らせてあげて、コーヒーを入れている間に眠ってしまったらしく、縮こまってスースーと寝息を立てていた。
もうすぐ夏だからと言ってそのまま寝かせてしまっては風邪を引いてしまう、そう思い掛ける物を取りに自室へと上がると、その音で帰宅に気がついたコウが三階から降りてきた。
しまった、もう見つかっちゃった。
「遅かったじゃねぇか」と声をかけられて「まあね」と答えながらタオルケットを抱えて階段を降りると、その行動を不審に思ったコウは俺の後をついてきて、仕方がなく事情を説明し、そして先の会話となる。
「猫じゃねぇんだから」
「そりゃそうだ」
「だいたい、このままじゃ立派な犯罪だろ」
「え?なんで?」
あ、サラリーマンたち殴っちゃったから?そんなのいつものことじゃんと伝えれば、呆れた様子のコウは、
「誘拐だろ、捜索願出されたり駅前の監視カメラ調べたら一発だぞ」
そう言った。
「でも、あの子自身が帰りたくないって言ったんだよ、それって犯罪じゃなくない?」
「いやー…」
「それに、帰りたくないような家庭環境の方が問題だろ。せっかく帰れる温かい家があるのに、帰りたくないなんてよっぽどのことじゃん」
これはコウにも言いたいことでもある。
あの子にもお前にも、ちゃんと帰れる家があるのに、どれだけ求めても手に入らない俺とは違うのに、どうしてこうやって大切にしないんだろうか。
…こいつの場合は俺のことを第一に考えちゃってるってのがわかっちゃうから何も言えないんなけどな。
「でもよぉ」
「じゃあこうしよ、お泊り。そう、あの子と俺たちはお友達で、そのお友達の家にお泊まりに来てる、これならおっけー?」
「…相手が男ってのがギリアウトな気もするけど、ま、言い訳ぐらいにはなるか」
「よしゃっ」
言い出したら聞かないことを知っているコウは俺との口論はただの時間の無駄だと認識している。
それでも、大してよくもない頭で、俺がこれ以上悪者にならないように考えてくれている。
ほんと優しいやつだよ、お前もヒーローだな。
それから少しして、彼女は目を覚ました。
「あ、えっと…」
「で、なんで、帰りたくねぇんだよ」
「コウ、デリカシーなさすぎ」
「うるせぇな」
彼女の座っていた席の向かい側に2人で座る。まるで三者面談だ。
美味しくもないインスタントコーヒーを彼女に差し出すとありがとう、と受け取ってそれから少しずつ話を始めてくれた。
端的に言えば、母親の再婚相手に性的な目で見られていることへの恐怖、が原因で自宅に居場所を見つけられなくなったらしい。
「初めに違和感を感じたのは、下着が減ってたこと。と並びが変わってたこと。私結構几帳面で、これはここがいいって場所を決めてるんだけど、そこに置いておいた下着が日に日に無くなってくの」
母親に聞いても知らない分からないと言われ、空き巣でも入ったのだろうかと、警察に通報すべきか、という家族会議が行われて。
その2日後、元の場所に下着が戻ってきていたのだ。
元に戻ったことへの安堵より、また部屋に不審者が入ってきたという気持ちの悪さがまさって、その下着は捨てた。
その時にフワッと感じた香り。再婚相手が好んでつけているバーバリーの香水の香りが仄かにしたのだ。
それが信じられなくて、しばらく様子を伺っていると、その視線に気がついた再婚相手は直接彼女に触れてくるようになった。
父親として、ではなく、1人の男が性感を求めるように。
「でもさ、母親に相談なんてできないんだよ。お父さんが死んじゃって、ずっと1人で私のことを育ててくれたお母さんが、やっと新しく好きになって家族になった人だから。私がそれを壊したくない」
そう話す彼女の声はしっかりはっきりしていたけれど、目からは止めどない涙が溢れていた。
「でももう嫌なの、怖いし気持ち悪いの。このままだと次は…」
「もういいよ、」
ああ苦しいな、って。
俺も、コウも、両親に深く愛されて育ったんだ。彼女も、本当の父親が生きてる時にはそんな幸せな家で暮らしていたんだ。
肩寄せ合ってお互いに無償の愛を注ぎ合って。
それを、その男は壊したんだ、全てを。
自分の頼りの綱だった母親の心を掴んだと思ったら血の繋がらない娘になるこの子に手を出そうとして。母親の幸せをこの子が心から願っていることを知って、それでその奇行をエスカレートさせている。
聞くだけで吐き気のする最低な男なのに、この子はそれを面と向かって文句を言うことも、自分を愛してくれている母親にも相談することもできないのだ。
血の気の引くような思いで彼女の話を聞いていた俺とは裏腹に、コウはテーブルの下で痛いほど拳を握りしめている。声を荒げないのは、この子に全くの非がないからだ。
「ここで、一緒に住もっか」
俺たちが彼女にしてあげられることがそれ以外に思い浮かばない。
彼女はただ平凡に普通に高校生活を送って、大学進学を理由にその家を出る、それが1番波風が立たずに、誰も傷つかずに済む方法なのではないだろうか。
「そんな家に帰るこたねぇよ、ここにいりゃいい」
頭に上った血を下ろすために深呼吸をしていたコウからも同意見を得られた。
「でも、それは迷惑だろうし、」
「ご飯作れる?」
「え?あ、まあそれなりに…」
「ホットケーキは?」
「あんなの簡単だよ、料理に入らない」
「採用」
「…は?」
「ただここにいるのが嫌だったら、俺らのご飯作って。ね、それがいい」
自分の居場所だと思えるところを作るには、自分がここにいる必要がある、と。自分の存在の必要性を自分自身で感じることが大切だ。
誰にでもできることなら誰かに託せばいい。ただ、自分しかできないことを見つけたらそれは、そこで生きる理由になる、と俺は思っている。
「だから、君は今日からここで俺たちのご飯係ね」
まずはそこから、それからのことはまたそれからで。
続
たぶんきっと同じクラスだった気がする。
メガネをかけた本の虫の様なガリ勉でも、パンツ丸見えのギャルでも、琉夏くん琉夏くんと囃し立てるミーハーでもない、
普通の、ごく普通の女の子。
校則違反にはならないけどさりげなくおしゃれをして、いつも誰かと楽しそうにおしゃべりをして、自分でお弁当を作る様な普通の女の子が、
日付をまたぐか跨がないかのこの時間に駅前で制服で座ってる。
「ええっと、らいむちゃん、だよね?」
「えっ、あ、琉夏くん」
「こんな時間にこんなとこで何やってるの?早くおうち帰んな」
この時間になると歩いてるのは酒に酔ってるサラリーマンや客引きのキャバ嬢、あとは俺みたいなふらふらーってしてる様なやつで、
彼女みたいな普通の女の子がこんなところにいるなんて似つかわしくない。
「え、ああ…そうだね…」
まるで上の空の返答である。
「もう明日になっちゃうよ」
「うん、」
「家族が心配するし」
「そうだね」
「じゃあね、」
「うん…」
別に目を惹くタイプの子でもないし、特に関わりがあるわけでもない、
「ここら辺、悪い奴らが出る時あるから、早く帰んなね」
そう伝えてその場を離れて駐車場に停めてあるバイクを取りに行く。
早く帰って今日はもう寝たいな、あ、コウ、ジャンプ買ったかな、ワンピースだけでも読んでから寝よう。
それだけを考えてバイクに跨って、キックスターターを蹴った。
はずなのに、
早く帰って寝たかったはずなのに、
バイクに乗って俺はまたあの子のいた場所へと向かった。
これはただの興味。帰れる家があって、家族がいるのに、どうしてこんなところでぼおっと街灯を眺めていたのか。
ただなんとなく興味がわいてその場に戻ってみれば、案の定彼女は酒に酔ったサラリーマンに絡まれている。
はば学の制服なんて着てる側からしたら何も感じないけれど、はたからみたらかなりのブランドらしい。それに普通に可愛いの部類に入る女の子が長いこと同じ場所に座り込んでいたら興味を持つ奴も出てくるのだろう(俺とは違うもっと下世話な興味だろうが)
「はば学のお嬢さんがこんなところでなにやってるの〜」
「暇してるならおにいさんたちとご飯いこ、ね?」
おにいさん、というには歳を重ねている男たちは彼女の返答お構いなしにどこに行くかの算段を立て始め、やめてくださいと言い続ける彼女を無視して無理矢理立たせようとしている。
はあ、ここで行かなきゃヒーローが廃るってか。
「お待たせ〜、ほらバイク乗って」
「えっ、」
「え、じゃないでしょ、俺のこと待ってたんでしょーが、ほら帰ろ〜」
そう言ってバイクへと連れて行こうとすると、おにいさん基おじさんたちは獲物を横取りされまいと彼女の腕を掴んだ。
「やっ、」
小さな悲鳴のあとで、
聞こえるか聞こえないかの小さく小さく聞こえた、
やだ、助けて。
それが琴線に触れたらしい俺は、気がついた時にはその男の腕を捻り上げていた。
「いい加減にしろよアンタら」
腹にひと蹴りふた蹴り入れて男たちが蹲ってる間に
「行こ、大丈夫だから」
震える彼女の手を引く。
女の子の手ってこんなに小さかったっけ、こんな、力を込めたら壊れてしまいそうだったっけ。
バイクのシートに座らせる頃には、月が高い高いところまで登っていた。
「家まで送るから。どこ?」
「や、そんな、迷惑かけちゃうから、」
「大丈夫、それならもうかけられてる」
「ごめん」
「なんちて、嘘嘘。気にしないでいいよ」
「…もう嫌なの。帰りたくない…」
今日の夜空は雲がないから、月明かりだけでも結構明るい。
教室で見る顔とは全然違う、ずっと伏し目がちな彼女はなにも言わない。
パチリと瞬きをしたその目からは涙が一筋流れて、それがキラキラと月明かりに照らされて、何か少し特別な、触れたら壊れそうなガラス細工のように見えて、
「で、拾ってきたと」
「うん」
「バカかてめぇ」
「えーいいでしょ、ちゃんと世話するから〜」
俺の運転に(というかバイクに)全く慣れていなかったらいむちゃんは、WestBeachにつくころにはもうヘロヘロで疲労困憊の様子だった。
真っ赤な客席に座らせてあげて、コーヒーを入れている間に眠ってしまったらしく、縮こまってスースーと寝息を立てていた。
もうすぐ夏だからと言ってそのまま寝かせてしまっては風邪を引いてしまう、そう思い掛ける物を取りに自室へと上がると、その音で帰宅に気がついたコウが三階から降りてきた。
しまった、もう見つかっちゃった。
「遅かったじゃねぇか」と声をかけられて「まあね」と答えながらタオルケットを抱えて階段を降りると、その行動を不審に思ったコウは俺の後をついてきて、仕方がなく事情を説明し、そして先の会話となる。
「猫じゃねぇんだから」
「そりゃそうだ」
「だいたい、このままじゃ立派な犯罪だろ」
「え?なんで?」
あ、サラリーマンたち殴っちゃったから?そんなのいつものことじゃんと伝えれば、呆れた様子のコウは、
「誘拐だろ、捜索願出されたり駅前の監視カメラ調べたら一発だぞ」
そう言った。
「でも、あの子自身が帰りたくないって言ったんだよ、それって犯罪じゃなくない?」
「いやー…」
「それに、帰りたくないような家庭環境の方が問題だろ。せっかく帰れる温かい家があるのに、帰りたくないなんてよっぽどのことじゃん」
これはコウにも言いたいことでもある。
あの子にもお前にも、ちゃんと帰れる家があるのに、どれだけ求めても手に入らない俺とは違うのに、どうしてこうやって大切にしないんだろうか。
…こいつの場合は俺のことを第一に考えちゃってるってのがわかっちゃうから何も言えないんなけどな。
「でもよぉ」
「じゃあこうしよ、お泊り。そう、あの子と俺たちはお友達で、そのお友達の家にお泊まりに来てる、これならおっけー?」
「…相手が男ってのがギリアウトな気もするけど、ま、言い訳ぐらいにはなるか」
「よしゃっ」
言い出したら聞かないことを知っているコウは俺との口論はただの時間の無駄だと認識している。
それでも、大してよくもない頭で、俺がこれ以上悪者にならないように考えてくれている。
ほんと優しいやつだよ、お前もヒーローだな。
それから少しして、彼女は目を覚ました。
「あ、えっと…」
「で、なんで、帰りたくねぇんだよ」
「コウ、デリカシーなさすぎ」
「うるせぇな」
彼女の座っていた席の向かい側に2人で座る。まるで三者面談だ。
美味しくもないインスタントコーヒーを彼女に差し出すとありがとう、と受け取ってそれから少しずつ話を始めてくれた。
端的に言えば、母親の再婚相手に性的な目で見られていることへの恐怖、が原因で自宅に居場所を見つけられなくなったらしい。
「初めに違和感を感じたのは、下着が減ってたこと。と並びが変わってたこと。私結構几帳面で、これはここがいいって場所を決めてるんだけど、そこに置いておいた下着が日に日に無くなってくの」
母親に聞いても知らない分からないと言われ、空き巣でも入ったのだろうかと、警察に通報すべきか、という家族会議が行われて。
その2日後、元の場所に下着が戻ってきていたのだ。
元に戻ったことへの安堵より、また部屋に不審者が入ってきたという気持ちの悪さがまさって、その下着は捨てた。
その時にフワッと感じた香り。再婚相手が好んでつけているバーバリーの香水の香りが仄かにしたのだ。
それが信じられなくて、しばらく様子を伺っていると、その視線に気がついた再婚相手は直接彼女に触れてくるようになった。
父親として、ではなく、1人の男が性感を求めるように。
「でもさ、母親に相談なんてできないんだよ。お父さんが死んじゃって、ずっと1人で私のことを育ててくれたお母さんが、やっと新しく好きになって家族になった人だから。私がそれを壊したくない」
そう話す彼女の声はしっかりはっきりしていたけれど、目からは止めどない涙が溢れていた。
「でももう嫌なの、怖いし気持ち悪いの。このままだと次は…」
「もういいよ、」
ああ苦しいな、って。
俺も、コウも、両親に深く愛されて育ったんだ。彼女も、本当の父親が生きてる時にはそんな幸せな家で暮らしていたんだ。
肩寄せ合ってお互いに無償の愛を注ぎ合って。
それを、その男は壊したんだ、全てを。
自分の頼りの綱だった母親の心を掴んだと思ったら血の繋がらない娘になるこの子に手を出そうとして。母親の幸せをこの子が心から願っていることを知って、それでその奇行をエスカレートさせている。
聞くだけで吐き気のする最低な男なのに、この子はそれを面と向かって文句を言うことも、自分を愛してくれている母親にも相談することもできないのだ。
血の気の引くような思いで彼女の話を聞いていた俺とは裏腹に、コウはテーブルの下で痛いほど拳を握りしめている。声を荒げないのは、この子に全くの非がないからだ。
「ここで、一緒に住もっか」
俺たちが彼女にしてあげられることがそれ以外に思い浮かばない。
彼女はただ平凡に普通に高校生活を送って、大学進学を理由にその家を出る、それが1番波風が立たずに、誰も傷つかずに済む方法なのではないだろうか。
「そんな家に帰るこたねぇよ、ここにいりゃいい」
頭に上った血を下ろすために深呼吸をしていたコウからも同意見を得られた。
「でも、それは迷惑だろうし、」
「ご飯作れる?」
「え?あ、まあそれなりに…」
「ホットケーキは?」
「あんなの簡単だよ、料理に入らない」
「採用」
「…は?」
「ただここにいるのが嫌だったら、俺らのご飯作って。ね、それがいい」
自分の居場所だと思えるところを作るには、自分がここにいる必要がある、と。自分の存在の必要性を自分自身で感じることが大切だ。
誰にでもできることなら誰かに託せばいい。ただ、自分しかできないことを見つけたらそれは、そこで生きる理由になる、と俺は思っている。
「だから、君は今日からここで俺たちのご飯係ね」
まずはそこから、それからのことはまたそれからで。
続
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